インバウンドコラム

持続可能な観光地づくりの課題、先進地域のノウハウ共有 —第8回世界遺産サミット

2021.11.19

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世界遺産の登録は、地域の世界的認知度向上やブランディング、国内外からの観光客誘致、地域経済の活性化といった経済的メリットだけでなく、地域側も各団体が個別で行っていた取り組みの足並みが揃うといった効果も期待できる。一方で、オーバーツーリズムや保全に必要なソフトハードの整備など、持続可能な観光地づくりに向けた課題は山積みだ。
そんななか、世界遺産を持つ地域課題解決に向けた先進事例やノウハウの共有を目的に、例年開催している「世界遺産サミット」。第8回目となる2021年は「まちづくりのハードとソフト」をコンセプトに2つの分科会に分かれて開催。1部はハードの整備として「世界遺産地域における都市計画と景観形成」を、2部は「世界遺産保全のための財源確保」をテーマに、各地域が課題や財源確保のための取り組みを共有した。その中で特に特徴的な点を抜粋して紹介する。

 

世界遺産を維持するための景観条例や保全活動は?

世界遺産に登録された地域は、いずれも景観維持に長い年月と莫大なコストをかけて取り組んでいる。第1部の「日光」「富士山」「姫路城」「萩」「長崎/天草」の事例からは、景観維持に対する行政と住民の溝、空き家問題など共通の課題が浮き彫りとなった。

人の営みに根差した景観を守るには住民を主役に

長崎県平戸では、世界遺産に登録される前から集落景観のルールづくりに着手。この計画を基にいつ、どこで、何を整備するのか行政と住民とで共通認識を持ち、足並みを揃えてきたという。しかし、棚田のような生業に根差した世界遺産の景観を守るには、行政主導である程度推進できる部分とその限界も痛感したと平戸市の植野氏は振り返る。真の意味で景観を維持しているのはそこに住む住民たちとなる。「最も大切なのはその土地への誇りや愛着、住民同士のつながりを持つこと」と強調した。

 

持続可能な景観保全を目指して、観光収入を地域に還元

平戸市の春日集落では観光案内所で販売する棚田米の売上の一部を地元へ還元する仕組みを作った。世界遺産地域に住む住民にとって、農業+観光による収入の安定化・多様化はメリットだ。地元へ還元された資金は観光客が歩きやすい畦道を整備するなど景観保全にも充てられている。植野氏は「景観保全の持続可能性とは、住民の生活のしやすさとリンクさせることが必要だ」と訴えた。
山口県萩市の場合も古くから景観の保存に力を入れてきた。今でも江戸時代の古地図とほぼ変わらないといわれるほど、古い町並みが残っている。2004年には「萩まちじゅう博物館条例」を制定。新しく家を建てる場合は瓦屋根や焼き板塀など古い町並みになじむように外観を統一。古い土塀の修理には国や県・市から8割の補助金を出し、住民が修理しやすい環境を整えた。

 

世界遺産の範囲外も地域一体として景観保全

姫路城では、バッファーゾーン(緩衝地帯)を活用する。お城に続く道路幅は約50mもあり、地下を駐車場として確保、電柱の地下化を全国に先駆けて実現した。日光でも、東町地区は世界遺産の範囲外かつバッファゾーンからも外れているが、世界遺産へと続く交通アクセス上のゲートタウンとして景観整備する必要性が高いと訴え、官民協同で整備事業が進んでいる。京都市では広告規制の条例を制定し、屋外看板を撤去。富士山周辺エリアでも電線の撤去が進められている。

 

地域の課題「空き家問題」=観光課題

空き家問題に関しては、富士宮市では景観を守るために、条例で建築物の高さ制限をした結果、古い建物の建て替えが進まず、そのまま放置される事例が増え、逆に景観を悪化させている地域があるという。
なお、少子高齢化が深刻な長崎県平戸市春日集落では、空き家を改修して、観光案内所として活用している。

 

世界遺産を後世に守り継ぐための財源確保の手段は?

世界遺産を後世に守り継ぐための「財源確保」も、地域が共通して抱える課題だ。
第2部では「北海道、東北の縄文遺跡」「富士山」「紀伊山地」「中百舌鳥・古市の古墳群」「広島厳島神社」それぞれの世界遺産に関わる専門家が、各地域の課題や事例を発表した。

宮島では財源確保に「訪問税」導入を視野に

財源確保として期待できる国からの交付金制度は、居住者数を母数に額が決められるケースがほとんどだ。宮島の場合、住民約1400人に対し、年間456万人(2018年度)もの観光客が押し寄せ、交付金だけではとても賄えない。オーバーツーリズムによる公共トイレ不足、渋滞などの問題も発生していた。そこで宮島エコツーリズム構想の一環として、2023年度をめどに宮島訪問税の導入を検討している。1訪問ごとに1人1回100円を徴収し、税はトイレの設置や医療体制の強化に使い、観光誘客には使わない方針だ。コロナ禍で密を避ける傾向も追い風となり、宮島では観光客の数よりも質を重視する方向に大きく舵を切った。

 

世界遺産の周辺エリアも含めていかにして回遊してもらうか

世界遺産と共通するのはメインの世界遺産を見ればもう満足となってしまう点だ。北海道・北東北の縄文遺跡の構成資産は17カ所に及ぶが、青森の三内丸山遺跡を見ただけで観光客は満足してしまい、他の登録場所に足を運んでもらえないという悩みがある。富士宮市でも同様で、観光協会のアンケート調査では地域住民の認知度が30%台に留まる構成資産もあった。縄文遺跡群を実際に訪れた多田氏は「なぜそこが世界遺産になったのかわかるような巡り方を提案することで、構成資産全部に足を運んでもらえるのではないか」と指摘した。3県にまたがる熊野古道で体験ツアーを実施している内山氏は「民間事業者のほうが、行政区分にとらわれず連携しやすい」と話す。百舌鳥・古市古墳群の藤岡氏もレンタサイクルで巡る方法を勧めた。現地を訪れた経験がある久保氏もレンタサイクルを使って、実際に22の古墳群を半日程度で巡ることできたと話す。

 

世界遺産を守ることが、活かすことに繋がる

富士宮市の小川氏は「守る」と「活かす」は表裏一体だと強調。今ある世界遺産を守ることこそが、活かすことにつながると説く。青森県では廃校になった小学校を観光案内所として活用している。小学校なら駐車場も確保できるし、教室ごとに展示方法を変えられるので、観光案内所として既存のものを活かした好事例といえる。
また、観光消費額の増加が期待できるお土産グッズの開発・充実もまさに世界遺産という資産を「活かす」につながっていく。
コロナ禍でインバウンド客が激減し、密になる団体ツアーが敬遠され、どの観光地も苦境に立たされている。今回の世界遺産サミットのように、各地の事例を共有することで未来に向けて新しい観光のありかたを創造するためのヒント、手助けになることを期待したい。

 

【開催概要】
第8回世界遺産サミット
日時:2021年10月28日(金)13:30~17:0
主催:世界文化遺産地域連携会議

■第1分科会(世界遺産地域における都市計画と景観形成)
日光の社寺 岡井健(NPO 日光門前まちづくり理事長)
富士山 芦澤英治(富士宮市副市長)
近畿の事例紹介 井戸智樹(一社・地域連携研究所代表理事)
明治日本の産業革命遺産 柏本 秋生(萩市文化財保護課統括専門職)
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 植野 健治(平戸市文化課)
コーディネーター 島川崇(神奈川大学教授)

■第2分科会(世界遺産を守り活かすソフト事業)
北海道・北東北の縄文遺跡群紹介  多田みのり(歴史と旅のライター)
富士山 小川登志子(富士宮市観光協会会長)
紀伊山地の霊場と参詣道 内山裕紀子(くまの体験企画代表)
百舌鳥・古市古墳群 藤岡千紋(堺市世界遺産課)
厳島神社 棚田久美子 (広島県廿日市市環境産業部長)
コーディネーター 久保美智代 (旅する世界遺産研究家)

 

世界遺産登録するまでは国や自治体、住民が一丸となって盛り上がるが、いざ登録されるとオーバーツーリズムの問題や保全にかかる莫大なコスト問題など、どこの地域も共通の悩みを抱えている。本サミットを主催する世界文化遺産地域連携会議は、そうした課題の解決と合わせ、「世界遺産リレー催事」など世界遺産地域間の共同事業や国等への要望提案活動に取り組んでいる。HPはこちら

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