インバウンドコラム

インバウンド再開後初の大規模イベント 台北国際旅行博(ITF2022)、各国・地域は台湾消費者にどうアピールしたのか?

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2022年で30回目を迎える台北国際旅行博(ITF2022)は、財団法人台湾観光協会が主催する、アジアでも最大級、台湾最大規模の旅行博だ。2022年は11月4日から7日までの4日間、台湾台北市の南港展覧館で開催された。旅行博開催の1カ月前の10月13日、台湾の入境後の隔離が撤廃されたため、ほぼ3年ぶりに日本側からも出展者が出向き、来場者と直接触れあえる機会となった。 10月11日からの日本への渡航自由化以降、日本にとって重要なインバウンド市場の中で最初の大型旅行博であり、日本と台湾双方の期待と熱気は最高潮に達した。

今回は、台北国際旅行博(ITF2022)日本ゾーンの運営を行った日本観光振興協会の大須賀信氏の寄稿による現地レポート紹介する。現地のブースや来場者の様子だけでなく、競合国の取り組みから見えてきた日本の戦略の課題についても考えていく。


▲日本ゾーン内に出展した可楽旅游(Cola Tour)のブース。実際の旅行商品がその場で即購入可能

 

1.台北国際旅行博(ITF2022)概要

旅への渇望と情熱が感じられた旅行博、4日間で約19万人が来場

11月4日から7日まで開催された台北国際旅行博(ITF2022)は、4日間の入場者数は19万5000人を超え、昨年比172%を記録。コロナ禍の旅行控えを取り返すような、「旅への渇望・情熱」を台湾の人々から十二分に感じられた。

単純には比較できないが、9月に開催されたツーリズムEXPOジャパンが4日間で12万4000人余りであり、台湾の人口が日本のおよそ6分の1、台北市の人口が270万人と、横浜市より小さいことを考えるとその熱狂ぶりが数字でわかると思う。

この旅行博は「BtoCが基本」であり、旅行会社やホテルは、ここで商品を販売するのを目的としている。会場を見回すと目につくのは、少しでもお得な航空券、ツアー商品、宿泊券を求める多くの入場者がブースに所狭しと貼られた値札を熱心に見定めていて、端末を操作し、係員と真剣に話こんでいる、という風景だ。この状況が会期中毎日、朝から晩まで見られた点は、BtoBの色合いが濃いツーリズムEXPOジャパンなどとは大きく異なる様相を呈していた。


▲日本航空も「日本までの航空券を買えば国内区間は無料で追加」など積極的な航空券販売をしている

 

2 世界の観光産業のトレンドが読み取れる、各国地域のブース

台湾:競争が激化する国内の観光産業の現状

会場内は、楽しげな入場者、笑顔で対応する出展者が多く、明るく、熱気が充満する会場は、一見コロナ前に戻ったかのように思ってしまうが、つぶさに歩き回ってみると観光産業にコロナ禍が与えた深刻な影響を感じさせるものがあった。コロナ禍でダメージを受けた観光産業からは多くの人材が流失してしまったのは世界共通で、台湾も例外ではない。会場内では、急速に回復する需要にこたえるべく、求人広告も多く見かけた。「旅行博での求人広告」というのも、この時代の観光産業の直面する問題を如実に表していると思う。


▲レジャー施設などの求人広告

新興エアラインの台頭も目を引いた。台湾では、レガシーキャリア2社体制にLCCが食い込む形で2000万人ほどの人口の市場でしのぎを削ってきたが、新たにフルサービスで大型新鋭機を導入し、高級志向のSTARLUX(星宇航空)が誕生、既存の各社に負けないブース展開をしていた。徹底した高級志向の雰囲気づくりはもちろんだが、既存の会社はあまりしていない、「グッズ販売」に注力しているのが印象的だった。既存の会社が一定の知名度をすでに獲得していて、「旅への誘い」「楽しい空の旅」というコンセプトに訴求しているのに対して、STARLUX社は、まずは徹底したブランドの認知・浸透に注力している戦略が窺い知れた。LCCといえども市場が成熟すると追われる立場になりうることを示唆した、興味深い例だった。

レガシーキャリアの市場をLCCが奪い、さらに新興のフルサービスキャリアが高級路線でLCCを追撃する構図は、消費者が空の旅に求める価値がより多様化し複雑化していくことを示していると思う。


▲自社グッズの販売スペースを大きくとり、押し寄せる購入希望者に対応するSTARLUX社ブース

 

多額の予算を投じて「クールxポップ」を大々的にアピールする韓国ブース

会場内の出展ブース数では日本ゾーンが最大規模であるが、次に大きな規模を持つのが韓国ゾーンである。K-POPや映画・ドラマなどの大衆文化面で、世界中で強力なプロモーションを行い、国をあげて韓国のイメージ向上に取り組んでいるのは周知の事実だ。「ポップカルチャーを梃子に韓国の国家ブランド力の向上をめざし、最終的に韓国製品の購入などにつなげ韓国経済の成長を促す」という国家戦略は21世紀に入ってから一貫している。

観光分野でも例外ではない。今回の旅行博では相当な予算を投じ、大きな舞台を作り、若い世代に訴求する「クールでポップな韓国」をテーマに華々しいステージパフォーマンスを繰り広げていた。まずは若い人の目を韓国自体にひきつけ、そこから訪韓誘客につなげるという流れは韓国の国家戦略にぴったりとあっていることが読み取れる。


▲徹底したイメージ戦略をベースに華々しいステージで若年層をひきつける韓国

 

日本の欧米豪の富裕層に照準を定めた「高付加価値化」施策の落とし穴

韓国勢の様子を見ることで感じたことがある。
正直なところ、観光コンテンツの質・量ともに、日本が韓国を圧倒しているのは疑いない。日本全国の自治体・観光協会・DMO・観光事業者の並みならぬ努力でコンテンツの発掘・磨き上げ・商品化があまねくなされ、観光立国になりつつあるのも事実だ。全体を通して、「観光消費単価の向上」「富裕層向けコンテンツの充実」「ハード・ソフト両面の高付加価値化」の大号令で動いている。それ自体は正しいもので、日本全体で取り組まなくてはいけない課題である。
だが、「欧米豪・豊かなアジア諸国の富裕層」のみがターゲットになり、「アジアの若い層向け」の取組が死角になっていないかを日本全体で考え直していく時期ではないだろうか。「世界的な人気をほこる漫画・アニメがある」「日本文化はクールジャパンでかっこいいだろう」という思い込みは禁物だと思う。

「富裕層向けコンテンツの充実」と両輪で、「アジア(欧米豪、場合によってはアフリカ・ラテンアメリカも含むかもしれない)の若い人に日本を好きになってもらう」ことを国家戦略レベルにして取り組まないと、持続可能な観光立国、長期的な観光産業の発展にはつながらないのではないか。今後人口が増えていく地域はもちろんだが、成熟した先進国も含め、今の若い人がこれから数十年にわたり観光をはじめとした消費をけん引していくのは事実であるからだ。

今の段階で「消費額が低い」などを理由にターゲットにしていないと、彼らが生涯にわたり日本で使うはずの観光消費額が、長期に、大きく失われてしまうことを考えなければならないと思う。国民の平均年齢が50歳に近づく日本では、観光施策を考える人間もえてして同年代の人物になりがちだ。例えばベトナムなど国民の平均年齢が30歳くらいの国の観光消費指向を理解できているか、もしくは10代・20代の旅行者の感覚が理解できるか、検証すべきだと思う。日本と社会構造が似ていて、同じく少子高齢化の進む韓国はこの点がきちんとできているのではないだろうか。

今回の旅行博でも、ステージフォーマンスの演目掲示板に観客から最も多くの「いいね」を意味するステッカーを貼られていたのは韓国のグループであったことを記しておく。


▲観光ブースでもK-POP、韓流の文字が躍る。各地のプロモーションビデオもおしなべて若年層を意識している。明記はしていないが世界的なボーイズグループ「BTS」のイメージカラー「紫」で統一している

 

3.台湾の消費者の熱気から日本ゾーン出展者が感じ取ったもの

インバウンド観光再開直後の旅行博、日本ブースの状況は?

台北国際旅行博(ITF2022)の中で最大規模となった日本ゾーンは56団体96ブースの出展となり、昨年よりほぼ倍増した(昨年は25団体46ブース)。募集を締め切った後の9月下旬に日本の水際対策緩和、台湾の隔離期間撤廃が発表された関係で、途中まで様子見の出展者も多く、隔離が撤廃されない場合は日本から渡航はせず現地レップにまかせる、という声も多かった。また、ビザが必要という前提で9月まで動いていたので、ビザ取得のための招聘状のアレンジをするなど、通常では不要な作業も多く、取りまとめ役の当協会としても、出展者も非常に難しい判断をぎりぎりまで迫られていた(最終的には10月13日以降隔離期間なし、ビザ不要となった)。

緩和措置が発表されてから、「今からでも旅行博への参加をなんとかならないか」と各地の自治体や観光事業者から多くの問い合わせをいただいたが、ブースの配置を確定してしまった関係でお受けできず、旅行博初日前日の11月3日に当協会が主催する商談会(台北市の富邦国際会議センターで開催)に案内をして、商談会のみの出席になった参加者も複数あった。

 

日本の出展者が、台湾の消費者の熱気から感じ取ったもの 

急速な渡航規制緩和で、参加を決めていた出展者は多くが日本から渡航し、会場ではたくさんの日本人の出展者が法被などを着て精力的なプロモーションを行っていた。

そのような方から、コロナ禍を経て台湾人の意識、旅に求めるものの変化を感じるとの声を多数いただいた。また、それを先取りしてすでに対応している出展者も多かった。代表的な声をいくつかご紹介する。

「多様な魅力に溢れる東京をかねてからアピールしてきたが、離島などの問い合わせも多くいただいた」(東京観光財団)
「沖縄というとリゾートという大きなイメージでとらえられていたが、もう少し具体的にターゲットを絞り、たとえば『親子旅』『女子旅』にフォーカスしたコンテンツ紹介をするようにした」(沖縄観光コンベンションビューロー)
「日本における水際対策が大幅に緩和され、台湾から新千歳空港への直行便についても、運行再開・新規就航が発表されているところであり、冬季の誘客に繋げるため、札幌の冬季観光魅力を中心に紹介している」(札幌市)


▲大盛況の沖縄ブース。多くの入場者が日本ゾーンで熱心に情報収集をしていた

ある自治体からは「FITとして、飛行機・宿は自分で手配するが、いわゆる旅ナカの情報を自分で取集する方が多く、パンフレットは思いのほか手に取られている。また、コロナ禍で、観光施設の最新の営業情報などを細かくきかれることが多いようだ」という声もあった。これはどの観光地にもあてはまるもので、FITにはアップデートした観光情報の提供をすることが非常に重要だということを示していると思う。

また、鉄道会社の出展者からは、「台湾では鉄道好き、鉄道をメインに据えた旅を好む人が確実に増えている。観光地情報もきかれるが、鉄道車両そのものへの質問も多い」という声をいただいた。

別の出展者からは「3年間のブランクで、忘れられているかもしれないので、あらためて基本的な観光スポット、コンテンツを『おさらい』の意味もこめて丁寧に紹介している」との声もあった。コロナ禍を経て本格的なインバウンド回復に向けて、それぞれが異なるアプローチで積極的に誘客を行おうとしていることもわかった。

先述のように開催初日の前日に当協会主催の商談会を行ったが、その際に台湾側のバイヤーの熱気と、それに驚きつつも久しぶりの海外での商談会に出られたことの喜びに満ちた日本側セラーのやりとりを目の当たりにした。それもあり、かなりの期待を持って臨んだ旅行博だったが、総じて日本側参加者も「参加してよかった」「こんなに活気のある旅行博は久しぶり」「台湾はやはり市場として重要だし、この手ごたえが面白い」という声が多かった。あまりの盛況ぶりに、用意したパンフレットが早々となくなり、現地台北の事務所から追加搬入をするブースも見受けられた。また、初めて参加した事業者様からは「また来年も絶対来ます」という嬉しい意見ももらった。

 

出展者一体となって旅行商品を売り、台湾から日本への誘客を目指して

今回の台北国際旅行博(ITF2022)では、全体を通して、日本ゾーンの今後の在り方、また日本の観光戦略自体にいろいろ新たな気づきがあった。現在、各自治体・観光事業者様のブースはPR中心、旅行会社は販売中心に分かれてしまっている。この点を改善し、運営側としては、BtoCメインの旅行博のメリットを最大限に活かし、前者でも「この地域に行く旅行商品はあるのか」ときかれたらすぐにその旅行商品を扱う同じ日本ゾーンにある旅行会社ブースを案内できるような仕組みを強化して、「お金を生み出し、出展者みんなで稼ぎ、台湾から日本に人を呼べる」ブースにしていきたいと考えている。台湾から日本への送客のアクセレレーターになれたらと思う。

▲韓国車でグランピングを提唱。韓国製品購入まで見据えた戦略

また、他国、地域とインバウンドの取り合いになるアフターコロナの時代に、日本全体として死角のないような長期的な戦略を持つことも意識していきたいと考えている。

日本の観光産業が持続的な成長を遂げるうえでも、オンラインではなく、実際に足を運び、現地の様子を肌で感じていくことがいかに重要か身に染みた台北国際旅行博(ITF2022)だった。来年以降も多くの方に出展していただき、台湾からの誘客をより盤石にできるように、運営側として最大限に努力していきたい。

 

公益社団法人 日本観光振興協会
観光地域づくり・人材育成部門観光地域マネジメント担当部長 兼 交流促進部門 交流促進担当部長
大須賀信

千葉県出身。東京大学部法学部卒業後、米国系航空会社、日系設備会社などをへて2018年2月より地域連携DMO一般社団法人秋田犬ツーリズム勤務。同年4月より2022年3月まで事務局長として、急速に少子高齢化・人口減少が進む秋田県北部で、地域住民と一体となった「観光地域づくり」を進める。データに基づく戦略策定・コロナ禍での観光地域づくりなど、課題解決を最優先に取り組む。2022年4月より公益社団法人日本観光振興協会にて企画政策部門、交流促進部門を担当。同年10月より観光地域づくり・人材育成部門観光地域マネジメント担当として、DMOのサポート、台湾との交流関連事業などを手がける。

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