インバウンドコラム
新たなインバウンド層の誘致のため、JNTOも推進しているアドベンチャートラベル。2018年の世界市場規模は約62兆円、2026年には約173兆円まで成長するとされ、一般旅行者よりも地域への経済効果が大きく、今後のツーリズム産業をけん引していくと考えられています。注目を集めている理由は、アドベンチャートラベルへの参加を通して旅行者が自分自身の内面からの変化や視野の拡大を求めたり、より地域に長く留まり地域と交流しようとするという点です。
今回は、2022年10月にスイスルガーノで開催されたアドベンチャートラベルに特化した商談会「アドベンチャートラベル・ワールドサミット」に参加した、東北のアドベンチャートラベルの商品造成、販売を手掛ける株式会社インアウトバウンド仙台・松島の代表取締役西谷雷佐氏に、サミットを通じて得た経験と気づきを寄稿いただきました。
アドベンチャートラベル記事はこちらも
最大規模の商談会「アドベンチャートラベル・ワールドサミット」
今回、私が参加したアドベンチャートラベル・ワールドサミット(ATWS)を主催するのは、アドベンチャートラベルの持続的な発展を目標とし、様々なネットワークやソリューションの提供を目的として設立された団体 Adventure Travel Trade Association(以下:ATTA)です。世界100カ国以上約1300会員からなるアドベンチャートラベル領域最大の組織で、会員事業だけではなく市場発展のためのイベントやカンファレンス(商談会)なども開催しています。
そのカンファレンスの一つが、2005年から年に1度世界各地で開催されている世界最大のアドベンチャートラベル・ワールドサミットで、世界中のツアーオペレーターやメディアを中心に約800-1000名の事業者が参加するBtoBのイベントです。
▲ATWS2022 Lugano ホームページ
これまで同サミットは、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ各地で開催され、2021年にはアジアで初めて北海道で開催されました。残念ながら、新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン実施に変更されましたが、2022年のスイスルガーノ(ATWS2022 Lugano)を経て、2023年には改めて北海道でリアル開催されることが決まっています。
仙台を拠点にインバウンド向けの東北のツアー造成と販売を手掛ける弊社は、2021年の北海道でのサミット開催を機に、東北でアドベンチャートラベルツアーを造成し、プレサミット・アドベンチャー(サミットの前に開催されるアドベンチャートラベル、詳細は後述)としてオフィシャルエントリーしました。また、2023年に北海道で開催されるプレサミット・アドベンチャー受け入れにおいて、東北地域の魅力を世界に発信する上でも重要と考え、今年スイスルガーノでのサミットへの参加を決めました。
アドベンチャートラベル・ワールドサミットで展開されるプログラムとは?
開催期間は9日間、アドベンチャー尽くしのBtoB商談会
アドベンチャートラベル・ワールドサミットは基本的に「BtoBの商談会」です。旅行博のように事業者がブース出展して、一般の方を含む参加者が周遊しながら情報収集するスタイルではなく、事業者は事前に登録することによりサミット当日に商談が設定されます。その他、様々なテーマで講演会やトークセッションが開催され、事業者同士が情報交換をしたり交流を深めたりする場となっています。
▲サミットでの商談会の様子
そのため、サミット開催前に参加者だけが閲覧できる「ATTA Compass」という専用Webページ(アプリ)にプロフィールや商品詳細を掲載します。ここでプロフィールをしっかりと記入し、「この事業者の話を聞きたい」と関心を持ってもらうことがとても重要です。同時に自分からも「ぜひ会って商談しましょう!」とアプローチすることも大事です。ただ登録するだけでは何も起きることなくサミットは終わってしまいます。
ATWS2022 Luganoの開催スケジュールは、以下の通りでした。
9月28日-10月2日:プレサミット・アドベンチャー
10月3日:デイ・オブ・アドベンチャーとオープニングセレモニー
10月4日-6日:商談会及び各種講演会
それぞれについて、以下で詳しく説明します。
参加者にも責任が求められるアドベンチャー・トラベル
プレサミット・アドベンチャーは、サミット本編開催の約1週間前から、開催国で広域にわたり開催されるアドベンチャーツアーです。今回は、開催都市であるルガーノ及びその周辺だけではなく、スイスという国全体のアドベンチャートラベルを参加者に体験してもらう趣旨で、サミット登録者に対して様々なツアーが提案されました。ツアーの選択肢は20種類程あり、サイクリングやカヌーなどのアクティビティはもちろん、瞑想や食を中心とした文化的アクティビティも多数用意されており、約800人の参加者に対し、推定約150人の方が実際に参加していました。
私はスイス中部の古都、ルツェルンというまちの周辺の山やトレイルでハイキング・登山・ロッククライミングを体験する「Lake Lucerne Hike & Via Ferrata and Climbing-Course in Engelberg」というツアーを選択。アメリカ、イタリア、オランダ、インドなどから合計9名が参加しました。
▲プレサミット・アドベンチャーでVia Ferrataに挑戦する西谷氏
体験してまず思ったのが、ガイドのスキルが高いことです。ツアーに関連する単純な情報提供ではなく、必ず「なぜ」を軸にコミュニケーションが展開されます。そしてその都度、「日本ではどうなの?」と聞かれます。双方向のコミュニケーションを支えるのは英語力とリベラルアーツ、さらにはユーモアのセンス。英語が母国語の人ばかりではありません。発音や単語力は完璧でなくてもいいのです。身振り手振りを交えながら、「伝えよう」とする情熱が大切だと改めて感じました。
プレサミット・アドベンチャー期間中の天候は風が強かったり雪が降ったりと、あまり良くはありませんでした。朝起きて窓の外を見て「ああ、今日は中止かな」と思うような日も、朝食後にガイドさんと合流すると、「行くよね?山登りにスイスに来たんだものね?」という感じです。日本は良くも悪くも「何か起きたらどうするか」への意識が強く、その意識から旅行条件書には禁止事項も多く目にします。
一方、今回感じたのは「It could be happened」という文脈でした。「こんなことが起こるかもしれないよ」「だからそれに対してきちんと備えて参加してくださいね」という、“参加する以上は参加者にも責任がありますよ”という雰囲気。旅行提供者と参加者がある意味フラットな関係であり、決してお客様は神様ではないのです。
▲多少天候が多少悪くとも、参加者自らも責任をもって参加するのがアドベンチャー・トラベルのスタイル
女性が安心して楽しめるアドベンチャートラベルが重要に
約1週間にわたるプレサミット・アドベンチャーが終わると、サミット開催地、スイス南部にあるイタリア語圏の都市ルガーノに移動。その後、サミット初日には「デイ・オブ・アドベンチャー」が行われます。
デイ・オブ・アドベンチャーは、参加者全員(約800名)を対象に、開催都市近郊で開催される日帰りのアドベンチャーツアーで、今回はルガーノ及びその周辺で行われました。
デイ・オブ・アドベンチャーの中にもハイキングやカヤック、サイクリングなどを楽しむものが多数ありましたが、私はプレサミット・アドベンチャーで十分にそれらを満喫したので、映画『007ゴールデンアイ』にも登場したダムからバンジージャンプをするツアー「007 Goldeneye Bungy Jump Verzasca Dam」に参加しました。
▲デイ・オブ・アドベンチャーのツアーで体験したバンジージャンプ
このツアーには世界中から約20名が参加。「バンジージャンプするだけでアドベンチャートラベルなのか?」と思いましたが、ジャンプの後は森の中をハイキングし、歴史的な建物を活用してアルベルゴ・ディ・フーゾ(地域そのものに泊まる分散型ホテルという考え方)に取り組む地域で関係者と交流しながらのランチなど、全体の構成に工夫が取り入れられていました。
▲アルベルゴ・ディ・フーゾについてのヒアリング
開催地でのアドベンチャーツアー体験が一通り終わった後、本番のアドベンチャートラベル・ワールドサミットはコンベンションセンターのような会場で開催されます。商談はワンクール12分。巨大なタイマーが設置されていて、12分毎に商談相手が入れ替わり、最大で1日計12件程度、多い時は20件を超える商談をします。
ただし、アポイントを入れているにもかかわらず時間になっても商談相手が現れない「ノーショー」も時折あります。日本の感覚だと驚いてしまいますが、海外には「気が変わった」「他に用事ができた」とアポイントをスルーしてしまう人もいます。そんな時は過剰に期待し過ぎないことと、「会えなくて残念だったよ。ぜひあなたに伝えたい魅力的な情報があるんだ。今日この後キャッチアップできる時間はある?」と連絡を入れるメンタルの強さ及び積極的なコミュニケーション力が求められます。
▲12分という限られた商談時間の中でいかに相手に興味を持ってもらえるかが重要となる
参加している人数に対して商談だけでは時間が足りないし、会えるエージェントの数にも限界があります。ですから参加者は前述したATTA Compassを活用し、会いたいエージェントに個別メッセージを送り、限られた時間とチャンスの中、積極的にアプローチして直接会って対話するのです。そのために会場内には「MEET ME HERE」という看板も設置されています。「この看板の前で13:00に会いましょう!」といった感じです。
▲Meet Me Hereの看板
会場内ではコーヒーやお菓子が無料で提供されており、コーヒー片手に和やかな雰囲気でネットワーキングが展開されます。弊社はコーヒーブース付近にポップアップを構えさせてもらい、商談の時間以外はこの場所で商品のPRを行いました。
▲ブース訪問者に東北の魅力をアピールする西谷氏
その他、会場内では数多くの講演会やトークセッションが開催されています。データ分析に関すること、最新のアドベンチャートラベルの情報、そしてよく目にしたのは「Women’s adventure」という言葉でした。女性が安心して楽しむことができる旅というカテゴリーは、これから大切になってくるのかもしれません。
▲女性xアドベンチャーをテーマとしたパネルディスカッション。サミット内では、講演やセッションが多数行われた
アドベンチャートラベル推進にあたって大切なこと
いかにして「人柄」を売り込むか、参加者同士の濃密な時間がビジネスに
参加者同士はATTA Compassを通して連絡を取ることができるのですが、それとは別にWhatsApp(日本のLineのようなアプリ)に参加者有志による「Heroes of ATWS2022」というグループスレッドが立ち上がりました。ここには約300名以上のサミット参加者が登録されており、「今夜はこのバーに集まろうぜ!」といったような非公式な情報のやり取りが展開されています。
このWhatsAppのスレッドは誰かに招待してもらわないと入ることができません。感覚的な話になりますが、例えば商談の場で単純に商品概要の説明をしても「OK! Thank you!」で終わり。「この人楽しそう!」と思ってもらわないと招待されないようなイメージです。
ある夜、このスレッドで共有されたバーに行ってみると、100人以上の参加者が集まりお酒を飲んでいました。この場でいろんな雑談をして、笑って、踊って。その翌日会場で再会すると、「いやー、昨夜は楽しかったね!ところであなたはどのようなツアーを販売しているの?」とビジネスの話になります。
▲夜のバーで参加者と盛り上がる様子、実はこうした時間を共有することに価値があるのかもしれない
正直な印象として、セッティングされた商談のテーブルで出会った人よりも、バーで一緒にお酒を飲んだり、プレサミット・アドベンチャーやデイ・オブ・アドベンチャーで共に濃い時間を過ごした人の方がその後の関係性が深いです。今でもメールやWhatsAppでやり取りをしているほとんどはこのような人たちです。
事前にしっかりとパワーポイントを作成し、英語の練習をして、決められた12分で商品のプレゼンテーションをすることも大切ですが、コミュニティに飛び込んで自分の趣味や関心について語り合うことを入り口としてスタートする関係性もとても重要だと感じました。
なぜならば、世の中にはすでに素晴らしい地域や商品が溢れているからです。そうなると、最終的には「誰から商品を購入するのか」。そこに繋がる新しい出会いの場が今回のサミットなのだと強く思います。
欧米アドベンチャートラベラーには、「オールジャパン」での商品造成が必須
サミット以降、そこで出会った方たちからたくさんの問い合わせをもらっています。そのほとんどが「あなたの地域を含めた“ジャパンハイライト”を提案してくれ」という内容です。私は東北のアドベンチャートラベルを造成・販売していますが、要望に応えるためには「東京や京都を含めた東北の旅」を示す必要があります。
サミットに参加していた多くのエージェントは、来年開催されるATWS北海道2023を機に、これから日本へのツアーを造成しようと考えているケースが多い印象を受けます。アドベンチャーであることはもちろん大切ですが、「THE定番の日本」も併せて楽しみたい。なぜならゲストにとって一生に一度の日本旅行になるかもしれない。その意識は、特に日本から遠く離れた欧州に強く、故に旅行期間も2-3週間以上になるのでしょう。
▲ブースでは東北の魅力をアピールした
その一方で、今後の可能性として日本のアドベンチャートラベルを台湾・香港・韓国等の近隣のアジア諸国にPRしていくことも重要だと考えます。こうした国・地域からは3泊4日程度で日本を訪れることができ、リピート率も高いです。日本国内各地に直行便が整備されているので、ダイレクトに地方都市のアドベンチャートラベルフィールドに移動することも可能です。
いずれにせよこれからは「東北」ではなく、「日本の東北」という文脈で商品造成していく重要性を強く感じています。その上で、例えば「東北の修験道と四国のお遍路、熊野古道を巡るハイキングツアー」のように、全国各地を1つのテーマで繋げて日本全体を周遊するような提案が求められるのではないでしょうか。必ずしも隣接する市町村や都道府県だけでツアー設計する必要はないのかもしれません。アドベンチャートラベルワールドサミット2023北海道は「オールジャパン」で盛り上げていきたいですね。
ヨーロッパで日常生活に根付くサステナビリティへの意識と実践
最後に、アドベンチャートラベルにおいても重要要素であるサステナビリティについて少し触れたいと思います。スイスに約3週間滞在しましたが、SDGsという言葉は一度も目にしませんでした。一方で持続可能への意識と実践は生活にある程度浸透しているように感じました。
カフェで食事をする際のナイフとフォークは木製。マイバッグを忘れた際に有料で購入するバッグは紙製で、ホテルのゴミ箱にもビニールではなく紙袋が設置されています。量り売りを目にする機会も多く、「できる人が、できることを、できる時に」という印象です。SGDsは目にしない代わりに「ヴィーガン」「フェアトレード」はよく目にしました。声を大にせずとも、一定数の地域住民がサステナブルに対する行動を実践できている。日本も早くこのステージに辿り着けばいいと願うばかりです。
▲サステナブルが当たり前に浸透する欧州では、木製のナイフとフォーク、ゴミ箱に紙袋はスタンダート
「サステナブルツーリズム」という旅の形態は、個人的には存在しないと思っています。どんなにサステナブルであったとしてもコンテンツに魅力がなければゲストは参加しないからです。まずは地域の魅力をツアー商品として造成し、その根底にエージェントや地域がサステナブルに対して理念を持ち実践する。参加者も理解した上でツアーに参加し共に実践する。その双方向性こそがサステナブルであり、大切なのは地域の経済に寄与することです。
ATWS2022 Luganoのオープニングセレモニーで、関係者がこのようにスピーチしました。
「アドベンチャートラベル・ワールドサミットではサステナビリティをとても重要だと位置付けています。皆さんが出来ることは何か。それは、サミットが終了してから1日でも長くスイスに滞在し、旅を続けてくれることです」
脱プラスチックへの取り組みや自然環境への配慮はもちろん大切ですが、経済的に持続可能であることの重要性を再認識した瞬間でした。
今後、観光におけるサステナブルという概念はより競争的なステージに発展していくのではないでしょうか。世界中どの地域にも歴史や文化や美味しい食べ物や美しい自然があります。皆さんの地域はサステナブルなのか、どのようにサステナブルなのか。今後ゲストが次の旅先を考える際において、影響力の強い検討項目要素のひとつになるでしょう。
どんなに正しくても、そこに楽しさや物語がないと人の心は動きません。旅とはそもそも人をワクワクさせてくれるもの。今回サミットで学んだことや出会った皆さんと「ジャパンアドベンチャートラベル×ワクワク×サステナブル」というスタイルにて自分の理念に基づいた色で実践していきたいと思います。
プロフィール:
株式会社インアウトバウンド仙台・松島 代表取締役 西谷雷佐
青森県弘前市出身。ミネソタ州立大学卒業後、地元旅行代理店に勤務。2012年、着地型観光に特化した旅行会社「たびすけ」を創業。「短命県体験ツアー青森県がお前をKILL」等、地域の暮らしぶりに注目したユニークなツアーを多数企画実施。2018年、インバウンド事業に特化した「株式会社インアウトバウンド仙台・松島(DMO法人第20065号・第2種旅行業)」を創業。2020年からはAdventure Travelに精力的に取り組みAdventure Travel World Summit 2021北海道オフィシャルエキスカーション(全国5本)に選出。全国各地にて持続可能な観光地域づくりやサスティナブルアドベンチャーをテーマとした講演を行い、地域資源を活用したツアー造成、ガイド育成、コンサルティング等にも取り組んでいる。
(写真提供:株式会社インアウトバウンド仙台・松島 西谷雷佐氏)
最新記事
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」 (2024.10.04)
【現地レポ】タイパ重視から「余白」を楽しむ旅へ、南米ノープラン旅がもたらした地域住民とのディープな体験 (2024.06.07)
【現地レポ】2週間で1人150万円のツアーも!! 米国の新しい訪日旅行トレンド、地方がインバウンド誘致で成果を出す3つのポイント (2024.02.28)
2024年国際旅行博TITFから考える、タイ人の海外旅行需要は戻ったのか? タイを狙う競合市場の動向 (2024.02.21)
金沢市でサステナブルツーリズムセミナー開催、地域のための観光の実践者増を目指す (2023.12.14)
台北国際旅行博(ITF2023)、定番以外の新しい魅力を訴求した日本。ライバルのアジア諸国はどうアピールした? (2023.11.17)
万博見据え4年ぶりに大阪で開催、ツーリズムEXPO2023が提示した「未来の観光」のカタチとは (2023.11.08)
参加者の視点から見た、アドベンチャートラベル・ワールドサミット北海道のリアル (2023.10.18)