インバウンドコラム

ガストロノミーツーリズム国際会議「多様性」「持続可能性」などテーマに議論、日本の可能性と課題は

2023.01.20

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日本の水際対策が緩和され、海外との往来が活発化し始めて間もない2022年12月12日から4日間、奈良市で「第7回UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラム」が開催された。ガストロノミーツーリズムに関する本格的な国際会議が日本で開催されるのは初めてのことだった。約30カ国から計450人が奈良に一同に会した今回のフォーラムでどのような話が繰り広げられたのか、食と観光を専門に研究する平安女学院大学 尾家建生氏によるレポートを届ける。

 

UNWTOも推進する「ガストロノミーツーリズム」とは

今回のシンポジウムを主催するUNWTOは、世界観光産業のシンクタンクとして観光の成長を牽引する国連機関である。本部をスペインのマドリードに置き、持続可能な観光をはじめ、文化、遺産、ヘルス、ワイン、倫理など新しい観光のテーマにいち早く取り組んでいる。「観光」と「食」についてもその重要性を早くから発信し、2012年の『フードツーリズムのグローバルレポート』、2017年の『ガストロノミーツーリズムのグローバルレポート第2版』の発行と『ガストロノミーツーリズム』に関するシンポジウムの開催、情報発信など国際観光発展の重要なけん引力となっている。

ガストロノミーツーリズムの定義について、UNWTOは「旅行中の食べ物や関連する商品と活動に結びついた訪問者の体験を特徴とする観光活動」としており、その普及のため、2015年にサン・セバスチャンで第1回の「ガストロノミーツーリズム世界フォーラム」(当時はフードツーリズムという名称だった)を開催。それ以降、毎年、世界各都市とスペインのサン・セバスチャンにて隔年交互開催で世界フォーラムを開いている。今回の奈良大会は第4回のバンコク大会につぐアジアでは2都市目の開催である。

UNWTOの駐日事務所を置く奈良市は世界フォーラム開催にふさわしく、又、奈良県知事荒井正吾氏の観光施策は、県南部の農家レストランのプロモーション、奈良フードフェスティバルの開催、なら食と農の魅力創造国際大学校の設立、ミシュラン奈良版の出版など一貫しており、それらの施策の集大成とも言える。

今回の世界フォーラムはハイブリッドで開催されたが、会場参加者は450人以上(国内約300人、海外約150人、参加国数約30カ国)、オンライン参加者は1000人以上、参加国数125カ国にのぼった(UNWTO駐日事務所による)。

 

「持続可能な観光」と「文化」をテーマに、日本のガストロノミーを議論

4日間の開催期間のうち、12月12日には本大会に先立って観光庁主催、UNWTO・(一財)アジア太平洋観光交流センター(APTEC)共催の「サイドイベント」が開催された。

基調講演をUNWTO本部観光市場・競争力部部長のサンドラ・カルバオ氏が行った。冒頭に、観光はパンデミックからの回復途上にあることを述べ、コロナ後の旅行行動の変化とトレンドをアメックスの調査データをもとに分析、「旅行者は今日、誰のため何のために旅行するのかを考えることに時間を費やし、回答者の78%が訪問するコミュニティへのプラスの影響を持ちたいと欲している」と述べた。さらに「ガストロノミーツーリズムの開発のためのガイドライン」について触れた。

サイドイベントは、テーマを「ガストロノミーツーリズム×サステナブルツーリズム×カルチャー」として、3つのパネルディスカッションが開催された。

まず<パネルディスカッション1>で渡邉賢一氏(XPJP代表取締役)をモデレーターに迎え、「UNWTOベスト・ツーリズム・ビレッジ2021」に日本から選ばれた北海道ニセコ町の青木真郎氏と京都府南丹市美山町の高柳和華氏、さらに美山町の選定に助言した神戸大学の辛島理人準教授の3人が登壇、地域の伝統を活かすための「ローカルルール」の必要性やガストロノミーツーリズムのデザインと商品化などについて幅広い分野での意見が交わされた。

<パネルディスカッション2>では、JNTO理事の中山理映子氏をモデレーターに、奈良県葛城市の梅乃宿酒造の吉田佳代代表取締役、京料理木乃婦の高橋拓児氏、バスク・カリナリー・センターコーディネーターのタビ・モラ氏、ONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構理事長の小川正人氏からガストロノミーツーリズムの実践の報告があり、2023年にユネスコ無形文化遺産「和食」の登録10周年を迎えることや、料理を通じて都市の格をあげていくことに貢献できるなど多彩なトピックスが紹介され、議論された。

<パネルディスカッション3>では、ぐるなび社長室室長の家中みほこ氏をモデレーターに、ユネスコ創造都市ネットワークの食文化分野に日本で2都市目に加盟が認定された大分県臼杵市の臼杵市役所政策監佐藤一彦氏と、同市で制作した映画『100年ごはん』の監督の大林千茱萸氏を迎え、食文化創造都市に認定されたバックグラウンドとなった有機肥料づくり、南蛮文化と郷土料理、伝統の発酵醸造産業、市民の活動などの舞台裏が語られ、大林千茱萸監督からは臼杵市への思いを伝えるトークがあった。

 

「女性と若者」「持続可能な食品」をテーマに、海外の先進事例も披露

翌日の13日は、大会テーマである『人と地球のためのガストロノミーツーリズム:確信し、活躍を推進して、維持する』に関連する基調講演やセッションが行われた。

セッションⅠは「女性と若者」(モデレーターと6人のスピーカー)、セッションⅡは「持続可能な食品」(モデレーターと7人のスピーカー)について、世界トップクラスの女性シェフ、食品ロスコンサルタント、ホテル経営者、旅行会社経営者、レストラン経営者、料理専門大学院の研究者など業種も国籍も多彩な登壇者により議論がなされた。

セッションⅠでは、「女性と若者:才能にスポットライトを当てる」をテーマに世界的に活躍する女性シェフや若手経営者が意見を交わした。

母親でもある女性シェフからは仕事でも家庭でもハッピーになりたいという生の声や、若手経営者からは上司のシェフからもリスペクトされていると感じたいという声が聞かれたほか、女性への先入観、例えば女性には家族や育児があるのでこうあるべきだという社会的圧力や、酒造りの杜氏は男性であるといった先入観は排除されるべきなどの意見がでた。日本でも最近増えている女性の杜氏について、男性の杜氏は酒にしか関心がないが、女性の杜氏は料理をよく知っているとの利点も紹介さ、ガストロノミーツーリズム業界でもダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)の考え方に基づくマネジメントの必要性が強調された。

セッションⅡでは、「私たちの地球、私たちの未来:持続可能な食品」をテーマとして、観光業界でフードロスをビジネスにしている企業経営者たちを中心に、食品ロスの現状と実践の事例が報告された。

インドの高級ホテルグループITCのナクル・アナンド氏からは発生する食品廃棄物の90%をリサイクルするビジョンと具体的なプログラムが紹介され、「責任ある贅沢 responsible luxury」が新時代のグローバルホスピタリティとなるだろうと述べられた。併せて、UNWTOからホテル、クルーズ、国の「観光部門における食品廃棄物削減のためのグローバルロードマップ」(草案)が発表された。

セッションⅢは、UNWTOが力を入れている『第3回UNWTOガストロノミーツーリズム・スタートアップ・コンペティション』のファイナリスト6名が、SDGs達成に向けたガストロノミーツーリズム起業のアイデアやソリューションを提案するプレゼンを行った。その後の審査で、日本料理体験の予約システムを開発した「バイフード社」(セルカン・トンが日本で共同創設)が優勝者として決定し、表彰式が行われた。


▲スタートアップ・コンペティションの様子

 

世界的評価を得ている日本の食文化、研究・実践の加速で、観光の質の向上を

3日目は、この世界フォーラムでは毎回おなじみの、外国からの参加者を対象に奈良県下での7つのエクスカーションが実施された。ワールドカフェ形式での会議では、ガストロノミーツーリズムの成功事例が紹介され、その後「ゲットインスパイヤ―ド」でガストロノミーツーリズムの優れた取り組みが紹介された。また、大会の最後に「世界観光倫理憲章」の署名式が行われた。

日本のガストロノミー(料理・食文化)は世界的な評価を得ていると言ってよいが、日本においてその分野の研究、施策や実践が進んでいるわけではない。ポスト・コロナの国際観光市場のさらなる拡大と観光商品の質の向上に向け、ガストロノミーを観光戦略とするアプローチと国際競争は、「食」にかかわるあらゆる問題を含んでますます激化するであろう。


▲フォーラムでは、豊富な食資源を持つ地域が、来場者に魅力を訴求した

世界30カ国余から参集した観光関係者の熱気が、奈良コンベンションセンターの会場に感じられた国際フォーラムであった。2023年は、美食の町、サン・セバスチャンでの開催が予定されている。

 

プロフィール:

平安女学院大学国際観光学部特任教授、博士(経済学)
尾家 建生

福岡県生まれ。大学卒業後、近畿日本ツーリスト株式会社に入社。海外旅行業務・メディア販売・海外団体営業等に携わり、2003年早期退職後、大阪観光大学観光学部教授。同大学を定年退職後、大阪府立大学観光産業戦略研究所客員研究員・非常勤講師を経て現在に至る。大阪商工会議所ツーリズム振興委員会委員、日本フードツーリズム学会前会長などを歴任。発酵ツーリズム研究会代表。専門:観光学、着地型観光、ガストロノミーツーリズム。

 

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