インバウンドコラム
近年関心の高まるサステナブルツーリズムは、日本でも京都をはじめ人気観光地での混雑などといった課題が明らかになり、推進が期待される観光の在り方だ。その中でも自然環境や文化に特化した旅行形態である「エコツーリズム」に特化した商談会がフィリピンで開催された。持続可能な観光をテーマとした商談会は、世界初となる。
世界25カ国から参加した同イベントに、日本からは、責任ある観光を実践する旅行会社アライアンスである(一社)JARTAがブース出展を行った。今回は、イベントに参加した事務局の井上ゆき子氏によるレポートをお届けする。商談会の様子や、イベント内でアジアにおけるトップリーダーが「持続可能な観光」に関して訴えた内容、現地で見られたサステナブルな取り組みなどをお届けする。
▲会場では毎日、商談スタート前に様々な舞踏が披露された
業界初エコツーリズムに特化した商談会、30年近い実績あるフィリピンで開催
2023年3月29日~4月2日にフィリピンのカビテ州シラン市で世界初の国際エコツーリズム・トラベルマート(IETM2023Phillippines)が開催、(一社)JARTAは、同イベントに出展者として参加した。
このトラベルマートは、(一社)JARTA代表理事の高山傑が理事を務めるAEN(アジアエコツーリズムネットワーク)によって3年前から温められてきたもの。フィリピンの政府観光局やASEAN生物多様性センターの協力をも得て、トラベルマート80ブース、パビリオン20ブース、マーケットプレイス50ブース、トライバルビレッジ6ブース、団体ブース16ブースの合計172ブースが25カ国から参加し、当初の予定よりかなり大規模なものとなった。
今回のイベントの主催を担うAENは、世界のエコツーリズムを先導するGEN(グローバルエコツーリズムネットワーク)のアジア地域イニシアチブとして2015年6月2日に設立された。消費者に分かりやすく、適正なエコ活動を実践し運用を行っているアジアの観光地・宿・交通機関・ツアーオペレーターをバックアップしており、日本については、訪日観光客への情報提供も積極的にしている。
▲商談ブースの様子
多様な自然・文化資源に恵まれた地域にとって重要なコンセプトとなる「エコツーリズム」に広くスポットが当てられた今回のイベントでは、エコツーリズムの要素を強く含むサービス(商品)や、グリーンテクノロジー、持続可能な環境活動等の紹介や販売を目的として開催された。
なお、ここでのエコツーリズムの核となるものは「多様な自然と文化を体験する」「環境と文化を確実に保護・保全する」「目的地に対する認識、感謝、配慮の気持ちを持つ」「地域社会に収入をもたらす」とシンプルでありながら明確。日本の観光業では欠かせない「お客様は神様」的な発想は全く感じられなかった。
ちなみに、今回開催地となったフィリピンで「エコツーリズム」が本格的に広まりはじめたのは、奇しくも観光産業の発展が著しかった1990年後半。ホテルやダイビング施設等の開発が進むと同時に環境汚染が懸念され、フィリピン政府が特定地域の入域者に対して観光税を課すことを決めたことが大きく影響した。たとえばボラカイ島では環境料として、エルニドではエコツーリズム開発料という形で徴収し、しかも外国人だけでなく、フィリピン人観光客にも課税することで国内外の環境への意識を高め、エコツーリズムが注目されるようになったのだろう。
トップリーダーによって語られる「持続可能な観光」の必要性
今回のイベントは、主に3つのセクションから構成されていた。
・旅行代理店と環境に優しいホテルやリゾート施設で構成されるトラベルマート。
・参加企業のリサイクルなどサステナブルな取組を示すことを特徴とした地元の工芸品や加工品のプラットフォームとなるマーケットプレイス。
・参加者があらゆる角度からエコツーリズムに関する知識を深めることができるインタラクティブなエコツーリズムフォーラム。
▲会場を着飾った民芸品と、それらを作る職人さんたち
どのセクションも興味深いものばかりだったので、気温30度近くで湿度も高い屋外会場だったがくまなく訪ね歩いた。
オープニングセレモニーからミャンマー、パプアニューギニア、インドネシアなど25カ国のエコツーリズム専門家や環境保護活動家が続々と参加しており、ここでのスピーチは非常に印象的なものが多く、いくつか書き留めていたので紹介したい。
フィリピンのクリスティーナ・ガルシア・フラスコ観光相は「エコツーリズムの役割は自然遺産や文化遺産を保護することへの意識を高めることを促し、地域社会に雇用を創出し、収入を生み出すもの」と述べ、観光のための地域ではなく「地域のための観光」という高山が常日頃説いているキーワードにしっかりリンクしていた。
▲スピーチをするフィリピン観光相
また、驚くほど若く(もしかしたらお若くえるだけかもしれないが)、親しみやすい印象だった開催地シラン市のアルストン・ケビン・アナルナ市長も「今回のようなクロスラーニング、ネットワーキングを備えたエコツーリズムの祭典が確実に次の世代に引き継がれることを期待する」と、今後のIETMに非常に注目していることを述べ、次世代代表として積極的で前向きな姿勢を垣間見せた。
▲シラン市長(中央)とJARTAのメンバー
最後はIETMの開催場所でもあるインターナショナルスクールオブサステナブルツーリズムの会長ミナガボール氏のスピーチ。「パンデミックから学んだ教訓」を心に留めておく必要があると強く述べ、さらにこう続けた。
「私たちはもはや、自然を当然視するような以前のやり方に戻ることはできません。これからは利益のためだけでなく、地域住民が有意義な生活を送るための鍵となる『サステナビリティへの理解』を深める体験(商品)に焦点を充て、ビジネスをしていく必要があります」
環境に対する「待ったなし」の姿勢が顕著で、背筋が伸びる思いで聞き入った。
会場内のドリンク、米粉で作ったストローで提供される一方で課題も
トラベルマートでは私達JARTAもブース出展しており、「とにかく日本への旅行を検討している客がたくさんいる。エコツアーについての問い合わせも多い」と、積極的に名刺交換に訪れる観光関連事業者の方もいた。日本のエコツアーへの期待が高まっていることを感じ、同じように「エコツアー」や「サステナブルツアー」の重要性を訴える仲間として交流を深めたり情報交換を行ったりした。
▲トラベルマートの様子。ブース自体もエコを想起させるつくりになっている
地元のものを並べたフェアトレードショップではスタンドでドリップ珈琲を販売しており、オーダーに合わせて豆を挽いていたので良い香りに誘われて入ってみた。アイスコーヒーを頼むと、ストローは米粉を使った自然還元性の高いものを使用しており、飲み口もプラスチックのそれと遜色ないことに驚いた。半面、カップは完全なプラスチックで、やはりまだ完全にモラルとして浸透しきる環境を作るのは難しいのだと改めて感じた。
▲会場内のフェアトレードショップ(左)、米粉でできたストローで飲み物を提供するなど、いたるところに環境に配慮した形になっていた。
フォーラムでは高山を始め、様々な地域からエコツアーの実証事例や活動報告なされ、その歴史の長さ、知識の深さに圧倒されるばかりだった。中でも印象的だったのはオセアニア地区での実証事例。観光客の行動による環境負荷を減少させるために制限/規制をする際、観光客にストレスなく促す心理学的なアプローチを実践していた。
例えば、観光ルートを一方通行にしたい場合、スタート地点から進んでほしい側の道路だけを青や緑色に塗っていた。これは、青や緑=安全だと感じる心理から自然とそちら側に行くという習性を利用したもの。実際、信号や学校等で取り入れられているが、改めて知ると多様なシーンでも応用出来るのではないかと考えるきっかけとなった。
人の熱気がすさまじいフィリピン滞在で感じた今後の「観光」
今回の開催地であるカビテ州自体も、タール湖とタール火山をもつアジア有数のエコツーリズムデスティネーションだ。私達もこの機会にと帰国前日にタール湖を一望できる場所でサンセットを堪能し、農場に隣接するレストランでオーガニックな野菜を中心としたイタリアンを堪能した。
▲タール湖を望む景色
ちなみにフィリピンでは公共交通機関は乗り合いバスか乗り合いタクシーしかなく、使うのにも独特なテクニックが必要。旅先の苦労は良い思い出になるとはいえ、なかなかハードルが高い。代わりにデジタル社会が予想外に進んでおり、ホテルのフロントなどにタクシーか乗り合い移動車を頼むと「電話じゃすぐ来ない。アプリで呼んでくれ」と言われた。
さらに帰国日、朝の5時にホテルを出発した際、車窓から観たマニラ市内の大渋滞には驚いた。車だけではなく、バイク、通勤の人々、道路でものを売る人々の熱気が凄まじい早朝。昨夜も遅くまで眠らない街だったろうに。人々の気持ちの熱量=エネルギーについては言うまでもなくコロナ禍には必要不可欠なものだろうけれど、物理的なエネルギー消費量の多さについて考えると無視できない状況であることも分かる。もう「観光」という枠だけで考える時ではない、と痛感した今回の参加となった。
▲JARTAブースにて
プロフィール:
一般社団法人JARTA(Japan Alliance off Responsible Travel Agencies)
旅行会社やツアーオペレーターとしての課題を共有し、連携することで地域観光を後方支援し、価値観を共有する来訪客を中心としたブランディング、集客、観光地・サプライヤー・地域住民・自治体・DMO等の観光協会との対話を通した持続可能性の強化などを目的とした旅行会社アライアンス。
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