インバウンドコラム
消費者に観光地を直接紹介し、旅行商品の販売を目的とする「香港ホリデー&トラベルエキスポ(HTE)2026」が1月29日から4日間、香港島中心部・灣仔の香港コンベンション&エキシビジョンセンターで開催された。
主催は展覽集團(Exhibition Group)、共催は香港旅遊業議会(Travel Industry Council of Hong Kong)。来場者数は25万7000人を記録した。
今回は、現地の展示会場で見えた香港市場の最新動向と、日本側の取り組みから見える今後のヒントをレポートする。
▲旅行先の魅力を吟味し、担当者の説明を受けながらその場で購入する来場者の姿
誕生わずか2年で定着したエキスポ、旅行意欲を可視化する“販売の現場”
初開催は2024年と新しいエキスポだが、旅行トレンドが目まぐるしく変化する香港市場において、「香港人の旅行意欲を最も直接感じられる場」として、消費者の間に急速に浸透している。
当初は秋開催を想定していたが、コロナ収束後の旅行需要の高まりを受け、時期を前倒しして2月に開催されるようになった。旅行商品の直接販売を志向する地元旅行会社と香港旅遊業議会(TIC)が、実績ある展覽集團に企画を持ち込み、新たな旅行博として立ち上がった。
初回から販売実績も好調で、年2回(秋・冬)の開催が定着。今回で5回目を数える。普段は競合する旅行会社同士も、同エキスポでは協力して集客を図り、会場では各社が販売合戦を繰り広げていた。
回復基調のクルーズ市場、官民連携で再び存在感
前回(2025年9月)のエキスポでは、「雪」や「スキー」をテーマに打ち出したブースが多かった。雪の降らない香港では雪への憧れが強いが、スキー人口自体は決して多くない。それでも注目が集まった背景には、直前の昨年9月末、香港のお隣の深センに10万m²(サッカー場14面分)の世界最大級の屋内スキー場がオープンした影響が大きいと分析できる。
一方、今回のエキスポでは「クルーズ商品」が多い印象だった。香港はアジアのクルーズハブとして存在感を示し、香港発着の週末クルーズや短距離航路も数多く運航されていた。しかし、コロナ禍における厳格な検疫措置により多くの航路が停止し、一部のクルーズ会社は拠点をシンガポールや中東など他の地域へ移す動きもあった。
しかし2025年頃から、官民連携でクルーズ観光需要の回復と拡大を図る動きが加速している。香港市街地へのアクセスに優れるカイタック・クルーズターミナルの利便性向上に加え、「体験型ラグジュアリークルーズ」への世界的な潮流も追い風となり、今回は各社がクルーズ商品の販売を強化していたとみられる。
▲各社が力を入れているクルーズ商品の魅力をアピール
デジタル時代でも揺るがない「直接聞いて納得」の購買行動
香港は行政・金融・小売の分野で日本以上にデジタルトランスフォーメーションを推進している一方で、消費者調査では「説明を受けて購入したい」というリアル体験志向が依然として強い。さらに、情報を収集し入念に比較検討する傾向が強く、さまざまな会社が一堂に会する展示会は、そうしたニーズに合致している。
▲デジタル先進地・香港においても、旅行商品は「直接聞いて納得して選びたい」という来場者の姿勢が色濃く現れていた
実際、多くの出展ブースには大小関係なくセミナーコーナーが設けられ、旅の詳細やヒント、交通手段等を直接説明している様子が多く見受けられた。さらに、今回は日本からの出展社に向けて特別にジャパンパビリオン専用のステージも設けられ、観光地の最新情報や旅のヒント等に耳を傾ける来場者の姿が印象的だった。
▲今回初設置された専用ステージでは、日本各地の観光情報を直接伝えるプレゼンが行われた
こうした展示会での直接的な訴求が有効に機能する背景には、香港人の消費行動の特徴もある。香港人の友人がいれば共感できる人もいるかもしれないが、彼らは、食べ物や化粧品などでおすすめがあれば、まず話を聞き、自ら試してみる。観光地についても「有名かどうか」「規模の大小」といった枠にとらわれず、価値を感じれば積極的に足を運ぶ傾向がある。だからこそ、リアルな接点を通じた納得感のある情報提供が、行動を促す強いきっかけとなる。
また彼らは「安さ」より「お得感」に強い満足を覚える傾向がある。常にコストパフォーマンスを意識しているが、価値があると納得すれば高額商品にも積極的に手を伸ばす。こうした消費行動に対応するため、現地旅行会社と連携し、複数回の出展を通じて価値を的確に伝える工夫を凝らすブースも多く見られた。
ジャパンパビリオンは実証の場、香港人の嗜好を探る接点づくり
今回、日本全国の都道府県、航空会社、鉄道会社、ホテルなど17の日本関連団体が参加し、ジャパンパビリオンとして集結した。各団体は多彩なプロモーションやキャンペーンを展開し、香港の旅行会社と連携した限定商品も紹介された。
初回から継続して出展している岡山県は、桜の名所をはじめ春の旅行におすすめの観光スポットを紹介。さらに日本文化を体験してもらうため、岡山の名所を題材にしたオリジナルのかるたゲームを実施し、来場者が楽しみながら地名を覚えられるよう工夫を凝らした。
徳島県はブース全体を使い、かずら橋をモチーフにしたトリックアートを展開。にし阿波(県西部)をはじめ、県全域や四国全体の観光コンテンツ、観光列車などを紹介し、来場者へのアンケート収集も積極的に取り組んだ。
多くのブースではアンケート回答やSNSフォローを条件にノベルティを配布しており、1日で500~1000件もの回答を集めることも可能だという。こうした取り組みは、各地の観光コンテンツやアクティビティに対する香港人の嗜好を探る場としても有効に活用されている。
▲日本各地のブースに人が回遊し、体験型展示やSNS連動企画で来場者との接点を深めていた
拠点滞在×日帰り周遊、合理性を重視する“ピボット型”の旅
今回、仙台国際空港株式会社が初めて出展した。日本人が東北を周遊する場合は、仙台から北上するルートや青森から南下するルートを選ぶことが多い。しかし、旅慣れた香港人は、拠点を一つ定め、そこから新幹線を利用して各地へ日帰りで移動する「ピボット型」の旅を好む傾向がある。
彼らは柔軟な旅のスタイルを持ち、2日後に宿泊するホテルへ荷物を送る、最終拠点で事前注文品を受け取る、荷物が増えれば香港まで配送するなど、状況に応じて臨機応変に行動する。
また、祭の時期には開催地周辺のホテル料金が高騰するが、「仙台を拠点に東北各地の祭へ日帰りで参加する」という新しい選択肢も広がっていると、ブース担当者は語る。
さらに、各ブースで最も多く寄せられたのは交通アクセスに関する質問だった。FIT(個人旅行)客が多い香港人にとって、移動手段は旅の満足度を左右する重要な要素である。香港ではレンタカー利用率が高く、日本旅行でもレンタカーを想定する人が増えているが、冬季の雪道運転には危険や不安が伴う。そのため、実際には公共交通機関を利用する人も少なくない。日本人が、香港人旅行者に向け、移動に必要な交通情報を含めて現地での安全かつ便利な移動手段を分かりやすく説明できる場が求められている。
▲東北周遊の新たなハブとして注目を集めた仙台空港のブース
日本は“いつでも行ける”定番の国に、成熟市場で問われる再提案力
2025年9月開催時と比べると、今回は日本関連商品の出展がやや減少していた印象を受けた。背景には日中関係の影響も否定できないが、それ以上に新しいデスティネーションの登場が目立った。モロッコやブータン、アイスランドなど新興の渡航先が加わり、クルーズ商品でもオーストラリアやヨーロッパ発着など多様な選択肢が並ぶ。価格面でも、日本と同水準のヨーロッパ、やや安価な韓国、さらに低価格帯の東南アジアや中国本土の商品が並び、競争は一層激化している。
それでも、香港・台湾を拠点とするOTA「KKday」によれば、最も売れている旅行先は依然として日本だという。直近では旧正月前後の航空券販売が例年より鈍化しているとの報道もあるが、その背景には日中関係の影響も指摘されている。ただし、日本への関心が薄れたわけではなく、日本が「いつでも行ける定番」として定着したことが背景としては大きい。「急いで行かなくてもよい場所」と認識されているのだ。
こうした成熟市場では、一過性のキャンペーンよりも、継続的な情報発信と現地消費者との接点づくりが不可欠だ。旅行博のようなリアルな場は、その起点となる。

実際、香港市場への姿勢は自治体や企業によって差がある。プロモーションを積極的に続ける地域がある一方で、成熟市場と見なして露出を控える例もある。しかし、日本旅行における香港人の一人当たり消費額は、観光庁「インバウンド消費動向調査」(2025年10〜12月期速報)によると、1人1泊当たり約4万円と主要市場の中で最も高い水準にある。その重要性は依然として大きい。
新しい体験や価値に敏感な香港市場においては、地域ごとの特色やストーリーを打ち出し、「定番の先」を提案する姿勢こそが、今後の鍵となる。成熟市場だからこそ、差別化された情報発信と体験型の提案が、日本観光の持続的な成長につながるだろう。
Compass Communications Managing Director
木邨 千鶴
東京都出身。広告代理店「クオラス」入社。2007年より香港に移り住み、香港フリー雑誌勤務を経て独立。コンパスコミュニケーションズインターナショナルを設立し、自治体や企業のレップ、また現地日系企業などの広告・広報業務に従事。自社メディア「香港経済新聞」を運営し日々街の変化を捉えながら、香港のメディアリレーションを軸に、幅広いマーケティング支援を行う。
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