インバウンドコラム
最近、インバウンドにつていの相談が多くなっている。ブームに乗り遅れないようにとばかり、やみくもにインバウンドに取り組もうとする方も多い。ターゲットをいかにするべきか、また翻訳へのこだわりなど、やるべきことは多い。
目次:
どこの誰に何をアピールしたいのかを決めずに広告宣伝を打つのは予算の無駄使い
各国市場に合わせた目線でのコンテンツ作りと日本側が伝えたいことのバランスが重要
翻訳をおろそかにしないで!
どこの誰に何をアピールしたいのかを決めずに
広告宣伝を打つのは、予算の無駄使い
弊社は、様々な自治体、民間企業から「外国人観光客を呼びたいのだがどうしたらいいか?」という相談をよく受ける。
特に東京オリンピック開催が決まってからは、ほぼ毎日のように、色々なところから問い合わせが寄せられるが、その内容の9割は、つまるところ「外国人観光客向けに宣伝をしたい」「外国人を誘客したい」というものだ。
そして、決まって、私はこう返す。「どこの国を対象とされたいですか?」「何をポイントにアピールなさりたいですか?」すると大体の方が、そこで急に固まって、会話が止まってしまうのだ。
どうやら、皆さん、「海外向けにPRをしたい」という思いだけが先走り、発信相手である“外国”とは誰なのかという基本がすっぽり抜けおちているように見受けられる。
日本を訪れる観光の目的は、日本食、買い物、温泉、文化体験、桜や紅葉見学など、人によって様々である。国籍によって、また、日本訪問が初めてなのか、リピーターなのかによっても、日本に期待するものが異なってくるのは言わずもがな。
たとえば、このコラムのタイトルも「アセアンからみたニッポン」だが、そのアセアンも、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど、加盟国ごとに、文化、習慣、宗教、ライフスタイルが違い、当然、旅のスタイルも違う。
シンガポールのような多民族国家であっても、外から見れば民族が融合しているように映るだろうが、各民族のコミュニティはそれぞれしっかりとした特長を保持している。このように、世界の他の国をひと言で“外国”とくくることはできない。日本国内でも、沖縄と東北では方言が大きく違ったり、食をはじめとして地域ごとにまったく違う文化があるのと同じことである。
というわけで、外国人観光客にアピールすること、魅力的に感じてもらうためには、どの国の、どのような人々をメインターゲットとするのか、ある程度焦点を定める必要がある。そして不可欠なのは、対象となる相手国の人たちの一般的な嗜好や文化習慣を理解することである。ラブコールを送るのであれば、まず相手の好みを知ろうとするのは当たり前だ。
各国市場に合わせた目線でのコンテンツ作りと
日本側が伝えたいことのバランスが重要
弊社の編集チームは多国籍で構成されているが、彼らは、日本で発行されている英語や中国語の情報誌、地方の観光パンフレットを見ては「これは日本人が書いたものだよね」とか、「あ、これ翻訳だね」と、ニヤニヤしながら指摘する。
日本で発行されている外国語の印刷物の多くが、日本人が書いた原稿をもとに翻訳しているようだが、彼らからすると、それらの文章に違和感を感じることが多々あるのだという。文法的には間違っていないが、決してネイティブがしない言い回しであったり、日本の歴史や文化をある程度知っていないとわからない説明であったり、日本人には興味のわく内容だが、外国人にはあまり受けないトピックスだったり。外国人市場を開拓したいのであれば、出来るだけ対象国のネイティブに書いてもらうとか、少なくともアドバイスを受けるべきであろう。日本人の感性で書いたものを翻訳するだけは、こちらの自己満足となってしまい、相手のハートに刺さらないことが少なくないからだ。
もちろん、そうはいっても、日本人である我々として、外国人に正確に伝えたい“想い”や、“モノ”“コト”もあり、そこは外国人にしっかり説明したい時がある。
弊社でも、外国人記者が記事を書く際、この英語表現では意味を違って受け止められるのではないかと感じることがある。しかし日本の文化や習慣は独特すぎて、外国語で言い表すのが難しいケースも多いので、その場合は、外国人スタッフと日本人スタッフでしっかり話し合うようにしている。
一例をあげると、先日、弊社の英文ライターが“旬(しゅん)”という言葉を“season”と訳した。(彼女はオックスフォード大卒で、英字ジャーナリストとして世界で活躍し、賞も受賞している。)日本人からすると「旬」という言葉の意味は、season=季節とは、ちょっと違うと感じるだろう。「旬」とは、正確には、ある特定の食材について他の時期よりも新鮮で美味しく食べられる時期を指すが、これにぴったりと合致する英単語は存在しない。
彼女自身は日本への理解が深いので、日本語の「旬」が言わんとするところは充分わかっているが、英語一文字で表すにはseasonと表現するしかないのだ。日本人としては、“季節”の食材とは違う、“旬”の食材といったときの微妙なニュアンスの違いを伝えたいので、彼女と話し合った結果、別途「旬」の意味の解説を加えることで落ち着いた。
また、4月の気候の特徴を“三寒四温”と呼ぶ言い方があるが、英語では単にChange of seasonとなってしまう。これもまた、説明を付けなければいけないことになった。
このように、日本の文化は独特であるがゆえに、外国語では一対一で当てはまらないことがとても多く、言葉もまた大切な文化であることを実感させられる。
翻訳をおろそかにしないで!
昨今、インバウンドを考えることが日本社会全体のブームのようで、メニューやパンフレット、ウェブサイトなどを多言語化する企業が増えているが、安かろう悪かろうの翻訳が氾濫しており(無論、安くて高品質な場合もあるが)、翻訳を依頼する場合は慎重にするべきだと思う。
日本人が海外のレストランに入り日本語のメニューが出てきたとき、いい加減な日本語訳のものだったらどう感じるかを想像したなら、すぐに理解できるはずだ。拙い訳は店舗やブランドのイメージにまで影響してくる。
クオリティの低い翻訳をするくらいなら、いっそ日本語のままの方がよいということになりかねない。翻訳の質が売上を左右するかもしれないのだ。
もちろん、ネイティブだからといって、必ずしも素晴らしい翻訳ができるとは限らない。日本人全員が素晴らしい日本語の文章を書けるわけではないのと同様に。
ただ私個人は、“言葉は文化である”ことを意識して翻訳をすることが、結果として外国人観光客への“おもてなし”につながるのではないかと考えている。
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