インバウンドコラム

着地型観光ビジネスは「儲からない」の罠、収益と地域貢献を両立する方法

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外国人旅行者が多く訪れる都市部を中心に、ローカルな体験をウリにした多種多様な現地発着のツアーが提供され、旅行者の心を惹きつけている。地方においても、訪日客に人気の場所を中心に着地型ツアーの充実が進んでいるものの、都市部と比較して二次交通やアクセスの不便さなどの課題もあり、持続可能なビジネスとして適正な収益を得ることが難しいとも言われている。特に「着地型観光ビジネスって、儲けられるのか」という疑問の声がある。

今回は、2010年に飛騨古川で地域に根差した旅行・観光ビジネスをゼロから興し、それから14年間の経営を通じて、地域とのかかわりを創りあげてきた株式会社美ら地球(ちゅらぼし)の山田拓氏に、地域に根差した企業として地域貢献しながらも、収益を上げることができるのかという、ビジネスとしての着地型観光の可能性について伺った。

同社は「里山」の暮らしに触れることのできる様々なアクティビティを提供するSATOYAMA EXPERIENCE事業を2010年7月にスタート、2020年には分散型ホテルSATOYAMA STAYを開業するなど、飛騨古川を拠点にツーリズムビジネスを展開してきた。なお、以下、特に明記しない限り、インタビュー内容をもとに構成している。


©SATOYAMA EXPERIENCE

飛騨高山のサイクリングツアーの戦略、BtoB取引が主軸の理由

SATOYAMA EXPERIENCEは、事業開始当初からターゲットを欧米市場と明確に設定してマーケティング戦略を策定し展開してきた。現地参加のアクティビティは世界中のデスティネーションで提供されており、欧米市場では一つの旅のスタイルとなっている。SATOYAMA EXPERIENCEはまさにそのような形態を実現するビジネスのブランドである。

まず流通チャネルについては、海外のエージェントからの予約(BtoB取引)が大半を占めている。サイクリングツアーはトリップアドバイザーで海外の旅行者から高い評価を得ているため、一般的に個人客からの予約が多い印象をもたれているが、実際は、海外エージェント経由が8割で、直販はごく一部である。現在は、BtoC向けのウェブマーケティングはほとんど行っていない。


▲地元住民との交流を含めたあらゆる体験が待っている ©SATOYAMA EXPERIENCE

海外エージェントからの予約が多い理由はいくつか考えられる。まず、現在、日本の旅行情報が散在し、内容が中途半端なものも多く、どのウェブサイトを参考にしていいかわかりにくい状況にあることが一因という。そのため、訪れる場所でしかできない経験を求める旅行客にとって、自分で情報を見つけるのが難しく、プロであるトラベルエージェントを頼る。たとえば、半日1万円前後のアクティビティの購入を考える旅行客は、信頼のおけるプロが勧めるものを購入するだろう。

また、体験商品のオンライン旅行予約サイトもあるが、宿泊予約と比べ市場規模が全く異なり、いわゆる宿泊予約のブッキングドットコムのようなグローバルでパワフルなプラットホームが今のところない。実際、SATOYAMA EXPERIENCEでも、アクティビティと宿泊事業では主な販売チャネルが異なっており、アクティビティ予約と比べ宿泊予約は、直接予約の比率が大きい。


▲2021年に開業したSATOYAMA STAY ©SATOYAMA EXPERIENCE

以上より、SATOYAMA EXPERIENCEが事業を成長させてきたポイントの一つに、長きにわたって海外エージェントとの関係性を構築したことがうかがえる。そのためには、自社のスタッフに、商品価値を彼らと共有でき、訪日旅行客向けの商品によりその価値を実現し説明ができる人材も必要になるだろう。実際、山田氏は「2023年開催されたアドベンチャーツーリズムの世界大会に参加した日本人の多くは、実際に外国人がどのようなアドベンチャーツアーに参加しているのか、十分に理解していない人も多かったのではないだろうか。お互いの信頼が生まれてこそビジネスに繋がっていく」と指摘する。

 

田舎のサイクリングツアー事業がもたらす4つの価値

株式会社美ら地球は、2013年にデザインの力を活用して課題解決や、人や社会をよりよくしている対象を表彰するグッドデザイン賞を受賞した。その理由は、地域で4つのHappyを見出したことだった。1つ目のHappyはゲストの満足度、残り3つは基本的に地域内に関連する理由だった。2つ目は地元企業のHappy。当時はまだ宿泊事業は行っていなかったが、その後、日帰り客が宿泊し、滞在時間が延びれば飲食店に行くなど、自社の存在が地域内の事業者にとって送客装置になりうると考えた。3つ目は、住民のHappy。地域にいながらにして外国人に触れ合う機会が生まれる。その機会を通じて、いろいろな人が里山の風景や営みなどをポジティブに捉えていることが、地域住民に直接伝わることが多くなり、自分たちの価値の再認識ができるきっかけを提供できる。4つ目は若者のHappy。これは自社のことである。仕事場があり、そこに住む理由付けができれば、都市部とは異なるライフスタイルを実現できる。

日本政府は「住んでよし、訪れてよし」というが、SATOYAMA EXPERIENCEでは「訪れてよし」を手段として、「住んでよし」をどれだけ作れるか、という考え方で事業を行い、少しずつ実績を蓄積していった。そうした中でサステナブルツーリズムや、エコツーリズムの考え方を学び、それをベースに自分たちの運営手法を確立してきたと山田氏は振り返る。「先般、地元を出ていった大学生が夏休みに帰ってきて、バイトを希望した人が2人いたことは嬉しかった」という。


▲若いガイド人材も活躍する ©SATOYAMA EXPERIENCE

 

地方の観光業が成果を出すために必要な「地域組織」との関わり方

山田氏は2007年に、飛騨市観光協会戦略アドバイザーという立場で飛騨古川に来たが、その後、観光協会から外に出て自分たちの法人で自主運営するという意思決定をした。

「民間事業者として、地域と距離感をコントロールできる立ち位置でスタートできたことは、事業成立の1つの要因になったのかもしれない」と山田氏はいう。なぜなら地域の観光協会には多様なステークホルダーがいて、いろいろな考え方がある。そうすると迅速に動けず、また、途中で方針を変えざるを得ないこともあるからだ。その意味で、一民間企業として地域との適切な距離を保ちながら事業を展開することは大事だと考えている。

DMOが、自主財源確保のために現地発着ツアーやアクティビティを行うDMC機能を強化する動きもあるが、それほど賛成はしていない。事業と地域との関係性を維持するためには地域への目配せが必要だが、地域にはステークホルダーが多く、合意形成が難しいというケースは多い。また、DMOは公的な側面を持っており、収益性や効率性を追求するのが得意ではない。さらに地域の民間ランドオペレーターとDMOが競合相手になってしまうこともある。「最初はDMOがDMC機能を持っていたとしても、民間のDMCが育ってきた頃を見計らって、民間に移管していっても良いのではないか」と指摘する。


▲今回話を伺った(株)美ら地球代表の山田拓氏 ©Hisashi Inoue RIDAS

 

着地型観光ビジネスは「儲からない」は本当か?

着地型観光はサービスであり、プロダクト(商品)なので、そこで収益を生み出すものにしなくてはだめだ、と山田氏は話す。

一般的に、地域で着地型観光を進めるにあたり、国や自治体の助成金、補助金などが使われる場合がある。事業の初動時に補助金を活用することは選択肢としてはありえるが、その後は助成金等がなくても事業を成立させることを考える必要がある。たとえば、ターゲットとする市場はどこか、ターゲットへの価値をどうやって作り出していくのかを考える。


▲里山を自転車で駆け抜ける ©SATOYAMA EXPERIENCE

事業の継続は大変だが、意志をもって事業を成立させようとすれば立ち続けられる。ただし、事業や地域の事情によって同じような条件ばかりではなく、自社と他社や他地域を比較して良しあしを決めるものではない。

また「”現地発着のツアーが儲からない”という声を聞く。しかし、実際にビジネスをしてみた経験からの意見なのか、何と比較して儲からないと主張しているのか、多くは感覚論で話している場合が多い」と指摘する。

地域旅行ビジネスは、いわゆるITプラットフォーマーのビジネスモデルやスタートアップへの投資などと比較することはできない。一方、地域の中で他産業と比較すると、雇用の受け皿や、従業員の休みという点では都会の大企業と比較してもそん色ないレベルであり、給与レベルについても努力をしてきている。経営者としても、その点言い訳はしないし、当然、事業性という点でいろいろな数字を見ながら経営している。


▲株式会社美ら地球のスタッフ ©SATOYAMA EXPERIENCE

つまり、このビジネスが儲かるか儲からないか、ということは主観的な問いであり、答えは個別の事業により異なるし、地域の旅行ビジネスは事業として成立すると考えている。実際、自社の事業は地方部にありながらも、儲からないと言われている着地型観光やツーリズム事業を行っていても成り立っていることの例示となり、他の方の背中を押すような存在になるということであれば意味はある、山田氏は考える。

地域における旅行ビジネスの市場性は確実にあり、成長産業になることは間違いない、と山田氏は話す。ただ、現時点では成長期待はあるが供給が少ないので、体験商品の市場はブルーオーシャンになっている。そこに日本人が気付いておらず、外国人が観光に資する日本の様々な資産(土地や施設、観光事業経営など)を購入するという現象も起きている。日本人自体がアセットを評価すれば、日本の社会はもっと良くなる、と指摘する。

 

「収益確保」のみならず「地域貢献」に向けて実践していること

株式会社美ら地球は、旅行ビジネスとして適切な収益をあげて事業を継続しながらも、地域の課題解決に役に立つという2つの観点の両立を目指して取り組んでいる。何が地域の役に立っているのか、という証拠はないが、地域と向き合うことに努めていることは間違いない、と山田氏は話す。
たとえば、先日、地域の飲食店向けに外国人対応講座を無料で行った。SATOYAMA STAYはB&B型の宿泊施設で、夕食をとるため客は宿泊施設外に行く。それが地域の経済貢献の一つであるとの考えを持っている。しかし、地域の飲食店には外国人客は受けたくない、というところもあるため、自ら外国人対応講座を開催した。本来は、行政や観光協会が行ってもいい取り組みではないかという声もあるが、宿泊のゲストが増えてきた時に受け皿となる飲食店は必要である。飲食店が一斉に定休日をとると、小さな町で夕食難民になることもあり得るからだ。閑散期で時間の余裕がある冬期に準備、企画をし、チラシを作成して飲食施設を訪問した。コストや手間がかかるが、そういう活動に対して地域からポジティブな言葉をいただけたとき、やる意味があったと感じる。


▲地元飲食店向けの対応講座を開催するなど、住民への活動報告やコミュニケーションも欠かさない ©SATOYAMA EXPERIENCE

また、中学生の職場体験や高校の進路指導の際に、自社に勤務する移住者や新卒入社のスタッフが話をすることもある。こういった小さな活動を積み重ねてきた。その意味では、サイクルツアーの存在は、ある意味、飛騨古川の玄関口であり、外との接点のような立ち位置になる、と山田氏は考えている。


▲地元の学校への出張授業や職場体験などにも積極的にかかわる ©SATOYAMA EXPERIENCE

 

地域での旅行ビジネスに欠かせない、「持続可能な観光」の実践

以上、地域を拠点とする旅行ビジネス=地域旅行ビジネスの先駆者である山田拓氏から、事業開始からSATOYAMA EXPERIENCEブランドでの事業展開、SATOYAMA STAY事業への発展などの経緯について、主に地域との関係性の視点と事業継続・発展の視点から、話を聞いてきた。インタビューを通じて今後の地域旅行ビジネス市場と事業の可能性についても確認することができた。地域旅行ビジネスは、地域資源を持続可能な形で活用しているという視点が必要であるし、そして、そのような視点をもってこそ、ビジネスとして成立する要件が見えてくる。

インバウンド市場が拡大し、オーバーツーリズム問題にみられるような市場変容が引きおこす課題が生じる中において、地域旅行ビジネスは地域の社会課題をビジネスで解決し、ソーシャルイノベーション(社会的変革)に貢献できると筆者は感じる。その意味では、地域旅行ビジネスは、社会的企業、ソーシャルビジネス的な側面を持ち合わせているのかもしれない。

 

▼SATOYAMA EXPERIENCEについてはこちらも
インバウンド客ゼロを乗り越えろ 日本の里山を体験できる宿開業、持続可能な観光を目指す —飛騨古川 SATOYAMA EXPERIENCE

▼コラム「地域とともにある観光 実践への道のり」バックナンバーはこちら
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