インバウンドコラム
外国人観光客をターゲットとしたプロモーションにあたって「外国人視点」という言葉を聞かない日はないほど、今や観光インバウンド業界では当たり前のキーワードとして広がっています。
インバウンドに取り組む私たちにとって、外国人の視点に寄り添って考えることは非常に重要です。ただ「外国人視点とは何か」という問いに対して正確に答えられる人は、どれほどいるでしょうか。
私はこれまで英字メディアという立場から訪日インバウンドプロモーションに携わってきましたが、そんな私も気づかぬうちに外国人視点という罠にハマっていました……。
みなさま、こんにちは。
これまで一緒に働いた仲間の国籍は少なくとも20カ国以上。それぞれが編集者、ライター、デザイナー、映像作家、写真家、ITエンジニア、マーケターといった専門性と強いこだわりをもった人たちでした。そんな環境で私が得た学びや気付きは、“インバウンド”を掘り下げてぶち当たる本質的な部分であると感じています。
ここでは、私が仕事をする中で培った知見や経験を、「欧米豪市場をターゲットとする際の意識すべきこと」として紐解き・言語化していき、「観光プロモーションの具体的な手法」として落とし込んでお話ししていきます。言語として私が得意とするのが英語のため、欧米豪市場をメインに据えていますが、どの市場に向けても役立ていただけるよう、日本の観光復活に尽力されるみなさんのお力になれれば幸いです。
ステレオタイプに要注意
私が学生時代を過ごしたアメリカで学んだ最も大事なことの一つとして「Don’t generalize about people.(人を一般化して一括りにしてはいけない)」があります。一人一人は違うのだから、国籍、人種、文化、性別、性的指向、言語などによって一括りにして決めつけることはできません。
留学する前は、9.11の影響もあり、アメリカが排他的で攻撃的な国にしか見えず「嫌な国」と認識していました。特に私は幼少期をインドネシアで過ごしたこともあり、イスラム教徒を目の敵にしていたアメリカの言動が気になっていたのです。
しかし、私が学生時代を過ごしたアメリカ北西部のワシントン州やオレゴン州は民主党が強い、いわゆる青い州(blue state)。そこで出会った多くの人々はとてもリベラルで、私が勝手に思い描いていた「アメリカ人像」とはかけ離れたものでした。
また、私自身(自業自得ですが)痛い目にあったこともありました。当時、私は留学生や多様な文化を持つ学生が集まる留学生協会の会長をしていました。所属する学生は現地の学生や数十ヶ国からなる国籍の留学生で構成されており、それぞれの文化を紹介するという年に一度の大イベントを準備していた時のことです。
準備が思うようにうまくいかず苛立ちがピークにきていた私は、ハワイ、サモア、ミクロネシアなど太平洋諸島系の人たちに対して「南の島の人たちがのほほんとしてるから準備が終わらない」というようなことを口走ってしまいました。「南の島の人」を一括りにしているのに加え、その属性の人に対する偏見に満ちた私の発言に、サモア出身の屈強なアメフト選手が大激怒。
周囲にいた人たちが止めに入ってくれ、どうにか事なきを得たのですが、まさに一触即発の状況でした。私がKOされるのを事前に止めてくれた同じく屈強なサモア人の友人にその時言われたことは今でも忘れられません。
「セイヤ、人を国籍や文化で一括りにしちゃ絶対にいけない。そういう考えが偏見や差別の元なんだ。もしまたこういうことがあったら、友達だとしても次は助けられないよ」
そんな苦い経験もあり、ステレオタイプを元に物事を進めることは危険だと身をもって理解したつもりでした。しかし、日本に帰国し、訪日プロモーションに携わるようになった私は、また同じような過ちを犯していました。
「外国人視点」という“まやかし”
ある日、私はとある自治体のウェブサイト制作プロジェクトの提案書を作成するため、社内の外国人の大多数を会議室に集めコンセプト会議をはじめました。テーマはもちろん、「外国人視点で魅力的なウェブサイト」です。
会議に参加したのはアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、フランス、スウェーデン、ブルガリア、アイルランド、ニュージーランドなど、ターゲットの欧米豪市場に合致した国籍のメンバーでした。外国人視点でより多くの人にとって理想的なウェブサイトにするために、どのような機能・デザイン・コンテンツが魅力的に映るのか、一人一人に詳しく話を聞いていきました。
するとどうでしょう。それぞれ「外国人には、これが響くはず!」と自信満々に話し、それなりに説得力はあるものの、みんなが違うことを言い、うまくコンセプトをまとめることができませんでした。外国人の意見をまとめれば外国人視点のよい企画を作れると思い込んでいた私の間違いでした。
そこで私は3つのことに気付きました。「外国人視点」とは
1.「外国人代表の意見」のように聞こえてしまうが、実際は個々人の主観でしかない
2.主観なのでそれぞれが正しく説得力がある
3.自分の意見を主張する際に便利なコトバなので、外国人も使ってしまいがち
インバウンドに取り組む私たちにとって、外国人の視点に寄り添って考えることは非常に重要です。しかし、当たり前ですが外国人も十人十色。1人の外国人の視点を、「外国人視点」としてしまうのは非常に危険です。しかし、「そんなことわかっている」と思っていた私も気付かぬうちに外国人視点という甘い罠にハマっていたのです。
本当の「外国人視点」とは
前述したウェブサイト制作に向けた話し合いでは、個々人それぞれの視点があり、何が外国人にとって魅力的なコンテンツやデザインかということは想像以上にバラバラでした。しかし、よくよくみんなの意見をまとめて分析すると、大きな共通点があります。
デザインや色使い、使用する画像、コンテンツなど表面的な部分は意見がバラバラでも、さらに深い部分で共通する視点は、Gender Equality(男女平等)やRacial Equality(人種平等)、LGBTQ+コミュニティや障がいを持つ人々に向けた視点でした。多様な世界中の人々に受け入れてもらえるウェブサイトを作るためにはどのような表現が良いのか、というのが主な議論でした。
この事例から見えてきたのは「本当の外国人視点」とは、実は単なるグローバルスタンダード(世界基準)だということです。海外の多くの国、特に欧米豪諸国では当たり前すべきとされている「ダイバーシティ&インクルージョン」に配慮したアウトプットや伝え方です。
ポストコロナでインバウンドに携わる私たちに求められるマインドセットは、小手先の外国人視点ではなく、あらゆる人を受容するインクルーシブな社会を目指す現在の「グローバルスタンダード(世界基準)で考えること」だと私は思います。
グローバルスタンダードで考えた上で、具体的に訪日プロモーションにおいて何をしていくべきか、次回以降のコラムで詳しくお話しします。
インドネシア、アメリカ、南米など海外滞在歴は約10年。株式会社ジープラスメディアやENGAWA株式会社で国内最大級の英字メディアの運営に携わった後、世界基準のコンテンツ制作に特化した「株式会社しいたけクリエイティブ」を創業。プロデューサーとして、特に欧米豪市場における訪日プロモーションの企画・コンテンツ制作・発信まで一気通貫で行う。通訳、翻訳、校閲の経験も豊富。
*写真提供:株式会社しいたけクリエイティブ
最新記事
アジア初IGLTA大阪総会が示す観光業の次なるステージ、富裕層だけでない多様な訪日客の心をつかむには? (2024.11.28)
LGBTQ+旅行者受け入れへの第一歩、国際団体トップが語る「質問を恐れない」という心構え (2024.06.28)
マンネリ化した観光コンテンツはもう飽きた「欧米豪メディア」が求めるもの (2024.04.19)
【対談】サステナビリティ実践のヒント、環境、経済、人のバランスと好循環を作る(後編) (2024.01.19)
【対談】今こそ正しく理解したい「世界水準」のサステナビリティ(前編) (2024.01.18)
【対談】消費パワーは国内で5兆円超!? 観光業がLGBTQ+ツーリズムに取り組むメリット (2023.06.02)
【対談】バズワードに踊らされるな。今、日本が目指すべき観光開発とは? (2023.02.10)
【対談】海外事例に学ぶ、観光地が今すぐできるアクセシビリティと情報発信のコツ(後編) (2022.09.09)