インバウンドコラム
前編では、日本のバリアフリーやアクセシビリティの現状の他、観光事業者などがバリアフリーに対応することで、高い収益性が見込め、経営的メリットも非常に大きいことを伝えてきました。後編では実際に観光事業者や自治体、DMOなどの組織が取り組むにあたってのキーポイントや大切な考え方について詳しくお話ししています。
>>前編:観光地のバリアフリー対応が経済的メリットを生み出す理由
▲左:グリズデイル・バリージョシュアさん、右:しいたけクリエイティブ 代表 本郷誠哉
行政やDMOができるバリアフリー対応とは?
本郷:では今度は事業者ではなく、行政や観光協会、地域のDMOのような立場に伝えたいことはありますか?
グリズデイル:やはり1番困っているのは情報不足です。身近な例で言うと、地図にバリアフリールートを掲載するとか、この店にはスロープがありますといった簡単な情報を提供することでいいんです。伊勢神宮周辺のバリアフリーマップには、 アクセシブルなルートや施設、トイレの情報などを障がい者マークとともにわかりやすく記載されていました。そのようなシンプルな情報を発信することがまず取り組めることかと思います。
本郷:なるほど、それはハードルは高くはなさそうです。グリズデイルは旅行に行く時、どのように情報収集するんですか?
グリズデイル:例えば香港に行きたいと思ったら、最初はGoogleで「香港 アクセシブルホテル」と調べます。私の運営する「Accessible Japan」の香港版のような情報サイトが見つかればラッキーですね。ただそれで全てが解決するわけではなく、直接ホテルや行きたい場所に質問することもよくあります。
SNSも活用して、おすすめの場所を聞いたり、アドバイスをもらうことも多いですね。ほかには、誰かがYouTubeにアップした動画を見て、施設のことをもっと知ろうとすることもあります。
本郷:観光として魅力的な場所であることは大前提として、「自分も行けるかも?行きたい」と思ってもらえる材料としての情報の有無がキーになりますね。
グリズデイル:ちょうど先日出雲大社のホームページを見ていたら、トップページにある写真の一部にスロープが見えて、一瞬にして私も行けるとわかったんです!
▲出雲大社のホームページ
本郷:ファーストビューでアクセシブルに見せると言うことですね。1枚の写真は1000の言葉に値する。プロモーションやマーケティング担当者は気をつけるべきポイントですね。
グリズデイル:過去に誘っていただいたとある観光イベントで、PRに使われている全ての動画、写真が健常者だけでがっかりしたことがあります。紹介するアクティビティも階段を登ったり、座禅をしたりと、障がいを持っている人ができないことばかりで残念でした。
本郷:そうですね。障がいのある人やあらゆる立場の人が「いいな、自分も行ける」と思えるような素材をPRに活用することは、当事者ではない人にとっても気付きの機会になりますね。
▲明治神宮にてスロープをチェックするグリズデイルさん
海外の観光PR動画、障がい者が当たり前に登場
本郷:日本の観光業界が参考にできる海外の事例はありますか?
グリズデイル:オーストラリアとイギリスは進んでいるなと思いますね。
オーストラリアのとある自治体の観光PR動画中に、ごく自然に2人の障がい者がいるんです。障がい者でも行けるよというアピールではなくて、誰でもウェルカムだよというメッセージが伝わってきました。私たちが求めているのは特別扱いではなくて、みんなと一緒にいたいっていうことですから。
またイギリスでは、観光スポットのアクセシビリティに関する情報を必ず提供するという取り決めがあります。さらにイギリス政府は2025年までにヨーロッパ最大のバリアフリー観光国を目指すと宣言しているんです。
本郷:やはり、情報提供は最初のステップとして重要だということですね。
ふくしまバリアフリーツアーセンターの対応から学べること
本郷:グリズデイルがこれまで国内で訪れた車椅子の旅行者におすすめの場所はありますか?
グリズデイル:やはり前回のジャパントラベルアワードでグランプリを受賞した福島ですね。福島駅構内にある観光案内所には、ふくしまバリアフリーツアーセンターが併設されていますし、障がいのある旅行者の不安解消のためにオンライン上で積極的に情報発信をしています。バリアフリーに配慮した温泉施設の情報もたくさんあるそうです。
▲グランプリ受賞後に再度訪れて撮影したドキュメンタリー動画
本郷:ふくしまバリアフリーツアーセンターの活動には心を打たれましたね。バリアフリーでなければ多くの人が観光を楽しめないですから、審査員もほぼ満場一致でグランプリに選びました。
グリズデイル:それから沖縄の那覇空港にはバリアフリーツアーセンターのデスクがあって、車椅子で行けるビーチや観光地を教えてくれたり、車椅子などのレンタルができます。
あとは石垣島には車椅子でも乗れる水牛車があるんです、後ろにスロープがついていてね。なので沖縄には何度も足を運んでいますよ。
これはまだ行ったことのない場所ですが、奄美大島に車椅子の人が楽しめるスキューバダイビングがあるということで気になります!船に設置されたエレベーターを使って水中に行って、水の中で立ち上がるそうです。
完璧でなくても、当事者が判断するための素材としての情報発信
本郷:これまでアクセシビリティに関して先進的な取り組みをしている事業者に取材候補として連絡を取ると「まだ完璧じゃないから、まだちゃんと情報発信してないから」と断られることが何度かありました。
グリズデイル:最初から完璧なんてない、苦労して少しずつ進むことが大事なのかなと思います。「現状はこのレベルだけど、目指す姿はこれです」と伝えてもらうことで私たち障がい者と一緒に歩んで行くことができるはずです。
バリアフリーじゃないため制限のある状況でも、それでも行きたいと思える場所も多くあります。また、バリアフリー化を進めているという情報があれば、状況が進めば改めて行きたいと思う人もいるだろうし、リピーターが増えるかもしれません。
障がい者でもそれぞれ状況は違うので、まずは情報を挙げて、当事者やその家族が行く行かないの判断をする。そのためにもまずは情報です。そして行くと決めたその判断をリスペクトすることが大事だと思います。
本郷:「アクセシブルだから来てください」と言うより、情報を提示する。そして最終的にはあなたが決めてくださいね、ということですね。その上で、来てくれたら事業者側も全力でサポートしますよ、という流れに繋がればいいですね。
お年寄りから子連れまで、様々な人に寄り添うアクセシビリティ
グリズデイル:超高齢化社会となった日本で、アクセシビリティの充実による恩恵を受けるのは障がい者だけではないのは明らかです。旅好きだった人が70代80代になり家に閉じこもる、その理由は人に迷惑をかけるからだと聞きました。
アクセシビリティが進めば、高齢者やその家族にも恩恵があります。赤ちゃん連れでベビーカーを押す人や、大きな荷物を運ぶ人にとってもそうです。
本郷:「おもてなし」という言葉が、そのように使われるようになるといいですね。
グリズデイル:完璧でなくてもいいから、できることからすぐに始める。そして同時にそれを情報として発信することが重要です。
本郷:東京の駅のバリアフリー率96%など、日本にはすでに素晴らしい点もたくさんあります。これらの取り組み一つ一つを目に見える情報にしていくということですね。
グリズデイル:日本は障がい者が旅行しやすい国として世界をリードする力が大いにあります。極論、私の運営する「Accessible Japan」のような情報サイトが必要なくなるというのが理想で、それが私の夢なんです。観光に携わる皆さんの力をお借りして、そんな私の夢を叶えられたら嬉しいですね。
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