インバウンドコラム
世界最大級のLGBTQ+ツーリズム団体である国際LGBTQ+旅行協会(IGLTA)は、年に1度、世界総会を開催しています。そして今年10月の総会の会場には大阪が選ばれました。アジアで初めての開催として注目されており、これを機に、日本でもLGBTQ+ツーリズムに積極的に取り組もうという動きもみられます。
そこで今回のコラムでは、1983年の発足以来、業界を牽引し続けるIGLTA会長兼CEOのジョン・タンゼラ氏(以下、ジョンさん)に、LGBTQ+ツーリズムの現状と対応についてお話を伺いました。
>関連記事はこちら
【対談】消費パワーは国内で5兆円超!? 観光業がLGBTQ+ツーリズムに取り組むメリット
▲国際LGBTQ+旅行総会CEOのジョン・タンゼラ氏
80カ国から1万3000人以上の旅行関係者が加盟、LGBTQ+ツーリズムの組織
― 国際LGBTQ+旅行協会(IGLTA)について、また同団体のCEOであるご自身について教えてください。
IGLTA(国際LGBTQ+旅行協会)は、人生を豊かにする本質的な旅を可能にし、LGBTQ+コミュニティと観光業界をつなぐ会員主体の組織です。IGLTAの世界的なネットワークには、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、そしてクィアの旅行市場に関心のある1万3000人以上の旅行関係者(航空会社、旅行会社、ホテル、トラベルメディアなど)が加入しています。
▲加盟メンバーには有名外資系ホテル、航空会社、旅行会社などが名を連ねる
また、LGBTQ+の起業家に奨学金を提供する慈善財団であるIGLTA財団を通じて、LGBTQ+の旅行者のニーズを業界がよりよく理解し、サポートできるよう、調査・リーダーシップ・教育プログラムを提供しています。私はこれまで15年以上にわたり、会長兼CEOとして組織を率いてきました。
私たちは国連世界観光機関(UN Tourism)の賛助加盟員のなかで唯一のLGBTQ+団体であり、スタッフは世界13カ国、会員組織は80カ国に及び、年間を通じて活動するグローバル・パートナーには多くの多国籍企業が名を連ねています。
私のIGLTAとのかかわりは、旅行が大好きだったこともあり、Destination DC(ワシントンD.C.のDMO)で働いていたときからです。その際にIGLTA世界総会の招致活動に携わり、無事招致に成功したんです。招致活動の過程で知ったIGLTAでしたが、その存在意義を強く感じていたので、後日、理事会から役員の話を頂いたときは嬉しかったですね。
アジア初、LGBTQツーリズムの国際イベント開催地に大阪が選ばれた理由
― 2024年の10月に「IGLTA世界総会」が大阪で開催されます。アジアでの開催は今回が史上初となりますが、大阪を開催地に選んだ最大の理由はなんだったのでしょうか?
毎年異なる国や都市で開催するIGLTA世界総会は、世界中からLGBTQ+ツーリズムのエキスパートが約300~700人集まる業界最大規模のイベントです。バイヤー&サプライヤー向けの商談会などビジネスに直結するイベントをはじめ、メディア・ネットワーキングで世界的なコンテンツ・クリエーターと繋がれたり、真のLGBTQ+インクルーシブ企業や地域への道を歩み、マーケティングやアウトリーチを向上させるのに役立つ学習セッションなどが行われます。
大阪観光局は2018年にIGLTAに加盟して以来、活発に活動しているメンバーのひとつです。これまでも、世界中で開催されるIGLTAのイベントに参加し、LGBTQ+ツーリズムについて学んでいただいています。私たちは、大阪がIGLTAの主要イベントを招致されたこと、そして日本におけるLGBTQ+ツーリズムの推進におけるリーダーシップを発揮されたことを誇りに思います。
大阪府は、茨城県に次ぎ全国で二例目となる都道府県レベルの同性パートナーシップ制度を導入しています。また、大阪市では、企業や団体に対しLGBTQ+の権利を守ることを奨励するなど、日本をリードしてきました。LGBTQ+ツーリズムにおける多様な施策を実施するだけに留まらず、2019年には「大阪市LGBTリーディングカンパニー」認証制度を立ち上げ、性自認や性的指向に関係なく、すべての人が同じ恩恵を享受できるよう、サービス提供者や雇用者として事業者を評価しています。
▲大阪観光局が運営する「Visit Gay Osaka」では、LGBTQ+フレンドリーな大阪の魅力を発信している(出典:https://visitgayosaka.com/)
それらの理由により、大阪はのIGLTA世界総会の開催都市となりました。アジアでの初開催は、私たちIGLTAにとってもまさに歴史的な意味を持っています。より公平でインクルーシブな旅行業界を世界のあらゆる地域にもたらす、というのが私たちの活動の目標ですから。
LGBTQ+コミュニティから見た、「観光地」としての日本のイメージは?
― 日本は海外のLGBTQ+コミュニティからどう見られていると思いますか?LGBTQ+に優しい国だと認識してもらえているのでしょうか?
もちろん世界のLGBTQ+コミュニティから見ても日本は魅力的なデスティネーションです。しかし、旅先へと選んでもらうためには、LGBTQ+フレンドリーな場所としての情報発信を通して、観光におけるLGBTQ+の存在の「visibility(可視性)」を高めていく必要があります。IGLTAの加盟会員は、私たちのイベントで日本の観光の取り組みを見てきているので、日本各地にLGBTQ+を歓迎する素晴らしい事業者があることを知っています。
しかし、一般のLGBTQ+の旅行者にとっては、日本が安全な国であることは知っていても、「どこまで快く迎えてもらえるかわからない」という不安が多いにあるはずです。トランスジェンダーの旅行者にとっては、この不安はさらに顕著になるでしょう。
― 私(本郷)もインクルーシブ観光を推進する中で「日本ではLGBTQ+への差別が公にはないので、わざわざ宣伝する必要がある?」や「私にもLGBTQ+の友人がいるけど、表立ったサポートは不要だと思う」という質問やコメントをしばしば受けますが、ジョンさんがそんな質問を受けたらどのように答えますか?
LGBTQ+コミュニティやLGBTQフレンドリーさが日本よりはるかに目立つ旅行先はたくさんあり、そのような旅行先でもインクルーシブ社会実現への積極性を常にアピールしています。そうするとLGBTQ+の旅行者が旅行先を検討する際、その旅行先が一番に思い浮かぶ可能性が高いですよね。
日常的な差別を経験している人々は、旅行の際はなおさら、安全で歓迎されると確信できる場所を求めています。そのため「visibility(可視性)」が最も重要なのです。また、これは個人のためではなく、包括的な取り組みです。たとえ「そんなサポートは必要ない」という当事者がいたとしても、日本や世界中の国々には、そういった支援を必要としているLGBTQ+の人々が多くいるのですから。
旅行者を受け入れるためにできる5つのこと
―「何かしたいが、何をすれば良いかわからない」と言う人は少なくありません。日本の観光に携わる人々が、アライ(性的マイノリティの人達を理解し支援する人)となるためにできる5つのことを教えてください。
1. まずはLGBTQ+について学びましょう。IGLTA.orgとIGLTA財団には、アライとなってくださる皆様に役立つ数多くのオンライン学習の機会を提供しています。(本郷注:日本国内にも数多くの学びの機会がありますので、探してみてください。IGLTAは英語なので…)
2. 自分のいる地域のLGBTQ+団体と話をしてみましょう。ボランティアやコラボレーションなど、様々な機会があるはずです。
3. 包括的な言葉や写真などを使うように心がけましょう。(本郷注:例えば「夫婦」のようにカップルの性別を決めつける単語を使わずに「二人」としたり、多様な人々を写した画像を使うなど)
4. 従業員のダイバーシティ研修に投資する。私たちの会員の Out Asia Travel は、日本語でもダイバーシティ研修を行っています。
5. 10月23日~26日に大阪で開催される「IGLTA世界総会」に参加し、学び、世界中から集まる観光に携わる当事者やアライと交流してください。
「質問する」ことを恐れずに
― これまでにジョンさんが出会ったLGBTQ+フレンドリーなデスティネーションや事業者について教えてください。
日本の皆さんに一番馴染みがあるところで言うと、やはり大阪が素晴らしい仕事をしています。IGLTAに加盟するだけでなく、毎年開催される世界総会にも参加し、インクルーシブ・ツーリズムを支援するよう、府内外の都道府県や企業も巻き込み活動を働きかけています。目に見える形で参加することは、本当に強いインパクトがありますよね。
また、私たちの長年のグローバルパートナー企業の多くは、LGBTQ+の従業員をサポートするために「ERGs(Employee Resource Group = 従業員リソースグループ)」を設立しています。それは、LGBTQ+の従業員の声を正しく聞くための安全なスペースを作り、企業をより良いアライにするための革新的なアイデアにつながっています。
―「良かれと思って始めた取組みも、LGBTQ+の方々に失礼に当たるかも…」と心配する声も多くあります。例えば、レインボーフラッグを掲げることで意思表示をすることは、本当に適切なのか、また、LGBTQ+の方々に歓迎されるのか。それについてどう思われますか?
私たちは、レインボーフラッグが言葉の壁を埋める強力なシンボルであることに変わりはないと信じています。「レインボーフラッグは何の意味も持たない」という意見もありますが、何よりも可視化は大事だと思います。
▲日本で初めてLGBTQ+フレンドリーホテルを公言した沖縄那覇市の「ホテルパームロイヤルNAHA国際通り」のフロントデスク。ウェブサイトでも可視化がされている
しかし、それで満足することなく、地域や企業には、歓迎しようとしてくれているLGBTQ+の方々についての理解を深めるための教育や研修に投資するよう求めたいです。もちろん旗を立てるだけでは十分ではありませんから。
そして何より、質問することを恐れないでください。人が犯しやすい最大の過ちは、恐怖心が学習の邪魔をすることです。間違っているのではないかと心配しすぎると、いつまでたっても始められず、何も変わりません。一般的に、LGBTQ+の人たちは、助けを求めたり、敬意をもって質問したりする人たちを受け入れてくれるはずです。LGBTQ+の団体とつながり、彼らの活動を支援することは、そのスタート地点として最適です。
大阪大会は、LGBTQ+ツーリズムのネットワーク構築の大切なチャンス
― 最後に、ジョンさんから読者の皆さんへメッセージをお願いします。
2024年10月に大阪で開催される世界総会には世界各地から旅行業界の関係者が数百人規模で集まります。日本の旅行会社や地域にとっては、遠くまで足を運ばなくても、重要な人脈の構築ができ、世界のオピニオンリーダーから話を聞くことができる見逃せない機会です。ぜひご参加いただけると嬉しいです。
初めてIGLTAの総会に参加される方々に、IGLTAのグローバル・ネットワークに参加する素晴らしいツーリズム・プロフェッショナルをご紹介できることも楽しみにしています。このような繋がりを通して、私たちはより誰もが歓迎される素晴らしい世界を作ることができると信じています。
私自身、日本には何度か行ったことがありますが、いつも日本の豊かな歴史や文化について学ぶことを楽しんでいます。日本の人々はとても礼儀正しく、敬意を払い、訪問者に自分たちの習慣を教えてくれます。大都市から小さな村や町まで、実は非常に多様性に富んだ国であり、それを世界中から大阪の地を訪れるIGLTAのメンバーと共有できることを楽しみにしています。
支援の始まりは学ぶことから
先日タイで同性婚が可決され、現在アジアで同性婚ができる国、地域は台湾、ネパール、タイ*の3カ国となりました(*タイは年内に法制化予定)。これまで結婚の平等は欧米のものだという見方が一般的でしたが、流れは大きく変わってきています。
日本でもパートナーシップ制度は珍しいものではなくなってきましたが、まだ「結婚の平等」は認められていません。それでも、本当にこの国にLGBTQ+への差別がないと言い切れるのでしょうか?
レインボーフラッグでの支援を示したりロゴの色を虹色にすることもできることのひとつです。しかし、しっかりと学ぶことで、支援の姿勢を見せていくことが本当に求められている支援なのだと、今回ジョンさんのお話を聞いて益々感じました。表面的な支援ではなく真のアライとなるために、ぜひ学びを深めて、日本の観光をさらに盛り上げ、日本をさらに(国内外の人にとって)魅力的な国にできるよう、観光の力を使っていきましょう。
アジア初開催となる大阪でのIGLTA世界総会は、多く学び、多く出会うチャンスです。世界中から500人規模のツーリズムプロフェッショナルが集まります。日本の企業や自治体は参加費が通常の50%オフとお得な金額設定なので、チャンスだと思って参加してみると良いと思います。私(本郷)もいきますので、10月に大阪で皆さんとお会いできることを楽しみにしています!
10月23日~26日にまで開催されるIGLTA総会大阪大会の詳細はこちら
最新記事
アジア初IGLTA大阪総会が示す観光業の次なるステージ、富裕層だけでない多様な訪日客の心をつかむには? (2024.11.28)
マンネリ化した観光コンテンツはもう飽きた「欧米豪メディア」が求めるもの (2024.04.19)
【対談】サステナビリティ実践のヒント、環境、経済、人のバランスと好循環を作る(後編) (2024.01.19)
【対談】今こそ正しく理解したい「世界水準」のサステナビリティ(前編) (2024.01.18)
【対談】消費パワーは国内で5兆円超!? 観光業がLGBTQ+ツーリズムに取り組むメリット (2023.06.02)
【対談】バズワードに踊らされるな。今、日本が目指すべき観光開発とは? (2023.02.10)
【対談】海外事例に学ぶ、観光地が今すぐできるアクセシビリティと情報発信のコツ(後編) (2022.09.09)
【対談】観光地のバリアフリー対応が経済的メリットを生み出す理由(前編) (2022.09.08)