インバウンドコラム

なぜその訪日客向け観光パンフレットは手に取られないのか? 制作で失敗しないための5つのポイント

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SNSや動画、Webサイトなど観光プロモーションの手法が多様化するなかでも、パンフレットにはいまなお独自の役割があります。観光案内所や空港などで偶然手に取られ、旅の途中で見返され、訪問のきっかけとして手元に残る。それが紙媒体ならではの接点の強さです。

一方で、インバウンド向けパンフレットの制作現場では「何を載せればよいのか分からない」「日本語版をそのまま英訳すればよいのか迷う」 といった課題も多く聞かれます。

本記事では、実際に大きな反響を得た事例をもとに、インバウンド向けパンフレット制作で押さえるべきポイントを整理します。

空港で人気の観光パンフレットに学ぶ、インバウンド向け制作5つのポイント

 

なぜ大田区のパンフレットは“手に取られる”ようになったのか?

実際に旅行者に手に取られ、行動につながるパンフレットとはどのようなものでしょうか。

その一例として、しいたけクリエイティブが手掛けた、羽田空港のある東京都大田区のインバウンド向け観光パンフレットの事例をもとに紹介します。

本パンフレットは、空港や観光案内所での配布開始後、すぐに在庫がなくなるほどの反響がありました。従来は数年に一度の増刷だったことを踏まえると、明らかに大きな変化が見られたと言えます。

この結果を受けて、どのような点が旅行者に響いたのかを検証するため、渋谷で外国人旅行者への街頭アンケートを実施しました。新旧パンフレットを見比べてもらったところ、次のような率直な意見が寄せられました。

● 「旧版は英語のパンフレットに見えない」
● 「新しい方はきれいで見やすい。行き先が並んでいるだけより魅力的」
● 「シンプルで要点が分かりやすいものが助かる」

日本最大級の「大田市場」の写真も、何の文脈なしでは「倉庫」だと思われ、観光客を混乱させていた▲日本最大級の「大田市場」の写真も、説明が一切なければ「倉庫」と思われ、観光客を混乱させていた。

こうした声から見えてきたのは、「分かりやすさ」と「行動につながる設計」が、パンフレットの印象を大きく左右するということです。では、具体的にどのような工夫が有効なのでしょうか。以下で、そのポイントを5つに整理してご紹介します。

 

1. “何を載せるか”の前に、旅行者の行動を設計する

インバウンド向けパンフレットの制作では、まず「何を載せるか」が話題になりがちです。どの観光地を紹介するか、どの写真を使うか、どんな体験コンテンツを推すか。もちろんそれらも大切ですが、その前に考えたいのが、「そのパンフレットを通じて相手にどう行動してほしいのか」という視点です。

私は企画の段階で、まず主に3つの行動をイメージします。ひとつ目は、手に取ってもらうこと。ふたつ目は、中を見て「良さそう」と感じてもらうこと。3つ目は、持ち帰ってもらい、実際の訪問につなげることです。

この流れを意識すると、パンフレットは単なる情報を集約した印刷物ではなく、行動を後押しするためのツールだと分かります。表紙、中面、サイズ感、紙質、情報の順番まで、すべてが「読む人の次の一歩」に関わっています。正しい情報を詰め込んだだけでは、「読む」という行動すら生まれません。正しい情報の並べ方を考える前に、まずその厳しい事実を認識する必要があります。

 

2. 「何があるか」ではなく「どう楽しめるか」を伝える

パンフレットの表紙は、まず目に留まらなければ意味がありません。ただし、目立てばよいというものでもなく、「これは自分に関係がありそうだ」と瞬時に伝わる必要があります。

ありがちなのは、地名や施設名を中心に組み立ててしまうことです。しかし、訪日外国人にとっては、その土地の名前自体には大きな意味がないことも多く、「そこでどんな時間を過ごせるのか」「自分にとってどんな価値があるのか」のほうが重要です。

大田区のパンフレットでは、表紙中央に「The Most Vibrant City Near Haneda Airport」というコピーを配置しました。単に地名を示すのではなく、「羽田空港近くの活気ある街」という旅行者視点の価値を先に伝える設計です。ここに「Ota City」と書いてあっても、外国人には何の意味も持たないからです。その地域が旅行者にとって関係があるかを、一瞬で感じてもらうことを意識しました。

なぜ読者に関係している冊子なのかをわかりやすく提示。「A to Z Guide(まるわかりガイド)」というコンセプトも示し、観光ガイドよりももっと楽しく読み進めやすようなイメージをつけた。▲なぜ読者に関係している冊子なのかを分かりやすく提示。「A to Z Guide(まるわかりガイド)」というコンセプトも示し、観光ガイドよりももっと楽しく読み進めやすいようなイメージをつけた。

中面も同様です。観光スポットを羅列するだけでは、情報としては成立しても、行きたい気持ちまでは生まれにくいものです。大田区のパンフレットでは “Visit with the Kids” や “Must Try” といった体験ベースのテーマ構成とし、各スポットの見出しにも “Go through a corridor of red torii gates” のように動詞を使ったり、読者が情景を思い浮かべられるような表現を入れています。名所を説明するのではなく、「その場所で過ごす時間」を想像してもらう。こうした小さな見せ方の違いだけでも、読者の受け取り方は大きく変わります。

“Go through a corridor of red torii gates” や “Say hi to a friendly beast at ‘Tire Park’” など「読者が何をできるか」を見出しで伝えることで、訪問のイメージを持ってもらいやすくしている。▲“Go through a corridor of red torii gates” や “Say hi to a friendly beast at ‘Tire Park’” など「読者が何をできるか」を見出しで伝えることで、訪問のイメージを持ってもらいやすくしている。

さらに、持ち帰ってもらい実際の訪問につなげるには、物としての使いやすさも重要です。カバンに収まりやすいサイズ感、手に取りたくなる紙質、Googleマップと連動したQRコードなど、現地で使われることを前提に設計することが、最終的な行動につながります。

 

3. 翻訳ではなく、読み手視点の「情報設計」をやり直す

インバウンド向けの紙媒体では、今もなお「日本語版をそのまま英訳する」という進め方が少なくありません。最近はAIの進化によって、以前より自然な英語に整えやすくなり、既存の原稿を活かしながら制作を進めること自体は、実務上ごく一般的な方法になっています。

ただ、本当に必要なのは、単に言語を置き換えることではありません。海外の読者に合わせて、情報の伝え方そのものを組み替えることです。

たとえば、日本語では丁寧に感じられる説明が、英語圏の読者には情報過多に映ることがあります。逆に、日本人には言わなくても伝わる前提が、海外の旅行者にはまったく分からないこともあります。だからこそ、見出しの付け方、写真の見せ方、情報量、余白の取り方まで含めて、読み手に合わせて再設計する必要があります。

もともとのパンフレットは、「文化」「歴史」「食」といったテーマごとに情報を整理する、観光パンフレットとしてはオーソドックスな構成でした。もちろん、それ自体が悪いわけではありません。ただ、この分類は発信する側にとっては整理しやすくても、読む側にとって必ずしも直感的とは限りません。

旧版のパンフレット。見せたい情報の詰め合わせで、そこに読者の視点はない。▲旧版のパンフレット。見せたい情報の詰め合わせで、そこに読者の視点はない。

そこで新しいパンフレットでは、「A to Z」という、思わず最後まで読み進めたくなる仕掛けを取り入れ、その中で各テーマを横断的に紹介しました。表紙でも「A to Z Guide」というコンセプトを明示することで、従来の観光ガイドよりも、楽しく読み進められる印象を持ってもらいやすくしています。何を載せるかだけでなく、どう読ませるかを考えることが、伝わり方を大きく左右します。

“A to Z”のコンセプトを活かしたページ構成。ページごとにはキッズフレンドリー、伝統と文化、食などのテーマがあり、必要に応じてテーマを深掘りしたページも。例えば、上段・真ん中は銭湯や温泉・黒湯紹介。下段・右は注目レストランを紹介。▲“A to Z”のコンセプトを活かしたページ構成。ページごとにはキッズフレンドリー、伝統と文化、食などのテーマがあり、必要に応じてテーマを深掘りしたページも。例えば、上段・真ん中は銭湯や温泉・黒湯紹介。下段・右は注目レストランを紹介。

また、特に注意したいのが、日本語や漢字の扱いです。日本らしさを演出したいという理由で、英語版にも多くの漢字や日本語を入れたくなることがありますが、読めない人にとってはノイズになる場合も少なくありません。英語版では、まず英語として読みやすいことを優先し、日本語はアクセントとして必要最小限に使うほうが、結果として親切なことが多いです。

単に英語へ翻訳することと、外国人旅行者に伝わるよう情報を設計し直すことは、まったく別です。この違いを意識するだけでも、パンフレットの質は大きく変わります。

 

4. 魅力だけでなく、「不安を解消する情報」も伝える

訪日外国人向けパンフレットで見落とされがちなのが、「安心につながる情報」が届けられているかという視点です。日本に強い関心を持って来ている旅行者ほど、実は「マナーを間違えたくない」「失礼なことをしてしまわないか心配」と感じています。

「日本人はとても礼儀正しいので、失礼なことをしてしまわないか常に意識している」
「電車で話したり、公共の場で電話したりするのが禁止されているのではと怖い」

空港で人気の観光パンフレットに学ぶ、インバウンド向け制作5つのポイント

神社での作法、温泉や銭湯の入り方、飲食店でのルールなど、日本では当たり前でも、初めて訪日する人は知らないことです。SNSで外国人の振る舞いが批判される場面を目にしている人ほど、余計に慎重になります。観光の満足度を上げるには、魅力を伝えるだけでなく、不安を解消することも欠かせません。

掲載する情報についても同様です。クレジットカードは使えるのか、ベジタリアンやヴィーガン向けの選択肢はあるのか、子ども連れでも利用しやすいか、車椅子でアクセスできるか。こうした情報は、「Nice to have(あれば良い情報)」ではなく「Must have(行くかどうかを決める判断材料)」です。大田区のパンフレットでも各スポットにこれらを可能な範囲で盛り込みました。「言わなくても伝わるはず」の配慮を、きちんと言葉にして伝えること。それが、より多くの人が安心して楽しめる観光体験につながります。

 

5. 英語はフォントの種類で読みやすさが決まる

コンテンツや写真には気を配っていても、意外と見落とされやすいのが欧文フォントです。日本語デザインの延長で英語を組むと、英語話者にとっては読みにくい紙面になることがあります。パンフレットは短時間で目を通されることが多いため、可読性の差がそのまま理解度や印象に影響します。フォントもまた、情報設計の一部として考える必要があります。

コンテンツのトーンや訴求ターゲットに合わせて選ぶことが大切ですが、参考として代表的なものを挙げます。

・ Helvetica / Open Sans:汎用性が高く、本文・見出しともに安定した読みやすさ。迷ったらまずこの中から。
・ Futura / Montserrat:親しみやすさやモダンな印象を出したいとき。体験型・ポップな観光コンテンツに。
・ Garamond / Georgia:格調あるセリフ体。高級旅館・文化施設・伝統工芸など品格を出したいときに。
・ Poppins / Nunito Sans:丸みがあり親しみやすい。ファミリー向けや自治体制作物にも使いやすい。

空港で人気の観光パンフレットに学ぶ、インバウンド向け制作5つのポイント

細すぎる書体や装飾性の強いフォントは、見出しでは成立しても本文では読みにくくなりがちです。「おしゃれに見えること」より「無理なく読めること」を基準に選ぶ。そこまで詰め切れると、パンフレット全体の完成度が一段上がります。内容やデザインは整っていても、フォント選びで惜しく見えてしまう海外向け制作物は、実際によく見られます。そのため、ここが意外と重要なポイントと言えると思います。

 

パンフレットは、地域の歓迎の姿勢を伝えるメディア

インバウンド向けパンフレットづくりで本当に大切なのは、「外国人向けっぽく見せること」ではありません。相手の行動や心理を想像し、迷わず次の一歩を踏み出せるように設計することです。「手に取りたくなるか」、紙面を見て「行ってみたくなるか」、そして「安心につながる情報が提示されているか」という視点を持つだけで、パンフレットの質は大きく変わります。

そして、何よりパンフレットは単なる情報を詰め込む媒体ではありません。その地域や事業者が、どのような姿勢で旅行者を迎えようとしているのかを伝えるメディアでもあります。だからこそ、「何を載せるか」だけではなく、「どう行動してもらいたいか」「どういう印象を持ってもらいたいか」から逆算して考えることが、これからのインバウンド対応ではますます重要になるはずです。

この記事を読んで、皆さまがこれまで制作してきたパンフレットはいかがだったでしょうか?渾身のパンフレットがあれば、ぜひ弊社までお送りください。フィードバックの相談も受けていますので、お気軽にご連絡ください。

 

なお、本コラムでお伝えした内容をさらに詳しく知りたい方は、ぜひYouTube動画のフルバージョンもご覧ください。大田区の観光パンフレットについて、外国人旅行者にインタビューした様子も収録しています。

著者プロフィール:

株式会社しいたけクリエイティブ 代表取締役 本郷 誠哉

インドネシア、アメリカ、南米など海外滞在歴は約10年。株式会社ジープラスメディアやENGAWA株式会社で国内最大級の英字メディアの運営に携わった後、世界基準のコンテンツ制作に特化した「株式会社しいたけクリエイティブ」を創業。プロデューサーとして、特に欧米豪市場における訪日プロモーションの企画・コンテンツ制作・発信まで一気通貫で行う。通訳、翻訳、校閲の経験も豊富。

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