インバウンドコラム
数年前から世界中の観光地で急速に増加しているオンライン/バーチャルツアーは、今般のコロナ禍におけるピンチをチャンスに変え、いかに継続的な事業として実施するかという点で注目を集めている。後編では、成功を呼び込む秘訣について具体例を紹介しながら深掘りしていく。
前編:withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.4 ビジネスの目的から考える「オンライン/バーチャルツアー」の成功の秘訣(前編)
成功の秘訣②「企画力」
現在、前例のない課題に直面している観光に携わるマーケティング担当者は、他に負けないよう適切な戦略を実施したいと考えていることだろう。
マーケティング担当者が考えなくてはいけないのは、産官学に渡る観光分野の専門家たちが書いた『DMOのプレイス・ブランディング』(学芸出版社)でも再三再四指摘されている「他者との差別化」を、いかにして分かりやすく伝えるかである。
「地域に魅力さえあれば、特別な何かをしなくても観光客が来る」というのは、限られた観光地の特権であり、ほとんどの地域・エリアは魅力を伝えることに力を注ぐべきであるが、そこで担当者に試されるのが「企画力」である。
▲photo by i Stock
オンライン/バーチャルツアーを行ううえでも、この企画力は必須であるが、いくつか考え方がある。
まず、従来からあるファムトリップを応用し、インフルエンサーを招くという方法がある。はっきりいって、オンライン/バーチャルツアーでの集客をその地域のリソースだけで行うのは容易ではない。そこで、SNSなどで影響力をもつ人物(インフルエンサーや著名人)を招待し、ナビゲーター役を任せるのである。
“SNSなど”と書いたのは、SNSの影響力がそこまで大きくない場合でも、集客につながるインフルエンサーがいるからだ。ツアーにニッチなテーマをもたせ、その特定の分野での第一人者である専門家やツアーガイドを招待し、解説してもらうという方法だ。京都には、住民がガイドするミニツアーが数多く掲載されている「まいまい京都」というサイトがある。ここに掲載されている企画(の視点)は、参考になるだろう。
そのほか、通販を利用することでモノ消費とコト消費を組み合わせるといったユニークな企画もある。
具体的な企画をいくつか紹介していこう。
現地ガイドを活用したオンラインツアー
ライブ配信アプリ「17LIVE(イチナナ)」では、withコロナ時代に旅情を高める新たな施策として、世界7カ国をライブ配信で旅する企画「イチナナ ワールドツアー」を、2020年7月18日~22日の5日間にわたって開催した。
ニュージーランド、ウズベキスタン、タイ、ブラジル、フィリピン、ベトナム、台湾の7カ国に居住している現地ツアーガイドが出演し、その土地の観光スポットの現状や現地の人しか知らない穴場、最新のグルメ情報の紹介、旅行で使える現地の会話ミニ講座などを、写真や音楽とともにライブ配信した。こうした企画では、視聴者からの疑問や旅のアドバイスなど、ライブ配信ならではのインタラクティブなコミュニケーションが期待できる。
大手旅行会社のHISも、世界各国に現地法人がある強みを生かし、観光名所やグルメのガイドとセミナー、著名人が現地を案内するといったオンラインツアー「#ふたたび美しい世界へ」を開催している。
その内容を見ると、
「NY在住、ミュージカル俳優によるニューヨーク街案内」US$10
「行った気になる観光セミナー~世界が誇る絶景 ウユニ塩湖~」US$15
「夏休み企画!本場ニューヨーカーから学ぶ子供たちのための使える英会話サマークラス 初級」US$49
といった具合に、さまざまな企画が目白押しである。
ちなみに、中国最大のオンライン旅行代理店の「携程(Trip.com)」では、創業者自身がライブ配信に出演し、15億円以上の売上につなげている。
フードツーリズムにも広がるオンラインツアー
世界観光機関(UNWTO)の報告によると、外国人観光客の75%以上が、日本旅行の主な目的は日本食を楽しむことであるというが、フードツーリズムにおいても「オンライン/バーチャルツアー」が試されている。
コロナ危機を受けオンライン体験に乗り出したのは、Arigato Japan Food Toursである。「日本で緑茶タイム(Green Teatime In Japan)」、「日本食トップ5ーカルチャーフード ラーメン セッション(Top5 Japanese Foods -Cultural Food Ramen Session-)」 などのテーマで、1時間程度のオンラインクラスを開催している。
またNinja Food Toursでも、実際のツアーを利用した場合に使える割引込みの価格で「オンラインSAKEクラス」を行なっている。
ジャパントラベル旅行事業部オペレーションマネージャーのジェローム・リー氏は、Japan Timesのインタビューの中で、「ロジスティックに言えば、バーチャルフードツアーは対面ツアーと同じように実施できる」と答えている。同氏は、「短期的には質の高い仮想体験はビジネスの潜在的な収入源となり、パンデミック後の将来においては、バーチャルツアーがツアー会社やベンダーのマーケティング活動に集約され、日本に旅行する前にライブストリーミングが食欲を刺激し、視聴者が間もなく飲食するもののイメージで食欲をそそるようになるだろう」と明るい展望を予測する。
通販と組み合わせることで「生産者支援」という付加価値をつける
アクティビティや生産者支援などの目的と組み合わせて、バーチャルフードツアーに付加価値を生み出している企画もある。
「日本中の素敵な人に出会う旅」を企画提供するあうたび合同会社は、各地のお酒とおつまみなどを組み合わせた特産品セットを事前購入した参加者が、生産者と直接交流できるオンラインツアーを実施し、反響を得ている。新型コロナウイルスの影響により商品の出荷が激減している酒蔵や生産者を応援する目的で始めた企画だ。
「茨城の酒蔵とあんこうつるし切り」「新潟県のクラフトビールとジビエの達人」など独特のテーマに加え、生産者本人が登場し手を動かすシーンを映すことで、現場の臨場感が伝わるように工夫を凝らしている。同社代表の唐沢氏は、先に触れた当社セミナーにおいて、「少しでも地域の皆さんの売上に繋がり、コロナ終息後には、実際にその土地を訪れるきっかけになれば」と思いを語ってくれている。
また、「旅行精神を維持し、地域経済を支援するために、自宅から日本への旅行をお手伝いする」というコンセプトで8月開始予定の新事業Peko Peko Boxは、定期的なライブショーやビデオストーリーのほか、コロナショックの影響を受けている地域メーカーをサポートする目的を兼ねて、日本のお土産やお菓子の詰め合わせボックスの海外発送も準備中である。
屋久島の「遊漁船さかなのもり」と南西旅行開発は、5月に「屋久島の森と海のつながりを感じるオンラインツアー」を開催している。料金は3000円で、ツアー当日までに屋久島の海産物を使った食べ物や調味料が入ったセットを届けた。主催者と漁師の家族、5人がツアーガイドとなり、参加者7人を案内し、動画や写真を駆使し遊漁船での海釣り体験を再現したという。実際の釣り道具を見せながらのレクチャーやライフジャケットを着用しながらの安全講習、参加型で楽しめるようビンゴゲームを取り入れるなど、臨場感ある演出に工夫を凝らし、ビンゴゲームで釣れた魚の特徴やおいしい食べ方などを紹介した。
「楽しかった。屋久島に行ってみたくなった」「魚釣りの場面がワクワクして、自分が釣り上げているところを想像した」など、参加者からも好評であったそうだ。
「オンライン/バーチャルツアー」が、真の旅行体験に取って代わるのは難しいかもしれないが、新型コロナウイルス発生から今までの数カ月間に、これほど多様な新企画が登場し、新たな市場を形成している事実を目の当たりにすると、パンデミックへの短期的および長期的な解決策としての大きな可能性を感じざるを得ない。
少なからず課題もあるが、一歩を踏み出す勇気も必要
新しい生活様式の中、オンライン/バーチャルツアーはコロナ期間の「つなぎ」として、あるいは、まだ実際に旅行したくない人のための「一時の逃避」として機能している部分が大きいのが現状である。
しかし、今回見てきたさまざまな取り組みや結果が表しているように、人々をもう一度旅行に誘う強力なマーケティングツールとなるポテンシャルを持つことは明らかだ。したがって、失敗を怖れずに、安全な観光が戻る未来を見据え、仕組みを整えて実施したいものである。
とはいえ、課題がないわけではない。
たとえばイマーシブ・テクノロジーに関しては、ウェブサイトやソーシャルメディアなどと迅速に結びつけることが課題だと指摘されている。
優れたグラフィックス、ヘッドトラッキング、アイトラッキングといった高度な機能を備えた、ユーザーに優しいバーチャル・リアリティのためのヘッドセットは既に開発されているが、一般的な家庭での使用にはもう少し時間を要するだろう。さらなる大容量データ通信を可能とする、5Gシステムは、バーチャル・リアリティ・コンテンツの実装に欠かせないといえるが、これもやや時間的な猶予が必要だろう。
オンラインツアーでは下調べや準備が欠かせない
もちろんこうしたインフラさえ整えば、スマートフォンやスマートウォッチと同じように、イマーシブ・テクノロジーも標準的なツールになっていくことが予想される。そうなれば観光分野においても、活用しない手はない。今のうちからその下地を作っておけば、素晴らしいスタートダッシュにつながるであろう。
また、先に述べた当社セミナーの中で、両氏にご指摘いただいたように、ZOOMなどのサービスを使用するオンラインツアーでは、通信環境の確認と整備が不可欠であるとともに、参加者にマイナスイメージを与えるような沈黙が続かないよう注意することは大切なポイントである。
その意味では、至極あたりまえのことになるが、場当たり的な取り組みにせず、きちんと準備することが欠かせない。台本をびっしりと書き込む必要まではないだろうが、下調べは必須であろうし、参加者からの質問に対応できるよう想定問答集を作ることも一考の余地がある。
まとめると、観光関連コンテンツの検索、アクセス、体験の方法など、消費者行動を左右するデジタル技術は、今後ますます観光業に大きな影響を与えるだろう。
その中でバーチャル・リアリティは、斬新かつイマーシブな方法で、国内外の旅行ファンを惹き付け、地域の観光商品の認知度を世界的に高める可能性を秘めている。戦略的に活用すれば、地域やビジネスがグローバル市場の競争に巻き込まれることから免れ、いずれリアルでの観光が可能になったときにおける「成功の鍵」となるはずだ。
筆者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔
神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。
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