インバウンドコラム

withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.6 「食の多様化」に対応する(前編)

2020.08.26

村山 慶輔

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日本を含めた世界中で、ライフスタイルや価値観が多様化している。さらに、国際観光の発展にともない、さまざまな生活様式や食習慣をもつ人たちが交錯するようにもなった。そうしたことから、飲食に関わる事業者を中心に「食の多様化」に対応することは、事業者自身はさることながら、地域全体の稼ぐ力の向上につながるとされ、日本国内でもそうした成功例も出始めていた。

そんな最中、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中に広まっていった。いうまでもなく、このパンデミックは飲食業に携わる事業者にとって、大きな打撃となっている。では、withコロナ時代やその先を見たときに、コロナ禍の“前”に起きていた「食の多様化」への流れは減速するのだろうか。私はむしろそれは加速するとみている。

具体的には、これまでのハラールやベジタリアンなどの「食の禁忌・制限」への対応に加え、食が果たす役割や責任、サステナビリティを意識した選択がスタンダードになってくるだろう。前置きが少し長くなったが、本稿ではそのような「食」に関するwithコロナの先を見据えた国内外の取り組みについて考察していく。

 

「食」の選択におけるニュースタンダード

最初に、人々が食品やレストランといった「食」において、選択する際の新たな動機について触れていこう。

2015年に国連サミットで採択された17のグローバル目標と169のターゲットからなるSDGs(持続可能な開発目標)でも注目を集めている「サステナビリティ」である。一例をあげれば、2017年に流行語大賞にも選ばれた“インスタ映え”という言葉がある。多くの飲食店が、この社会的現象に合わせた商品を開発・提供しているが、そうした動きも「サステナビリティ」に即したものでなければ、“時代遅れ”と言われる可能性をはらんでいる。

桜美林大学で環境学を専門に教鞭を執る藤倉まなみ教授が、「インスタ映えによる食品ロスの増加」を指摘しているように、見た目を重視するあまり、必要以上にプラスチックゴミが増えたり、食べ残しが発生したりする状況は、サステナビリティに反しているといえる。そうした飲食店は、消費者から敬遠される時代に移りつつある。

重要なのは、こうした食品ロスのゼロ化や過剰包装の削減、あるいは生産者の持続可能な生活を支えるためのフェアトレード(公正取引)や、食品の安全性・環境への負荷を知るためのトレーサビリティーといった考え方が、世界中で、「食」を選択する際の決定要因となっていることである。

 

ただ美味しければいい、ただ見た目がよければいいという時代の終焉

これについて詳しくみていきたい。まず、FAO(国際連合食糧農業機関)が2019年のテーマにも挙げていた食品ロスについて。日本は年間600万トンの食品を捨てているとされ、食用として生産された農水産物のうち、3分の1ほどは消費されることなく廃棄されているという。残念ながら、世界的にみても食品ロスは人口の増加などにより増加傾向にある。そうしたことから、SDGsの目標に、世界全体の一人当たりの食料廃棄を半減させ、生産・サプライチェーンにおける食品ロスも減少させることが掲げられている。

日本でも、2019年10月に食品ロス削減推進法が施行され、自治体に削減計画策定を求めたり、事業者に食品ロス削減に取り組むよう努力義務を課せたりしている。今後、インバウンドや国内旅行者のみならず、一般消費者の間でも、食品ロスへの意識は高まることが予想される。ただ美味しければいい、ただ見た目がよければいいという時代から、食品ロス(サステナビリティ)に配慮しているか否かが、消費者への満足度や評価へと直結するようになっていくということだ。

 

責任ある水産物への認証制度

すでに、具体的な動きもみられる。漁業部門では、WWF(世界自然保護基金)が行う国際的な海洋保全活動をサポートするための取組が2つある。

ひとつは、海洋管理協議会(Marine Stewardship Council:MSC)の厳正な認証規格に適合する、水産資源と環境に配慮し適切に管理された漁業で獲られた持続可能な天然の水産物にのみ認められるMSCラベル、通称「海のエコラベル」である。

もうひとつは、責任ある養殖水産物のみに認められる、水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council:ASC)認証制度である。ASCラベルによって、消費者は水産物を選ぶとき、一目見るだけで「どこで、どのように育てられたか分かり安心して食せる」ようになる。さらに、その水産物が「責任ある養殖方法を実践する養殖場で生産されたもの」ということがわかるため、消費者は環境や社会に配慮した責任ある選択をすることができる。

▲ASC認証のロゴマーク(ASC水産養殖管理協議会提供)

 

中国などで急進する「トレーサビリティ」への取り組み

こうした「その製品がいつ、どこで、だれによって作られたのか」を明らかにし、さらに原材料の調達から生産、そして消費または廃棄まで追跡可能な状態にすることを「トレーサビリティ(Traceability)」と呼ぶ。日本語では「追跡可能性」と訳されることが多い。近年では、製品の品質向上に加え、安全意識の高まりからトレーサビリティの重要度は増しており、自動車や電子部品、食品や医薬品など幅広い分野に浸透している。

長年にわたり食品業界に携わってきた野村総合研究所の岩村高治氏は、『NRI JOURNAL』の記事のなかで、「生産から加工、流通、小売りに至るフードチェーン全体でデジタル化と情報連携を進めれば、食品ロスの削減や効率化、付加価値の向上につながる」と話している。

 

全ての食品にQRコードをつけることで情報が明らかに

このような「トレーサビリティ」において、ITを駆使して抜きん出たのが中国である。ジャック・マー氏率いるアリババが提唱する「ニューリテール(新しい小売)」にもつながる取り組みである。

中国のEC最大手であるアリババが展開する「盒馬鮮生(フーマフレッシュ)」と、EC大手「京東集団(JD.com)」傘下の「7FRESH(セブンフレッシュ)」、これらの生鮮食品を中心としたスーパーでは、野菜や果物ひとつひとつにQRコードを付け、専用の機械で読み取ると、陳列棚の上にある巨大なスクリーンに産地や購入者の評価などの商品情報が映し出されるようになっている。

水槽を泳いでいる魚にもQRコード・タグが付けられ、スマホでかざすとどこで水揚げされたのかなどの情報がわかるという。

粗悪な原材料や産地偽装、健康被害に対してなど「食」に対する不安が存在する中国国内では、トレーサビリティが安心安全な食材を流通させる方法として消費者から歓迎されていることも背景にある。

なお、これら大手傘下のスーパーで実践されている、オンライン注文、スピード配送、セルフレジ、キャッシュレス決済は、時短、密・接触を避けるなど、まさにwithコロナ対策に適した内容であるのが注目に値する。

 

食の多様性を考えるうえで外せない「制限・禁忌」

ここまでは、食の選択における新たな「動機」について述べてきた。繰り返しになるが、その「食」が経済、社会、環境にどういう影響を与えるのかは、美味しさや見た目の良さなどと並んで、食を選ぶときのキーファクターになっていくということだ。この流れは、消費者がより安全・安心を求めるようになったwithコロナやafterコロナの時代には、加速していくものとみられる。

一方で、かねてより食の多様性として取り沙汰されてきたテーマとして、「食の制限・禁忌」がある。インバウンド(訪日外国人)の増加によって、注目度が高まっていたこのテーマについて改めて整理したい。食の多様性を考えるうえで外せない食の制限は、「アレルギー」「禁忌」「好き嫌い」の大きく3つに分類できる。

このうち「禁忌」については、「宗教」「主義」「体質(病気)」といった理由があげられるが、日本でここ数年、注目を集めてきたのが宗教による食の禁忌である。

代表的なのが、世界で約18億人が信仰する三大宗教のひとつ、イスラム教の禁忌である。「許されたもの」を意味する「ハラール(HALAL)」と「禁じられたもの」を意味する「ハラーム(HARAM)」がある。

たとえば、豚肉とアルコールはハラームであり、口にしてはいけないとされている。留意したいのは、ハムやソーセージなど豚肉由来の原材料を使った加工食品、調理等で豚の脂(ラード)を使った食品などもハラームになることだ。さらに牛・鶏・羊なども、イスラム法に則って屠殺された肉でなければ、口にしてはいけない。

一方、世界で1400万人というユダヤ教徒の食の規定は、「コーシャ」と呼ばれる。イスラム教と同様に、豚肉やユダヤ教の教義に則って屠畜されていない肉に加え、エビやカニといった鰭(ひれ)や鱗(うろこ)がないものも制限されている。さらに、肉と乳製品を一緒に食べることも禁じられている。

 

特に増加傾向にあるベジタリアン、米国では3年で6倍に

同様に、アジア諸国ではヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教などの宗教的背景による「ベジタリアン」が少なくない。このベジタリアンは近年、宗教とは違った理由で、欧米豪諸国で増え続けている。「ここ数年で倍増した」というデータには、枚挙にいとまがない。たとえばイギリスの調査会社「グローバルデータ」によれば、2014年から2017年にかけてアメリカのベジタリアン(菜食主義者)は6倍にも増加しているとの報告もある。

日本の食の多様化を推進する事業を行うフードダイバーシティ株式会社の守護彰浩氏も、弊社主催のオンラインセミナーのなかで次のように話している。

「近年、増加傾向にあるベジタリアン人口は2018年には6.3億人にのぼり、訪日外国人においては149~190万人と推計されます。ただ、単純に“数”だけでは計れない部分があります。たとえば団体・グループ客のなかに、1人でもベジタリアンがいれば、対応食がある店を選ぼうとします」

つまり、食の制限・禁忌に対応することは、制限を持つ人の“数”以上の経済効果があるといえる。

 

欧州で広まるさまざまなフードツアー

一般的に肉・魚を食べない人のことを「ベジタリアン」と呼ぶが、そのなかで欧・米・豪諸国のベジタリアンは、環境問題・動物愛護・健康面などといったライフスタイルや主義に基づいていることが多い。卵・乳製品を食べるかどうかは、個人差が出る部分なので、「ベジタリアン」といわれた場合は、卵や乳製品は大丈夫かどうか確認することが望ましい。

完全菜食主義を意味する「ヴィーガン」は、肉・魚に加えて卵・牛乳・チーズなど酪農製品、さらには蜂蜜なども口にしない人もいる。

なお、イギリス・ドイツ・オーストラリアでは、人口におけるベジタリアン比率が10%を超えている。当然ながら、こうした動きを観光事業者も黙って見過ごすわけがない。

イギリスの大手メディア『ガーディアン』で紹介されていた「ヨーロッパ各都市のベストヴィーガン&ベジタリアンフードツアー」の一部を紹介しよう。

<ローマ>「Vegan Food Tours
ローマで最も古い地区のひとつであるモンティ地区を巡るツアーを行っている。グルメなストリートフードやボヘミアンなバーで知られるこの地域を散策しながら、前菜、生パスタ、ピザ、乳製品不使用のジェラートなどを味わえる。

<トスカーナ>「Fantastic Florence
歴史あるフィレンツェのサン・ロレンツォ地区でのベジタリアンまたはヴィーガン料理ツアー。お勧めのツアー(カスタマイズ可能)は、エスプレッソで一日をスタートし、中央市場で、バルサミコ酢、トリュフ、パン、パスタ、郷土料理のスープを試食。最後に、ヴィーガン認定のワインとチョコレートのテイスティングが待っている。

<バルセロナ>「BeBike Tours
ヴィーガンガイドによる電動バイクでのオーダーメイドツアーを手配、ローカフェやヴィーガンのチーズショップに立ち寄ることもできる。また、姉妹会社「Barcelona Segway Tour」の「ガストロノミック・セグウェイ・ツアー」では、3時間で9種類のタパス料理(ミートフリー、乳製品フリー、グルテンフリーのオプション)を楽しむことができる。

<アムステルダム>「Vegan Food Tours
フォンデルパークから始まり、デザイン意識の高いアウト・ウェスト地区へと向かう。旅行者はオランダのビターバレン(ミートボール)、ローアイスクリーム、ヴィーガンのジャンクフード「(海藻から作られる)ウィードバーガー」を試食することができる。

残念なことに、いまはコロナの発生により、打撃を受けているさなかではあるが、欧州各国・各地ではこのようなベジタリアンやヴィーガンのためのツアーが次々と生まれていたのだ。

次回へ続く

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