インバウンドコラム
地域の観光振興を進めるうえで、重要なのが地域社会からの理解である。特に、観光のありかたが、従来の物見遊山なものから、地域に根ざした文化や生活様式を通じた体験を軸にしたものへと変わってきている昨今では、地域住民の理解からさらに踏み込んだ協力を得る必要がある。地域社会との良質な交流が、訪問者の満足度を大きく左右するからだ。
しかしながら、コロナ禍の影響で観光客を呼び込むことに対して消極的な地域が出てきている。さらにいえば、コロナが発生する前も、一部の地域では押し寄せる外国人観光客(インバウンド)と地域社会が油と水の関係になってしまい、オーバーツーリズムや観光公害として問題視される向きもあった。
これを改善するには、観光客側にしっかりとマナーを伝えたり、地域に対するリスペクトを醸成したりといったことが必要だ。もちろん、コロナ禍のニューノーマルな過ごし方を徹底させることも不可欠である。
そうしたことに加えて、地域社会・住民に「ウェルカム」な気持ちになってもらうことも重要である。その具体的な方法が「観光貢献度の可視化」だ。すなわち、いかに観光客が地域経済に貢献しているのかや、観光事業が地域の暮らしにどう役立っているのかといったことをわかりやすく伝えなくてはならないということだ。
なにげない住民との触れ合いが旅行先の印象を左右する
冒頭でも書いたが、住民から観光客への対応は、その地域全体での体験の良し悪しを大きく左右する。まち歩きをしているなにげない瞬間に、地域住民から笑顔で挨拶されたり、親切なふるまいを受けたりすると、それだけで旅行者の満足度は一段も二段も上がる。
これは、満足度を高めるためには、自社商品やサービスの質を高めることに心血を注げばいい他の産業・分野と観光が決定的に違うところである。そこが観光の難しいところであり、観光に携わる多くの人がやりがいを感じているところでもある。少なくとも私はそう感じている。
一般的に、観光が地域に与える影響には、経済、社会、文化、環境といった側面がある。具体的には、ポジティブなものとして「観光収入ならびに税収の増加」「雇用の創出」「インフラの整備」「コミュニティの活性化」「文化や伝統の保全・強化」といったことがあり、ネガティブなものとしては「生活コストの高騰」「環境負荷の増長」「混雑」があげられる。
このうち、特に重要なのは経済的な要素であるが、残念ながら日本においては、可視化・数値化できているとは言い難い。
観光貢献度の数値化を徹底するアメリカのDMO
一方で、観光貢献度の可視化・数値化を徹底し、きちんと地域住民にわかりやすく伝えようと努力しているのが、アメリカのDMOである。
セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリティ経営学部准教授の原忠之氏によれば、アメリカのDMOの目的はあくまで、「納税者の生活水準の維持・向上」にあり、ここがぶれることはないという。だからこそ、観光貢献度は市民向けにわかりやすくまとめ、動画(YouTube)などを用いて全力で伝えている。結果的に、アメリカのDMOが行う施策についても、意思決定がスムーズである。
もちろん、観光貢献度の可視化は、翌年の予算にも資するため、組織の強化にもつながる。好循環を生んでいるというわけだ。
こうした観光貢献度の数値化においては、経済的効果の中身にしっかりと透明性をもたせることである。単純に、観光客が支払った金額だけを見るのではなく、彼らが食したメニューの材料が地元産であるのか、購入しているお土産は誰がつくっているのか、雇用している人材が地域内に住んでいるのかといったことまで数字で表すことが重要である。
観光が地域にどれだけ還元され、循環を生み出しているか
その地域にお金が落ちているようにみえても、実際には他エリアや大企業、海外資本といったものに依存していることで、地域住民や社会に観光の消費が還元されていないこともある。逆に、事業者が税金というかたちで地域にお金を循環させている可能性もある。そうした場合も、「観光客のおかげで地域住民の税金がこれだけ節約できている」といったことをきちんと算定し、可視化すべきであろう。
たとえばCincinnati USA Convention & Visitors Bureauというオハイオ州シンシナティのDMOは、YouTubeを用いた動画「Economic Impact of Tourism & Conventions to Cincinnati USA」のなかで、「観光客の数」や「支出額」、「観光で生まれている雇用の数」だけでなく、「観光客のおかげで住民(1世帯あたり)が支払うべき税金額がいくら節約できているか」といったことまでを示している。
きめ細かな客観的指標で住民の幸福度を測る岩手県の取り組み
先ほど、アメリカのDMOの目的に、「納税者の生活水準の維持・向上」があると書いた。同様に日本でも、観光庁は設立された2008年当時より、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」ということを理念として強調してきた。
観光は、あくまで地域住民の暮らしを良くするための手段であるということだ。そうした意味で、観光貢献度の数値化で参考になるのが、岩手県の取り組みである。
生産者と消費者を直接つなぐポケットマルシェという事業を手がける高橋博之氏が、当時岩手県議会議員だった2007年に導入するよう知事に求めたという「幸福度指標」。そのときには反対多数で頓挫したものの、2019年になり〝オールいわて〟で策定した「いわて県民計画(2019〜2028)」において「一人ひとりの幸福追求権の保障」という原則として掲げられることになったという。
この幸福度という抽象的で主観的な指数を測るのは容易ではないが、それを可能とするために岩手県は政策評価の方法論を明確にしている。
1つは、県内居住者5000人に対する「県民意識調査」。主観として「あなたは現在、どの程度幸福だと感じていますか?」などを定点観測している。もう1つは10の政策分野ごとに設定した客観的指標(いわて幸福関連指標)だ。
観光消費額や交流人口が幸福度を示す指標に
10の政策分野とは、「健康・余暇」「家族・子育て」「教育」「居住環境・コミュニティ」「安全」「仕事・収入」「歴史・文化」「自然環境」「社会基盤」「参画」である。
たとえば、そのなかの1つの「仕事・収入」の評価指標を見てみると、「一人当たり県民所得の水準」や「完全失業率」とともに、「観光消費額」や「グリーン・ツーリズム交流人口」が掲げられている。これらの項目は1年毎の推移だけでなく、参考となる計画目標値と全国や東北のなかでの順位も明記されている。
こうした指標は10の政策分野を合計すると、82もの項目に細かく設定されていることも注目に値する。それらを単体で見ることなく、横断的に見られるようにしていることも重要だ。
たとえば「仕事・収入」のあらゆる項目の数値がプラスになっていたとしても、「県民意識調査」で幸福に感じている人が激減していれば、要因を探るべきだ。もちろん「仕事・収入」とは別の要因でそうなっているのかもしれないが、一度立ち止まって、見直す機会を設けることにつながる。
もちろん民間の観光事業者が、各々でこれほどまで細かな客観的指標を導入する必要はないだろう。しかし、自分たちの事業がどのような貢献をしているのかについて、できる限り細かな指標を提示する姿勢は、事業の継続性や成長性、そしてコロナ禍を含めたさまざまなリスクが訪れたときに欠かせないレジリエンス(復元力)を持つために必要なことであろう。
繰り返しになるが、観光貢献度の可視化が、地域住民の理解と協力を得ることにつながるからだ。
住んでいる人の幸せが、観光客の幸せにつながる
従来、観光地の評価手法では、訪問者の満足度、再訪の意識といった点ばかりが強調されてきた面がある。しかし、訪問者の満足度が上がる一方で、地域住民の満足が下がっていれば、それは評価されない時代に入っている。
住んでいる人の幸せが、観光客の幸せにつながるという視点を忘れてはならない。ただ、それを情緒的な言葉で伝えても、なかなか説得力は出ない。
したがって、観光やインバウンドが地域にどう経済的なインパクトを具体的な数字として与え、どれだけのインフラ整備に役立っているのか、さらに住民の生活の質の向上に寄与しているのか、しっかりと可視化・数値化し、また言語化し地域住民に伝えていくことは、持続可能な観光を形成していくために欠かせないのである。
筆者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔
神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。村山慶輔オフィシャルサイトはこちら。
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