インバウンドコラム
「食の多用化」対応の後編では、ベジタリアンやグルテンフリー等、コロナ以後に増えると考えられている食の傾向を知り、海外での対応状況や食の禁忌を観光に活かして成果を上げる事例を紹介。また、食の禁忌に対応可能な和食のポテンシャルを再確認した上で、具体的なアイディアについて考える。
前編:withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.6 「食の多様化」に対応する
日本でも増えてきた“ゆるベジ”とは?
「ベジタリアン」や「ヴィーガン」は、食以外にも消費のあり方に影響を与えており、(環境問題や動物愛護といった観点から)最近では化粧品やファッション業界においても動物性を使わない商品も出てきている。
加えていえば、日本でも若者を中心に、少しずつベジタリアンが増えている。植物性食品を中心に食べ、ときどき肉や魚を食べるという柔軟なベジタリアンスタイルをとる人のことを「フレキシタリアン」や「セミ・ベジタリアン」などと呼び、欧米のミレニアル世代を中心にトレンドとなっているが、こうした動きが日本でも広まりつつあるという。
日本では“ゆるベジ”などと呼ばれるこの傾向は、具体的には「週1回は肉や魚を食べない」といった生活であり、芸能人やインフルエンサーがSNSやブログなどを通じて発信している例も少なくない。
前編で紹介したフードダイバーシティ株式会社守護氏と同様、主にベジタリアンの観点から日本の食の多様性に資する事業を展開するフリーフロム株式会社の山崎寛斗氏は、こうした緩いベジタリアンを志向する人が、コロナ以後に増えるとみている。
「世界最大規模のベジタリアン・レストラン検索サービスHappy Cowで“世界一のヴィーガンレストラン”として注目されるレストラン『菜道』が自由が丘にあります。『菜道』ではコロナショック以降、ヘルシーな野菜料理を求める新規客が増えたそうです」
そうした新規客の多くが厳格なベジタリアンではなかったというから、コロナ後を見据えるなかで、大いに可能性を感じさせられる。
欧米で進む「グルテンフリー」への対応
欧米では既に常識となっているグルテンフリー食品は、もともと自己免疫疾患である「セリアック病」の改善のため、グルテンを除去する食事療法として生まれたといわれている。
グルテンとは、小麦などに含まれる「たんぱく質」のひとつである。アレルギーや疾病がなくても、グルテンを日々摂取することで健康に諸々の害を及ぼすという説も存在し、健康を意識してグルテンフリー食品を選択するケースもある。このようなセリアック病患者向けの情報サイト「Celicidad(セリシティ)」では、アプリやウェブサイトを通じてグルテンフリーに関する情報を発信している。
なお、アレルギーや免疫疾患による「食の禁忌」は、命に関わる重要な要素であるため、グルテンフリーの問合せを受けた場合、事業者は、背景をヒアリングし、対応可能な範囲を事前に伝えることが不可欠だ。また、調理時における禁忌食品の混入にも注意が必要だ。
防衛医大の穂苅量太教授によると、グルテン関連疾病の症例は増えつつあるが、根治薬は開発されておらず、「治療法はグルテンフリーの食生活のみ」というのが現状だ。グルテンフリーの食事を続ける必要がある患者にとって、安全な食の情報を入手することは切実であろう。
欧米ではグルテンフリーの認証が進んでおり、消費者が一目で判断しやすい認証マークの付いた商品が、専門店に行かずとも一般的なスーパーなどの小売店で手に入る。「グルテンフリー」以外にも「ラクトースフリー・乳糖不使用」「ヴィーガン」認証マークなどもよく店頭で目にする。
自治体をあげて“グルテンフリー観光”に取り組む村
自治体をあげて“グルテンフリー観光”に力を入れる海外の事例もある。スペインのアストゥリアス州で最も古い村カンガス・デル・ナルセアでは、2019年の観光客数が54%増加した。その多くがグルテンフリー料理を楽しむために訪れる旅行者で、夏季や連休は特に人気が高いようだ。
その理由は、同自治体が「Celicidad(セリシティ)」運営のスペイン国内のグルテンフリーのレストラン検索サイト「Restaurantes Sin Gluten Celicidad(グルテンフリー・レストラン・セリアック)」と協力し、グルテンフリー観光を振興しているからである。
セリアック病患者は「常に訪問先でグルテンフリーの選択肢についての情報を得るべき」であり、「そのためにこのネットワークが存在する」と同ウェブサイト責任者Juan Luis Quirós氏は述べている。
カンガス・デル・ナルセアは2018年のFitur(INTERNATIONAL TOURISM TRADE FAIR IN MADRID:世界の旅行業界関係者にとって年初に開催される重要なイベントであり、ラテンアメリカのインバウンドおよびアウトバウンド市場の主要な見本市)において、スペイン初のグルテンフリー・デスティネーションにも選ばれている。
また、カンガス・デル・ナルセアとその周辺にある事業者で構成される「カンガス・グルテンフリー・ネットワーク」というものがある。現在は、グルテンフリーの朝食を提供する宿泊施設や100%グルテンフリーの売店、肉屋、食品店、ソーセージ工場、レストラン・バルなど55の施設がネットワークに属しており、いずれも、グルテンフリー製品やサービスを提供するためのトレーニングを受けている。
同ネットワークでは、変化するニーズに適応し続けるためにも、セリアック、グルテンフリーに関する最新の情報や知識を得たり、トレーニングを受けることを推奨している。同ネットワークが「標章マーク」を毎年新しいデザインに更新するのは、そうした狙いがあるからだ。
グルテンフリーながらも地域の伝統的な食事を楽しめる
コロナ前の話になってしまうが、同村のグルテンフリー観光が成功している鍵について、観光課のBegoña Cueto氏はアストゥリアス州の地方紙「EL COMERCIO」のなかで、次のように説明している。
「このネットワークが、グルテンフリー朝食を提供する宿泊施設から、100%グルテンフリーの売店、肉屋、食品店、ソーセージ工場、レストラン・バルまで、セリアック病患者にとってのすべてのニーズをカバーしていることだ。健康上の理由から、グルテンフリー生活をしている人々が完璧に、この地域の美食を楽しむことができる」
また、カンガス・デル・ナルセアのホテル部門地域委員会代表José Manuel García氏は、同村のグルテンフリー観光がもつ異なる魅力を指摘する。
「最大の魅力は、(グルテンフリーであるにもかかわらず)伝統的な食べ物に変わりないということだ。観光客は特に、伝統的なカチョポス(薄切りの牛肉2枚の間に生ハムとチーズを挟んでパン粉で揚げたスペイン北部アストゥリアス地方の郷土料理)、コロッケ、自家製デザートなどのグルテンフリーのオプションを探しに来る」
またこの村では、グルテンフリーを保証する店で代表的な特産品を購入することもできる。地元名物のソーセージの売り上げは好調である。
村の中心に位置する食品店、Narcea Gourmet(ナルセア・グルメ)のマネージャーは「このようなネットワークは需要があり、さらに多くの人々を引き寄せることがわかり、非常に励まされた。このネットワークに参加する全ての者は、その一員であり続けるために、知識の更新やトレーニングを続ける必要がある」とも語っている。
日本で広まりつつある認証制度や認証マーク
欧米を中心とする、食の多様性に対応するマーケットと需要を見れば、日本が対応に遅れをとっているのは明らかだ。しかし、ここ数年間に国内でもグルテンフリーやアレルゲンフリー対応の店や商品が徐々に増えている。認証制度や、認証マークの普及を促進する事業も行なわれるようになってきた。
たとえば、2018年には農林水産省が主導するかたちで、米粉のノングルテン認証が開始されている。しかし、認知度はさほど高くなく、いかに周知していくかが課題だ。一般社団法人グルテンフリーライフ協会のフォーブス弥生代表理事は、「ピクトグラムなど表示方法を工夫すれば、グルテン関連疾病の患者に選択肢を与えられる」と日本経済新聞社の取材に対して応えている。
日本のフード・ツーリズムにおいて、最大の障壁となるのは、食事に対する表記が不明瞭という点かもしれない。先にも書いたトレーサビリティに代表されるような、「見える化」がないことが“食のバリア”を生んでおり、食行動への機会損失が生じている。
たとえば、中に入っている具が見えないおにぎり。日本の食に詳しくない外国人や食物アレルギーのある人は安心して食べられない。そうした意味では、子どもや外国人などにも分かりやすいデザインの認証マークの開発も求められる。
一般社団法人日本フードバリアフリー協会では、食の制限がある方々にもわかりやすい原材料表示を行うことで“食のバリア”を取り去り、誰もが食事を選べて楽しめる機会を増やす、という考え方のもと、「日本食の美味しさや楽しさを失わない」「原材料や調理法がわかるような表記を行う」「混入や誤記がおきないように最新情報を学ぶ」「食事の内容が伝わりやすいように、多言語やマーク等で表示を行う」などの取り組みを行なっているという。
NPOベジプロジェクトジャパンは、同法人の定める基準を満たす製品や、料理を提供する飲食店に対し、ベジタリアン認証・ヴィーガン認証マークを発行する認証制度や、観光案内所等で配布されるベジマップ制作など、企業・教育機関・政府・国際組織と協力し、社会にベジタリアン・ヴィーガンの「選択肢」を作る活動をしている。
日本の「食」は大きなポテンシャルを秘めている
世界に対する情報発信という意味では、既存のオンラインメディアを活用する手もある。
たとえば、ヴィーガン・ベジタリアン向けの情報サイト/アプリ「ハッピーカウ」や、世界中の食品アレルギーを持つ人へ安全な情報を届けるためのメディア、「Glutenfree Restaurant.com」そして、ベジタリアン・オーガニック・グルテンフリーなど、食のライフスタイルに合わせてレストランを検索できる「Vegewel」といったものである。
こうした検索サイト・メディアを活用することで、多様な食文化を持つ訪日外国人に対して、「選択肢」を提示することが可能になるだろう。
そもそも、日本は「多様な食文化」に対応する素質を持っていると私は考えている。ユネスコ無形遺産にも選ばれた「和食」というのは、ベジタリアンであろうと、グルテンフリーであろうと、宗教における食の禁忌であろうと、根本を変えることなく(創意工夫の範囲内で)対応可能であるという意味だ。
食の多様性への対応が売上増にもつながる
実際、大正14年に名古屋で創業した老舗味噌煮込みうどん店「大久手山本屋」は、食の多様化(フードダイバーシティ)に対応し、その様子を情報発信することで、売上を増加させているという。
同店5代目の青木裕典氏(現・専務取締役)は、弊社メディア「やまとごころ.jp」のなかで、次のような印象的なコメントを寄せてくれている。
「せっかく日本旅行に来たのに、食の選択肢がないのは残念。食に制限のある方も日本食やご当地名物料理を楽しめるような環境を整えることが大切。(中略)究極を言えば、ハラール対応できないお店はないと思います。豚肉を使っているのであれば、ハラール対応の鶏肉に切り替え、調味料も豚肉由来やアルコール成分の入っていないものに変えればいい。そこで大きく味が変わるかもしれないが、それでもおいしく食べられる味に調整することこそ、職人の腕の見せ所ではないか」
▲大久手山本屋には、多くのムスリムやベジタリアンのお客様が訪れる
さらに、先で触れたように日本の若者の間に、“ゆるベジ(フレキシタリアン)”が少しずつ広まってきていることに対しても、「日本でブームになっているベジタリアン/ヴィーガンへのトレンドは、香港や欧米などではもっと進んでいるように思います。今の段階で、国内のベジタリアン/ヴィーガン対応をしっかりと進めておけば、将来インバウンド客が戻ってきたときの準備にもなります。今のうちにしっかりと対応することが大切」と話している。
withコロナを乗り越えるためのいくつかのアイデア
食の多様化について触れてきたが、そうはいっても、コロナ不況の真っ只中にある飲食業界・外食産業にとっては、今をどう切り抜けるかのほうが重要という意見もあるはずだ。当事者であるみなさんのほうがより詳しいと思いつつも、私なりの意見・アイデアを紹介したい。まずは、さまざまなサポートを躊躇なく活用することである。
市町村や企業、業界団体は、日本の外食文化を守るべく、飲食代金の先払いや雇用支援、広告掲載、クラウドファンディング、テイクアウトやデリバリーをサポートするサービスなど、様々な支援策を各地で打ち出している。このような取り組みに参加・登録し、広く認知してもらうことは基本だろう。
加えて、Uber Eatsに代表されるような配達サービス提供会社と連携するのも良い案だ。新規にデリバリーを始める場合は、作業をシンプルにし、食品ロス削減のために手順の少ないメニューを考案する、配達の際に接触を避けることに配慮したマニュアルの作成、スタッフへのサポート、宣伝・告知などが欠かせない。少なからず準備期間を要することを肝に銘じなければならないだろう。
ただ、諸手を挙げて既存のサービスを利用するのではなく、「手数料」「サービス料」ときちんと向き合うことも必要だ。たとえば、商店街が協力してデリバリーに対応することで、既存のサービスよりも生産性をあげられるかもしれない。そうした可能性も排除せず、取り組んでいくべきである。当然ながら、デリバリーだけでなく、テイクアウトの恒常化・強化を試みるのもひとつの手だといえる。
オンラインシステムの導入で密を見える化
デリバリーやテイクアウトだけではなく、当然ながら、withコロナ対策をとりながらフード事業を店内でも継続していく必要がある。そこで重要となるのが、ソーシャルディスタンスや衛生対策を適切に行うということである。
入店者数の管理や行列の回避のために、予約システムの導入を検討する事業者も少なくないだろう。オンラインシステムで来客数や定員をコントロールできれば、消費者にも、その場所が安全だという印象を与えるはずである。コントロールできていることが「可視化」「見える化」されていれば、なおさら安心感は増すはずだ。
また、責任ある行動を心掛けるだけでなく、安全面・衛生面において企業努力を行っていることについても発信できればなおよいだろう。
とはいえ、たとえばソーシャルディスタンスを保つため、10席を5席に減らせば、その分、収入が減ることは間違いない。メニュー開発などで単価を上げる努力をしても限度がある。家賃交渉や従業員の一時帰休によって営業コストを削減するという方法もあるが、これにも限界がある。
飲食店をリモートワークスペースとして貸し出す新たな提案
そこで、第三の選択肢として、スペースを活用するという方法を紹介したい。今年5月、コロナの影響で空席が増えてしまった飲食店や空きオフィスなどを、無人でリモートワークの場として活用するサービス「10Minutes by SPACEE」を開始したのは、会議室予約サイト「スペイシー」を展開する株式会社スペイシーだ。10分20円〜というリーズナブルな価格や飲食OKというのも魅力のひとつである。
飲食店等は店内にタブレット端末または発行したQRコードを設置するだけで、店舗の営業時間外や低稼働時間を簡単にコワーキングスペースにすることができ、利用者は簡単な利用登録をするだけで、システムにチェックインすれば、すぐに利用することができる。「定員設定」から利用人数をあらかじめ制限することができ、ソーシャルディスタンスも確保できる。
来店客数が減る時間帯は、思い切って本業は閉店し、同サービスのような別の活用法を模索するのもいいだろう。
人間にとって必要不可欠なものであるからこそ次のステップへ
現在、観光業や飲食業界は、この苦境をどう乗り越えるかの試行錯誤を迫られているところだ。それでも、「食」が人間にとって必要不可欠なものであることは、これからも未来永劫、続いていく事実である。
そして、世界から日本の食を見たときに、「ヘルシーで健康的」という認識があることにも注目したい。今般のコロナの発生によって、否が応でも世界中の人々が衛生や健康に自覚的になり、より鋭敏な感覚を持つようになっている。つまり、コロナ後を見据えると、日本の食は世界のなかでのプレゼンスを高める可能性を大いに持っているといえる。
そのときにぜひ意識してほしいのは、「地元回帰」や「地産地消」である。すでに本稿でも触れたとおり、「食」に関する選択において、サステナビリティという新たな動機が生まれてきているからだ。
各事業者は、これまで以上にサステナビリティを念頭に置いた「地域との結びつき」を強化することで、高付加価値の商品やサービスの開発・提供を実現していきたい。もちろん、コロナ感染予防のためのニューノーマルとともに、複雑に多様化した「食」のニーズに対応していくためには、「テクノロジー」にも対応しなければならない。そうした意味では、パートナーシップ(協業)も重要な成功要因だといえる。個人や一事業者ではできないことも、業種、得意分野、個性の異なる様々な人々が協力し合うことで、予期しない環境の変化やリスクを乗り越え、新たな価値を提案していけるはずだ。
これを機に、これまで付き合いがなかったような他業種の企業、ライバルと位置づけ距離を置いてきた地域の同業他社などとも、門戸を閉ざさずに、広く協業する可能性を検討してみてはどうだろうか。
筆者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔
神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。村山慶輔オフィシャルサイトはこちら。
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