インバウンドコラム

withコロナの観光業を救う10のキーワードvol.9「リモートワーク」「副業解禁」で広がる人材活用の可能性

2020.11.13

村山 慶輔

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「住んでよし、訪れてよし」を実現するためには、「人」の存在が欠かせない。特に観光に携わる事業者、あるいは地域においてマネジメントやマーケティングを担うDMOのような団体には、既存の観光の枠にとらわれない考え方と知見を持った人材が不可欠である。

観光庁が行った「世界水準のDMOのあり方に関する検討会」の中間報告書(2019年3月発表)では、人材における問題点がこのように記されている。「出向者が中心となっている組織では、専門的なスキルの蓄積や人脈の継承が困難であり、組織としての専門性の維持、向上に課題を抱えている」ここで言及されている日本版DMOは、地域の観光地経営の舵取り役としての役割を担っている法人であるが、これは地方の観光事業者・団体にも広くあてはまる。ただし、出向者やそのシステムが〝悪〟であるわけではない。重要なのは、地域への強いコミットメントのある「コア人材」が、組織のなかにいるかどうかである。そして、構造上、出向者はそうしたコア人材にはなりづらいということだ。

 

地域の観光事業を束ねるスペシャリストの給与条件とは?

DMO含め、観光業界は給与が低い傾向があり、必然的に高いマネジメント力とマーケティング力、さらにはファイナンスの知識を持った人材が不足している。実際、チェーン展開していない地方のホテルのなかには、「100人程度の従業員がいるものの、経営的スキルを持つ人材は社長である自分しかいない」といった施設もある。したがって、相応の報酬と労働条件を用意することで、有能な人材を全国規模、世界規模で募集する必要がある。

たとえば、2016年には静岡ツーリズムビューローが、即戦力人材に特化した転職エージェントのビズリーチと手を組んでDMO総括責任者とマーケティング責任者を公募した。前者は最高年収1000万円とし、ミッションや業務内容を明確に表示した。その結果、JNTOや旅行事業のマーケティングに特化したマイルポスト社の取締役を務めていた府川尚弘氏が就任。2020年現在も、静岡ツーリズムビューローの顔として活躍している。

同じく静岡県の浜松・浜名湖DMOでも、最高年収1000万円の事業責任者(COO)を公募。ホテルや鉄道会社の事業再生に取り組んだ後、浜松市内で起業し、アドバイザー業務を手がけていた前田忍氏が就任している。

年収1000万円という数字を見てどう感じるかは、人それぞれで異なるだろうが、アメリカのDMOと比べたときには、決して高い数字であるとはいえない。たとえば、アメリカ・フロリダ州の地域DMOである「Visit Orlando」は、最高責任者(PRESIDENT & CEO)の2018年の給与が約64万7080ドル(約6840万円)であるとしている。そのほか9人の取締役も軒並み2000万円を超えている。逆の言い方をすれば、地域の観光事業を束ねるスペシャリストを集めるためには、それだけの給与条件が必要だということである。

 

覚悟をもって採用活動をすることの重要性

世界のDMOに肩を並べようとしているのが、京都市観光協会(DMO KYOTO)である。同組織では、マーケティング機能の強化のため、2016年7月からデータ分析の専門家として民間シンクタンク出身の堀江卓矢氏を採用している。

このように外部から高度なスキルを持った人材を積極的に採用・登用している地域には共通して「覚悟」があるといえる。静岡ツーリズムビューローが提示した年収1000万円は、従来から各地にある観光協会の給与水準としてはかなり高い部類に入るが、これはつまり、地域の命運をかけた事業であるということだ。

補足するように、行政のトップが、こうした人事に対して覚悟を表明することも重要であろう。地域から疑問の声が出る可能性も否定できない。が、だからこそ本連載の「vol.8」で言及した「観光貢献度の可視化」が伴っている必要もあるといえる。とはいえ、年収1000万円(に匹敵する水準の給与)を払える地域は多くない。一方で、どんな地域であれ、コア人材が不要だというところはない。

そこで活用できるのが、2014年に立ちあげた「やまとごころキャリア」だ。現在は弊社グループ会社が運営する同サイト(サービス)では、民間企業だけでなく、DMOや観光協会でも、そういったコア人材の採用(マッチング)を数多く成功させている。

 

職域やタスクを明確にすることで〝個〟に合わせた勤務体系が見えてくる

そうしたコア人材を確保したうえで、専門性をもった新しい働き方、すなわちリモートワーカーや多拠点生活者、ポートフォリオワーカー(複数の職業を組み合わせる働き手)といった人材を活用するといいだろう。

2020年10月には、ANA(全日本空輸)が副業要件を大きく緩和し、みずほ銀行が週休3〜4日制を導入するといった動きも出ている。これは〝追い風〟要因だ。「週5日、特段の理由がない限り会社に通う」といった固定概念をなくすことで、スキルを持った人材を採用する可能性が高まる。こうした新しい働き方の人材を活用するには〝ジョブ型雇用〟の考え方を取り入れる必要がある。つまり、職域やタスクを明確にすることが前提だ。

先ほどの静岡ツーリズムビューローが募集したDMO総括責任者の例でいえば以下のようであった。求められるミッションとして、「旅行消費額の上昇」「延べ宿泊者数の上昇」「来訪者満足度の向上」「リピーター率の上昇」が掲げられ、業務内容については、「県内行政機関、観光協会、静岡県内地域DMOなど、関係団体のニーズや課題の整理」「ミッション達成に向けた戦略、KPIの設定」「チームマネジメント(PDCAサイクルの確立、既存スタッフの育成など)」「DMO推進に係る各種会議の運営」とされていた。

このように、業務を明確にしたうえで、臨機応変に勤務条件(働き方)を考えていくのである。とある地域DMOでは、首都圏でコンサルティング会社を営む専門家を、双方の合意のもと、週1回程度の勤務で雇っている。ここでも、受け入れ側の「覚悟」は欠かせない。「週に1回しか働かない人材に業務を任せていいのか」という意見が出てくることも考えられるからだ。

現状では高スキルな人材は首都圏を筆頭にした都市部に集中していることが否定できないため、そうした人材に参画してもらうためには、移住を伴わない(あるいは拠点を複数にする)かたちで働いてもらうと実現可能性が高くなるということだ。

 

「自分らしい仕事」を求める人材はどこにいる?

こういった新しい働き方を好む人材は、「自分らしい仕事」や「やりがい」を大事にする傾向があることも留意したい。したがって、採用活動をするにあたっては「選択と集中」をする必要がある。

2020年1月に『働くコンパスを手に入れる』(晶文社)を上梓した田中翼氏が代表を務める「仕事旅行社」のような職業体験サービスを活用するのも手である。実際、「観光プロデューサーになる旅」と題したプログラムもあり、南房総市地域おこし協力隊が「旅のホストと仕事ガイド」を行ってくれるという。また、同社は「おためし転職」というサービスも展開しているが、その利用者の実態について田中氏は、ASKULのオウンドメディア「みんなの仕事場」のなかでこう答えている。

「20代中盤〜30代前半の応募者が多いです。大手企業に5〜6年勤めて、組織の歯車でいるよりは自分らしい働き方をしたい方、自分の価値観に沿って仕事を選びたい方というイメージです。(中略)金融やコンサル、広告代理店など数字を追いかけている人が、仕事ともっと濃密な関わりや手応えを求めて参加しているというイメージです」

日本の各地域を渡り鳥のように暮らしたい人をサポートする「wataridori」や、既に「ロングステイヤー/ワーケーション」の項目で触れたようなサービスもある。Zoomなどのテレビ会議システムやChatWorkやSlackのようなコミュニケーションツールも含め、「新しい働き方」を支えるインフラは整ってきている。

 

中核人材を「育成」するための方法とは?

もちろん、地方にも高いスキルを持った人材はいる。たとえば、衰退した観光地の代名詞となっていた静岡県の熱海を再生させた市来広一郎氏は代表例だ。幸運にもそうした人材が地域にいるならば、積極的に要職に登用し、活躍の幅をもたせていくといいだろう。

また、観光以外、たとえばコンサル業や金融業といった分野から参入してきた人材で、活躍している事例は各地である。そうした成功事例を全国から集め、ロールモデルとして紹介すると、自地域でも効果的な人材の流動性を誘発させる可能性が高まる。それが難しいのならば「育成」という観点から取り組む方法もある。実際、近年、観光人材を育成するためのプログラムは増えている。

ただし、無料で行われていることもありやや訴求力が弱い。やはり、有料でも魅力あるプログラムにすることで、本気度と覚悟を持った人を呼び込まなければ、地域を引っ張る人材を育むことは難しい。

 

リカレント教育の必要性

そのなかで富山県が行っている「とやま観光未来創造塾」は、体験・視察、ワークショップを通じた実践的な内容である。講師陣も実践者が多く、地域づくりの第一人者と呼べる顔ぶれだ。ただし、募集方法や過去の実績などの見せ方には改善の余地もいくつかある。

今回のコロナ禍で私自身もMIT(マサチューセッツ工科大学)のMIT MANAGEMENT EXECUTIVE EDUCATIONが行うプログラム(Mastering Design Thinking)に参加している。世界トップクラスの教授や実践者から学べる場であるが、世界中から参加者を募っていることも注目だ。実際、私のグループワークのメンバーはアルゼンチン、アメリカ、サウジアラビア、そして日本(私)と国際色豊かで、さまざまなバックグラウンドを持つ彼らとコミュニケーションを取るだけでも大きな学びが得られている。

日本でも同じような取り組みが京都大学を筆頭に複数あるが、全国からそして世界から受講者が呼べるような訴求力のあるプログラムになると、よりよい学びの場となるだろう。日本はこうしたリカレント教育(社会人の再教育)において世界のなかで遅れており、プログラムを提供する側も、受講者である社会のほうも変わっていく必要がある。

 

人材交流で成長を促す

育成は産学官が連携し積極的に人材交流をすることでも可能である。兵庫県豊岡市では、「大交流課」という部署を創設し、さまざまな民間企業と人材の交流を行っている。

大手企業では特別なことではないが、ITベンチャー企業でもそうした動きが出てきている。たとえばインバウンド向け訪日メディアのMATCHAでは、2019年4月から香川県三豊市に人材を出向させている。派遣されている編集者は、三豊市・産業政策課での情報発信だけでなく、MATCHAの業務も並行して行っている。それによって、両者のシナジー効果も生まれているといい、これも新しい働き方、枠組みとして注目に値する。

そのほか、イノベーティブな人材を生みだす方法として、大学のような研究機関や、一部の企業、団体が行う「サバティカル制度」を実施するのもいいだろうし、2016年ごろから注目されている「関係人口」を創出し、そのなかから地域を盛り上げる人材を活用していくという考え方もある。また、人材活用の際には、ダイバーシティも意識すべきだ。なぜなら人材の多様化が進むほど、企業として持続的に成長できる可能性が高まることに加えて、多様性が高まる観光客のニーズに応えられたり、コアなファンの獲得には欠かせないスタッフの定着率向上にもつながったりするからだ。

いずれにしても人材活用の方法は、時代の変化とともに広がりをみせている。特にこの新型コロナウイルス感染症によって、働き方や生き方に大きな地殻変動が起きている今は、地域にとっては「チャンス」とも捉えられる。

 

「withコロナの観光業を救う10のキーワード」と題してスタートした本連載の内容を含んだ書籍を11月16日に刊行します。ぜひご覧ください。

 

筆者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。村山慶輔オフィシャルサイトはこちら

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