インバウンド事例

サステナブルかつレスポンシブルな観光地を目指す佐渡DMOのブランディング戦略と外貨獲得を目指したCRM施策とは(前編)

2020.10.23

堀内 祐香

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新潟県佐渡島の玄関口は、島内にある2つの港。新潟港と佐渡島の両津港を結ぶ航路は、ジェットフォイルを使えば1時間強で到着する。その地理的条件からも、島外から佐渡を訪れるお客様は日本人外国人拘わらず「インバウンド客」だという。そんな佐渡島は、新型コロナウイルス感染症の拡大が収まらない時期から、いち早く安心・安全に旅行できる場所とすべく取り組みを進めたが、その立役者となったのが、地域DMOとして佐渡のマーケティングやマネジメントを担う一般社団法人佐渡観光交流機構(佐渡DMO)だ。一見すると弱点ともとれる離島という条件を強みに変え、サステナブルかつレスポンシブルな観光地を目指す佐渡DMOの取り組みについて、同機構で専務理事を務める清永治慶氏に話を伺った。

 

地形や風土、歴史に根差した佐渡の魅力

これまで佐渡の観光素材としては天然記念物のトキ、佐渡金山、たらい舟が代表的なものとして挙げられていたが、実際のところ佐渡の魅力はそれだけではないと、一般社団法人佐渡観光交流機構(佐渡DMO)の清永氏は強調する。佐渡近郊では暖流と寒流が交りあうため、島内でも気候が変わる。そのため、日本の北から南まで収穫できるものは、佐渡でも獲れる。東北や信州で育つリンゴと、主に太平洋側で収穫できるミカンが両方育ち、アワビやサザエ、牡蠣など海産物も豊富に獲れ、食に恵まれた島である。かと思えば、島内に広がる田んぼを背に山脈も見られ、佐渡が島であることを忘れてしまうほどだ。こうした条件から、佐渡では今でも自給自足が成立しており「日本の縮図」と清永氏は言う。

さらに言うと、かつての佐渡は旅人や流刑人、金山掘りなどを目的に全国から人が集まる場所だった。貴族、武家、町人文化が融合し、能楽や鬼太鼓などの伝統芸能も継承され、独特の文化が根付いているのも佐渡ならではだ。島内には、佐渡の人が気軽に参拝できるようにと、京都の清水寺や奈良の長谷寺を模して造られたお寺が存在するのも「日本の縮図」と言われる所以だ。

 

多様な魅力を持ち「日本の縮図」と言われる佐渡が掲げるコンセプト

清永氏は「佐渡にはこれほど豊富な資源と魅力があるにもかかわらず、国内外に存在感を示せていないのがもどかしかった」と振り返る。例えば、佐渡と言えば「トキ」というイメージがあるが、トキが生息できる背景には、長年無農薬で農業をして、安心・安全な食べ物を自給自足している佐渡の人の暮らしがある。「観光目的で訪れて、天然記念物のトキを見て終わりではなく、その背景にあるストーリーも一緒に味わい佐渡の魅力を感じてもらいたい」このような魅力を伝えようと、佐渡では1つのメインコンセプトと4つのサブコンセプトを打ち出している。メインコンセプトの「Pure Japan」は、佐渡に来れば凝縮した日本を味わえる点に加え、佐渡が安心・安全な場所であることも示している。サブコンセプト1つの「Re Born」は、佐渡に住む島者の温かさに触れることで癒され、生まれ変われる場所という意味がある。2つ目3つ目の「Culture&Experience」「Majestic Nature & Food」は日本のすべてがここにある、4つ目に挙げた「Live Together」は、仮に1泊だとしても、まるで佐渡に住んでいるかのように振舞ってほしいという想いを込めている。 

 

佐渡クリーン認証で安心・安全な観光地として訴求

「Pure Japan」で体現される安心・安全の実現に向けて5月18日、緊急事態宣言が解除される前にいち早くスタートしたのが佐渡クリーン認証制度だ。島内の宿泊施設や飲食店、観光関連施設を対象にした感染症予防のための認証制度で、認証を得た施設にはステッカーを交付し、ホームページ上でも公開している。

日本では似たような観光品質認証制度として宿泊施設を対象とした「サクラクオリティ」があるが、佐渡クリーン認証は、宿泊施設はもちろんのこと、飲食、物販、体験サービスなど観光に関わる業種に横断的に対応している。「佐渡クリーン認証制度は、ニュージーランドのクオールマークを参考にしている」清永氏はそう話す。

ニュージーランド観光業界公式の認証制度ともいわれるクオールマークでは、あらゆる観光事業者による持続可能で高品質な旅行体験の提供を促すべく、サービスの品質と環境に対する貢献度を厳しく審査する。旅行者にとっても、クオールマークを取得している施設かどうかが、安心・安全で快適な旅の実現にあたっての指標となっている。

実際に、2019年11月には清永氏自身もニュージーランドを訪れ、佐渡版クオールマーク制度の立ち上げに向けて準備を進めていた。そのため、コロナ禍においていち早いクリーン認証の実現に繋がったという。

 

観光客にも責任ある行動を求める「レスポンシブルツーリズム」

ただ、佐渡の安心安全の実現に向けては、受入側の事業者の態勢整備だけでは十分ではない。訪れる側の意識や予防に向けた行動も求められる。島内でのコロナウイルス感染症の陽性者はゼロということもあり、島民の中には、観光客を受け入れることでウイルスが持ち込まれるのではと不安を抱く方もいた。

そのため、1万枚のマスクを確保し、島へ渡る船の中で無料配布できるようにしているほか、佐渡クリーン認証制度では観光客に対してもマスク着用や手洗いなど感染予防への協力を求めている。安心・安全な島を維持するためにも、受入側の地域の事業者だけでなく、来島する観光客にも責任ある行動を求めており、佐渡クリーン認証制度は、レスポンシブルツーリズムの実現に向けた先駆的な施策として注目されている。「これを機に、離島という特性によって保たれているクリーンでピュアなイメージを、佐渡の観光ブランディングとしても上手く活用したい」と清永氏は話す。

 

 

マスツーリズムからサステナブルツーリズムへの転換

佐渡では、レスポンシブルツーリズムに向けて歩みを進めているが、サステナブルツーリズム(持続可能な観光)の実現に向けても取り組んでいる。その理由の一つに、かつて佐渡がオーバーツーリズムに直面したことが挙げられる。

1995年頃、佐渡に大勢の団体旅行客が押し寄せ、観光客を捌く接客に移行したことで、提供するサービスの品質が低下した。当時の恩恵を存分に受け取った観光事業者の中には、それから20年以上たった現在も団体客向けのサービスや接客から抜け出せない事業者がいるのも事実だ。

しかし時代は急速に変化し続けており、他の日本の地域と同様、佐渡でも人口減に直面している。毎年約1000人の人口が減少し続けており、高齢化率も40%台に及んでいる。さらに、観光客数もかつてオーバーツーリズムを体験した年間の観光客数120万人から、50万人程度まで減少している。一方で「観光客は年々減少しているが、持続可能な観光という側面から見ると、現在の50万人~60万人程度がちょうど良い人数」現在の規模は妥当と捉え、これまでの数を追うマスツーリズム観光から、質を高め、訪れる観光客も受け入れ側の地域も双方が幸せになれる持続可能な観光の実現に向け、方向転換を図っている最中だ。

 

ファンクラブ制度を活用して観光客との継続的な関係構築を

質の高い商品やサービスを提供し、佐渡のファンを作りリピーターを囲い込むための施策も展開している。以前から、佐渡好きが集まるファンクラブ「さどまる倶楽部」を活用し、旅行者動向の把握に努めている。

さどまる倶楽部は、島外在住者なら誰でも無料で登録でき、会員になると旅行中に利用する船やタクシー、レンタカーが割引になるほか、島内の協賛店約120店舗で旅行中に様々なサービスが受けられる。2019年12月からはさどまる倶楽部のアプリ版を開始、アプリ会員は佐渡市内で使える電子マネー「だっちゃコイン」も利用できる。ちなみに「だっちゃ」は佐渡の方言で、語尾に付けられることが多い。

また、さどまる倶楽部アプリ版スタートと同時にCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)システムを導入し、旅行者の消費行動も分析している。アプリ版の会員獲得に向けた施策も積極的に展開しており、「だっちゃコイン」のポイントバックキャンペーンを実施したところ、コロナ禍にも拘わらず3カ月で10000人増加し、現在カード会員が2万人、アプリ会員が12000人で計3万2000人に達した。域外のファンクラブ会員数としては現時点で日本一だという。

 

地域通貨「だっちゃコイン」を通じて、観光客の消費行動を把握

佐渡を訪れる観光客へのアンケート調査によると、佐渡での平均旅行消費額は6万円弱、沖縄、北海道に次ぐ高さとなっている。「島」という特性もあり、関東圏からの観光客のなかには4~5泊する人も一定数いる。彼らは海外旅行に出かけるような感覚で佐渡を訪れているとみられているが、彼らのニーズに応えられていない現状もあるとみており、地域通貨「だっちゃコイン」の利用状況の分析を通じて、観光客が島内旅行中にどういう場所でお金を使っているか、より詳細な把握をするようにしている。

「だっちゃコイン」の7-8月利用実績を集計すると、業種別では宿泊56%、飲食18%、買い物16%、観光9%、交通1%という結果になった。アンケート調査では見えない実態把握ができたことで、今後は宿泊以外の観光要素である飲食、買い物、体験観光において旅行消費額を増やす余地が大きいことがわかった。

こうしたCRMで収集したデータを地域全体で共有することで合意形成にもつなげている。現在は、島外からの外貨獲得を最優先に取り組んでいるため、だっちゃコインを使えるのは島外民だが、将来的には島民も使えるようにして、4~5万人の会員数を目指す。カード会員の6割が60歳以上であり、カードからアプリへの移行が思うように進まないという課題もあるが、アプリとの親和性の高い若年層獲得を見据え取り組んでいる。

後編では、観光客向け電子マネー「だっちゃコイン」を活用した佐渡ファンとのより一層強い関係構築に向けた構想や、世界の潮流でもある「観光業=投資」という考えに基づく新たな展開についてお届けする。

(後編へ続く:海外に学び、投資呼び込みを見据え企業連携を加速。佐渡DMOが目指す持続可能な観光の姿

 

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