インタビュー

世界トップクラスのDMOを目指す京都市観光協会が挑む、観光分野のマーケティングとそのミッション

2019.02.08

堀内 祐香

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2018年9月、DMO発足を記念するシンポジウムを盛大に開催した京都市観光協会。シンポジウムでは、世界を牽引する組織となるために必要なことは何なのか、デービッド・アトキンソン氏をはじめ、多くの有識者を交えて活発な議論が交わされた。そのなかで、DMOが “Management(マネジメント)”と“Marketing(マーケティング)”という2つの「M」の役割を担うべき、という点が何度も触れられた。

京都市観光協会は、DMOとしてのマーケティング機能を強化する目的で、2016年7月、民間のシンクタンクから、データ分析の専門家として堀江卓矢氏を起用した。DMO企画主幹として、観光分野で京都が抱える課題解決に取り組む堀江氏に、DMOが取り組むべきマーケティングの姿や、現在の取組についてお伺いした。

 

最大のミッションは「京都の観光のデジタル化」

—京都市観光協会でのマーケティングに関するこれまでの取組について教えてください。

京都市のマーケティングについては「京都の観光のデジタル化」を一番大きなミッションとして取り組んでいます。

具体的には、京都の観光市場可視化を目的とした京都観光総合調査の個票データなどの分析や、観光協会のブランディング強化に向けてのコーポレートサイトの刷新、事業者のデジタルリテラシー向上に寄与すべく事業者への積極的な情報発信などに取り組んできました。

現在は、観光客向けWEBサイトのリニューアルや事業者によるGoogleマイビジネス活用の普及啓発、京都大学観光MBAと連携した顧客管理システムの開発などを行っています。

 

リピーターの定着に向けて、1人の人が再来訪する前での実態の把握が大切

—これまでの取組状況もふまえ、DMOの現状を100点満点で評価するとどのぐらいでしょうか。

個人的な感覚を正直に申し上げると、まだまだ道半ばということもあり、20点、30点ぐらいだと思っています。なぜなら、DMOとして、様々な施策のPDCAサイクルを回していくためには、京都の観光市場を可視化することが不可欠で、そのためには、さらにデータの量や範囲を広げていく必要があるからです。もちろん、京都市が毎年発表している京都観光総合調査の個票データや、当協会が実施する外国人宿泊状況調査は貴重なデータであり、ここから分かることもたくさんあります。

しかしながら、これらはDMOとして発信した情報を見た人が実際に来訪したかどうかまでを把握できるデータではありません。DMOの主な役割である「情報発信」の効果をより正確に計測するためには、観光客の認知から来訪までの流れを一気通貫で把握していく必要があると思っています。

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また、京都が抱えるオーバーツーリズム対策の観点から、リピーターをいかに定着させるかがますます重要になるため、1人の人を追跡して再来訪するまでの実態を把握することも大切だと考えています。

そうした、これまで着手できていなかった切り口での情報収集と蓄積ができるようになって、ようやく60点というところでしょうか。そして、その結果を踏まえた情報発信の最適化や、地域の事業者に対する求心力が備わるようになって、ようやく80点を超える世界が見えてくると思っています。

 

科学的データを用いた観光客の可視化

—これまでとは違ったデータのアプローチを通じて、1人の観光客の行動をより深く理解することが大切ということですね。

私が考えるマーケティングの定義は、狭い意味では「観光客のことを理解する」ことです。これに関しては、観光事業者がそれぞれに取り組んでいますが、その解釈は十人十色で、ときにはそれが地域全体の意思決定を遅らせる要因にもなります。たとえば、レンタル着物を着崩して楽しんでいる観光客が増えることが、京都の観光や着物文化を持続可能なものとするうえで必要であるかどうかといったテーマだけでも、議論百出でしょう。

国際文化観光都市である京都が海外の名だたる観光地との競争に勝つためには、これを乗り越えて地域が一丸となって取り組む必要があります。そして、その合意形成のためには、共通言語となるデータを用意することが重要なのです。

これを、第3者の立ち位置にいるDMOが主導し、京都市内の観光事業者から効率的に情報を集めることで、京都を訪れる観光客の動向を可視化できるようにすることをミッションの一つと捉えています。

 

世界共通のプラットフォームGoogleを活用して、各店による店舗情報登録をサポート

—京都の観光に携わる事業者間で認識がずれることなく合意形成するためにも、データの活用が欠かせませんね。では、京都を訪れる観光客の動向の可視化に向けてどのような取組を進めているのでしょうか。

たとえば、主に京都市内の観光事者を対象に、Googleマイビジネスへの登録支援をしています。

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▲京都市観光協会では、事業者向けHPでGoogleマイビジネス登録希望者を募集している

 インターネットの発達にともない、旅行者が旅先で観光地や飲食店などの情報を調べるにあたって、Googleで検索したときにお店の情報が出てくるかどうかが重要視されています。

自社サイトの情報を充実させたり、サービス水準を向上させたりしても、観光客が検索した時点で店舗の情報が表示されなければ、スタートラインにすら立てないと言っても過言ではありません。

Googleマイビジネスにオーナー登録し、営業時間などを正しく登録したり、イベント情報を投稿したり、口コミへの返答を重ねることで、観光客が検索する際に、優先的に表示されるようになります。また、日本語で登録した情報は自動的に翻訳されるため、外国人に対する情報発信にもつながるなど、多くのメリットがあります。

この取組を通して、事業者のマイビジネス情報を共有し、DMOがデータを一括して分析できる体制を整えることを目指しています。

 

タビマエの認知調査は、競合の視点を織り交ぜたデータ収集を

—Google上で店舗情報が登録されると、国内外関係なく人々の目に留まるので、メリットが大きいですね。ところで、一口にデータといっても、様々なデータがあります。これまでの民間シンクタンクやDMOでの経験を踏まえて、DMOとしてどのようなデータを取ることが有効なのでしょうか。

これから観光客を呼び込もうという地域の立場から考えるなら、まずは、タビマエ段階での認知調査が必要だと思います。ただし、単に、認知度を聞くだけではあまり意味がありませんし、外部の調査機関のデータを利用するだけで済ませられることも多いです。競合の視点を織り交ぜて、データを取ることが重要です。例えばその地域で売り出したいコンテンツが「温泉」だとした場合、「温泉と聞いて思い浮かぶのかどこか」という質問を投げかけて、自分たちの地域が上位に出てくるかどうか、競合エリアがどこになるのか、を把握することが大切です。

 

タビナカでの調査は広く浅くと狭く深くを組み合わせて効果測定を

—タビマエの認知度調査一つ取っても、何をどのように聞くか、が大切なのですね。実際に日本に訪れた観光客のデータ取得にあたり気を付けるべきことは何でしょうか。

一般論として、調査対象に偏りがあると、観光客全体の傾向とは言えない分析結果をもとに、間違った意思決定をする危険性があります。成果指標の定点調査を目的とする場合はなおさらです。これを避けるためには、なるべく設問数は減らして、より多くの観光客を対象とした調査を実施することが望ましいと思います。その中でも必ず聞くべき項目は「今回の体験を友人に勧めたいか」です。

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というのも、近年はSNS等の発達により情報が溢れているため、そこから必要な情報を探し出すことが難しくなっており、それゆえに口コミの重要性が高まっているからです。いま来てくれているファンを大切にし、ファンから口コミを広げるためには、「人に勧めたいか」を聞くことがマーケティングにおける究極指標と言われています。

この考え方を踏まえると、逆に少ないサンプル数でもよいので、ファンの深層心理を把握することも重要です。ファンがファンになるに至った経緯や背景を知り、彼らの自己実現欲を満たす体験の企画につなげることで、地域に対する愛着度の高い観光客に根付いてもらうことが、持続可能な観光地づくりへの近道だと思います。

こうした深掘り調査をもとにファンを地道に増やしていきつつ、サンプル数を増やした簡易な調査で効果測定をする、といった組み合わせですね。

 

DMPを用い、情報プラットフォーマーとしてDMOが機能

—データをどのように活用するか、今後の展開をふまえた調査設計が必須ですね。実際のところ、DMOとしては、様々な観光事業者からデータを効率よく集めることが求められそうですね。

そうですね。これらの情報をまとめるために近年各地で取組が始まっているのが、DMP(データマネジメントプラットフォーム)です。Webサイトや観光案内所、観光施設の受付など、観光客とのあらゆる接点にDMPを組み込むことで、DMOが実施した情報発信が実際の集客にどれだけ貢献したのかを確実に把握することができるようになります。

DMPの構築には莫大なコストがかかりますが、こうした取組を理解してもらえる事業者のデータを連携し、共同開発ができれば、費用を抑えることもできるかもしれません。このようなシステム開発は、大手民間企業では当たり前のように実践されていることですが、中小企業が大多数を占める観光分野においてはなかなか難しく、導入が遅れていました。それゆえにDMOが旗を振って取組むべきですし、それがDMOの存在意義の一つだと思います。

 

真の京都のライバルとは?!

—DMPの構築が実現すると、DMOが、地域のマーケティング機能を持つ組織として、本来あるべき姿に大きく一歩近づきますね。それでは最後に、今後の目標を教えてください。

一つは、京都が抱えるオーバーツーリズムを解決し「持続可能な観光」を実現するために欠かせない、リピーターを育てる手法を確立することです。訪問経験が増えるほど、人気のエリア以外にも足を運んでくれる傾向があることは、データ分析の結果からも分かっています。リピーターかそうでないかによって興味関心や消費行動がどう違うのか、また、初めての訪問者をリピーターに変えるための京都ならではの法則のようなものを明らかにして、地域に還元したいと思っています。

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また、もう一つ明らかにしたいことがあります。それは、実は京都のライバルが必ずしも他の観光地とは限らないのではないかということです。旅行を余暇市場の一つの選択肢と捉えると、スマホゲームや読書、映画なども競合として考えられます。

たとえば、外国人観光客にとって京都を訪れる潜在ニーズは、「上質な異文化を目の当たりにして精神的な成長や何らかのインスピレーションを得る」ことにあると仮定すると、「大学へ通う」「礼拝する」「ドキュメンタリー番組を見る」といった過ごし方が「京都へ観光する」ことのライバルになるのかもしれません。こうした比較を行うことで見えてくる京都観光の本質的な価値を、世界に向けて伝えていくことができればと思います。

ちょっとやそっとでは達成できない難題かもしれませんが、こうした課題に先陣を切って取組むからこそ、「DMOに聞けば何か分かるかも」という期待を地域の事業者に持ってもらうことができれば、DMOとして100点ですね。

—京都を訪れることのライバルが大学へ通うことやドキュメンタリー番組を見ること、という仮説はとても興味深いです。一見ライバルのように見えますが、大学の授業やドキュメンタリー番組を通じ、京都の上質な文化を伝えることで、実際に足を運んでもらうきっかけにもなる。そう考えると連携先にもなり得ますし、可能性は無限大ですね。ありがとうございました。

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