インタビュー
1996 年に創設され、今日まで欧米豪市場の訪日旅行者向けとしては日本国内最大級のWebメディアであるジャパンガイド。2020年1月時点では月間約230万UUを記録し、訪日観光客にとっては信頼できる貴重な情報源、インバウンド事業者にとっては訪日観光客向けの有効なプロモーションを実施できるオンラインプラットフォームとして機能しています。
今回は、リーマンショック、東日本大震災をはじめとした天災、近年の急激な訪日観光客増加など、日本のインバウンド産業の浮き沈みを約四半世紀に渡って見守ってきたジャパンガイドの代表であるステファン・シャウエッカー氏に、新型コロナウィルス感染症発生前後でのジャパンガイドを取り巻く状況の変化、訪日外国人観光客がほぼゼロとなった現在の状況下でのジャパンガイドの役割、今後の運営の見通しなどについてインタビューを行いました。
スイスで生まれ、カナダでジャパンガイドを立ち上げ
—ジャパンガイドは1996年に、カナダで立ち上げられたとのことですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。
80~90年代初めにスイスで育ち、学校やメディアで日本について触れる機会はほとんどありませんでした。しかしカナダに留学し、そこで多くの日本人の友人ができました。その時、自分が日本についてまったく何も知らなかったこと、ステレオタイプ程度の知識しか持っていなかったことにショックを受けました。カナダで多くの日本人の友人ができたことにより、日本について学び始め、それと同時に西欧メディアによる日本の紹介のされ方に疑問を持つようになりました。あまりに多くの記事やテレビ番組がステレオタイプやセンセーショナリズム、侮蔑的な視点によって作られていました。
1996年、自分のホームページを作りたいと考えていた私は、完全に趣味の域ではありましたが、自分オリジナルの日本のガイドを作りました。そして、そこでステレオタイプ、センセーショナリズム、侮蔑的な視点を排除した日本の紹介を始めました。それが今のジャパンガイドへと繋がっています。
—立ち上げ当初のサイトと、現在のサイトではどのように変化していきましたか?
現在のジャパンガイドはトラベルガイドです。しかし、元々は文化、マナー、伝統、政治、生活、食事、歴史、旅行など日本のあらゆる側面に関する一般情報サイトでした。当時はまだ存在していませんでしたが、今でいうWikipediaみたいな内容でした。Wikipediaと違い、すべて自分のオリジナルで作っていましたが。
初期の頃は、私自身が日本に旅行した経験が少なかったので、旅行に関するコンテンツは最低限の内容に限られていました。そんなウェブサイトがトラベルガイドに少しずつ変化していったのは、私が2003年に日本に住み始めた頃からです。
—編集部は群馬県にあるとお聞きしています。
2003年以前に短期の語学留学で東京と千葉に住んだことがあるのですが、2003年以降はずっと群馬で暮らしています。群馬を選んだ最大の理由は、カナダで出会った私の妻が群馬出身だったからです。最初の拠点として群馬県に住み始め、後に東京近郊に引っ越そうと考えていたのですが、生活と仕事の場として群馬がとても魅力的であると感じ、結局群馬に留まることに決めました。
現在、編集部には私の他に2名のライターが英語サイトのライティングと更新を担当しています。さらに、公式YouTubeチャンネル担当のビデオグラファーが2名います。そして、プログラマーも1名おり、彼も時々記事を書いています。彼らは皆、異なる国の出身で、シンガポール、アメリカ、フランス、イギリス、スウェーデンから来ています。
通常、月に4~8本の記事と2~3本の動画を公開しています。観光ガイドの更新にも力を入れています。
—ジャパンガイドを通して、どのような情報を伝えていきたいと考えているのでしょうか。また、ステファンさんは日本のどのような部分に惹かれているのでしょうか。
現在の我々の使命は、最もユーザーフレンドリーな日本のトラベルガイドを作ることです。しかし今でも、「センセーショナリズムを排除し、日本についてのより良い理解を広める」というサイト立ち上げ当時の目的に重きを置いていることに変わりはありません。
私にとって日本の一番の魅力は人です。私は日本の社会が持つ思いやり、リスペクト、我慢強さ、秩序を素晴らしいと感じています。これらは、とても平和で住みよい国・日本を形作るのみならず、観光地としての日本の魅力の大きな理由にもなっています。もちろん、日本文化の奥深さや、全国各地の豊かな自然も大好きです。どれだけ旅しても飽きることがないこの国には、無数の見どころがあります。
新型コロナウイルス感染症は、ジャパンガイドも直撃
—新型コロナウィルスの影響がサイトに出始めた時期について教えてください。
サイトへのアクセス数の低下は、本年1月最終週から始まりました。それ以前は前年同月比で約20%増のアクセス数で推移していましたが、やがて前年と同じ水準になり、3月中旬には前年比で 30%(マイナス70%)のレベルにまで落ち込みました。
サイトのアクセス数は、まだ回復していませんが、文化ページだけは以前のアクセス数を維持するなど、面白い傾向が見えています。また、公式YouTube チャンネルは新型コロナウィルス発生以前と変わらないペースでの再生回数を記録しています。
—新型コロナウィルス発生前後で、サイトユーザーの属性に変化はありましたか?
新型コロナウィルス発生後、japan-guide.comへアクセスしてくるユーザーの目的は、それまでの旅行計画から、一般的な日本文化についての情報を得ることへとシフトしました。結果として、DestinationやTravel Planning などのページへのアクセスが約 80%減となったのに対して、日本文化を紹介するページ(例:Kanji、Ramen、Shintoのページなど)はむしろ以前よりもアクセスが増えたものもあります。
—新型コロナウィルス発生前後で、発信するコンテンツの内容には変化がありましたか?また、それはどのような変化でしたか?
3月以来、ジャパンガイドは観光客向けに基本的なコロナウィルスに関する最新情報をお知らせするためのページを公開・アップデートしてきました。緊急事態宣言下で外出ができなかった時には、訪日旅行をキャンセルせざるを得なかった人々をターゲットに日本に関する情報を提供するために“Home Delivery by japan-guide.com”を連載していました。
今は再び旅行ができるようになり、“Travel restarting”と 題した連載をスタートし、人気観光地の現況について情報発信を行っています。
—人気観光地の現状の記事の中で、読者から人気の高かった記事はどんなものがありますか?簡単な内容と共に教えてください。
現在まで“Travel restarting”は4回アップされており、それぞれ東京、日光、金沢、大阪を取り上げました。今回の連載で最もアクセス数が多かったのは東京の記事でした。東京は新型コロナウイルス感染症発生前の通常時からサイト上で最もアクセス数が多い観光地で、その傾向は今回の連載においても同様だったと言えます。
記事はライターのレイナ・オンが、東京の現在の風景や観光スポットで行われている感染対策を伝えることを目的に6月に執筆しました。
—訪日外客数は今年3月から前年同月比9割減を推移し、9月も99.4%減という状況になっています。このような中で、ジャパンガイドが果たすべき役割やその存在意義に変化があったと考えていますか?
ジャパンガイドの主な役割は訪日旅行計画の手助けとなる情報発信をすることです。国境が事実上閉鎖されている現在、訪日旅行計画の手助けをするというミッション、そして収益も一時的に失われてしまったと言えます。
一方、「Go To トラベル」キャンペーンのおかげで、日本に住んでいる外国人の方の旅行活動も増えてきています。そこで私たちは、Go To トラベルキャンペーンの説明や、現在発売中の「JR EAST Welcome Rail Pass 2020」など、国内旅行をする在日外国人に向けたコンテンツの制作にも力を入れています。
訪日外国人観光客が入国できない現在の状況下でジャパンガイドが果たせる役割としては、再び国境が開かれた時に、より多くの外国人が日本を訪れたいと思えるように情報発信を行っていくこと、そして渡航制限の変化などを含めた日本の観光の状況を知らせていくことだと考えています。
未来の旅行者に向けたプロモーション
—今の状況下、自治体は訪日外国人向けにプロモーションを実施すべきだと考えますか?
はい、今プロモーションを実施することは、ある程度意味があると思います。なぜなら、未来の旅行者は今、計画を練ったり、行きたい場所を夢見ている最中だからです。ただ、今は外国人観光客は日本に入国できないので、当然ながら今やってもあまり効果のないようなプロモーションもありますが、インバウンド再開後に向けたプロモーションは意味はあると思います。特にコロナ禍の前と変わらないペースで再生回数を記録している動画によるプロモーションは、長期的に再生回数が延びる傾向があります。
—ジャパンガイドは東日本大震災が起こった際にも、世界中で情報が錯綜する中、日本国内から情報を整理し、それを対外的に発信し続けたことが高く評価されました。観光業にとっての危機という面では現在の状況と共通していますが、そのような危機的状況下で情報発信するにあたって気を付けていることについて教えてください。
こういった危機的状況下においては、扇動的報道やパニックを招くようなニュースが流れるものです。その中でジャパンガイドは、”Travel Alerts and Disaster Updates”というページを設け、感情的 要素はできるだけ排除し、冷静、かつ客観的な視点で、ファクトベースの情報発信を行うことを心掛けてきました。観光客の関心事は何なのかを常に意識しながら、可能な限り広範囲の、必要な、最新の、そしてわかりやすい情報の発信に努めています。
—日本に観光客は戻ってくると思いますか?日本の現状は世界からどのように見られているのでしょうか?
私はこれまで過去に何度も危機の行方を、主に現実よりも悪いシナリオを予測しては外してきましたが…、この危機が収束して国境が開けば、観光客が戻ってくることは間違いありません。世界的に見ても、日本はこの危機に比較的うまく対応している国の一つとして評価されているようです。海外の方からは、日本人は今回の新型コロナウィルス流行以前からマスクを着用する文化があったことについて肯定的な意見を多く聞いています。日本に対しては一般的に衛生面や安全面で非常に良いイメージを持っているようです。
—10年後、2030年の日本の観光はどのようなものになっているべきか、ステファンさんが考える姿を教えてください。
2030年までには、新型コロナウイルス感染症はほとんどの人にとって遠い記憶になっていることを願っています。しかし、この危機がポジティブな効果をもたらすことも同時に願っています。例えば、オーバーツーリズムに対処するための混雑制御システムの開発促進などです。観光業が完全に回復することが理想ですが、今はオーバーツーリズムの問題はコロナ禍の前よりもはるかにうまく対処されています。例えば、2030年には多くの人気観光地が過密状態にならないよう、運用しやすいようなシステムが整備されていることを願っています。
また、訪日外国人観光客に現地でのマナーをもっと知ってもらうことで、近年目立つような悪質な振る舞いによる摩擦が少なくなることも願っています。トラベルガイドとして、正しい現地の旅行マナー情報を読者に提供していくことは優先順位の高いことだと考えています。
—そのために日本の観光業はどんなことをしていくべきでしょうか。
オーバーツーリズムの問題はありますが、日本の観光は街の美化、多言語情報の充実、便利な旅行サービスなど、総じて非常に良い方向に進んでいると思います。このまま日本の観光が今後も良い方向に進んでいくことを期待しています。
近年、オーバーツーリズムの影響を受けた企業や自治体には、今回を機に、ポストコロナ時代の混雑や観光摩擦を軽減するための施策を考えてほしいと思います。一般的には、多くの企業や自治体が量より質を優先することができるようになることを期待しています。
—最後に、インバウンド業界に関わる人々へのメッセージをお願いします。
多くの外国人観光客が戻ってくるのは時間の問題です。彼ら/彼女らがまた日本に戻って来た時に、より良いインバウンド環境を提供できるよう、この危機だからこそ生まれた時間を利用して、一緒に考えていきましょう。
※インタビューは2020年10月18日にジャパンガイドの国内総代理店であるエクスポート・ジャパン社経由で行われました。
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