インバウンド特集レポート
前回は、旅行者がローカルの人々と深いコミュニケーションをとり、本質的に理解し合える取り組みを目指そうという取り組みを実践している日本まちやど協会の活動や、外国人に人気でユニークな宿を紹介した。今回は、地域を巻き込んでいるまちやどのケースから、本来の宿の目的について考えてみる。
豊島区の椎名町の再生に地元人材が立ち上がる
今回紹介するまちやどは、都内にある「シーナと一平」だ。
池袋駅から西武線で一駅の椎名町を下車し、商店街を5分ほど歩くと宿にたどり着く。看板ではとんかつ屋と掲げているが、オーナーさんのお父様がとんかつ屋を営まれていた時のものをあえて残しているそうだ。当時の思い出を大事にしているからだという。
お店の建物を再生し、宿と共有のスペースを作った。1階が多目的スペース(お菓子工房として、レンタル菓子製造スペースで、カフェ活用も可能。小あがりスペースは宿のリビングであり、ミシンを地域に開放)で、2階が宿となっている。

この建物の再生は、2015年3月に行われた豊島区のリノベーションスクールが出発点だった。リノベーションスクールとは、遊休不動産を活用した都市再生手法を実践を通して学ぶ「まちづくりのための短期集中スクール」で、補助金をつかわずに民間の知恵と労力を活かし、小さなステップから始めていることが特徴だ。後述するが、最初に立ち上げた福岡県の小倉がきっかけで全国に広まっている。

この活動に豊島区が参加したきっかけは、区が都内でありながらも消滅可能性都市に該当するとされ、地域に衝撃が走ったことによると、代表の日神山晃一氏は言う。これは、2010年から2040年までの間に20~39歳の女性の人口が5割以下に減少すると推計される自治体のこと。
日神山氏は、この近所に住んでおり、地域のために何か出来ないかと考えていたころ、縁があって豊島区のリノベーションスクールに参加。そして「シーナと一平」がプロジェクトに関わることになった。そのときのメンバーが母体となって、シーナタウンというまちづくり会社を立ち上げた。メンバー5人が全員、他に本業を持ちながら活動している。

地域を巻き込んで「シーナと一平」ができあがった
実際、お店は20年以上前に閉店しており、しばらくは貸家として使われていた。2015年3月に行われたミーティングでは「宿と交流拠点」というコンセプトに固まり、その後、いろいろな人の意見を聞きながら細かいポイントをブラッシュアップしていった。
同年秋から、後かたづけを始め、スペースに余裕ができたころ、玄関を開けたままの状態で飲み会を開いた。商店街に面していることもあり、通りすがりの人たちが立ち寄ってくれた。外国人には、宿にする予定だから見て欲しいと中に招き入れて、意見をもらったこともある。
年明けには餅つき大会、さらには、内装工事の壁塗りを地元の子供たちにも手伝ってもらった。リノベーションに地域を巻き込むことで、「宿と交流拠点」というコンセプトが地元に伝わっていった。2016年1月に工事を終え、旅館業の登録を完了し、同年3月に開業。部屋数は5室の10床で、ドミトリー部屋が1つと、和室が4部屋となっている。

宿は2つの課題を解決するための「場」となった
このリノベーションには、2つの想いがあった。
1つは「地元のためだけの商店街」から「外部の人々もやって来る商店街」への転換だ。近隣の住人だけではなく、電車や飛行機などを使って訪れる地域の外の方たちにもお金を使ってもらえるような商店街だ。実際に、商店街では廃業するお店も出てきており、地域だけを相手にした商売には限界がある。そこに危機感があり、地域外にも開いた取り組みを進めたい、というものだ。
2つ目は、異なる世代が交流する場所づくりだ。ここ豊島区が都内23区で消滅可能性都市に該当してしまったこともあり、20~39歳の女性たちが、子育てしやすいと思える環境を提供することが重要だと考えた。一方、子育ての先輩世代はたくさんいるので、彼ら同士が交流できる仕組みをつくりたい、というもの。
1つめの課題に対して、この町の魅力を伝える宿が必要だと考えた。宿自体にまちを紹介する機能を持たせ、この街の住人が普段利用する定食屋、飲み屋、銭湯など、東京の日常を味わえる宿を目指すことにした。そして仕掛けとして、白地図の近隣マップを作った。これは、コミュニケーションツールになっていて、どんな場所に行きたいかによって、目的地のドットを落とせるからだ。また、紹介する人によっておすすめの店が違うため、あえて白地図にした。
次に2つ目の世代交流の課題について、布とミシンをフックにした。例えば、子育てをしていると、学校に入学する時にきんちゃくを作るなど、新米ママさんは不慣れなミシン仕事が必要になる。それを子育ての先輩ママさんがここで教え、交流が生まれる仕掛けにした。

そのような様子を外から見ることができるように、あえて透明なガラス戸にした。レトロな戸を探してきて使っているのもこだわりだ。土間もあり、ベビーカーでもそのまま入れるようになっていて、小上がりでは、子供を寝かせることも可能だ。随所に子育てママさんが喜ぶ仕掛けを用意している。
また、小上がりは、宿の共有スペースにもなっているので、外国人観光客が当たり前のように子供と出会える場にもなっている。長期滞在の外国人観光客は、英語の勉強会を開催したこともある。まさに普通の暮らしと外国人観光客が出会える場所だ。
地元の人と外国人客が接点を持てる宿として評判に
開業当初は、日本人と外国人の利用率は半々だった。しかし、ここ最近は、8~9割が外国人の利用だ。Booking.comやagodaなどの宿泊施設マッチングサイトからの予約が多い。外国人客は、近隣の台湾、韓国の他、欧米豪にタイなどバラエティに富んでいる。滞在日数も1泊から1か月と幅広く、一番のボリュームゾーンは3~4日程度だ。
利用客に共通しているのは、東京以外に京都、大阪、広島など、全国をまわるパターンとのこと。日本好きな外国人が多く、コミュニケーション力が高い人が多いのも特徴だろう。

最初は地元日本人との交流があまり生まれなかったが、少しずつ増えてきた。レビューによって、「宿と交流拠点」というコンセプトに共感するゲストが多くなったからだろうと日神山氏はみている。
近隣の宿と親しくしているお店では、特に英語メニューがなくとも、店主や居合わせたお客さんと身振り手振りでコミュニケーションを取り、何とかなっているようだ。
宿は一つの手段に過ぎない、目的は地域活性化だ!
「シーナと一平」は開業から3年が経ち、経営的にも安定してきた。年間の需給バランスもみえてきたので、対応力もついてきた。しかし、10床しかないため、売り上げの限界があり、今後、サテライト的に地域宿ができないか検討中だ。
「もっとも、我々シーナタウンの目的は、宿の運営ではなくこの界隈の活性化にあり、自分達が楽しく生きていける場所をつくっていくことで、結果的に消滅可能性都市を脱却できれば良いかな、と思っています」と今後についての思いを語る。

椎名町は、芸術家や漫画家など、変わった人たちを受け入れてきた歴史があり、それが今にもつながっている。今後、どんなエリアになるのか楽しみである。
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