インバウンド特集レポート

【サステナブル・ツーリズム】世界の旅行業界に広がる持続可能性に寄与する「仕組み」づくり

2021.01.04

遠藤 由次郎

印刷用ページを表示する



本稿では、世界で広がるサステナブル・ツーリズム(持続可能な観光)に対する世界での動きを紹介する。焦点をあてたのは、個別の旅行会社や宿泊施設における個別の事例ではなく、〝仕組み〟としての取り組みである。

出典:https://www.commonsnetwork.org/wp-content/uploads/2020/09/2020-Fairbnb-in-a-nutshell-English.pdf

 

収益の一部を地域のQOL向上に役立てる民泊プラットフォーム「Fairbnb」

人口減少とともに増え続けている空き家・空き室。それらを宿泊や交流を目的とした施設として活用し、その収益の一部を地域における〝生活の質〟の向上に役立てていく。そんな仕組みがあれば、地域住民は観光客に対してウェルカムな気持ちを抱きやすい。

あるいは〝熱烈歓迎〟とまでいかなくとも、観光客排斥のプラカードを掲げるような運動には発展しないはずだ。

欧州発の「Fairbnb」という民泊プラットフォームをご存知だろうか。

都市におけるイノベーションやシビックテックを専門とするシト・ヴェラクルス氏や建築家で都市計画家のジョナサン・レイズ氏、起業家で社会活動家のエマヌエレ・ダル・カルロ氏ら計5人が2016年から始めたプロジェクトである。

現在イタリアのボローニャに本社を置くFairbnb.coop,は、2020年の8月末に持続可能な観光のための会合を開いた。そこで共同創設者の一人であるレイズ氏が行ったFairbnbの理念やモデルについての説明によると、同プラットフォームには大きく3つの特徴があるという。

 

シェアリングエコノミーはCooperativismによって完成する!?

1つ目がCooperativism。すなわちAirBnbやUberといったシェアリングエコノミーの雄といわれてきたサービスが企業によって運営されている一方で、Fairbnb.coop,は事業協同組合(Cooperativism)である。

論者によってはCooperativismこそが、本当の意味でシェアリングエコノミーであると主張する人もいる(Platform cooperativeとも呼ぶ)。

簡単に言えば、組織で働くメンバー、ホスト、資金提供者、さらにはコミュニティ(地域)やアドバイザリーボード(外部有識者による委員会)といった多数のステークホルダーによって運営されているということだ。

ちなみに声が大きくなりやすい資金提供者の影響力・発言力は制限をかけている(議会の総投票数の3分の1以下)。

 

「1ホスト1物件」というポリシーによるメリットとは?

2つ目がSustainable Tourism(サステナブル・ツーリズム)。オーバーツーリズムによる影響を緩和するために、1ホスト1物件というポリシーを掲げている。

Fairbnbの共同創設者の1人であるカルロ氏は、『The Guardian』の取材に対して「Airbnbを否定しているわけではない」と語っているが、実際には既存の民泊プラットフォームには不動産業者や外国人投資家といった地域コミュニティには属さない組織による物件が数多く存在している。

ある調査によると、長年オーバーツーリズムの問題が指摘されてきたベネチアでは、1人のホストが135件の物件を登録していることもあったという。1ホスト1物件というポリシーは、こうした錬金術だけを目的とした運営を規制することを目的としているといえる。

また、透明性を担保するために自治体と協力し、法に則った運営を推進すること、SDGsに基づいた評価システムを用い、旅行者の行動を改善することも約束している。

 

予約の際に、サポートしたい地域コミュニティのプロジェクトを選んでもらう

3つ目がImpact on local communities、すなわち地域社会への影響である。仮にゲストが100ユーロの宿を予約する場合、ゲストは追加で15%、すなわち15ユーロを支払う義務が発生する。

この15ユーロのうち半分の7.5ユーロがFairbnb.coop,の運営費用に充てられ、残りの7.5ユーロはコミュニティにおけるプロジェクトに割り当てられる。

なお、ゲストはサポートしたいプロジェクトを予約の際に選ぶのだが、同時にそのプロジェクトへの参加や訪問を促される仕組みになっている。

たとえばベネチアでは落書きを掃除するプロジェクトがあり、その活動への招待状が届くというわけだ。

出典:https://www.commonsnetwork.org/wp-content/uploads/2020/09/2020-Fairbnb-in-a-nutshell-English.pdf

2020年12月現在、Fairbnbはアムステルダム、バルセロナ、ボローニャ、ジェノバ、グラナダ、マルセイユ、ポルト、バレンシア、ベネチアの9都市で展開されている。

なお、Platform cooperativeとしてはFairbnbのほか、CoopCycleやCommown、Enercoop、TeleCoop、Mobicoop、CoopCircuitsなどもある。

 

宿泊施設、航空、体験の3つの分野でフレームワーク策定を目指すトラバリストとは?

「仕組み」としてサステナブル・ツーリズムを推進させようとしているのはFairbnbのような組織だけではない。旅行予約のプラットフォームを運営する企業にも、同様の動きが見られる。

Booking.com(ブッキング・ドットコム)、Skyscanner(スカイスキャナー)、Tripadvisor(トリップ・アドバイザー)、Trip.com(トリップ・ドットコム)、Visa(ビザ)、さらに英国・ヘンリー王子が共同で発足したのが「Travalyst(トラバリスト)」だ。このグローバルパートナーシップは、サステナビリティの実現に向けた取り組みを評価するためにフレームワークを策定しているという。

初期段階では、宿泊施設、航空、体験の3つの分野でフレームワークの策定を目指している。

このうち宿泊施設の分野では、ブッキング・ドットコムが主導している。スカイスキャナーのプレスリリースによれば、宿泊施設による廃棄物や水の管理、地域社会への貢献や環境保護などに関する取り組みの効果を評価するという。

そもそもオランダ発で世界最大級のOTA「ブッキングドットコム」では、2017年より始めているブッキング・ブースタープログラムによって、サステナブル・ツーリズムを促進する企業や団体への支援を行ってきた(4回目をむかえた2020年のプログラムは「宿泊施設」に焦点を当て、5月と9月にセッションを開催するとアナウンスしていた。が、残念ながらコロナ禍によって開催されていないようだ)。

このプログラムでは、単に資金援助を行うだけでなく、ブッキング・ドットコムの専門家が参加企業に対して長期にわたるサポートを行うことも特徴で、これによってイノベーションを加速させてきた面がある。そうしたバックグラウンドが、「トラバリスト」におけるフレームワーク形成に役立つであろうことは、想像に難くない。

出典:https://news.booking.com/travalyst-launch/

 

どうやって客観的な視点を組み入れるか

メタサーチ(横断検索)エンジンであるスカイスキャナーは、トラバリストのなかで航空分野を主導している。同サイトでは、「Greener Choice」という環境に優しいフライトを表示させる機能があり、平均値に比べてそのフライトがどれだけ二酸化炭素排出量が少ないかを明示している。

なお、そのスコアリングは、航空機の機種、乗客者数、経由地・乗り継ぎの数などに基づいている。おそらく、この機能での知見をトラバリストのフレームワークに還元し、より精度を高めていくのだろう。

体験については、トリップ・アドバイザーが主導する。体験と一言でいっても、多様なものがある。ディズニーランドやUSJといった巨大なテーマパークから、大自然のなかで行うアドベンチャーツアー、そして個人が行うローカルフードの食べ歩きツアーまでも含まれる。

そうした多様性を織り込んだ、一貫性のあるフレームワークにすることが至上命題だといえそうだ。

当然、こうした取り組みにおいては「客観性」も必要である。したがってトラバリストでは、「Forum for the Future」という四半世紀にわたって国際的に持続可能性についての追求をリードしてきたNPOによる独立した諮問委員会を設置している。

 

異なる複数のステークホルダーが協力して仕組みをつくる

アフターコロナでやってくる国際観光(インバウンド)の再生期においては、ますますサステナブル・ツーリズムという視点の重要度は増すことが予想されている。

そうしたなか、「観光貢献度の可視化」や「量から質への発想の転換」は大きな役割を持つが、残念ながら地域住民(コミュニティ)や観光事業者が個別に課題解決方法を見つけ出すのは簡単ではない。

したがって、Fairbnbやトラバリストといった取り組みを参考にして、異なる複数のステークホルダーが手を取り合って「仕組み」を築いていくことが求められている。

(執筆:遠藤由次郎)

最新のインバウンド特集レポート