インバウンド特集レポート
▲ホテル「Minn蒲田」フロント(写真提供:株式会社SQUEEZE)
コロナ禍以降、ホテルの経営不振が続くなか、ビジネスシーンではお馴染みとなったワード「DX」が、ホテル業界にも浸透し、マーケットを広げている。そこで今回注目するのは、2014年の設立以来、「クラウド型ホテル経営」を柱に、ホテル経営のDXを牽引してきたSQUEEZEだ。自社開発のツールを自社運営のホテルで実証しながら他社施設へも提案する、現場の声に忠実なコンサルティングには業界からの信頼も厚い。同社はコロナ禍でDXコンサルの引き合いが増え、また全国10カ所で自社運営する次世代型スマートホテル「Minn」「Theatel」の売り上げも好調だ。2020年6月から1年間に、蒲田、上野、札幌、羽田が続々とオープン。多数のホテルが苦戦するなか、着実に裾野を広げている。なかでも、同社のDX戦略が強く体現されているという「Minn 蒲田」にフォーカスし、その強さの理由を探る。
“待機も仕事”だったフロントを無人にした「suitebook」
ホテルDXのソリューションを専門とするSQUEEZEでは、ここ2、3年の引き合いが急増しているという。同社の人事・広報担当の野崎氏によると、その大きな理由は「固定費にある」という。
「2019年頭まで、ホテル業界は需要過多でした。新しいホテルが乱立し、施設の賃料も高騰が続いて。稼働率が高いので、ある程度家賃や人件費などの固定費をかけて高品質のサービスを提供する、というのが主流でした。それがコロナ禍で一変し、トップシーズンのために人を抱えておく“固定費モデル”の危うさに、多くの経営者が直面することになったのです」
日本旅館協会の調査によると、一般的なホテルでは、支出のうち最大の40%を占めるのが人件費だ。それを代表するのがフロント業務で、予約受付からチェックイン・アウト、鍵の受け渡し、会計業務に加えて、バックヤードでの“待機”も業務の一部とされてきた。こうしたフロント業務を全てクラウド上で行えるようにしたのが、同社が開発したシステム「suitebook」だ。これによりモバイル完結、キャッシュレス、キーレス(カードキーの受け渡し無し)などがワンストップで可能になり“無人フロント”が成立した。フロントスタッフは、クラウドにアクセスできるところであれば、場所を選ばずレセプション業務ができるので、スタッフの待機時間や人件費が大幅に減る。さらに大きなメリットは、そこで空いた時間を「分析やマーケティングなどその時々に必要な仕事に充てられる」ことだと、同社の「Minn」「Theatel」を管理するスマートホテル事業部長の鈴木氏は言う。
(写真提供:株式会社SQUEEZE)
ゲストにとっても、時間をセーブでき、コロナ禍においては非接触・非対面というメリットもある。問い合わせやトラブル時には、ゲストがフロントに置かれたタブレットからコールすると、同社のコールセンターに繋がり、そこのオンラインコンシェルジュが対応する仕組み。緊急時には、フロントスタッフが向かうこともあれば、委託の外部サービスから人が駆けつけることもできる。同社は全ての「Minn」で「suitebook」を導入している。
「条例により地域によっては各時間帯に1人ずつのフロントスタッフが必要ですが、条例による制限の無い地域では全て無人フロントです。また、フロント業務を各拠点で共有できるので、例えば2人のマネージャーが6棟のホテルを管理する、といったこともできる。フロント業務をミニマルで行うので、人件費が最適化され、損益分岐点を低く抑えられます」
こうした効率化の成果を「Minn」の稼働率が証明している。特に2020年5月にオープンした「Minn蒲田」は現在稼働率80%をキープ。40%前半という現在の東京の平均値に比べても、かなり良い数字だ。その理由について鈴木氏は「宿泊価格を抑えた上で、高い満足度を維持できていることが大きい」と指摘。
▲ホテルMinn蒲田のチェックインはタブレット1つで完結(写真提供:株式会社SQUEEZE)
「Minn」は当初、3交代制のシフトで運営をしていたが、「suitebook」を導入するなどのDX化を図り、現地フロントスタッフはゼロになった。宿泊業界で40%を占めるといわれる人件費を大幅にカットしながらも、無人運営でも従来とほぼ変わらないオペレーションを行うことで、利益率を上げる事に成功したというわけだ。
人件費の効率化と高い顧客満足を共に実現
効率化によるコストカットと、質の高いサービスの提供。その両方を行うことは、どんな事業でも重要だが、とくに今の時代、ホテル業界にはこれが厳しく求められる。独自の手法でDX化を図ることで、これを実現しているのが「Minn蒲田」だ。
▲ホテルの外観(写真提供:株式会社SQUEEZE)
「Minn蒲田」はパナソニック社との共同実証実験の場ともなるホテルで、Minnのなかでも少し特殊な存在だ。ここでは、両社の技術を掛け合わせた革新的な運営やサービスを、検証しながら実践していく。
(写真提供:株式会社SQUEEZE)
なかでも注目を集めるのは、suitebookを使って無人化したクラウド型フロントと、パナソニック社の遠隔コミュニケーションシステム「AttendStation™(アテンドステーション)」によるアバターを介したフロント対応を連携させる試みだ。ゲストはチェックイン・アウトの手続きをはじめ滞在中のあらゆるやりとりを、フロントに置かれたタブレットに映るアバターを介して、オンラインコンシェルジュと対話しながら行うことができる。アバターは操作するコンシェルジュの顔の動きと声に連動して表示され、会話の内容に合わせて、お辞儀や右手を上げるなどのしぐさを選んだり、補足説明資料やWEBサイトを表示させることも可能。両システムの併用により、一般のホテル運営に比べて人件費の75%削減が実現できる上、ゲストの満足度もUPすることが実証されている。(※削減幅は導入施設での一例)
(写真提供:株式会社SQUEEZE)
無駄な光熱費を可視化して制御
「Minn蒲田」が試みるもう一つのコストカットは、毎月変動する水道光熱費だ。スタッフが使用する分はともかく、客室の水道光熱費をコントロールするのは、節水や節電を呼びかけでもしない限り、一見不可能に思える。だがここでは、パナソニック社の「AiSEG2(アイセグツー)」を活用することで、そういった不自由をゲストに感じさせることなく、無駄な水道光熱費を節減することができる。
では「AiSEG2」は何かというと、パナソニック社が住宅分野で開発を重ねてきた、電力のモニタリングと遠隔コントロールができるシステムのこと。具体的には、一滞在あたりに使用された電力が水回りなのか、リビングなのか、というところまで細かく把握できるので、より緻密に適正販売価格を設定することができる。
(写真提供:株式会社SQUEEZE)
また「AiSEG2」をチェックイン・アウトのシステムと連携させれば、ゲストのチェックイン・アウトに連動して空調・照明のスイッチをオン・オフすることもできる。「AiSEG2」の活用により「部屋ごとの電気代の平均10%節減を目指す」と鈴木氏。将来的には、電力のさらなるコスト節減に取り組む予定だと同氏は続ける。
「これまでホテルにおける光熱費は、部屋ごとの状況が可視化できず無駄も多く発生していました。加えて、今後は電力の供給元も、地産地消で再生可能エネルギー100%の『アスエネ』社に、全棟切り替える予定です。送電費用が低いアスエネ社の電力を導入することでコストを最適化でき、SDGsなど地球環境への意識の高いゲストにもアピールできる上、スタッフの意識醸成にもつながると思います」
新たな国内ニーズに細かな対処を
「Minn」のようなオンライン技術を駆使した革新的なホテルは、数年前ならその“ユニークさ”で取り上げられることが多かった。しかし、人びとの生活様式や働き方が激変する今、こうしたサービスへのニーズが一般化している。例えば、これまで会員専用の機能だったスマートチェックインなども、今では誰でも使えるようなサービスになっている。
「在宅勤務やワーケーション、隔離ニーズ、また企業がホテルをオフィスとして借り上げたり。また東京オリンピック開催中には、ホテルに仲間内で集まって観戦した人が多かったように、今後も新たなニーズが生まれていきます。Minn蒲田が高い稼働率をキープできている理由にも、ビジネス利用や隔離ニーズを取り込めている部分があります。そういった細かな国内ニーズに対して的確に応えていく姿勢が必要です」(野崎氏)
ホテルのニーズが多様化すれば、これまでにはなかったサービスやツールも必要になる。今後は「時間の概念」さえもアップデートされるだろうと、鈴木氏は予想する。
「海外のホテルでは、好きな時間に好きなだけ利用するという時間貸しサービスも登場しています。今後は、チェックインが14時でチェックアウトが翌日の11時、という一泊の概念がより薄れていくでしょう。お客様は欲しい時間帯に適正な料金で利用できますし、スタッフにとっても24時間を通じて働きたい時間に働ける、というメリットがあります」
▲今回話を伺ったスマートホテル事業部長の鈴木氏(写真提供:株式会社SQUEEZE)
ホテルはスタッフが多数いる=おもてなし、という方程式がもはや成り立たないように、ホテル業界では既存の常識は通用しなくなってきている。とはいえ「対人接客のニーズがゼロになることはないだろう」というのが鈴木氏の見解だ。
「対人による手厚いサービスと、我々のようなライトなサービスのニーズが二極化していくと思います。お客様は宿泊用途に合わせてどちらかを選ぶので、はっきりした住み分けが必要です。効率化や新たな需要の発掘をせず、これまでのビジネスモデルのままで何かを期待しているような状態が最も危ういと言えるでしょう」
(取材/執筆:池尾優)
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