インバウンド特集レポート
行政×コーディネーター×ガイド、それぞれの立場から語るアドベンチャートラベル人材クロストーク。前編は、アドベンチャートラベルで求められる人材像について、日本のアドベンチャートラベル先進地、北海道から国土交通省北海道運輸局観光部の水口猛部長、東北から株式会社インアウトバウンド仙台・松島の代表取締役西谷雷佐さん、そしてトラベラーと旅の時間を共有する通訳案内士兼北海道アウトドアガイドの益山彩さんの3人に話を伺った。
アジア初となる北海道でのアドベンチャートラベル・ワールドサミット(ATWS)は、コロナ禍でオンライン開催となったが、2023年9月には再度北海道開催が決まっている。国内の気運が高まる中、後編はアドベンチャートラベル人材の「質」「量」を底上げするための課題と取り組みにフォーカスした鼎談をお届けする。
>>前編:世界が注目、アドベンチャートラベルに求められる「人材」の姿
▲駒ヶ岳でのハイキング(提供:北海道アドベンチャートラベル協議会[HATA])
スルーガイドの育成とレベルアップに向け、既存の資格制度を磨き上げ
─ 2023年のATWS現地開催を控えている北海道では、アドベンチャートラベル人材の育成についてどのような動きが起きていますか?
水口:2002年から始まった「北海道アウトドア資格制度」は、日本で唯一知事が認定する公的なアウトドアガイドの資格です。分野は「山岳(夏山・冬山)」「自然」「カヌー」「ラフティング」「トレイルライディング」の5つに分かれており、益山さんは自然ガイドをお持ちですよね。現在は全分野で約500名の方が取得しています。
この北海道アウトドア資格をさらに充実させようという見直しが、今始まっています。現在のレベルに甘んじることなく、ガイドのスキルや安全面の知識を高めて、資格の分野も増やしていく。アドベンチャートラベルの「スルーガイド」を目指す人たちに新たなスタンダードとして認めてもらえるような資格になれば、という思いで見守っています。
この見直しの動きには、西谷さんにも外部有識者の立場でお世話になっています。
▲出羽三山の1つである月山を登る(提供:西谷雷佐氏)
西谷:はい、ヒアリング等でお手伝いしています。まず、知事公認の下でこういうアウトドア資格があることが本当に素晴らしいことですし、見直し後の形が整ったあかつきには北海道から全国に展開されていくのではないかと期待しています。
なぜこういう資格が必要になってくるかというと、やはり「安心・安全」の裏づけだと思うんです。車の免許で例えると、「自分は20年間無事故無違反だよ、無免許だけど」という人と「2種免許を持っていて、20年間で一度だけ“もらい事故”の経験があります」という人、どちらの車に乗りたいか、ですよね。特にB to Bの場面では公的資格の所持がビジネスパートナーとしての信用を生む。アドベンチャートラベルのブランド化にも寄与すると思います。
一方、受験する側の立場になってみると、「この資格を取ったらどうなるのか。もしかしたら優先的に仕事をまわしてもらえるようになるのか」といった実利的な将来像を、初期の段階から提示することが非常に重要だと思います。受験者の中には「資格を取って満足」という方々もいらっしゃるかもしれませんが、実務組にしてみると、今後どんなインセンティブが生まれるのかはぜひとも知りたいところ。個人的にもそこに注目しています。
▲北海道運輸局水口氏(左上)、ガイドの益山氏(右上)、東北中心にコーディネーターを務める西谷氏(下)
安心安全なアドベンチャートラベルのためにガイドに求められること
益山:私もガイド仲間から教えてもらって2020年に北海道アウトドアガイドを取りました。テキストが非常に充実しているうえにわかりやすくて、勉強になりました。その運営組織から今度は、海外で広く知られている救急法の資格「WAFA」(ウィルダネス アドバンスド ファーストエイド)も勧められて、2021年4月にハイブリッドコースを修了し、2022年9月にWAFA資格能力維持講習を修了しています。
北海道は行政がガイドのレベルアップに力を入れていることもあり、誰もが救急法や防災に関する資格を取りやすい環境なのだと実感しています。今後のアドベンチャートラベルの普及を考えると、WAFAを持っていることは海外のお客様に大きなアピールポイントになりそうです。
西谷:誰がどの資格を取るのかは、難しい問題ですよね。もしエマージェンシーなことが起きた時に、僕らも簡単なテーピングや靴底を結束バンドで止めるくらいのことはできても、本当に深刻な事態になったら最後はひたすら救急ヘリを待つことになると思うんです。ただ、その時に「あと2km下山したらスマホの電波がつながる」とか「あっちに行ったら雨に濡れない岩陰がある」とか、そういう“教本に載っていないこと”こそローカルガイドは知っておいた方がいい。
資格もファーストエイドキットも「持っているだけで安心」ではなくて、使いこなせてはじめて生きる。一度も使ったことがない救急道具を大量に持ち歩くよりも、「これを使ってあれとこれができる」と把握しているものを厳選して持って行く。そうした実践の知恵も忘れないでほしいなと個人的には感じています。
益山:西谷さんがおっしゃる通り、自分に何ができる・できないかを把握することはとても大事なことですよね。私がWAFAを受けた時は、一緒に受験した山岳ガイドさんやネイチャーガイドさんたちが「何かあったら自分がなんとかしなきゃ!」と、とても真剣に考えておられるのが伝わってきました。「ああ、こういう人たちと組めたらいいだろうな」と思える仲間が増えるのは大歓迎。北海道は冬が長いですし、手つかずの自然も多い。長い目で見ると、北海道のガイドだったらWAFAは受けた方がいいかなと感じています。
▲アドベンチャートラベラーに北海道の魅力を伝える益山氏(提供:北海道運輸局)
これは自戒の意味も込めてですが、お客様の「できます、大丈夫です」という自己申告と同じくらい、ガイドの「できます、大丈夫です」もたまに鵜呑みにできないことがありますよね、西谷さん(笑)。
西谷:そうそう(笑)。僕ね、ガイドにはやっぱり体力が一番必要だと思うんです。疲れたお客様を背負うことはできなくてもお客様のザックは背負えるとか、何かあったら電波が通じる所まで駆け下りるとか、それも全て体力があればこそ。ガイドにとって健康管理は基本中の基本です。
訪日客を受け入れるために、世界のアドベンチャートラベルを知る
─ 水口さんたち北海道チームが初めてATWSに参加されたのは、2016年のアラスカ・アンカレッジ開催のATWSだったとか。西谷さんは2022年10月にスイスルガーノで開催されるATWSに参加されるそうですね。
西谷:2023年にATWSが北海道に来るということは、日本に来るのと同じこと。その開催日前日までに設定されているプレサミットアドベンチャーに向けて、日本各地でその地域の魅力をアドベンチャートラベルに最適化するコースづくりが既に始まっていると思います。その時に忘れてならないのは、そこには世界のアドベンチャートラベルを楽しんだ人たちがやってくる、ということ。世界と対比して、日本を、自分たちの地域をどうアピールするかという表現力、編集力、コンテクストデザインが問われていくと思います。
その答えを出すには、まず自分たちが世界のアドベンチャートラベルを知らないと。そう思って、10月にスイスで開催されるATWSに行くと決めました。僕自身が“本物”を体験することで、より解像度の高い東北のアドベンチャートラベルを作れるようになりたいです。
▲水口氏が2016年に参加したATWSの様子(提供:北海道運輸局)
水口:私たちが初めてATWSに行ったとき、会場のほぼ全員が顔見知りかのようなフレンドリーな雰囲気に包まれていて、「早くこの輪に入りたい!」と思ったものでした。アドベンチャートラベルは旅行会社を相手に商談することが多いですが、その根底には「私の大事なお客様をあなたに預けますよ」という個人レベルの信頼関係が非常に重要になってきます。そうしたネットワークづくりの意味でも、西谷さんがスイスに行くという選択は英断だと思います。
それに行ってみれば、「世界はすごい!」と感心するばかりでなく、「東北でもいいコースが作れそうだな」という自信が得られるかもしれないですよ。
西谷:それを聞いてますます楽しみになってきました。アドベンチャートラベルは本当に可能性のあるジャンルですし、自分たちが得た情報はどんどんシェアして、日本全体で盛り上がっていかないと。「アドベンチャートラベルっていいんだって?」と後に続く人たちをどんどん増やしていきたいですよね。
▲マーク・ブラジル氏によるガイド研修、益山氏も参加した(
益山:“世界との対比”という流れを受けると、北海道運輸局主催の研修で鳥類学者でもあるイギリス人ネイチャーガイド、マーク・ブラジルさんのガイドを受けたことがあります。それがとても素晴らしくて、火山を説明する場面でも「母国に火山がある人と、火山を見たことがない人とでは話す内容が変わってくるよね」というお話をされて、対比を意識することでより相手に届けやすいガイドができることを教わりました。
ガイドって人のガイディングを見て勉強するとか、逆に自分のガイディングを同業者に評価してもらう機会がめったになくて。日本の資格制度は知識ベースの試験を受けたら実務を積まずに取得できるものも多いので、その点でも実践的な研修が多い北海道のガイドは恵まれていると思います。
人材不足は「質」を「量」でカバーしつつ、中長期視点をもって取り組む
─ アドベンチャートラベル人材に必要とされる語学力について伺います。益山さん、やはり、一定以上の英語力は必要ですよね?
益山:現地のローカルガイドさんたちの話を私たち通訳案内士が訳すこともありますが、できればご本人の言葉で語っていただけると、お客様への伝わり方がぐっと深まります。何も「ペラペラに話せなくてはならない」というわけではないんです。以前ご一緒したことがあるローカルガイドさんは決して流暢に話せるというわけではなかったんですが、シンプルな英語を使って、でも「どうやったら伝わるか」をとてもよく考えたプレゼンテーションをされて、お客様の満足度も非常に高かったことを思い出します。私もそばで見ていて、「ね、この土地は素敵でしょう!」とすごく誇らしい気持ちになりました。
ガイドの英語力強化も大切ですが、根本は「この地域の何を伝えたいか」をしっかり固めること。そこは押さえておきたいですね。
西谷:アドベンチャートラベル人材の「質」と「量」の話をするとき、時間軸というものも意識する必要があると思います。基本的に大人になってからの語学習得はハードルが高く、1年2年の短期間でどうにかなるものでもないですよね。英語もガイドも救急法もマルチにこなせる人材がいないのであれば、そこは「数=量」でカバーする考え方にシフトする。例えば海外のあるツアーでは、お客様4人のツアーに荷物を持つスタッフが1人につき1人ずつ付いて、さらにスルーガイドとシェフも同行する。当然単価は高くなりますが、安全面やホスピタリティの面でも質の高いプランを組むことができます。
「なんでもできる人材が育っていないから、いいプランが作れない」と後ろ向きに考えるのではなく、「質」を「量」でカバーする。そんな柔軟な考えも視野に入れながら、中長期的にアドベンチャートラベルの戦略を展開していくことが重要だと思います。
▲西谷氏はアドベンチャートラベルの経験を積もうと、2022年の夏に知床ツアーに参加(提供:西谷雷佐氏)
持続可能な旅のスタイルを目指し「楽しむ」ことを大切に
水口:時折、大学生を対象に北海道観光についてお話しさせていただく機会がありますが、観光学部よりも外国語学部の学生さんたちの方がアドベンチャートラベルに対する反応がいいんです。なかには、「自分の故郷で語学力を生かして、しかも地元の魅力をアピールする仕事に関われるのはすばらしいと思いました」という嬉しい感想をいただけることも。若い世代の将来の選択肢の中に、アドベンチャートラベルという新しい地域観光の道を入れてもらえるように引き続きPRしていきたいです。
▲大雪山の登山(提供:北海道アドベンチャートラベル協議会[HATA])
西谷:もともとアウトドアは嗜好性が高く、その中でもアドベンチャートラベルのような特化した分野は「好きな人はとんでもなく大好き!」という偏愛の世界です(笑)。そこを事業や産業として持続可能にしていくには、「地域のために!」という正しさももちろん大切ですが、根っこに「楽しい!」という気持ちがあるから頑張れる。そのあたりが旅の本質であり、生きることの本質でもあるように感じます。
水口:全く同感です。日本人はつい理屈をこねがちですが、2023年のATWSも参加者全員にとって楽しい時間になるよう皆で頑張っていきたいですね。
─ ありがとうございました。
取材/文:佐藤優子
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