インバウンド特集レポート

歴史的資源を活用した観光まちづくりを活用して開発、福井県熊川宿による企業研修プログラム

2024.03.13

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観光庁が実施している「歴史的資源を活用した観光まちづくり」事業。この事業に採択された福井県若狭町熊川地区の株式会社クマツグは、地域資源を活用した企業研修プログラムを開発し、2024年度の販売に向けて準備を進めている。取り掛かってから迅速に活動が進んだ要因や同事業に参加したメリットを、株式会社クマツグの出資会社である株式会社デキタの時岡壮太代表取締役に聞いた。

 

熊川宿の平日稼働の低さ、団体受け入れの難しさを解消したい

福井県若狭町の熊川宿は、京都と若狭を結ぶ「鯖街道」上の宿場町だ。福井県側の街道の起点、小浜からひとつ目の山間の宿場町で、1995年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。また熊川宿を含む周辺エリアは文化庁の日本遺産の第1号にも選定されており、歴史や文化、豊かな自然を感じられる地域として知られている。

近年、空き家となっている古民家群のまちづくりが注目されており、古民家を活かした宿泊施設や店舗が増加。中山間の立地を活かしたトレイル開発など、官民一体となったまちづくりが進められている。京都・大阪といった大都市圏から車で約1〜2時間、名古屋から車で約2時間の距離にあり、2024年春には北陸新幹線の敦賀延伸を控え、今後は関東圏もターゲットとなることが期待されている。

しかしながら、観光商品の造成や受入体制が十分に整備できておらず、大都市から訪れる観光客をターゲットとしているため、休日稼働が中心であり、平日稼働に限界があるといった課題も浮上しているのが現状だ。

▲古民家が立ち並ぶ熊川宿 

この熊川地区で5年前から古民家群を活かしたまちづくりを推進してきたのが、株式会社デキタで代表取締役を務める時岡壮太氏だ。時岡氏は同じ若狭エリア出身。東京でデキタを設立し、建築、設計コンサル、行政の事業などを行ってきたが、創業7年目の2018年にUターンし、デキタ本社も熊川宿に移転させて、熊川地区のまちづくりに携わるようになった。

「大学院では集落の研究をする研究室にいましたので、かねてから地元に帰って歴史的資源を活かしたまちづくりをしたいとの思いがありました。私は熊川地区の出身ではありませんが、熊川地区は昔からの宿場町で、いろんな方が商売に挑戦してきた土地柄でしたし、行政の方々のサポートもいただきながらご紹介いただきました。当初、地元のネットワークは全くありませんでしたが、地元の方や企業様とのネットワークも少しずつ広がり、事業が拡大していきました」と時岡氏は話す。

その後、時岡氏は地元企業、地域の人々、町と一緒にまちづくりを始め、古民家を借り上げて改築し、宿泊施設「八百熊川(やおくまがわ)」の宿泊棟やシェアオフィスにしてきた。また食品加工業をスタートさせ、山間のトレイルも開発した。2023年秋には、山の上の平地にキャンプ場「山座熊川(さんざくまがわ)」を誕生させている。

ここで懸念されたのが、平日の観光客の少なさと団体客の受け入れの難しさだった。「山座熊川」にはキャビンがあり、ベッド数も多いため団体客の受け入れが可能だが、やはり平日のキャンプ需要は期待できない。その解決策として着目したのが企業研修型プログラムだ。「熊川宿は京都から約1時間でアクセスできますから、関西エリアの企業研修というアイデアが浮かびました。また地域の人たちと話し合うなかで、熊川宿の自然や歴史的資源、文化体験を通じて働く人たちのストレスを軽減し、ウェルネス向上、チームビルディング醸成に繋がるプログラムを開発し、商品化に繋げたいとの考えに至りました」(時岡氏)

▲2023年にオープンしたばかりのキャンプ場:山座熊川

 

スマートウォッチ等のウェアラブル端末を活用し、医療的知見を活かしたプログラムを開発

企業研修プログラム開発へのサポートを得るため、時岡氏らは「歴史的資源を活用した観光まちづくり事業のモデル事例創出事業」に参加を申請。申請主体は、山の上のキャンプ場「山座熊川」の開発に合わせて、若狭町のほかデキタを含む地元企業4社が出資して設立したエリア開発法人である株式会社クマツグとした。晴れてモデル創出事業の地域に選定され、事業がスタートしたのは2023年6月末のことだ。

▲株式会社クマツグが申請主体となり、構成団体、外部の企業と連携

時岡氏らが取り組んだ企業研修プログラムの最大の特徴は、参加者に現地滞在中、ウェアラブルデバイスを着用してもらい、滞在中のストレス値がどのように変化したかを計測・分析できることだ。体温、呼吸、血圧、脈拍などのバイタルサインを測定し、数値をAI解析にかけることにより、科学的に休息できたかを可視化できる。

「田舎でのんびり過ごせばストレスが軽減されます、という感覚的な訴えではなく、医療的知見に基づいた内容にしたいと考えていました。生体情報の計測に関しては、AI技術による情報処理を行う株式会社アドダイスに協力してもらえることになりました」(時岡氏)

またウェルネス向上、地元資源の活用という点においては、クマツグの出資者でもある株式会社PLUS WILDの村田浩道氏の協力のもと、山の見晴台での禅プログラムという福井県らしいコンテンツが用意された。村田氏は日本ロングトレイル協会事務局長を務める山岳ガイドであり、曹洞宗大本山の永平寺で修業した禅寺の住職でもある。

さらに、チームビルディングのためのプログラム開発には、京都の合同会社カーニバルライフが参加。カードを用いて参加者各人の価値観を共有していくプログラムを取り入れている。「八百熊川」での食事は山村の食材を使用した自然食にこだわり、夕食後には焚火の時間も設け、軽食やドリンクも用意した。

本事業では、専門家によるアドバイスにより事業のブラッシュアップが行われたが、このプロジェクトでは、富裕層向け旅行会社デネブ代表取締役の永原聡子氏を統括コーチとし、欧米豪からのインバウンドに特化した旅行会社BOJ株式会社代表取締役の野口貴裕氏もコーチとして加わった。

コーチらは事業期間中、複数回現地視察を行ったほか、関係者とのオンラインミーティングで助言をしてきた。「コーチのお二人からはプログラムの内容やアイデアを褒めていただけて自信につながりましたし、次のアクションへとつなげることができたと感じます。印象的だったのは、永原コーチに山の上のキャンプ場と宿場町を組み合わせ、歴史的資源を体感できるようにした方がいいとアドバイスされたこと。僕たちは当初、宿場町とキャンプ場間の約5kmの移動時間を節約するため、研修プログラムはキャンプ場で完結させ、そこで生まれた利益を宿場町に循環させるイメージを持っていたのですが、永原コーチと議論を重ね、宿場町と山の両方を使う形にしました。地域の資源をフルに活かせる結果になったと思います」(時岡氏)

 

モニターツアーで明らかになったハード面の課題

2023年9月には、第1回目のモニターツアーを実施。同12月には第2回目のモニターツアーを行った。第1回目は、統括コーチの永原氏を始め外部連携企業4社の社員ら16人が参加。2回目はその4社の取引先など13人が参加した。

時岡氏は「ツアーを実施して、参加者のストレス値が実際に下がるというデータを取れたことが大きかったです。また参加者の皆さんに普段、いかにストレスがかかっているかを理解してもらい、森林浴や座禅、健康的な食事を複合的に体験することで、ストレスが下がっていくことを体感してもらえたことも収穫でした」と話す。

参加者からの感想は約8割が肯定的な意見で、「地域の食材や食事の準備など、郷土への没入感が得られることで非日常へのスイッチが入った」というコメントも多く、運営側にとってはそれぞれの体験やコンテンツの連結感の大切さを認識するきっかけになったという。一方、「屋内で座禅を組む適当な場所がない」、「雨天のときには焚火を中止せざるを得ない」など、ハード面の課題も浮き彫りになった。「特に焚火は楽しみにしていた方が多かったので、今後は雨天でも焚火ができる、屋根のある場所を確保したいと考えています」(時岡氏)

▲第1回目のモニターツアーの様子

 

ネットワークをフル活用、スピーディーに事業を推進

熊川地区におけるモデル事例創出事業は2023年の6月にスタート、9月にはモニターツアーを実施することができ、非常にスピーディーに事が進んだ好例と言える。その要因としては、2018年から熊川地区でまちづくりの活動が行われ、その理念に賛同する個人や企業と良好な関係が既に構築されていたため、地域の人的ネットワークが最大限に活かされたこと、そして、東京や京都など他地域からも専門性の高い企業や人材が集められ、適材適所のタッグを組めたことが大きい。

後者に関しては、デキタが東京にあったときに所属していた法人会の先輩がウェアラブルデバイスを開発する会社を起業していたことや、時岡氏が知人から企業研修プログラムを開発する人物の紹介を受けたことなど、個人のネットワークも活用されている。統括コーチからは「コンテンツ内容に科学的根拠を含めている点やローカルの人との交流がある点は全国的に見てもユニーク」「単なるコンテンツ造成でなくまちづくりという本事業の軸からぶれていない」など高い評価が得られている。

時岡氏は「今回の事業に選定された地域の中でも、自分たちは小さな組織でした。他地域の大企業や行政などがまとまった座組を見て、『隣の芝は青く見える』状態でした。しかし今となっては、少人数で小さな事業を動かしていたからこそ動きやすく、結果が出やすかったのでは、と感じます」と話す。確かに、時岡氏のネットワークで見つかった企業数社がプログラム開発の重要な部分を担っていることや、事業関係者がそれぞれの取引先に声をかけてモニターツアーの参加者を集めたことなどは、小さな組織だからこそ実現できた、柔軟さ、身軽さと言えそうだ。

その半面、小さな組織だけに活動資金の調達や人員を確保するには工夫も必要となる。例えば、過去にデキタが手掛けてきた熊川地区のまちづくりにおいては毎回、国の省庁の補助金を申請しているとのこと。「概算すると開発費のハード整備の約3分の1が補助金、3分の2が融資を含めた自己資金ですが、国の補助金を得られていることで、借り入れが少なく済んでいます。また当社の場合は現在も東京で県外も含めた業務委託、そこで得られた収入を投入して熊川地区の開発を続けています。ある意味『外貨』とも言える収入があることも大きいです」と時岡氏。

人員の確保や教育においては、町とデキタが地域おこし協力隊の委託契約を結ぶ形を取っているのが特徴だ。これにより地域おこし協力隊2名をデキタで直接雇用する形を取れるため、事業に合わせた柔軟な働き方をしてもらえるだけでなく、一般の地域おこし協力隊よりも高い賃金での雇用が可能となっている。「山座熊川」の開業にあたっての従業員の募集は、一般的な求人サイトや移住情報サイトなどを活用した他、地域住民が利用する公共施設やスーパー、近隣でのポスティングなど、自治体や地域の方々の協力を経て、アナログな手法にも力を入れた。本格的な営業活動に向けてさらに積極的に人材を募集しているが、ウェブサイト等に求人情報を掲載するだけでなく、メディアの取材を積極的に受け、自社の取り組みを広く発信することで、共感を呼び起こし、意欲的で優秀な人材を引き寄せている。

 

まずは企業をターゲットに営業をスタート インバウンドの団体誘致も視野に

当面の目標は、キャンプ場「山座熊川」の運営体制を確立させること、そして今期の事業で開発された企業研修プログラムを実際に企業に販売し、成功事例をひとつずつ増やして話題性を高めることだ。「関西エリアの企業をターゲットとし、10人前後のグループの誘致できるよう営業をかけていきますが、健康経営を掲げる法人は大企業が多いので、将来的には首都圏の企業も視野にいれたい」と話す。

まずは、国内の需要開発が課題となるが、将来的にはインバウンドの団体誘致も見据えている。古民家宿「八百熊川」ではインバウンドの個人客が目に見えて増えており、2023年は、通常時で宿泊客全体の1割、多い月では3割を占めた。

「既に東アジア、北米、南米、ヨーロッパ、東南アジア、オーストラリアなどあらゆる方面の方が来られています。共通しているのは旅慣れた30~40代ということと、京都北部、金沢南部あたりでおもしろい宿泊施設を探し、グーグルマップで熊川宿を見つけて来た、という個人客が中心です。国内の需要開拓ができれば、インバウンドの団体誘致についても考えていきたいです」(時岡氏)

長期的な視点では、インバウンドの団体誘致以外にも鳥獣被害対策など、森や山の問題に取り組む活動も頭に描いているという。

 

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