インバウンド特集レポート

「守るべきは屋根の下のくらし」京都 美山かやぶきの里が模索する、持続可能な地域の在り方とは

2024.03.14

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京都府南丹市の美山町は、茅葺屋根の家屋が連なる景勝地。30年前に茅葺の家屋を保存活用する「保存会」が設立され、地域住民の自治によって地域の景観と暮らしを守り続けてきた。だが近年は人口減少、住民の高齢化により、家屋の空き家化が進んでいる。

美山町の人々は、茅葺屋根の景観と地域のコミュニティを存続させていくため、観光庁が実施する歴史的資源を活用した観光まちづくり事業に取り組んだ。地域の人々が膝を突き合わせて話し合い、定めた、町の在り方はどのようなものなのか。

 

住民の総意で茅葺屋根の家屋を守り続けてきた地域

京都府中部、南丹市美山町北に位置し、地域の代表的な観光スポットとして知られる「美山かやぶきの里」は、江戸中期から末期にかけて建てられた茅葺屋根の家屋が39棟残る、山村の集落だ。住民が茅葺屋根の家屋で暮らしながら、これほどまとまった数を残している地域は極めて珍しく、日本の原風景が広がる地域として国内外の旅行者から注目されてきた。コロナ前の2019年には美山町全体で年間76万8000人の旅行者が訪れている。2021年にはUNWTO(国連世界観光機関:現UN Tourism)の「Best Tourism Villages(ベスト・ツーリズム・ビレッジ)」に認定されたことで関心を集めた。

美しい農山村の景観を保ち続けてこられた背景には、地域住民の固い決意と地道な努力がある。同地域では、1993年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたことを機に、地域住民が「茅葺屋根の景観と暮らしを守り、活かしていく」ことに100%合意し、一般社団法人京都・美山・北村かやぶきの里保存会 (以下、保存会)を結成。その後、家屋の保存優先を基本理念に掲げた「北村かやぶきの里憲章」を制定し、「(土地や家屋を)売らない」「(集落全体を)汚さない」「(集落の景観や自然を)壊さない」など独自のルールを定めた。以来30年にわたり同地域では、保存会が中心となって行政や関係機関の支援を得ながら、茅葺屋根の復元や修理修景事業を行ってきた。

観光に関する事業としては、 地域住民によるガイドツアーの実施、観光客から駐車場代を徴収して地域の保全に充てる活動、農家民泊プログラムの受け入れなどに取り組み、農業体験や積雪期のイベントなども開催している。 同地域を訪れる訪日客は台湾を中心とした東アジアからの個人旅行者が全体の8割を占めるが、 ベスト・ツーリズム・ビレッジ認定の効果もあり、今後はさらに幅広い地域から訪日客が訪れると期待されている。

▲ガイドツアーの様子

順風満帆に見える美山町だが、ここ数年は農林業の衰退による人口流出と住民の高齢化に歯止めがかからず、後継者が見つからない家屋が空き家になり始めていた。また、旅行者は来るものの、日帰りの旅行者が大半で収益性が低いという問題もあり、家屋の修繕費用などを捻出できずにいた。

さまざまな課題に頭を悩ませていた保存会の人々に、観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり事業」への申請を提案したのが、一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会(美山DMO)事務局次長の青田真樹氏だ。美山DMOは、美山町内で、着地型ツアーの造成販売や観光案内、宿泊手配、教育旅行の受け入れ等を行っている地域DMOだ。

「きっかけは今後発生が見込まれる空き家が増え、今住んでいる住民だけでは、これまで30年守ってきた景観の維持が困難になってきたことでした。関係者で方策を話し合う中で、住民の皆さんが今までの保存と活用の方法に限界を感じていることが明らかになってきたのです。家屋を改修する前に、今後かやぶきの里としてどうありたいか、空き家を出さないためにはどうするか、また空き家をどう活用するかなど、考え直す必要があるという結論に達しました」

申請にあたっては、保存会と美山町北(美山・かやぶきの里)、土産物屋や民宿を営業する有限会社かやぶきの里の三者で「美山かやぶきの里観光まちづくり推進協議会」(以下協議会)を結成し、これを申請団体とした。また協議会と伴走しながら支援に回り、調査を実施する組織として美山DMOが加わる形となった。

 

▼事業実施スキーム(地域経営体制)

▲体制図

 

地域のビジョンを定めるために協議、調査、勉強会、視察を実施

事業への内定が出たのは2023年5月のこと。そこから3カ月は協議会のメンバーで、かやぶきの里の将来像、そして今回の事業のゴールをどこに設定するかを話し合った。

8月に現地を訪れたプロジェクト全体を統括する専門家、十枝裕美子氏(株式会社ANGO代表取締役)は、このことを高く評価している。「美山に限らず歴史的資源を有する地域は、保存と活用のための資金調達が必要になることが多くありますが、持続可能なまちづくりにおいては、資金調達に動く前のビジョンづくりが非常に重要となります。ビジョンを固めずに動き始めると、進むべき方向性がぶれてしまいますから。その点で美山の皆さんが今回の事業を通じて、まずビジョンについて話し合う機会を得たことは非常に良かったと思います」

▲協議会役員会の様子

だが、意見は簡単にはまとまらず、話し合いは延々続いたという。 30年前に住民の総意で茅葺の景観を維持することを決め、それを守ってきた地域だけに、住民の地域への愛着は非常に強く、「地域の景観を守りたい」という思いは一致していたが、そのための方法論はまとまらなかった。例えば「世界遺産登録をめざす」という案に対しては、賛成と反対の意見が真っ向からぶつかった。また、現在の重要伝統的建造物群保存地区としての在り方を変えてしまうことへの反対意見もあったという。十枝氏は次のように感想を述べている。

「最初に感じたことは、美山は日本でも類まれな素晴らしい歴史的資源を持っている地域であり、住民の皆さんが地域をすごく愛しているということでした。ですが、このままだと景観が維持できなくなるということへの理解度は、立場によって全然違っていて、『このままなんとなく守っていけばいいんじゃないの』という方が多いところからのスタートでした。本事業を通じて何度も話し合ううちに、住民の皆さんが『このまま何もしなければ景観の維持はできない』という理解に達し、それぞれの立場から考え、何かの役割を果たすために、話し合いのテーブルに着いてくれた。そこが大変大きかったと感じます」

話し合いと並行して、さまざまな調査も進められた。観光動態調査、Googleクチコミを中心とした来訪者の志向調査、ハード(建物・山林・茅場)やソフト(人・活動)、周辺環境などの地域資源調査を美山DMOが中心となって実施したほか、 経済的な視点で地域を分析することも行った。「こうした調査は、この地域を維持するためにどれくらいの資金が要るのか、現状はどのような旅行者が来て、どこにお金を落としているのかを把握するためのものです。住民の皆さんがビジョンを考えるための材料集めであり、計画の部分での具体性を担保するための作業でもありました」(青田氏)

▲9月に北村へ訪問した観光客への実態調査。この他に、Google検索による評価とクチコミでの来訪者調査も実施した

さらに住民のリクエストに応じて、10月には専門家を招いて住民対象の勉強会も開かれ、古民家を軸にした地域活用事例および地域経営組織の立ち上げや運営についても学んだ。また石見銀山群言堂グループ代表取締役で、本事業にコーチとして参画している松場忠氏から、美山と似通った課題を持つ他地域の先行事例を紹介してもらい、10月下旬には石見銀山の伝建地区・島根県大田市大森町の視察も実施した。

▲10月下旬に実施した石見銀山の視察の様子

青田氏によると、こうした勉強会や視察を行う間も、住民の間で「どういう将来像を描くか」という議論は続いていたという。「方向性が定まっていったのは11月、12月ぐらいです。12月上旬に住民の方たちが集まる場で中間報告を行い、方向性を知っていただきました。1月にかけては地域計画をまとめていき、住民の会議の中で報告しつつ共有を図りました。完璧なものではありませんが、皆さんがどういった方向性で考えていくのかのアウトラインになる計画書を策定しました」(青田氏)

▲どんな地域を目指すべきか、住民からの意見を図にして整理した

 

ビジョンに沿って憲章を見直し、明文化することが最初のステップ

「守るべきは屋根ではなく、屋根の下のくらし」
住民の協議の末に定められた、美山が目指す将来像は、この言葉に集約されている。

本事業で提出された「かやぶき景観とくらしをつなぐ地域経営基盤構築に関する3カ年計画(案)」には、住民間の協議において、この言葉が繰り返し語られるようになったことが記されている。具体的な目標は「これまで継承されてきた、かやぶき民家に代表される日本的な文化的価値や住民共同(協同)自治による持続可能な循環型コミュニティを目指す」こと、そのための目標としては次の3つが掲げられた。

・住民が望む集落の姿を維持するためのルール・憲章の策定
・地域経営方針を策定し、かやぶき民家等が持続的かつ適切に維持管理できる体制の構築 (建物取得や維持管理、組織運営費を目標金額として設定し、継続的に体制や事業の精査を行う)
・集落を維持するために適正な年齢構成の住民の維持(目標は49世帯、30~64歳の壮年層が約5割になることを目指す)

また、今後、保存会の事業目的は「村の景観を維持する」こと、有限会社かやぶきの里の事業目的は「村人の雇用を生む」こととし、両者で役割分担しながら地域保全に向けた体制を整えていくことになった。当面の取り組みとしては、北村かやぶきの里憲章と基本理念の見直しが挙げられる。

「特に、売らない、守るという理念に関しては、様々な条件を明文化していく必要があります。今後、空き家が出た場合は保存会が買い取ることが決まっていますが、家屋の活用法はまだ決まっていません。また事業を展開していくための具体的な手法はまだ固まっておらず、誰が中核となってその事業を行うのかも未定であるため、さらなる話し合いを行っていくこと になります」(青田氏)

こうした地域の話し合いの場で大切なのが、意思決定構造の明確化だ。十枝氏は「多くの地域に言えることですが、住民の組織は企業体と違って、合意形成はできても意思決定になかなかつながらないという課題があります。美山の場合は、この事業を通じていろいろなことが決まってきたので、今後は意思決定構造さえ明確にできれば、事業がスムーズに進んでいくのではないでしょうか」と期待する。

▲2024年度から本事業後の体制のイメージ

 

「住民が地域の在り方を真剣に話し合ったことは大きな意義がある」

十枝氏は美山町の本事業における成果として、「歴史ある地域であり、住民の合意形成が決して簡単な地域ではないにも関わらず、短期間の中でビジョンが描けるところまで調整できたのは大きな成果。地元の組織が主体となって前進している点でも、評価が高い事例です。せっかく皆さんがテーブルに着いたわけですから、ここから一人も離れることなく、それぞれの役割を果たしながら、まちづくりを推進していただきたいと強く願っています」と話す。

歴史的資源を活用した観光まちづくり事業に申請したことで、美山においては住民が率直な意見を交わし合い、「守るべきは屋根ではなく屋根の下のくらし」というビジョンにたどり着くことができた。青田氏は「コーチ陣から様々なアドバイスを得られ、専門家のネットワークが広がったことはもちろんですが、地域を守るために活動を続けてきた住民の皆さんが、それぞれの思いを真剣に話し合い、地域の将来像を描く機会を得られたことは非常に意味のあることだったと感じます」と話す。

▼観光庁が実施した事業概要はこちら
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