インバウンド特集レポート
2025年の観光インバウンド市場は、回復の波と構造変化が同時に進んだ1年だった。やまとごころ編集部が2025年11月に読者を対象に実施したアンケートでは、インバウンド売上が増加した事業者が過半数の55%に上る一方で、回復の波に乗り遅れるなど「二極化」の進行が浮き彫りとなった。特に、数の回復だけでなく「質の向上」への挑戦が本格化している点が特徴的だ。
本稿では、前編【定量編】で示した統計データの裏側にある、現場のリアルな声に焦点を当てる。成果を出した事業者は何を仕掛け、どのような壁に直面してきたのか。自由回答に込められた現場の実感から、2025年の観光・インバウンド産業の実像をひもとく。
前編はこちら>>>55%が売上増も二極化が進行、数字で語る2025年インバウンド市場総括【定量編】
【成果】質で差がついた現場の知恵、高付加価値化・販路拡大・地域連携の現在地
高付加価値化と富裕層対応
2025年の成果としてまず挙げられたのは、回復と同時に進んだ高付加価値化の取り組みだ。「母国語スタッフを雇用・育成し、来訪観光客のニーズを正確に捉えて販売戦略を強化し、売り上げを大きく伸ばせた」(事業協同組合/会社員)との声に象徴されるように、人材投資と商品戦略が結びついた成果が目立った。
「顧客満足度スコア・ブランド力向上による高価格販売」(宿泊/経営者・会社役員)や、「セグメントを『国・市場』ではなく『テーマとコミュニティ』に設定し、うまく機能した。一般的な団体旅行におけるプチ富裕層対策にも注力し、売上の時期的分散に配慮した」(旅行/経営者・会社役員)といった声も挙がり、顧客の価値観の変化をつかみながら高付加価値化を推進した事例が多い。

「日本の地方都市、とりわけ交通インフラの整っていないエリアへ、欧州富裕層を誘客するための、ツアー造成と地域共生の整備」(コンサルティング/経営者・会社役員)のように、地域の課題を乗り越えながら新たな市場を開拓する動きも見られた。
また、「新しい音声ガイダンス、バスの位置情報を独自開発した」(交通/会社員)という声もあり、技術革新を通じた付加価値向上の試みも見られる。
富裕層向け対応の広がりも成果の一つである。「富裕層に向けた体験商品の造成に取り組み、少人数でも高単価の受注を増やした」(旅行/会社員)、「限定商品の投入によりブランド力の向上と販売単価アップにつながった」(土産物卸売業/経営者・会社役員)、「富裕層との個人契約によるガイド件数の増加」(ガイド/個人事業主)といった報告に加え、「昨年よりも富裕層と思われるゲストのガイドを請け負うこと機会が増え、柔軟な対応力の必要性を痛感した。ゲストの食事制限への対応力も高まった」(ガイド/個人事業主)など、サービスの質を高める取り組みも進んだ。
集客・販路拡大・プロモーション
販路拡大の成果も顕著だ。「継続したプロモーション事業により、まとまったツアーが実施されたほか、新市場にプロモーションを行ったことで誘客につながった」(観光施設・アクティビティ/公務員・団体職員)、「台湾、タイ向けプロモーションの結果、来場者・売上が増加」(広告代理店/会社員)、「SNSの情報発信数増加により訪日客が増加」(宿泊/個人事業主)など、オンライン・オフライン両面からの情報発信が成果を支えた。「人流データの活用により訪日個人旅行者の行動を分析した」(観光関連団体/会社員)といったデータ活用の取り組みも始まりつつある。
組織/体制強化・コンテンツ開発
地域連携や組織・体制の強化も2025年の成果として挙げられた。「関係各所への積極的な働きかけにより調整が進んだ」(観光/会社員)、「DMO設立にあたりネットワークづくりが進んだ」(DMO/公務員・団体職員)など、組織横断の連携が観光地経営の基盤を形づくりつつある。「地域特有の自然環境を活かした商品に注力」(観光施設・アクティビティ/公務員・団体職員)といった地域資源を活かした商品開発も成果を押し上げた。
こうした自由回答を総合すると、2025年の成果は、高付加価値化、販路拡大、地域連携という三つの柱に集約され、量から質への転換に踏み出した年であったことがわかる。
【課題】回復を阻む“壁”、人材・地域理解・受け入れ環境の綻び
ガイド、通訳、運転士…観光の現場を支える「人材」不足
一方で、成果の裏側では人材不足の深刻さが繰り返し指摘された。「適材適所の人材の確保が困難」(宿泊/会社員)、「専門性の高いガイド、長期ツアーに対応できるガイドが不足」(旅行/会社員)、「通訳ガイドの質や全国通訳案内士に挑む受験生の減少が深刻」(ガイド/経営者・会社役員)といった声に加え、「運転士などの現場人材が不足し、バスの老朽化と合わせて経営課題となっている」(交通/経営者・会社役員)という、事業の継続性に関わる課題も挙げられた。
「ハード」も「ソフト」も追いつかない、受入環境の課題
受入態勢や地域インフラの不備も大きな課題だ。「宿のハード・ソフト両面でのレベルアップが必要」(観光施設・アクティビティ/公務員・団体職員)、「市内の宿泊施設がFIT対応のみで、団体受入が依然として困難」(地方自治体/公務員・団体職員)といった声や、「二次交通の整備、多言語化、交通標識のインバウンド対応不足」(観光施設・アクティビティ/公務員・団体職員)という指摘は、需要の回復に環境整備が追いついていない現状を浮き彫りにする。
地域の理解度や意識の壁も根深い。「地域の人々の意識改革や観光に対する理解度が低い」(コンサルティング/公務員・団体職員)、「『オール◯◯』に象徴されるような、地域全体を巻き込む体制構築に向け、さらに多くの人たちと意見交換の場を設ける必要がある」(DMO/公務員・団体職員)といった声は、観光を地域の共通課題として捉え、合意形成を進める難しさを示す。「中東方面からの富裕層にはまだ価値提供が足りない」(事業協同組合/会社員)という指摘もあり、高付加価値市場に対する供給側の準備不足も課題として浮かび上がる。

一度きりの成功では、続かない、持続を阻む構造の壁
情報発信や事業の持続性に関する課題も少なくない。「施策そのものの継続性や次年度予算の確保の難しさ」(旅行/会社員)、「利益率が低いため、価格の見直しが必要」(旅行/経営者・会社役員)、「商品の周知や、販売につなげる情報発信がうまくいっていない」(旅行/会社員)といった声が並ぶ。
現場の課題は、単なる「人手不足」ではなく、「高付加価値化を実現するための質の高い人材」と、「それを支える地域基盤・発信力の欠如」という構造的な問題として現れていると言える。こうした基盤が整っているかどうかが、回復の波に乗れる事業者と取り残される事業者を分ける分岐点になっていることが、自由回答からも浮かび上がる。
【2026年の挑戦】 価値創造、広域連携、人材・デジタルの再強化へ
「体験」はもっと深くなる、価値創造の次なる一手
こうした状況を踏まえ、2026年に向けた挑戦には、価値創造、広域連携、デジタル活用、人材育成といったキーワードが並ぶ。
まず、多く挙がったのがコンテンツの価値向上だ。「ウエルネスやアドベンチャーコンテンツの開発」(観光関連/公務員・団体職員)、「発酵ツーリズムへの挑戦」(観光施設・アクティビティ/大学教員)、「文化ナラティブ観光のコンテンツ販売に注力したい」(コンサルティング/経営者・会社役員)など、体験価値の深化に向けた多様な試みが示された。「ビーガン、ベジタリアン対応を強化」(観光施設・アクティビティ/公務員・団体職員)といった、多様化するニーズへの対応も進みつつある。
デジタル活用に対する意欲も高まっている。「AIモードを中心としたレコメンデーションによる観光行動の変化をチャンスと捉えたい」(コンサルティング/経営者・会社役員)、「ウェブテクノロジーを中心にサービスを設計し、小規模組織でマネタイズを模索」(コンサルティング/経営者・会社役員)という声からは、デジタルシフトを自らの機会に転換しようとする姿勢がうかがえる。

次の市場はどこにある? ターゲット再構築の動き
市場拡大への意欲も鮮明である。「地方誘客を目的とした施策に挑戦」(旅行/経営者・会社役員)、「中国市場への販路拡大」(広告代理店/会社員)といった声が挙がり、国内外双方の市場拡大を見据えた動きが広がっている。従来のゴールデンルートから外れたエリアや、まだ認知度の低い地域への誘客をどう実現するかは、多くの地域に共通するテーマであり、航空路線や二次交通といったインフラとの連携も不可欠になる。旅前・旅中・旅後を一体で設計する視点が、こうした市場拡大の土台として求められている。
土台から変える、組織と人材、体制の強化
人材と体制の強化も2026年の重要テーマだ。「人材不足が観光業全体に共通する課題であるとし、「『いかに辞めさせないか』を考えることが重要と認識。福利厚生に力を入れ離職を防ぎたい」(宿泊/会社員)、「不足しているスペイン語ガイドの育成」(ガイド/経営者・会社役員)といった声からは、人材の定着とスキル向上への強い危機感が伝わってくる。「観光地経営を行う法人を設立する予定」(旅行/経営者・会社役員)といった組織体制の再構築の動きもあり、自治体や事業者の枠を越えた観光地経営への挑戦が始まっている。
これらの挑戦がどこまで実行に移されるかが、2026年の成果と二極化の度合いを左右することになるだろう。
回復を越えて「再編」の局面へ
2025年の観光産業は、回復の波に乗りながら、その先にある「再編」の局面へと踏み出しつつある。成果は高付加価値化・販路拡大・地域連携に、課題は人材・受入基盤・情報発信に集中した。2026年は、価値を磨き、市場につなぎ、地域と組織の持続力を強化できるかどうかが問われる1年になるだろう。現場の声は、その鍵をどこに置くべきかを既に示し始めており、今後の政策や事業戦略を考えるうえで貴重な羅針盤となるはずだ。
次回(2026年1月)の特集では、こうした声を踏まえて、“2026年を動かす10のテーマ”として中長期視点の展望を提示する。
▼関連記事はこちら
世界を上回る成長、日本の富裕層旅行市場の現在地とこれから
観光業の人材ギャップを読み解く、事業者と求職者への調査から導く“次の一手”とは?
最新のインバウンド特集レポート
-

55%が売上増も二極化が進行、数字で語る2025年インバウンド市場総括【定量編】 (2025.12.10)
-

観光業の人材不足、「今いる人」で未来をつくる、持続可能な地域戦略のヒント (2025.10.29)
-

離職率4.2%のホテルはいかにして“辞めない組織”を実現したか? “人の力”で改革したベルナティオに学ぶ (2025.10.27)
-

“人が続く組織”はこうして生まれた、倶知安観光協会が挑むDMOの人材改革 (2025.10.22)
-

観光業の人材ギャップを読み解く、事業者と求職者への調査から導く“次の一手”とは? (2025.10.14)
-

観光の次の10年を動かすのは誰か? 中小企業とスタートアップが主役に (2025.10.07)
-

観光の“現場の不便・不満”に挑むテック企業たち、旅ナカDXが変える未来 (2025.10.06)
-

訪日客の“医療不安”にどう備える? 宿泊・観光現場を支える、新しいインフラ (2025.10.03)
-

地銀が地域観光に深く関わる時代へ、福井銀行が進める商品造成と地域連携 (2025.09.30)
-

観光の新潮流は“業界外”から来る、異業種の力で切り拓くインバウンド最前線 (2025.09.29)
-

【特集】あなたの地域は訪日富裕層に“選ばれる旅先”か? DMCが語る、観光地に求められる視点 (2025.08.28)
-

【特集】世界を上回る成長、日本の富裕層旅行市場の現在地とこれから (2025.08.27)

