インバウンドコラム

固定観念を捨て、観光との掛け合わせで新しい農業の創造へ『さくらんぼ社長の経営革命~入園者ゼロになった観光農園の売上を過去最高にできたしくみ~』

2024.06.12

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『さくらんぼ社長の経営革命』

著者:矢萩 美智

出版社:中央経済グループパブリッシング

 

 

本書は、日本一のさくらんぼ観光果樹園を目指し、お客様の笑顔のために信頼される商品を提供し、農業人として地域と共生し美しい園地づくりに努める、株式会社やまがたさくらんぼファーム代表取締役・矢萩氏が、通常の講演や取材では十分に伝えきれない農業経営の考え方を凝縮した一冊だ。

 

固定観念にとらわれない手法で、コロナ禍でも90分の行列ができるカフェに

矢萩氏は山形県天童市を拠点に、通販、果物狩り、SNSマーケティング、6次産業化、農泊体験など、観光と農業の連携によって12期連続の黒字決算を達成し、経営するカフェはコロナ禍の2020年に90分待ちの行列、売り上げを4年で14倍の2000万円以上に成長させる等々、従来の農業の固定観念にとらわれない方法で、地域のため、日本の農業の未来のために、持続可能な農業経営を実践している。

本書の構成は、自身の経営におけるミッションとビジョンを示したもので、それを3章「ピンチはチャンス」では、22の例を挙げて説明する。この章は約100ページに亘って具体的な取り組みが紹介され、大変読み応えがある。4章「次の一手」では、認証制度、福祉との連携、新しい農泊など、先進的な取り組み事例の紹介、5章と6章で、コロナ禍の大ピンチをどのように乗り越え、ニューノーマルな観光農業を創造していったのかが語られる。どれも素晴らしい取り組みで驚かされることばかりだ。経営に関しては、神戸大学大学院経営学研究科の栗木教授が専門家の観点で、巻末に詳しく解説されているので、ここでは観光業・旅行業の観点から3点を紹介したい。

 

観光農園の売上アップを支えた3つのポイント

まず、本書の根底にあるのは、矢萩氏のおもてなしの精神だ。「一緒に働く仲間が満足しなければ、お客様が満足する商品やサービスを提供することはできません」「感動する商品やサービスを提供することで、お客様を増やしていく」といった言葉をはじめ、従業員、顧客、地域をはじめ、関係する人々のことを常に考えていることがページを繰るごとに伝わってくる。「おもてなしとは、想ってなすことであり、その想いと行動こそが真のおもてなし」(おもてなしのプロフェッショナル・西川丈次氏の言葉)であるが、それを自然に実行している。観光業界に従事する者にとって、見習わなければならない言葉や行動が、本書にはあふれている。

次に、先進的でオリジナリティに富んだ取り組みに驚かされる。関係人口の創出、AIR農園部・次世代のようなアナログ通信、体換農泊、農福連携、JGAP認証制度取得とメリット、リピーターの創出、地域連携、ボランティアから直接雇用、サマータイム・ウィンタータイムの導入、人財育成、チーム力の高め方、他の事業者の閑散期を活用した連携、カフェの稼働率の平準化等々、観光業・旅行業が抱える問題において、学ぶべき点が非常に多い。

最後に、AIやロボットの進化によって、将来、仕事が奪われていくことが懸念されているが、矢萩氏は、ロボットだけではできない産業として、教育、医療、観光、農業を挙げ、この4つを組み合わせて新たな農業を創造しようとしている。そして、「子供、高齢者、障がい者、外国人、だれもが気軽に体験したり、楽しんでできるユニバーサル農業の実現に向けて精進する」と、本書で宣言している。また、次世代への継承のために50歳で社長を退任することも公言しており、「子供たちが継ぎたくなるような農業経営を目指して」取り組んでいる。観光業や旅行業に従事するすべての人が自分事として考えてほしい、力強いメッセージである。

まずは、YouTubeインスタグラムに登録して、矢萩氏の人柄に触れて頂きたい。評者も、読書をしながら、現地から届けられる最新情報を楽しませて頂いた。

文:一般社団法人JARTA 渋谷武明

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