インバウンドコラム
『物語 オーストラリアの歴史 イギリス植民地から多民族国家への200年』
著者:竹田いさみ・永野隆行 / 出版社:中央公論新社
このコラムの読者にとって「欧米豪」というカテゴリーは馴染みの深いものだろう。その中の1つであるオーストラリアは、人口(2600万人)でみると大きな国ではないが、インバウンド市場としてみれば、訪日時の1人当たりの旅行支出や平均泊数が上位に入る最重要国の1つである。富裕層の人口比率や日本語学習者数も世界有数で、1年間に約60万人という日本への外客数は、今後も伸びると期待していいだろう。
意外と知らないオーストラリア
1960年代から天然資源や食料など一次産品の供給源、80年代からは海外旅行先、さらに21世紀に入ると安全保障や国際政治のパートナーとして、日本との関わりを戦後一貫して深めてきたオーストラリアは、観光マーケティングの対象としてますます注目されている。しかし、教育旅行やワーキングホリデーなどで現地を訪れる人は少なくないものの、日本人にとってオーストラリアは動物や大自然を想起させる国で、残念ながら社会の実像が理解されているとはいいがたい。
オーストラリア社会の日本への関心の高さと日本人のオーストラリアに関する知識の少なさに、筆者はオーストラリア留学経験者として、このギャップに歯がゆい思いをしてきた。本書はそのような非対称的な状況を改善する一冊であり、「イギリスの植民地として出発した移民の社会」であるオーストラリアの「およそ二〇〇年の歴史的変遷や国際社会とのかかわり」が、国内社会については「多民族性と多文化社会」、外交においては「ミドルパワー」をキーワードに描かれている。
オーストラリアの国際社会での影響力
オーストラリア大陸は、その一部が1770年にイギリス領となり、19世紀後半から自治政府を構えた複数のイギリス植民地が1901年に連邦国家を樹立、初代首相を選出している。本書は、20世紀前半を通して独立国としての立場を確固としていくオーストラリアが、第二次世界大戦後の国際連合設立に大きく貢献し、1970年代以降に「中規模な国家」(=ミドルパワー)として国際社会で地歩を固める様子を描いている。
1章は、オーストラリア史を語るうえで無視できない「白豪主義」(=白人を構成員とするイギリス系社会を目指す)を論じるが、オーストラリアがフィジーなど南太平洋の島々に対して、19世紀から「支配者や植民者、さらに『帝国主義者』」としてふるまい、その「優越した役割と感情」は現在にも続くと指摘する。日本もJICAをはじめとする機関が大洋州島嶼国で観光分野での開発援助を行っているが、その地域における「大国」ともいうべきオーストラリアとの連携は留意すべき点であろう。
日豪関係の深化、日本が学ぶべきこと
近年のオーストラリアを「ベンチャー型中企業国家」と形容する本書の影の主役は日本である。20世紀前半を描いた4章を「日本問題の登場」とし、20世紀初頭(日英同盟と日露戦争)の蜜月時代、日豪貿易の活発化、その後の日本脅威論の高まりと対日情報収集(=日本学)の強化、第二次世界大戦(=日豪戦争)を取り上げる。1957年の日豪通商協定の締結を契機とする戦後の日豪和解をふくめ、日豪両国が「友」と「敵」の振り子を行き来する背後には、オーストラリアと宗主国イギリスの関係の変遷が見てとれる。
戦後に日本との経済関係を深めつつ、南欧・東欧などからの移民を受け入れ、1970年代半ばに白豪主義と決別したオーストラリアは、今や「白人国家」ではなくアジア太平洋地域の「多文化ミドルパワー」となっている(6章)。多文化社会の形成のみならず、二大政党制と政権交代、アメリカとの関係、台頭する中国への対応など、日本とオーストラリアはいくつもの課題を共有している。
本書で論じられている、アジア系移民の受け入れ過程、中道左派政党の実績、米中新時代への応答などは日本の参考例にもなるだろう。観光先進国であり、日本の観光産業にとっても有望市場であるオーストラリアから学ぶことは多い。
文:神戸大学准教授 辛島理人
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