インバウンドコラム
著者:高城 剛 / 出版社: NEXTRAVELER BOOKS
観光大国として変貌を遂げたスペイン
著者の高城剛氏は、欧州に移住して約15年になる。30年以上前に、初めてバルセロナを訪れたときには、サグラダ・ファミリアも全体的にすすけて黒く、街全体が近寄りがたい雰囲気だったそうだ。スペインは1992年のバルセロナ五輪を機に躍進し、今や世界トップクラスの観光大国となった。たった30年間での出来事だ。ロンドンやニューヨーク、パリなどが数百年の歴史を経て観光地へと発展を遂げたことと比較すると、あまりにも急激な変化である。
この変化の推移を概観しておこう。まず、1992年のバルセロナ五輪の前に既に、外国人アーティストやクリエーターたちが移住を始めていた。ロンドンやパリよりは物価が安いというのがその理由だ。やがて、LCCと呼ばれる格安航空会社の就航や、ビジネスコンベンション誘致戦略の成功により、多くの観光客が訪れるようになった。持続的な観光を推進する国連世界観光機関(UN Tourism)によると、2023年のスペインの観光客は、8500万人超。同国の人口は、IMFの2024年最新データでは約4800万人なので、公式統計に1年のずれがあるものの、人口の約2倍の観光客を迎え入れたことになる。許容量を超えているのは明らかだ。
バルセロナが直面するオーバーツーリズムの現実
観光客増加による、地域住民の心理的な変化を5段階に分けた「Doxyモデル」がある。幸福感や無関心という段階を過ぎた第3段階から、観光客への忌避感が強まると示されている。著者によると、バルセロナはその先の第4段階の対立状態にあるという。「ツーリストゴーホーム」を掲げるデモなどが行われた様子は、最近日本のメディアでも報じられたので、目にした方も多いのではないだろうか。
オーバーツーリズムの状況に対して、もちろんスペイン政府などは、積極的に策を講じてきた。ただ、恩恵を受けている投資家なども多く、結果的には限定的な施策にとどまってしまっているのも事実だ。問題を解決するには、目の前で起きている問題をもっと俯瞰し、世界の流れを押さえて根源を理解しなければならないと、著者は注意を促している。
三方良しを実現する観光
国連世界観光機関は、2018年発行のオーバーツーリズムに関するレポートの中で、オーバーツーリズムを解決する鍵は、訪問客と地域のコミュニティ双方にとって持続可能な形で、観光の開発と管理を行うことだとしている。本書では、ベニドルム(スペインの東海岸に位置する地中海に面したリゾート)の成功例を挙げながら、「管理」の重要性が述べられている。彼の地では、官民連携でデータの収集と管理を行い、観光客の細分化やゾーニングに取り組み、活気と持続性のある観光地を実現しているのだ。
世界中の飲食店は電子メニューへと切り替えているところも多い。テクノロジーを導入し、普段とピークシーズンの、飲食商品の価格や担い手の賃金を変動させることは、たいへん有効だと、著者は主張する。需要に応じて入館料も労働者の賃金もすべて、「変動値上げ」をするのだ。大企業と中小企業、そして労働者個人単位で、観光需要に応じた価格変動ができるようになると、地域一丸となって観光業を盛り立てようという大きなエネルギーも生まれてくるという。各地住民、観光業、観光客の「三方良し」を実現・継続していく考え方に、ぜひ本書で触れていただきたい。合わせて、2012年に出版された『人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか――スペイン サン・セバスチャンの奇跡』もお読みいただくと、高城氏が、いかにスペインの事情の変遷を知悉しているかも感じていただけるだろう。
▼関連情報
『人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―― スペイン サン・セバスチャンの奇跡』
文:全国通訳案内士 鈴木桂子
▼オランダのオーバーツーリズムへの取り組み
【現地レポ】欧州一高い旅行者税を徴収するオランダ、オーバーツーリズム回避の取り組みと観光戦略
▼日本のオーバーツーリズムの現状
訪日客急増の10地域の住民に聞いたオーバーツーリズムの現状、観光客増を肯定的に捉える意見が4割超に
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