インバウンドコラム
アジア・太平洋地域で初めての観光レジリエンスに関する閣僚級会合「観光レジリエンスサミット」が2024年11月9日から11日の3日間、仙台で開催されました。
▲観光レジリエンスサミットの参加者
地震や風水害等の自然災害やテロ、感染症等、観光に大きな影響を及ぼす危機は、観光を通じた社会や経済の成長を期待する地域にとって大きな脅威です。これらの観光危機に対するレジリエンス(強靭性、回復力)を強化することは、世界共通の観光分野の課題となっています。
観光庁は今回、UNTourism(世界観光機関)と連携して、観光レジリエンスに関する経験を各国・地域と共有し、取り組むべき政策を世界に発信することを目的に国際会議を開催しました。開催地には、東日本大震災で被災した東北の中心都市であるとともに、2030年までの防災の国際的指針となる「仙台防災枠組」が2015年に採択された「第3回国連防災世界会議」の開催地でもある仙台を選びました。仙台は、震災の翌年2012年に、旅行・観光業の世界的な組織であるWTTC(世界旅行ツーリズム協議会)の世界会議が開かれ、世界の観光業のリーダーたちが震災からの観光復興を目の当たりにした地でもあります。
観光レジリエンスは持続可能な観光の基礎、閣僚級会合で仙台声明採択
サミットには、アジア太平洋地域から9カ国、UN TourismやUNDRR(国連防災機関)、PATA(太平洋アジア旅行協会)など国際機関から代表が集まり、危機や自然災害の発生を予防し、その影響を最小限に抑えるための優先事項を確認するとともに、発生後の適応と変革を通じた回復の促進について、各国の経験や知見を共有し、議論を行いました。
▲閣僚級会合の様子(出典:観光庁ウエブサイト)
会議の中でUN Tourismのゾリッツァ・ウロセヴィッチ上級部長は、「観光レジリエンスは、観光地域に安定をもたらし、持続可能な観光の基礎となる」と話し、災害や危機に遭遇しても、地域の観光事業を継続し早期に回復できる力、すなわちレジリエンスを高めることが、観光の持続可能性につながることを示唆しました。
また、郡和子仙台市長は、「杜の都仙台では、防災環境都市づくりを進めており、その一環として、危機発生時の観光客対応・観光産業の事業継続のための観光危機管理マニュアルを策定し、安全・安心な観光の実現をめざしている」と、仙台の観光レジリエンスへの取り組みを紹介しました。
閣僚級会合での議論を踏まえ、観光レジリエンスの向上に向けた今後の取組みの方向性をまとめた共同声明(「仙台声明」)が採択されました。
シンポジウムで確認された観光レジリエンスの重要性
閣僚級会合に先立つ9日には、観光レジリエンスシンポジウムが開かれました。基調講演ではUNDRR神戸事務所の松岡由季代表が、仙台防災枠組の概要を述べたうえで、経済波及効果が大きい観光のレジリエンスが高まることは、災害時の観光復興が地域社会全体のより早い災害復興に貢献すると、観光レジリエンスが世界的な防災の指針に沿ったものであることを説明しました。
▲基調講演を行ったUNDDR神戸事務所の松岡由希氏
その後、二つのテーマでパネルディスカッションが行われました。
災害発生時の初動対応と、観光客の安全確保のためにすべきこと
第1部のテーマは、観光における災害の初動対応、とりわけ危機発生時に観光客の安全・安心をどのように確保するかでした。
まず、PATA(太平洋アジア観光協会)のパベンシュ・クマール持続可能性・研究部長が、観光の現場における的確な災害対応のためにPATAが開発した教育訓練プログラムを紹介しました。プログラムはアジアの6カ国語に翻訳され、各国で開催される教育訓練プログラムにすでに1000名以上が参加しています。日本でプログラムに参加できないか尋ねたところ、日本語版のプログラムはまだないが、今後、日本語翻訳の可能性も検討するとのことでした。
次に仙台管区気象台の塚本尚樹気象防災部長が、気象災害が予想される時、あるいは地震・津波・噴火や気象災害が発生した際に、気象庁は15カ国語で気象情報や警戒情報を発表していることを説明しました。一方で、どのように外国人を含む観光客・旅行者に情報を確実に伝えるかが課題だと述べました。
塚本氏の発言を受けて、公益財団法人仙台観光国際協会の結城由夫理事長から、同協会では外国人旅行者への非常時の情報提供など、言語面でのサポートを含め、仙台市の観光危機管理マニュアルの策定と実施に全面的に協力しているとの話がありました。ちなみに結城氏は仙台市消防局で、東日本大震災を含め火災や救助、救急、航空業務等の多様な災害現場活動に長年従事した後、同協会理事長に就任したという、災害対応と観光の両方の経歴を持つ方で、まさに「観光レジリエンス」に最適の人材と言えるのではないでしょうか。
仙台における災害・危機時の対応とその備えについて話を聞いた後は、2024年元日の能登半島地震で大きな被害を受けた和倉温泉の旅館「加賀屋」の道下範人支配人から、地震発生時の状況を伺いました。
満室の宿泊客全員を素早く安全に避難誘導し、あるいは旅館スタッフが背負って避難所まで運び、地震発生の翌日には一人残らず帰宅できるよう支援した加賀屋の対応など、緊迫した現場の生々しい様子に、参加者は静まり返って聴き入っていました。、また、それを可能にした平常時の備えや訓練、「笑顔で気働き」という加賀屋のおもてなしの基本が非常時にも発揮されたことも、印象的だったようです。
観光事業者の危機の影響最小化と、事業継続力強化に向けた取り組み
第2部では、危機に見舞われた観光地や観光産業への影響を低減し、最小限に抑えるための中長期的な戦略に焦点を当てた議論が行われました。二つのパネルディスカッションのモデレーターを務めた筆者が、観光事業者の事業継続計画策定率が他の業種に比べて極めて低いこと、また、その背景にある事業継続計画を策定する人材やノウハウの不足という内閣府の調査結果を示して、パネリストへ問題提起をしました。
公益社団法人日本観光振興協会の内山尚志常務理事からは、こうした現状を少しでも改善し、観光事業者の事業継続力強化を支援するため、日本商工会議所と協力して観光事業者向けの事業継続計画策定ツールの開発と活用促進に取り組んでいること、災害で観光客の減少が著しい地域の観光復興のため、同協会として復興キャンペーンを主導していることも紹介されました。
内山氏に続き、JR東日本の沢登正行マーケティング本部くらしづくり・地方創生部門長が、東日本大震災後の鉄道事業の復旧・復興に加えて、自治体や観光関連団体等と連携して進めている地域復興への取り組みを発表しました。その一環として、2023年「東北復興ツーリズム推進ネットワーク」が設立され、東北を周遊するモデルコースや商品造成、プロモーションを行うなど、観光を通じた復興がさらに広がりをもって推進されています。
JICA(国際協力機構)の松村直樹防災・減災政策専門家は、カリブ海諸国における防災に関する海外協力活動、さらにJICAが現在ジャマイカでカリブ諸国向けに実施している「観光危機管理研修」について紹介しました。防災の先進国である日本の観光レジリエンスに関する知見が、ODA(政府開発援助)にも取り入れられていることを知りました。
その後、事業継続計画の専門家である東北大学災害科学国際研究所の丸谷浩明教授が、2つのパネルディスカッションを総括する形で、観光分野の防災と事業継続の特徴や他業種との違いについて話しました。製造業や流通業等、観光以外の業種における事業継続が「供給」の継続と早期回復に重点を置くのに対して、観光業では「需要」の回復がポイントになること、その間の財務と雇用面の対応が鍵になることなど説明がありました。
災害のリスク高まる日本で観光レジリエンス向上のために必要なことは?
コロナ禍後の日本の観光は、インバウンドを中心に急速な回復を見せ、コロナ前をも上回る勢いがあります。一方で、気象災害の頻発化、激甚化、高い確率で発生が予想される南海トラフ巨大地震や首都直下地震などの地震・津波災害、新たな病原体による感染症の拡大など、観光客や観光事業に甚大な影響を及ぼす災害・危機のリスクは高まりこそすれ下がることはないでしょう。
観光レジリエンスサミット、同シンポジウムでの議論や、サミットで採択された「仙台声明」にも触れられているように、外部からの影響に極めて脆弱な観光分野を、持続可能な形で発展させていくためには、業界を挙げた観光レジリエンスの向上が必要です。
危機管理の想定と共有
観光レジリエンス向上の第一歩は、自地域や自社の観光事業が直面し得る災害・危機リスクを把握し、そのリスクが発生した時に、観光客や旅行者、事業にどのような影響が及ぶかをできるだけ具体的に想定することです。災害による「被害」だけでなく、災害で帰宅や移動が困難になった旅行者がどのような不便、不快、不安を経験するか、予約がすべてキャンセルになり売上の見込みが立たなくなった観光事業者がどのような経営リスクに遭遇するかなどを想像し、関係者で共有することが重要です。
その想定を踏まえ、観光客や観光事業への影響を軽減し、危機後の回復を早めるためには、だれがどのような対応をしたらよいか、危機への対応を確実に実行できるようにするには、平常時からどのような備えをしておいたらよいかを検討し、書き留めます。それが危機管理計画であり、危機対応マニュアルになるのです。仙台市は、このプロセスを実行して観光危機管理マニュアルを策定しました。
そして計画やマニュアルができたら、それを組織内の関係メンバー全員と共有し、それにもとづいた訓練を定期的に実施することです。能登半島地震時の加賀屋の的確な対応は、まさに繰り返し実施してきた訓練のたまものなのです。
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