インバウンドコラム

世界の旅行者を惹きつける地域と体験の作り方 〜高付加価値化にむけた3つのポイント〜

2023.12.22

村山 慶輔

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2022年10月の新型コロナ感染拡大による入国規制の緩和から1年が経過しました。日本政府観光局(以下JNTO)によると2023年10月に日本を訪れた外国人旅行者は推計で251万人を超え、感染拡大した2020年以降、初めて2019年の同じ月を上回ったといいます。

くわえて、昨今の円安の影響もあり、インバウンド消費額も増加。日本国内の各観光地ではこれを機に、高付加価値化を通じた富裕層を呼び込む動きが、コロナ以前に増して活発化しています。しかし、「高付加価値化に取り組むと言っても、具体的に何からどう始めたらよいかわからない」という自治体やDMO、観光事業者の方も多いのではないでしょうか。

そこで、今回は大手広告代理店、博報堂のグループ会社であり、インバウンド専業のデスティネーションマーケティング会社/富裕層旅行会社『株式会社wondertrunk & co.』の岡本岳大(おかもと・たけひろ)代表取締役共同CEOを講師に招き、優良なラグジュアリー層を取り込むための方法を聞きました。

同社は2016年の設立以来、「日本の地域を世界の旅先に」をミッションとして、東京と京都以外のデスティネーションに注力、地域に入り込み商品開発から地域ブランディングまでを行っています。2020年には、欧米を中心とした富裕層専門旅行会社「The Art of Travel」と旅行事業を統合し、北米を中心としたエージェントから富裕層・テーラーメイドツアーを受けるDMCとしてもビジネスを行っています。その活動で培ってきた実践的なノウハウの一部を紹介します。

 

地域の高付加価値化にむけた3つのポイント

岡本氏は、富裕層向けビジネスであるかどうかにかかわらず、付加価値の高い体験に必要なのは、「真正=本物であること」と「納得感」といいます。

さらに、コロナ以降の動きとして、旅行に求めることが、単なる娯楽にとどまらず目的志向へと加速度的に変化していると指摘しています。この傾向は富裕層では特に顕著だそうです。

また、富裕層をターゲットとする高付加価値化を図るうえで、「パーパス(目的)」という視点が大切であると指摘し、「旅における5つのパーパス」提示。

1. 緊張解消:リラクゼーションとしての旅(リゾート・温泉・バカンスなど)
2. 娯楽追求:レジャーとしての旅(有名観光地周遊・団体パッケージなど)
3. 関係強化:リレーションのための旅(人に出会う・地域の特別な体験など)
4. 知識増進:学びの旅(子供のため・学びのための教育旅行など)
5. 自己拡大:自己実現としての旅(自己の成長・自己変革など)

この5つのパーパスを軸に、岡本氏は地域の高付加価値化にむけた「3つのポイント」を解説しました。

 

1. ターゲットの精緻化 ~富裕層の定義と種類

日本では一般的に富裕層とは「1回の旅行で100万円以上※」使う人たちのことを指すことが多いですが、これだけでは解像度が低く、富裕層に刺さる企画は難しいと岡本氏はいいます。
※出発地との往復交通費は含まない宿泊や国内移動、食事、アクティビティ費用合計。

岡本氏は、まず観光庁やJNTOの定義に沿って、富裕層を大きく「トラディショナルクラシックラグジュアリー」と「モダンラグジュアリー」の2つに大別します。

・トラディショナルクラシックラグジュアリー
全てに5つ星を求める「ALL富裕層」であり、宿泊はグローバルブランドホテル、移動はハイヤー、食事は個室や予約のとりにくいお店、夜は特別なラウンジでの滞在など、シームレスかつ24時間対応のサービスを求めるような層。

・モダンラグジュアリー
ミレニアル層から50代前半までの幅広い層を含む「特別な体験を優先するSELECT富裕層」。特別な体験を求め、フル手配ではなく必要に応じてサービスを組合せて利用し、自身でもデジタルを駆使して情報収集を実施。持続可能性への配慮などもある層。

この2つの層に分けるだけでも、かなり解像度があがって、地域の観光資源をどう活かすべきかの方向性が見えてきます。

富裕層の旅の好みはまさに人それぞれ。たとえば、トラディショナルなタイプでも、都市部の5つ星を求めるのか、リゾート地の5つ星を求めるのか。あるいはモダンラグジュアリーが求める特別な体験も、日本らしい文化や交流を求めるのか、自分の特別な趣味や興味(スノー、ガストロノミー、アートなど)を求めるのか、などなど。この2つのターゲットをさらに細分化していくことによって、より自分たちの地域と相性の良い層がイメージできます。

 

2. ターゲットのパーパスにあった価値への磨き上げ

岡本氏が考える富裕層は、ILTMなどのレポートを参考にすれば、1回の1人あたり旅行平均消費が1万ドル(約145万円)以上、個人資産が100〜500万ドル(約1億4500万円~7億3000万円)のHigh Net Worthと呼ばれる層“以上”の人たちです。たとえば夫婦やカップルならば1日約20~30万円(USドルベース:800~1000ドル)の予算があり、約2週間の滞在をテイラーメイドで楽しむイメージです。

もちろん、これらの層よりも消費額が大きいVery High Net Worth, Ultra High Net Worth、Billionaireと呼ばれる富裕層も欧米諸国にはかなりのボリュームがいます。

ただし、テーラーメイドの旅といえどもやはり当初の興味は東京と京都が中心になってしまうので、ヒアリングをしていくなかで、例えば工芸品好きならば金沢へ、アート好きならば瀬戸内へなど興味と先述したパーパスに合わせた提案をしながらオーダーメイドの旅を作りあげていくそうです。

 

3.富裕層に対応できる「ヤド・ヒト・アシ」を揃える

世界の富裕層に満足してもらうためには、観光庁が「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」のアクションプランでも提示している「ヤド・ヒト・アシ」を整える必要があると岡本氏はいいます。具体的には、上質なホテルや旅館、対応力があるローカルガイドやコンシェルジュ、プライベートが担保された快適な交通手段を指しています。要するにひとつの施設が頑張っても十分ではなく、地域でタッグを組んで全体的な価値向上を図っておくことが大切です。

 

テーラーメイドの旅行会社が提供する高付加価値の旅の事例

観光業界における高付加価値化とは、狭義には「滞在単価の向上」「富裕層の攻略」、広義には「来訪者の満足度と地域の価値向上」をさすと岡本氏はいいます。要するに来訪者には旅によって出逢う自然や文化、人とのふれあいなどから満足感を得てもらうこと。そして、地域の人は、ローカルガイドを務めることによって地元の自然保護や文化伝承に貢献したり、伝統技能の職人はその匠のワザを披露したりすることで、地域にある資産の価値を高めていくことです。ここに、岡本さんが手掛けている事例を紹介します。

・北海道:大自然と野生生物に会いに行く体験
「希少な動物や植物が命をつなぐ場所へ」
多様な動植物が生息する道東。手つかずの自然が残り、ヒグマやエゾキツネ、タンチョウなど、北海道の中でも道東でしか見ることができない生物が多く生息し、豊かな生態系を形成しています。普段はなかなか見ることが叶わない野生生物に出会うツアー。

・金沢:伝統工芸の工房を訪れる体験
「金沢を代表する職人から伝統工芸を学ぶ」
重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている東茶屋街をはじめとした金沢の名所巡りに加え、伝統工芸体験を盛り込んだツアー。伝統工芸を鑑賞して学ぶだけでなく、実際に手を動かして製作する体験は、いつもの旅をより特別なものにしてくれる。

何事も「百聞は一見に如かず」ですから、自身が興味を感じたもの、または自分の地域と共通点がある旅に一度は参加してみてほしいと思います。

 

富裕層旅行者へアプローチするための4つの販路

富裕層へのアプローチには以下の4つの販路があると岡本氏はいいます。

1. 富裕層からの直接相談
2. 富裕層をクライアントに持つ海外の旅行会社
3. 富裕層インバウンドを得意とする日本の旅行会社
4. ホテルのコンシェルジュ

いきなり海外の富裕層や旅行会社に向けて発信して情報を届けることやアプローチすることは、コミュニケーションの難しさやその閉鎖性からも難易度が高いです。多くの事業者の方にとっては、まずは、「3.日本で富裕層を専門に扱う旅行会社」と連携するのが現実的かもしれません。

その場合でも、旅行会社はクオリティを担保するために、「高付加価値化にむけた3つのポイント」で紹介した富裕層に対応できるピース(とくに上質な宿、移動、ガイド)が揃っている地域のみを提案することは念頭に置いたほうがよいでしょう。

例えば、岡本氏が関わる三重県の伊勢志摩地域では5カ年計画で高付加価値化を推進しています。やはり長期的な取り組みが必要になることはいうまでもありません。

以上、『世界の旅行者を惹きつける高付加価値な地域と体験の作り方』というテーマで、wondertrunk & co.岡本氏の話を紹介してきましたが、コロナ明けでインバウンドが以前の勢いを上回る伸びをみせてきている今、大きなチャンスが観光業界にきていることは間違いありません。

今回紹介した3つのポイントなどを参考に、地域の観光資源を活かした高付加価値化に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 

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