インバウンドコラム

withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.5 地域住民主体のコミュニティ・ツーリズム(後編)

2020.08.13

村山 慶輔

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withコロナ時代の観光にも欠かせないシビックプライドを醸成する地域教育に関するコラムの後編では、文化的な遺産や手付かずの自然を活用するコミュニティ・ツーリズムにおける国内外の事例を紹介し、地域教育における「シビックプライド」や「地域に当事者として向き合い、考えを述べる力」の重要性について考察していく。

前編:withコロナの観光業を救う10のキーワード vol.5 シビックプライドを醸成する「地域教育」とは?(前編)

 

日本の里山エリアで注目されているコミュニティツーリズム

日本の里山エリアで注目され始めて久しいコミュニティ・ツーリズム。CBT(Community Based Tourism)とも呼ばれ、都市開発が行われてこなかったゆえに、文化的な遺産や手付かずの自然が残る地域住民による観光開発である。地域に残るありのままの暮らしや風習が観光コンテンツとなるため、新たに大きな投資をする必要がない。したがって、地域住民が主体となった持続可能な社会経済システムを構築できると考えられている。

一方で、問題は地域住民が「観光」という視点を会得する機会がないことである。

魅力的な観光コンテンツがあるならば、観光事業者が主体となって開発を行えばいいのではと考える人もいるだろうが、そうした場合、地域住民の一部のみが利益を享受するシステムに陥りがちであることが指摘されている。すなわちコミュニティ全体への還元がないゆえ、結果として住民の分断やキャパシティオーバーによるオーバーユースといった社会のひずみへとつながるのである。

そこで求められるのが、利益至上主義に走らない組織による地域教育であり、観光の視点を地域住民にもたらす動きである。具体的な例で見てみよう。

 

存続の危機から脱した兵庫県丹波篠山の集落丸山

兵庫県丹波篠山市を拠点にNIPPONIA(ニッポニア)という取り組みを進める一般社団法人ノオトならびに株式会社NOTEがある。NIPPONIAとは、拙著『インバウンド対応実践講座』(翔泳社)でも言及した、古民家を活用した地域再生の活動である。

NIPPONIAは2020年現在、全国各地に活動を広げているが、彼らの原点となっている集落丸山でのプロジェクトを紹介する。

丹波篠山市内から始まる県道544号を自動車で10分ほど北上すると見えてくる集落丸山は、12戸のうち7戸が空き家となり、集落(コミュニティ)の存続が危ぶまれる状態だった。2008年のことだ。

そこで、当時ノオトの代表を務めていた金野幸雄氏とNOTEの代表を務める藤原岳史氏らが、集落の住民を巻き込み、ワークショップや勉強会を行ったという。半年で計14回、コミュニティ再生にあたってのビジョンづくりから始まり、どうすれば集落を未来へと引き継いでいけるかという方法や体制づくりを話し合うだけでなく、専門知識を有する研究者や行政の若手有志、大学生といったメンバーが、全村人と膝を突き合わせた。その結果、半ば集落の存続に諦めを抱いていた地域住民は、コミュニティ存続のために、空き家を活用した事業をすることを決意。

▲NIPPONIAの原点でもある集落丸山(NIPPONIA HPより)

具体的には、地域住民で設立したNPO法人が予約受付と接客サービスを担い、一般社団法人ノオトが事業戦略・運営をサポートする形で、宿泊施設ならびに地域の食材を利用したフレンチレストランを運営している。

地域住民の協力が欠かせないこうした取り組みは、当然ながらコミュニティを構成する住民たちからの理解がなければ成り立たない。そうした意味で、後述するエクアドルでの農村の事例と同じく、外部の知見を持った組織(人)による地域教育あるいは啓蒙活動が欠かせない。

実際、集落丸山で同プロジェクトが始まった時点で自治会長を務めていた現・NPO法人集落丸山の代表は、ウェブメディア『未来開墾ビジネスファーム』のなかで、「集落の住人の中には逃げ出したい気持ちがどこかにあったけれども、郷土愛を育んでもらえたというか、よそにはないものを自分たちで磨いていこうという気持ちになった」と振り返っている。

 

農村部のコミュニティ・ツーリズムは地域教育から生まれる!?

日本の里山に限らず、農村部で生活することの難しさは、世界的に取りざたされている。特に途上国の場合、農村部と都市部の経済格差が大きく、経済的に恵まれない地域の若者が、大都市へと出稼ぎに行く傾向が強い。

もちろん一概に出稼ぎが悪いことだとはいえない。しかし、高等教育の機会に恵まれていない農村出身者が大都市で就ける仕事は限定的だ。体力的・精神的に厳しい仕事であることも多く、持続可能な働き方とはいえないケースもある。加えて、大都市では住宅費や食費といった出費もかさむ。

一方、農村には自給的農業や持ち家といった生活基盤があり、稼ぐ金額が大都市よりも少なかったとしても、大都市で暮らすより高い生活水準を保つことができる場合も多い。とはいえ農村での暮らしにも一定の収入は必要であり、それをいかにして稼ぐかは大きな課題である。そのひとつの解が、コミュニティ・ツーリズムにあるといわれている。

 

エクアドルの農村で行われているコミュニティ・ツーリズムの仕組み

赤道を意味する南米大陸の国、エクアドルの中央に位置するチンボラソ県ラ・エスペランサ村(La Esperanza)は、1998〜99年に訪れた金融危機によって深刻なダメージを受けた農村の1つである。ラ・エスペランサ村の地域経済は非常に不安定な状況に陥り、その結果、稼ぎ頭である世帯主の多くが出稼ぎ(移住)を余儀なくされたという。

そうしたなか、2002年の終わりからイタリアのNPOであるAYUDA directaが持続可能な開発プログラムを始めた。派遣されたボランティアや国際協力員が長期にわたってラ・エスペランサ村に滞在し、現地家族と寝食をともにするなか、住民たち自身が地域に残る暮らしとその体験が第三者にとっていかに素晴らしいかに気づき、2013年ごろからコミュニティ・ツーリズムが開始された。

最初の年に、コミュニティ・ツーリズムの拠点となる小屋が建てられ、現在は最小限でありながら洗練された宿泊設備と小さなバルレストラン、そして地域の家畜を活用してつくるチーズ工場があり、9人の地域住民が働いているという。

こうしたコミュニティ・ツーリズムから得た収入は、ラ・エスペランサ村を構成する約60世帯200人のコミュニティメンバーに分配される仕組みになっている。

地域社会の風習や日常生活そのものが魅力であること、そして観光客による収入が分配される仕組みになっていることがコミュニティ全体に対して啓蒙されていなければ、成り立たない方法である。

その啓蒙活動を「地域教育」という言葉で表すかどうかは見解によるところであろうが、少なくとも経済的な利益をもたらすだけでなく、この活動が地域に力を与え、地域住民の自尊心をより向上させ、起業家精神やさまざまなツールの知見を身につけることに成功しているといえる。もちろん同時に道路や電気、インターネットといった生活インフラの改善にも貢献している。

 

サステナビリティの観点からも、注目度の高いコミュニティ・ツーリズム

こうした訪れた国や地域への社会貢献につながるコミュニティ・ツーリズムは、よりディープな体験を求める観光客側のニーズの高まりだけでなく、国連によるSDGsを代表とするサステナビリティへの注目度が高まるとともに増加してきている。

残念ながら、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響により、こうしたコミュニティ・ツーリズムを支える国際観光は壊滅状態にある。しかし、もとより大きな投資をしていないこと、先にも記したとおり、住民の従来からの生活基盤がすでに整っていることなどを考えれば、都市部の観光地よりもレジリエンス(復元力)があるといえる。その意味では、来るべき国際観光の復活まで、大きな変容を強いられることなく待つことは、比較的容易であると想像できる。

実際、エクアドルで、コミュニティベースの観光プロジェクトを牽引するNGOの1つCODESPA財団のラファエル・ディエス氏は「観光客たちは今まで以上に、訪れる国での社会貢献や、より深い経験をすることを求めている」と語っている。

▲ Turismo La Esperanza HPより

 

オーバーツーリズムの緩和に貢献する地域教育

地域教育は、オーバーツーリズムの緩和(すなわちサステナブル・ツーリズム)にも資するのではないか。そのような仮説をもって、住民、企業、団体、行政が協力して、さまざまな施策に取り組むのが世界的な観光都市の1つバルセロナだ。

よく知られているように、バルセロナの住民たちは、肥大化した観光ビジネスに対して不満を抱いている人が少なくなく、「バルセロナ市は観光客を歓迎し、地域住民を歓迎していない」「観光客は家に帰ってくれ」といった主張の観光客排斥活動にも発展している。

そうしたなか、バルセロナではさまざまなアプローチで地域教育を行っており、そのうちの1つが「バルセロナ+サステナブル・マップ」である。

持続可能な都市を目指すエージェントが開発したこのシステムは、市民、企業、団体、行政が共同で作成するインタラクティブなマップで、グリーンエコノミー(環境に優しい経済)、都市環境の改善、あらゆる人に公平な社会構造の構築、コミュニティと近隣組織の充実などに貢献するサービスや取り組みを紹介するものだ。

ワークショップなどを通じて市民からの協力を得ながら構築しているこのツールには、具体的に、環境施設、エコショップ、電気自動車の充電ポイント、市内のルートや野生動物の保護区などの情報が集約されている。

端的にいえば、「バルセロナがよりサステナブルな都市になるために、バルセロナで行われていることを市民が知ることができるポータルシステム」というわけである。

 

バルセロナ市民とともに作るインタラクティブなマップ

加えて、「バルセロナ+サステナブル・マップ」は、ソーシャル・ネットワークとして機能するウェブサイトとモバイル(スマホ)アプリケーションを通じて、ショップや宿泊施設、さらには旅程などの実用的な情報を提供し、市民自身がストーリーや写真、アクティビティなどの情報を追加することができるというインタラクティブな仕様となっている点も重要だ。

そもそも「バルセロナ+サステナブル・マップ」は、1992年にリオ・デ・ジャネイロで開催された地球サミットで採択された、21世紀に向け持続可能な開発を実現するために実行すべき行動計画「アジェンダ21」を具体化した文書「Compromiso Ciudadano por la Sostenibilidad」をうけて作成されたものである。

同文書の作成にあたっては、800以上の組織が関与(署名)しているため、共通の目標達成に向けて、企業、市民団体、財団、大学、自治体・行政などが一枚岩になれる土台ができているといえるだろう。

また、同マップは、教育の現場でも利用されることを想定している。たとえば、環境に関する活動を授業などで実践する際には、学生たちが実際にマッピングを行ったり、既に地図上で配置されているものに情報を加えたりすることができる。

本プロジェクトのコーディネーターであり、バルセロナ市役所のサステナブル戦略、文化監督協力者であるイルマ・ベンタヨル氏は、ウェブメディア「EL PAÍS」のなかで、「より多くの企業や団体がこのマップに参加し、協力したいと思えば思うほど、バルセロナのサステナブル文化を前進させることができる」と語っている。

 

withコロナの時代こそ、地域教育が欠かせない

新型コロナウイルスは、地域住民を2つに分断している。経済活動をしたい人、すなわち観光客に来てほしい人と、感染のリスクを少しでも小さくしたい人、つまり観光客に来てほしくない人で、意見は真っ二つに分かれている。

また、今般のウイルスが蔓延する以前であっても、オーバーツーリズムが発生していたような人気の観光地では、住民と観光関連業者との間に、軋轢が生まれていた。

原因こそ異なれども、その縮図は驚くほど似ていると私は感じている。重要な点は、どちらが正しくて、どちらが間違っているのかという話ではないことだ。

地域としてどうありたいかが最重要課題である。もっと具体的にいえば、地域住民が今よりも幸せな暮らしを手に入れるには、どうすべきかを地域のあらゆるステークホルダーが考え、一歩ずつ、みんなで歩んでいくほかない。

そこでキーとなるのが、本稿で詳述してきた「地域教育」である。地域教育がなされていないことで、地域住民が土台となる「シビックプライド」や「地域に当事者として向き合い、考えを述べる力」を持っていなければ、一向にその議論に光明は見えてこない。

しかし、地域教育がきちんと行われ、地域住民がシビックプライドを持ち、地域をより良くしたいと考えている地域であれば、その議論は大いに有意義なものとなり、確実に一歩ずつ前進していけることだろう。

 

筆者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。経営コンサルティングファーム「アクセンチュア」を経て、2007年に日本初インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。インバウンドの専門家として、2019年内閣府 観光戦略実行推進有識者会議メンバーを始め、各省庁の委員・プロデューサーを歴任。2020年3月には自身7冊目となる「インバウンド対応実践講座(翔泳社)」を上梓。

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