インバウンド事例
【バス会社:WILLER株式会社】業界のライバル同士がネットワークを築き、サービスの統一化を図ったワケ
2018.05.21
遠藤 由次郎事例のポイント
- 企業の枠組みや利害関係を越えた顧客目線が必須
- 移動手段さえも魅力あふれるコンテンツにする
- 法令遵守を徹底したうえで、何ができるかを考える
- 実証実験は海外に飛び出して行うべき!?
インバウンドに携わる人ならば、WILLER(ウィラー)というバス会社の名前を聞いたことは、一度や二度ではないはずだ。2009年に開始した「多言語予約サイト」やインバウンド需要の高い路線の新設のみならず、キッチンを備え付けたバスで観光スポットを巡る「レストランバス」事業や、新潟市・敦賀市・舞鶴市・豊岡市と共に進める「日本海縦断ルート」といったプロジェクトなどを多角的に行っている。
全国60社を超える高速バス会社の比較検討やチケット予約ができるサイト「JBL(JAPAN BUS LINES)」の仕掛け人でもあるWILLER株式会社代表取締役の村瀨茂高氏に、インバウンドを意識した新規事業への思いや新市場開拓に関する狙い、留意点について伺った。
「利便性の向上」のために自社のノウハウを提供する
2006年より高速バス事業を手がけるウィラーが、インバウンドを強く意識した施策を採ったのは2009年のこと。外国人観光客、それも個人客の利便性を高めるべく、多言語予約サイトを始めた。
高速バス事業を手がける企業としては、日本で最も早くインバウンドを意識したといっても過言ではない。同社の問題意識としてあったのは、今も日本が課題として抱える「二次交通」の利便性の低さ。村瀨氏は言う。「弊社のビジョンの中に、『世界中の人が行きたい所に行けるようにする』というものがあります。でも、当時は外国人が高速バスに乗ろうと思っても、ハード面でもソフト面でも壁がありました。だから、わかりやすさを追求して、とにかく利便性を高めようと多言語でのサイトを、自分たちでイチから作ったんです」
ウィラーを率いる村瀨茂高氏。2017年より大阪に拠点を移動
2009年当初の予約件数は約3万だったが、2017年にはおよそ200ヵ国から約15万件の予約を受け付けた。そうした多言語予約サイトの運営によって蓄積されたノウハウや知見を、同社だけに留めておくのは得策ではない。そう思った村瀨氏は、企業の枠を越えた取り組みに打って出る。それは、JAPAN BUS LINES(JBL)という協議会の形成と、全国60以上の高速バス会社の予約ができる多言語サイトの運営だ。
「結局、本当に高速バスの利便性を高めようと思ったら、全国隅々までワンストップでチケット予約ができないといけません。ただ、それはウィラーだけの取り組みでは難しい。だから、『企業の枠を越えた予約サイトと作りませんか』と、全国のバス会社のみなさんに声をかけました」
JBL(JAPAN BUS LINES)のサイト
業界全体を盛り上げることが「インバウンド需要」の喚起に繋がる
実は、JBLができる前もウィラーの多言語予約サイトを通じて、提携する他の高速バス会社のチケットを予約することはできた。が、やはり一企業が運営するサイトと手を組むことに躊躇する競合他社もあったに違いない。だからこそ、協議会というかたちで新たに団体を創設するに至った。
「協議会には、サービスの統一化を図ることで、バスの乗りやすさも追求していくという別の目的もありました。具体的には、ピクトサインを統一したり、地名の訳し方に基準を設けたり、乗り放題チケットを提供したりですね」。
つまり村瀨氏には、一企業の利害関係を越えて、日本の二次交通の担い手として、高速バス業界全体が変わっていかなければならないという問題意識があったといえる。さらにいえば、業界全体が盛り上がれば、必然と業界内の一企業であるウィラーも恩恵を受けられるというロジックも見て取れる。このような広い視点での取り組みは、高速バス業界のみならず、インバウンドに関わるあらゆる業界に示唆を与えてくれる。
常識にとらわれることなく「当事者意識」を持つことが大事
先に紹介したJBLは、高速バスという事業の中での取り組みだが、ウィラーは業種の枠を越えた取り組みも積極的に行っている。その一つが2016年から始めたレストランバス。2階建てオープントップのバスの1階にキッチンを設置し、2階の対面式座席で乗客同士が交流しながら地域を観光して回るというもの。移動手段さえも魅力的なコンテンツのひとつにしようという、かつてない取り組みだ。
「地域には魅力がたくさんありますが、多くの場合それらは点在していてアクセスが良くない。それらが繋がったとき、観光客にとってのシティバリューは上がる。それを体現したのがレストランバス」と村瀨氏が語るように、同事業は地方創生としての色が強い。
実際、レストランバスでは、地域の自治体、観光事業者、特産品の生産者、飲食店などと連携して商品やサービスの造成を行っている。また、レストランバスは、基本的に3ヶ月間の限定運行で、全国を転々とまわっていくもので、事業としては、2段階のステップがあると村瀨氏は話す。
「1年目の第一ステップは、インナーブランディング的な要素が強いんですね。どちらかといえば地域の方々に、自分たちの魅力を再発見してもらったり、地元の事業者にも参画してもらうことで人材育成につなげたり。できれば第二ステップとして、2年目も同じ場所、同じ時期に運航したいと思っていて、そのときはインバウンドを含む、地元ではない客を呼び込む。その後、年間運行に移行していくイメージです」
村瀨氏がこう述べたように、レストランバスには地方創生や地域のブランディングという要素が強くある。では、なぜウィラーはこのような業種を超えた事業を行うのか。そこには、地方(地域)が盛り上がることで、バス事業への潜在的な需要が高まるという狙いがあるといえるだろう。
インバウンドは世界からの集客を目指すもの。「弊社は◯◯だから関係ない」と考えるのではなく、「弊社の強みを活かして、何ができるか」と当事者意識を持つことが、インバウンドという新たな市場の獲得につながっていくに違いない。
「みんなが関わって新しいイノベーションを起こす必要がある」
また、ウィラーでは、新潟市、敦賀市、舞鶴市、豊岡市とともに、「日本海縦断ルート」というプロジェクトも進めている。都心部やゴールデンルートなど太平洋側に偏りがちな外国人観光客を日本海側に呼び込もうとする同プロジェクトについて、村瀨氏は「新たなルートが創設されるだけでなく、新たな体験ができるようになることが重要」と話す。
たとえば2012年に始まった「昇龍道」というプロジェクトでは、「立山黒部アルペンルート」という観光スポットがブランド化され、外国人観光客を集める一つの目玉となっている。村瀨氏は、「(立山黒部アルペンルートのような)魅力ある体験を提供するには、一事業者だけではなく、みんなが関わって新しいイノベーションを起こす必要がある」と語気を強める。
ここでもレストランバスと同じロジックが見え隠れする。つまり、「そこには弊社のバスは通っていないから関係ない」とするのではなく、自治体や地域の事業者と協働することで、需要を喚起するコンテンツ造成に積極的に関わっていこうとする姿勢が見て取れる。
今から8年前の2010年にも、やまとごころ代表の村山が村瀨氏と対談させていただいたが、そのときにも同氏は「あらゆる事業者が自分の持ち味を活かしながら協働し、諸外国に日本の良さを伝え、そしてオールジャパンで受け入れていく体制を作っていくべき」と話されていた。まさにその言葉通りのことを、今なお続けているのだ。
法令遵守を徹底したうえで、創意工夫を凝らす
JBLのような企業(競合他社)の枠を越えた取り組みや、レストランバスや日本海縦断ルートのような業種を越えた取り組みを成功させるには、横のつながりを強化することが欠かせない。そうした従来の枠を越えた連携を推進させるためには、どのようなことが必要なのだろうか。村瀨氏は次のように言う。
「相手がどんな相手だろうと、直接トントンとドアをノックして、ビジョンや問題意識を直にぶつけることが大事だと思っています。そこで共感してもらえれば、従来の常識や固定概念に関係なく、JBLやレストランバスのようなことはできるのではないでしょうか」
もちろん、新市場の開拓や新しいコンテンツの開発を行おうとすると、少なからず規制や法令という壁も出てくる。そこで大切なのは、法令遵守を徹底することだ。
「あらゆる取り組みにいえることですが、まずは自分たちがしっかりと規制や法令を理解し、法令遵守を徹底すること。たとえばレストランバスは、2階をオープントップにして、1階にキッチンを入れましたが、安全にすごく気を遣っていますし、衛生管理の面も、バスを作る前に全都道府県の保健所にヒアリングして、ルールを全て洗い出し、それを全部クリアするというステップを踏みました」
“革新的なサービス”は海外で実証実験を行うのもひとつの手
続けて、村瀨氏は「法律があるからには目的がある。それを踏まえて徹底的に頭を使い、創意工夫すれば、いろんな道が見えてくるんです」と言う。ただ、そうした創意工夫だけでは突破できない先進的な実験については、別の道を取ることも憚らない。
「これからの10年は、テクノロジーの革新とともに、今まであるものの延長線上にはない、まったく新しいサービスが生まれてきます。そうしたものは、日本ではどうしても細かな法律や規制が壁になって、実証実験のようなことができないケースが少なくありません。たとえばAIを使ったコンシェルジュサービスだったり、車内のシステムとスマホを連動させたり。そのときには、実証実験という形でライセンスを許可してくれるASEANの国に出ていくのもありだと思っています」
実際、ウィラーでは2017年よりベトナムで新しいサービスの展開を模索している。そのひとつが、「Genic旅」というIoT化されたチャーター車で旅行をするというサービスだ。
「日本で『Genic旅』に使用するビークルを走行するための障害はありませんが、お客さまの需要やインサイトに応える柔軟性の高い運賃デザインは難しい。また、バイク、タクシー、マイクロバス、バスなど移動するときの人数や交通カテゴリーごとの規制にとらわれず、同一のサービスが提供できることはユーザーに一番わかりやすいと考えます。そんなことを目指して、それがチャレンジできるベトナムで事業を展開していきます」
こうした新技術による新たなコンテンツの創造は、世界でもトップクラスの技術力をもった日本だからこそ、率先して行いたい。もしそこに法律の壁があるのならば、海外で実証実験を行うことで、スピードアップを図ることもひとつの手だといえそうだ。
(取材協力:WILLER株式会社)
Text: 遠藤由次郎
その他のインバウンド事例例紹介:→
→【飲食店:牛門渋谷店】いかにして“普通”の焼肉屋がムスリム客の支持を得たか
→【地方自治体:秋田県】秋田犬が歌って踊る動画が大ヒット!インバウンド誘致に成功した「秋田犬ツーリズム」
WILLERの取り組みについては、『インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。
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