インバウンド事例
【広域連携:せとうちDMO】先駆者が語る「日本版DMO」を成功に導くポイント
2018.07.19
遠藤 由次郎事例のポイント
- インバウンド客を集客するには「広域」での取り組みが大事
- マーケティング活動の基本は周知と、その結果を追うこと
- 効率よく成果を上げるには“専門家”と手を組むことも必要
- 地域の稼ぐ力を養うには「地銀」の存在が不可欠!?
欧米にある観光事業組織を参考にした「日本版DMO」について、既にご存じのかたも多いだろう。観光庁を中心に、観光地域づくりの舵取り役を担う法人として2015年頃から組織形成が進められ、2018年3月末時点で、128の団体が候補法人として登録され、70の団体が日本版DMOとして国からの指定を受けている。
観光庁は「日本版DMO」を以下のように位置づけている。
〈地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人〉
わかるようで、いまいちわかりづらいというのが本音ではないだろうか。そこで今回、先進事例としてメディアに取りあげられることも多い「せとうちDMO」にインバウンドマーケティングアドバイザとして携わる村木智裕氏に、DMOの役割や運営するポイントについて伺った。(取材・文/遠藤由次郎)
広域でマーケティングやプロモーションを行う意義とは?
広島県、兵庫県、岡山県、山口県、香川県、徳島県、愛媛県という7つの県にまたがる広域組織であるせとうちDMOは、2013年に前身組織である「瀬戸内ブランド推進機構」として産声をあげた。同機構の設立理由は複数あるが、そのうちのひとつが「外国人観光客を集客するにあたり、観光マーケティングや商品開発は広域で連携して行うべき」というものがあった。
そこにあった問題意識について、村木氏は次のように話す。
「観光という産業で、地域ができることはもっとあるはずだと我々は考えました。かつては、国内市場が主だったので、県単独でもよかった。でも、インバウンド客というのはロングホール、つまり遠くから長距離を移動して日本に来るわけですから、広島だけ見て帰るわけでもないし、徳島だけをまわって帰るわけでもありません。基本的には周遊する。とすると、広域で取り組まないと地域として呼ぶのは難しいですし、単独でやるメリットは少ないわけです」
▲前身組織・瀬戸内ブランド推進連合時代からの主要メンバーとして携わってきた村木智裕氏
その後、2015年になって国は「日本版DMO」という制度をつくった。これに合わせる形で、瀬戸内ブランド推進機構も、一般社団法人せとうち観光推進機構と株式会社瀬戸内ブランドコーポレーションという2つの組織に発展改組し、二社を合わせてせとうちDMOとして活動している。前者がマーケティング戦略を担い、後者が観光開発事業者への経営支援や資金支援という役割を持っているという。
瀬戸内エリアのインバウンド客の受入数は、大きく伸びている。2014年の外国人延べ宿泊数は154万人泊だったが、2017年はその2倍超の約340万人泊を記録している。これは、国の目標値を上回っており、大きな成果をあげているといって差し支えないだろう。
マーケティング活動の基本は「周知」と、その「結果」をきちんと追うこと
では、せとうちDMOではどんなことをしているのか。もっとも大きなものはマーケティング活動である。
マーケティング活動について、「インバウンドを呼び込むときには、基本は『知られていない』というところをスタート地点にしないと、焦点のズレた施策になってしまう」とした前置きをしたうえで、村木氏は次のように話す。
「人が旅をするというサイクルを分解していくと、ざっくり『知る、検討する、予約する、訪問する、シェアする』というものになります。そして、その人数を考えると、最初に挙げた『知る』が一番多くて、『シェアする』に至る人が一番少ない。ということは、何はなくともターゲットに知ってもらうことが大切」そのためには、マーケティング活動が欠かせないというわけだ。さらに続ける。
「旅行の世界では、特に相手が海外にいる人となると、その数字はあやふやになりがち。たとえば『何人に知ってもらえれば何人がくるのか』というモデルを持っているところはあまりありません。それでは計画が立てられない。だから、先ほど言った『周知する』ことと、『そのうち何人が実際に来てくれたのか』を追って、その両輪をマーケティング活動で追っていくことが必要で、それはDMOの活動の軸です」
イギリスのマーケティング会社をパートナーに選んだワケ
ただし、そうしたマーケティング活動を効率的かつ効果的に行っていくには、設立まもないDMOが単体では限界もある。特にイギリスを核となる市場のひとつとして捉えているせとうちDMOも、その例外ではない。そこで村木氏は、「専門家と手を取り合っていく」という手法を採ったという。
「現地のことは、やはり現地しかわからないことが多い。たとえば我々は、ブラックダイヤモンドというイギリスの旅行専門マーケティング会社と2017年からパートナーシップを結んでいます。その理由は、メディアや旅行会社へのPRやエデュケーションを効果的に行うためです」
海外企業をうまくコントロールし、最高のパフォーマンスを得るには、自分たちにもノウハウがないといけない。そこで、せとうちDMOではブラックダイヤモンドの内実を把握し、上手く活用できる国内エージェントを直下においたという。
「チャプターホワイトという企業があって、そこをブラックダイヤモンドとの橋渡し役にしています。チャプターホワイトは、アメリカの政府観光局での経験もある人で、まさにそういう仕組みを実践してきた豊富な知識がありますので」
そのほか、日・中・英に対応した「瀬戸内Finder」というオウンドメディアで、瀬戸内エリアの魅力を発信したり、観光情報を発信するだけでなく宿泊施設や体験型コンテンツの予約機能も備えた海外向けサイト「SETOUCHI TRIP」を運営したり、動画マーケティングや検索対策といったさまざまなデジタルマーケティングも行っている。そうした施策を行ううえで、忘れてはならないことがあると村木氏は警鐘を鳴らす。
「単純にサイトを作って運営するだけでなく、費用対効果も出していくことが大事だと考えています。それで、最終的にどういった媒体が本当に効果的なのかを見定めて、精度を高めていかなければいけません」
精度と高めるとは具体的にはどういうことなのか。村木氏は続ける。
「たとえば、動画についてはCPV(Cost Per View)、つまり1視聴にかかったお金を見ていて、タイはすごく良い数字が出ているんですが、オーストラリアは良くない。SNSマーケティングだと、アジアは良いけど、欧米はSNSだけでは足りなくて、リアルな部分でのプロモーションが欠かせないとか、そういうことを分析していますし、これからも続けていかなければいけないと思っています」
▲訪日客にも人気のしまなみ海道サイクリング
地域の稼ぐ力を養うには「多角的な事業サポート」も必須
せとうちDMOが行っているのは、先に紹介したマーケティング活動だけではない。ほかにも「地域の稼ぐ力」を養うために、行っている施策は複数ある。その1つが、「せとうちDMOメンバーズ」という会員制度による地域の事業者への事業支援だ。
「今、会員数は約800社(2018年1月取材時)ですが、そうした事業者に対してビジネス支援を行っています。ビジネスサポートにあたる『瀬戸内サロン』やプロモーションのお手伝い、あるいは『瀬戸内コンシェルジュ』という通訳サービスやモバイル決済導入支援といった多角的な業務サポートですね」
そうしたサポートを広域DMOであるせとうちDMOが行う理由については、このように説明する。
「結局のところ、DMOがマーケティングを通して海外から人を呼び込んでも、個々のプロダクトは絶対に必要。地域に魅力ある商品がなければお金を使ってもらうことはできないわけですし、使い勝手の悪いサービスしかなかったらそこに泊まりたいと思えない。良い商品、魅力ある体験、使い勝手の良いサービス、買いたくなるお土産などが総合的に揃っていることが大切だということです。また、そうしたプロダクトを実際に作ったり、インフラを整備したりするのは、地域DMOや各自治体の役割であるとも思っています」
事業支援を行うことを考えたときに、もっとも重要なのが資金面でのサポート。プロダクトを作りたいと思っても、資金がなければ、一歩を踏み出すことは簡単ではないだろう。「そこでキーパーソンとなるのが地方銀行の存在です」と村木氏は言う。
「かつて、せとうちDMOを立ち上げるとき、観光収入としていくら増やしたいかということを、シンクタンクとともに試算を出しました。そのとき、3000億円を新たに生み出したいということになったのですが、それには1000億円程度の投資が必要だということも、同時にわかったんです。ですから、地域にお金を投資するという意味では、地銀の役割は大きいと位置づけていて、実際にせとうちDMOでは19の地銀に入っていただいています」
書籍『インバウンドビジネス入門講座 第3版』の冒頭の特集で弊社代表村山は、日本版DMOの必要性が叫ばれるようになった理由は、「関係者の連携不足」「データ集積・文責の不十分さ」「民間視点の欠如」大きく3つあると述べている。本記事でもあるように、せとうちDMOはこれらをきちんと押さえているからこそ、結果が出ているといえるだろう。
(取材協力:せとうちDMO)
せとうちDMOの取り組みについては、
『インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。
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