インタビュー
2009年に大学在学中のクラスメート4人が欧州で立ち上げた旅ナカのアクティビティに特化したOTA GetYourGuide。その後、北米、アジア・パシフィックと市場を広げ、現在は約140カ国で事業を展開するトップ企業にまでに成長しています。そんなGetYourGuideが創業以来変わらずに掲げているのは「お客様が最高の体験を見つけるお手伝いをする」こと。
今回は創設の2018年以来、日本オフィス代表を務める仁科貴生氏に、世界の旅ナカ体験アクティビティのトレンドや日本市場の課題と可能性、コロナ禍を受けて体験アクティビティは今後どのように変革していくべきかについて、伺いました。
“お客様にとって最高の体験”を目指し、質の高い商品を創る
—旅ナカのアクティビティのオンライン化は、宿と比較するとまだ成熟しておらず、今後のポテンシャルも高いように感じますが、旅ナカのOTAが担う役割はどこにあると感じていますか。
旅ナカのアクティビティのOTAは宿のOTAと同様に考えられることも多いですが、実は全然違います。ホテルの数は限られているため、宿のOTAはいまある宿泊施設をどれだけサービスに取り込めるかがお客様の要望をカバーできるメリットになりますが、アクティビティはジャンルもコンテンツもさまざまで無限に作ることができるんです。
ただ、種類が豊富であればあるほどいいというわけでもなく、特に欧米のお客様は安さよりも質を求める方が多いので、より良い商品を作ることの方が重要。そのためにもアクティビティを提供する側のパートナー企業との関係をしっかり作れるような取り組みをしています。
▲GetYourGuideが企画するアムステルダムの自転車ツアー
まず、自分たちでツアーに参加してみて良いと感じた点、改善してほしい点を挙げていっていますね。例えば富士山のツアーだと中華圏のターゲットを狙ったものが多く、どの体験も必ず最後にアウトレットに立ち寄りますが、GetYourGuideを利用する欧米圏のお客様はそれを不満に思う方が多いんですね。そういったことをレビュースコアなどのデータを元にサービス提供者に伝えて、お客様が最高の体験をできるよう調整をすることも私たちの役割です。
—旅ナカアクティビティOTAとして利用者の声を代弁し、サービス提供する事業者にその声を届ける存在といえそうですね。
ユーザーデータをもとに、旅ナカ体験の理想的な予約条件を実現
—具体的に、商品を載せるにあたって重視しているポイントはありますか。
そうですね。お客様のニーズに関するデータを共有しながら、フレキシブルに対応していただけるかどうかはポイントですね。例えば、天候がアクティビティの体験を左右する展望台チケットや景色が関わるツアーなどでは直前の予約が多くなりますが、直前予約に対応していなかったり、予約の確定に数日かかってしまうのはお客様にとってはすごく不安なことですよね。実際に即時確定しないチケットではお客様からの問い合わせが非常に多くなります。
お客様に満足いただけるオペレーションがしっかりしていることも大切ですが、お客様のニーズに沿った予約の条件でないと予約自体が成立しないため、どうやって理想の予約条件を実現して予約を最大化できるかをパートナー企業と話し合いを重ねていきます。これって、大手企業が必ずしも成功するかと言うとそうでもなくて、どちらかと言うと小回りの利く中小企業のほうが柔軟にお客様の要望やニーズに対応できる分、うまくいく可能性が高くなるようにも感じていますし、海外ではそういったニーズに対応した企業の成功事例が弊社には数多くあります。
—即時の予約確定は、利用者側の視点に立てば想像できますが、サービス提供側に回ると忘れてしまいがち。利用者の声を代弁する存在として重要な役割を担っているのですね。
一緒に成長していける企業と共に、体験マーケットの拡大に取り組む
—では、日本市場で体験できるコンテンツをどのようにして増やしているのか、またその際にGetYourGuideとして大切にしている基準はありますか。
弊社でフォーカスしている属性のお客様が求めている地域や商品についての需要データを参考に掲載する商品を選定しています。日本は欧米に比べるとまだアクティビティ業界でのOTA利用は進んでいないので、掲載するにあたって、まずは自分で体験できるものは体験しています。そのうえでお客様のニーズにどこまで寄り添う姿勢があるかは判断基準のひとつになっています。
例えば即時予約は世界的にはスタンダードになっているので、お客様は当然、即座に予約を確定したいと思っているが、サービス提供側が特段の理由なく対応できないのであれば対応できるパートナーの商品を掲載していく。なんでもかんでも載せていいとなると、せっかく弊社のコンテンツに魅力を感じて来てくださったお客様を裏切ることになるかもしれない。
また、同じような商品がたくさんあってよくわからない、興味があるものを見つけられなくてガッカリしてしまうということだけは避けたいんです。だからこそ、パートナー企業の方とじっくり話をして、すでに持っているアクティビティがさらに良くなるよう、売り上げが伸ばせるよう、GetYourGuideが持つデータを参考にしながら改良しています。お客様のニーズに基づいて一緒に商品を作っていける、一緒に成長していける企業と一緒に体験マーケットをどんどん広げていきたいですね。
▲スペイングラナダのアルハンブラ宮殿ツアーもGetYourGuideオリジナルのツアーだ
これまで培ってきた経験やデータを活用して、日本の旅ナカ市場拡大に挑む
—日本で旅ナカ体験マーケットを拡大するにあたって、GetYourGuideだからこそ提供できるサービスや価値はどこにありますか。
GetYourGuideがこれまで得た経験やデータを、日本の体験市場に反映させていくことが日本の旅ナカ市場を拡大していくうえで弊社が提供できる一番の価値だと思います。日本の旅ナカ体験市場に占めるOTAの役割を、入場予約や体験申し込み等、すでにあるものを既存の状態で売ることに留めてしまうとどうしても市場を大きくしていくことができません。海外市場で培ったノウハウやフィードバック、データだけでなく、パートナー企業向けのアプリなど弊社がこれまで開発してきた技術も提供して、観光施設の方々が持つ課題の打開策を見つけていくこともできると思っています。
例えば、弊社では実際にどのくらいのお客様が、どういう理由で商品を買うことができなかったかのデータも提供していたり、海外の旅ナカ体験市場の予約期限やキャンセルポリシーの基準を参考に、どのくらいの売上が見込めるかのデータも提供しています。日本の企業に紹介したときには、目からウロコという感じでしたね。事前の予約期限も1週間前できってしまうと8割ぐらいチャンスを逃してしまうけれども、当日予約OKにすればその8割分を回収できるわけですから企業としても意思決定がしやすくなります。大ヒット商品を産むというよりは、お客様のニーズに対応する地道な作業をコツコツ積み重ねることが、まだ成熟していないアクティビティ市場で結果的に成功する近道です。
—大ヒット商品を産まなくても成功する道があるというのは、勇気づけられる言葉です。
日本の旅ナカ体験市場拡大のカギを握るオンライン化
—ところで、GetYourGuideは欧米を中心に世界中に事業展開していますが、日本における旅ナカの体験市場についてどのように見ていますか。
新型コロナウイルス感染拡大前の話ですが、世界のエクスペリエンス市場は2020年で20兆円近い規模になるとの予想で、そのうちのオンライン市場が3パーセントぐらいと言われていたんです。それがコロナ禍を受けてデジタル化がますます進んでいるので、もっと増えていくはずです。
ただ、日本に本格的に進出して2年が経ちますが、日本の体験コンテンツのオンライン化率は世界平均よりも遥かに少ないと感じています。いまだに「バウチャーはプリントアウトしてください」というところばかりです。いま日本のタビナカ市場におけるOTAの規模があまり大きくないのは、商品のほとんどがまだ存在していないか、オフラインにのみ存在しており、取っていけるマーケットが少ないからというのがあります。ただ、それは裏を返せばこれから可能性が広っていく市場、自分たちにとってはチャンスになると思っています。
▲2020年に移転したばかりのドイツベルリンにあるGetYourGuide新しいオフィス
▲各地をテーマにした会議室、京都をテーマとした畳の部屋もある
DXとシステムは似て非なるもの、お客様視点のシステム構築
—日本のタビナカ体験アクティビティ市場全体を俯瞰してみたときに、課題はどこにあると思いますか。
やはり、デジタル化の部分が肝にはなってくると思います。ただ気をつけないといけないのは、DX(デジタルトランスフォーメーション)とシステムは似て非なるものです。DXを推進するパートナー企業の方から「お客様から『予約システムが使いづらい』というクレームがある」という相談を受けてよく調べてみたら、予約時のシステムへの入力項目がたくさんあって、実際に商品予約や購入にたどり着くまでにものすごく時間が掛かるとか、膨大な選択肢の中からプルダウンで選ばなきゃいけないとか、そもそもスマホに対応していないとか、とにかく予約システムがものすごく使いづらいんです(笑)。これはDX以前の問題も大きくて、可能な限り詳細な顧客情報を取りたいというサービス提供側の都合でユーザの利便性を犠牲にしている例でもありますよね。
通常チケットを買うとき、名前を入力して利用日時を選んで、利用人数を入力して、クレジットカードをスキャンして支払いを完了すれば、あっという間ですが、日本の企業にありがちなのが、何度も会員登録が必要な上に国籍や性別、年齢など細かく聞いて、アンケートが入ることも多くて。果たして年齢は本当に必要なのか、性別はジェンダーレスが進むこのご時世でどうなのか、国籍もクロスボーダーで育つ人が多い現代では出身地を聞くことの意味は薄れています。
例えば弊社のCOOのタオは北京生まれですがヨーロッパで育っているので、アイデンティティはヨーロッパ人なんです。だから単純に出身地を答えてもらって得る回答に意味がない。企業側が統計や分析に使いたいのもよくわかるんですが、お客様サイドからしたら手間でしかないですし、購買意欲を削ぐことになるだけですよね。DXの目的がお客様の利便性なのか、リサーチなのか明確にして構築することは重要だと思います。
▲CEO兼共同創業者のヨハネス・
お客様の不満解消も、高付加価値に繋がる
—確かに申し込む前に挫折するという話はよく聞きます。企業側がお客様の視点に立って考える、意識を変えることが大切ですね。
それは本当にそう思います。あとは商品造成に際しての付加価値に対する考え方ですね。日本の企業は高付加価値化を考えるときに「何かをプラスしなければ」となりがちですが、お客様の不満を解消することで価値が上がることもあります。アトラクションの優先入場もそうですし、予約の受付期限を引き延ばすこともそのひとつで、ほかのアクティビティは20時間前で締め切っているけど、ウチは2時間前までOKです!というのも、お客様にしたら購入したいときに購入できるのでものすごいメリットのある話ですよね。
日本の体験アクティビティは、たくさんのお宝が眠る“可能性の宝庫”
—システム面での改善の余地はまだまだありそうですね。DXやシステム以外で、提供するアクティビティやサービスについて感じる課題はありますか。
日本市場を見て感じるのは、いいコンテンツを持っているところはたくさんあるのに、価格の設定がうまくできていないところが多いなと。
例えば、海外でうまくいっているものの一つに、ウォーキングツアーやガイドツアーがあります。日本でも、国内観光客が写真を撮るだけで終わるような観光地に、ガイドをつけて1時間案内をすればそれだけで商品になる。ガイドはその土地の魅力を伝えることができますし、それでお金をとれるから、地域が潤うんです。このようなツアーにもっとお金を取っていいんじゃないか?と伝えても「高くするとお客さんが来てくれない」と思っていて、結果的にガイドや現場の人が奉仕的に活動することになってしまう。これでは、品質を保ちながら持続可能なモデルにすることもできないですよね。
▲海外では、ガイドツアーは大勢の人が参加する人気のコンテンツ
こうしたツアーではお金は取れないといった既存の概念を取り払って、どうしたら適性な対価を得られるようにできるか一緒に成長していけるコンテンツを作っていけたらいいなと思っています。
—日本の旅行業界の概念が変わってくると大きな一歩になると思いますし、そう考えるとまだまだお宝が眠っているような感じがしますね。
コロナ禍を超えた先のアクティビティ市場の未来
—新型コロナウイルス感染症拡大による影響は多大だと思いますが、この先、体験アクティビティ業界はどうなっていくと思いますか?
オーバーツーリズムなどの問題があった量を重視したコロナ前と同じ状況には戻ってはいけないと思います。けれど、コロナを価値観が大きく変わる出来事と捉えるなら、以前と同じ状態に戻す必要はなくて、逆にいまの状況はチャンスにもなるんです。例えば、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、プライベートツアーを選べるオプションにはかなり反響がありました。今後は日本でもこういう形が増えていくのではないかと思います。
また、コロナが収束したとき、お客様が何をしたいか……いままで以上に素晴らしい体験をしたいと考えていると思うんです。旅行が気兼ねなくできるようになったとき、お客様に満足していただけるような、より良い商品を世界各地で見つけて紹介していく。それがいま我々のやるべきことだと思っています。
—こういう状況になって初めて「旅って大事だった」って感じることが増えましたね。だからこそ、「次に旅をするときはよりいいものを」と考えるんだと思います。
「いつでも旅に行けるわけじゃない」「生きているうちに行かなきゃ」と思うようになったのもありますし、今後は安全面でも意識が変わってくると思うんです。いままでのような安かろう悪かろう、詰め込むだけ詰め込もう!というのでは感染リスクも高まりますし、安心して旅行を楽しめない状況になると思うんですよね。だから多少高くてもプライベートツアーに行こうとか、感染症対策をしっかりしているところに行こうとなりますよね。そういう意味では日本は海外の方から見ても安心感はありますし、魅力的な市場になると思います。だからこそ、いま準備しておくべきことはけっこうありますよね。せっかく予約したのに「バウチャーを印刷してください」なんて言わなくていいようにしないと(笑)。
中長期を見据え、バーチャルツアーを活用すれば旅の魅力が増す
—今オンライン、バーチャルツアーなども増えてきていますが、その可能性についてどう感じていますか。
いま市場に出てきているバーチャルツアーも、コロナ禍のいまとコロナ収束後ではまた違った形で活用できると思うんです。今は移動が難しい中でバーチャルツアーが主なコンテンツになっていますが、今後は旅先を予習するイメージで旅マエに体験するとか、旅アトに、舞台裏はこんな感じでしたって知る内容だとか、動画配信サービスに近い形になるのかなと。それでまた旅の魅力が増していくんだと思います。
—最後に、一言メッセージをお願いします。
こんな状況だからこそできることは多くあると思います。弊社としてはいまコロナ禍で稼働している企業の対策や顧客動向をパートナー企業に情報発信したり、コロナ禍が収束したときに少ないキャパシティで利益をあげていくために予約条件などはどういう風になっているべきか、どういう商品があればお客様が戻ってきたときにベストな状態でお客様をお出迎えできるかを考え取り組んでいます。予約が戻ってきたときにパートナー企業の売上を最大にできるようにサポートさせていただき一緒に取り組んでいけたらと思っています。
—ありがとうございました。
(取材 執筆:一野瀬加奈子)
プロフィール:
GetYourGuideJapan株式会社 日本オフィス代表
仁科 貴生
英国高校留学を経て米国カリフォルニア州立大学を卒業。楽天株式会社に入社後、楽天トラベルで主に北関東エリアでオンライン集客支援を行い、東日本大震災を契機に楽天社内でエネルギー事業の立ち上げに取り組む、その後メタサーチ大手KAYAKの日本事業の立ち上げやホテル予約サイトAgodaにて首都圏・東日本エリアでのインバウンド集客支援を経て2018年よりゲットユアガイドにて日本法人の立ち上げに従事。
仁科氏の連載コラム「世界から見た日本の旅ナカ市場拡大のヒント」はこちら
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