インタビュー

観光をコアに地方の課題解決を請け負う、庄内発 街づくりベンチャーの挑戦

2022.05.10

印刷用ページを表示する


「観光立国」を目指す日本では、各地域が観光による地域活性化に取り組んでいる。一方で、観光客の誘致はその一手にすぎず「観光」の視点だけでは、地域課題は解決できない。

観光に限らず様々な事業を通じて街づくりに取り組むのが、山形県鶴岡市に拠点を置くベンチャー企業、株式会社ヤマガタデザインだ。同社は2018年、水田を水鏡にした美しい風景が話題のホテル「スイデンテラス」と、子どものための全天候型遊戯施設「キッズドームソライ」を開業。それ以降、観光をコアにしながらも、教育、農業、人材、電力などの事業を通じて、山形県庄内エリアの課題解決を請け負っている。

今回は同社を立ち上げた山中大介氏に、会社の成り立ちから複数業種を手がけることで生まれるシナジーまで、日本の地方の課題解決への取り組みにおける数々のチャレンジについて伺った。

 

縁もゆかりもない地域でゼロからの挑戦、街づくり会社を立ち上げ

─ 山中さんは元三井不動産の社員だったとか。山形県の日本海側、鶴岡市とのご縁はどういうものだったんでしょう?

三井不動産ではホテル事業とはまったく関係のない商業施設本部で、ショッピングセンターの開発や運営を担当していました。とてもやりがいある仕事でしたが、ある時、もうこの国にはショッピングセンターはいらないんじゃないか? ということを思ったんです。マーケット的に飽和状態で、資本主義の限界もうっすらと感じはじめていた頃。新しいチャレンジをしていきたいと思っていたタイミングで、鶴岡サイエンスパークに居を構えるベンチャー企業スパイバーから声をかけてもらったんです。初めて庄内空港に降り立ったとき、11月頃だったのですが、寒くて凛としていて、何より空気がおいしくてびっくり。直感的にこの場所いいなと。地方でゼロからチャレンジするのもおもしろそうと思いました。


▲山形県鶴岡市のサイエンスパーク(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

─ スパイバーは、人工的にクモの糸をつくる…タンパク質素材を作り出す技術で世界的な注目を集めているベンチャー企業ですね。そんな企業が鶴岡にあるのはちょっと意外な印象です。

スパイバーがある鶴岡サイエンスパークは、今から20年以上も前に当時の富塚市長が、地方からイノベーションを起こしていくという気概のもと、慶應義塾大学先端生命科学研究所を誘致することからはじまった、鶴岡市北部につくられた新しい「まち」です。最先端の研究施設を備え、スパイバーをはじめとするバイオベンチャーが次々と拠点を構えています。私はそのスパイバーに、ビジネスを構築していく役割として入社したんです。

─ 一度はスパイバーに入社するものの、ヤマガタデザインを起業することになったのはどうしてなんでしょうか?

サイエンスパークと呼ばれるエリアは、全体で約21.5ヘクタールの広さがあるのですが、当時は行政主導で7.5ヘクタールの開発が終わった段階で、14ヘクタールの土地が未利用のままとなっていました。鶴岡市としては継続して予算を投入して開発するのが困難な財政状況で民間主導での開発を模索していた頃です。たまたま私がディベロッパー出身ということもあって、行政の方に未開発の土地について相談を受けたのがはじまりでした。これも何かのご縁と、行政から開発を引き継ぐ形で、サイエンスパークの街づくり会社として起業したのがヤマガタデザインでした。

─ バイオベンチャーが集う街と聞くとシリコンバレーのような風景を想像しますが、いい意味でギャップがありますね。

ここ庄内は米どころとして有名で、サイエンスパークもそんな広大な農地を転用して開発した場所。周りを見渡せば見事な水田が広がり、山に沈んでいく夕日が美しい土地。都市で働く人たちにとってはこういう環境こそ響くのではないかと思いました。一方サイエンスパークに対して市民の方からは、何をしているかわからない学術に莫大な税金が投入されていることへの冷ややかな視線もありました。そこでサイエンスパーク自体が地域の人たちに受け入れてもらうことも大切だと考えました。

その両方を満たす仕組みとして、大人の交流施設としてのホテル「スイデンテラス」と、雪深い地域の中で子どもが一年中遊びながら学べる教育施設「ソライ」をセットにしたプランを描き、地権者さんや地元企業の経営者のみなさんへプレゼンしていきました。


▲スイデンテラスと教育施設「ソライ」(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

地元の山形銀行さんが出資を決めていただいたことが大きかったのですが、人口減少が続いている地方都市で、地域の未来のためリスクは大きいけれどチャレンジしていく、その姿勢に共感していただき、資本金10万円で創設したヤマガタデザインは、地元の企業や個人のみなさんから20億円以上の資金を投資いただくことができたんです。

 

注目を浴びると同時に集まる厳しい評価に対応すべく改善の日々

─ そうした苦労が結実して2018年に開業。田んぼに浮かぶホテルとして世界的な建築家・坂茂さんが設計を手がけた「スイデンテラス」は数々のメディアにも取り上げられ、瞬く間に注目を集める人気施設となりました。一方で開業当初は試行錯誤の連続だったとお聞きしました。

対外的に注目を集めるのは大変ありがたかったのですが、1年目はその裏側で評価も散々。オペレーションも崩壊気味という状況で、社員総出でベッドメイキングする、なんて時期もありました。ホテルでのお食事も、地域内の飲食店を利用していただきたいという思いもあり、ホテル内のレストランへはあまり注力していなかったです。そんな姿勢がホテルに篭ってゆっくり過ごしたいお客様からはクレームになってしまうという悪循環で。そういった課題に対して、サービスやオペレーションを見直しながら、ひとつひとつ問題点を潰していきました。また開業当初はなかった女性用の露天風呂やサウナを整備したり、宿泊者限定のライブラリー、バーラウンジを新設したりと、ハード面でのアップデートも常に続けています。ホテル業に精通した支配人やシェフを迎え入れるなど、体制も改めていき、ハードもソフトも現在では劇的に改善できたと自負しています。


▲初夏になると、部屋の窓からは美しい水田が見渡せる(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

 

地域の人たちにとっても、価値のある場所に

─ 「スイデンテラス」の誕生は、地元の人にとっても大きな出来事でしたね。

地元の人は、鶴岡や庄内には何もないと言いがちです。「スイデンテラス」が生まれたことで、地元の人が記念日に宿泊したり、このホテルを目当てに遠方に住む親戚や友人が訪ねてきてくれたり、地元の人たちからうれしい報告をいただくようになりました。自分たち自身が地域を楽しむフックになったり、関係人口が増えていったり、嬉しい手応えを感じています。

 

稼げる農業の仕組みづくりに向けて、オーガニックに着手

─ 農業にも大きく力を入れて取り組んでいらっしゃいますね。

スイデンテラスのもともとの地権者は地元の農家さんたち。開業前から対話する機会も多かったのですが、農業はいろいろな構造的な問題を抱えているということもあり、明るい話題が少なかったんですね。農業を含む第一次産業は英語では「Primary industry」というくらいですから、本来人類にとって一番大切にしなければいけない産業のはず。山形の基幹産業である農業に関わる人たちが元気になってほしいなと。それにはしっかり稼げることも重要です。


(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

ユーザーと農家を繋ぐ「食べチョク」など、新しい考え方で生み出されたマッチングサービスも数々も生まれている現代ですが、我々はプラットフォーマーを目指すのではなく、まずは当事者として農産物をつくる側にまわって汗をかかなければと思ったんです。その苦労も知りながら、しっかり儲かる仕組みを見出し、新しい農業の形を示していけたらいいなと。

─ だからこそオーガニックな農業にこだわられているんですね。

時代的にも、お客様の要求レベルがどんどん高まっていることもあり、農業をやるならオーガニックという選択肢しかありませんでした。ビジネスとして考えた場合、農業は単価勝負。オーガニックという市場は、そもそもが成長市場。潜在的には2兆円ぐらいの市場規模があると言われていますが、顕在化している市場はまだ2,000億円ほど。にもかかわらず、取り組んでいる農家さんが圧倒的に少ないこともあり、単純に考えて、高単価でもつくればつくるほど売れる環境にあるんです。オーガニックな農業は、これまで行われていた慣行農法に比べて、まだマーケットが小さいし、手間も時間もかかるということで、きちんと研究されてこなかった分野でもあります。ここで自分たちがしっかりとノウハウを蓄積しつつ、儲かる農業へ転換していくことこそが、地域の明るい未来をつくることに繋がっていると思っています。

 

有機野菜の販路開拓で、若手が農業へ参入しやすい環境を作る

─ 現在はどういった作物をつくられているのでしょうか。

現在ヤマガタデザインでは、有機栽培でベビーリーフとミニトマトを生産しています。ハウスが51棟、今季はさらに増設する予定です。農業は、単一品目で取り組んでいく方が事業化したときの利益がでやすいもの。そうすると自社だけで多品目をつくることは難しいわけですが、地元JAなどとも連動しながら、独自の栽培基準を設け、共感してくれる地元農家が手がけた有機栽培や特別栽培の野菜やお米などを買い入れる仕組みをつくりました。「SHONAI ROOTS」というブランドにして、ヤマガタデザインが販路を開拓して、県内外の百貨店やスーパー、ネットショップなどにも卸しています。


(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

─ 有機農業に取り組みたいと思っている若手農家にとっても心強い取り組みです。

農薬を使うこれまでの慣行農業を続けても先行きは暗いので、有機農業に取り組んでいきたいと思っている若い世代の農家さんってじつは多いんです。ヤマガタデザインがつくった野菜を買い入れる仕組みがあれば若い人たちもチャレンジしやすくなります。「SHONAI ROOTS」は現在45品目。こういった仕組みをつくることで、オーガニックに取り組む農家の多様性を育んでいけたらと。山形県やJAなどとも連動して、有機農業をメインに経営も含めて学ぶ学校「SEADS」や、有機農業で米作りするためのロボット事業などにも参入しています。それらはすべて地域にオーガニックな農業を広げるため。ヤマガタデザインが仕組みからデザインすることで地域の農業を変えていけたらと思っています。


▲農業の効率化に欠かせないテクノロジーも活用。写真は自動除草ロボット(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

 

地元企業の課題を解決すべく立ち上げた求人サイト「ショウナイズカン」も全国展開

─ 人材事業の分野でもビジネスに取り組まれていますね。

これも地域の経営者の方から相談をいただいたのがきっかけです。地元企業にとってUターンやIターンを考えているような人材を迎え入れたくても、求人の環境って、大手企業が手がける求人雑誌や求人サイト、そして地元のハローワークぐらいしか窓口がないんです。大手が手がける求人情報サービスでは膨大な情報の中に埋もれてしまうし、かといって若い世代にとってハローワークはなかなか利用しづらい。よく地方には仕事がないと言われますが、そうではなくてマッチングがうまくできていなかったんです。そこで大きく投資し、システムを構築し、立ち上げたのが「ショウナイズカン」というWEBサイトでした。

(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

─ 「ショウナイズカン」は、地元企業の理念やそこで働く若い世代のインタビューなど、丁寧に取材しながらつくられた求人記事と、地域の飲食店や観光スポットなどの情報が網羅された構成になっていて、庄内地方へ移住を検討する人たちにとって有益な情報が掲載されています。

昨年11月にはTV番組「ガイアの夜明け」にも取り上げられましたが、マッチングがうまくいって優秀な人材を採用できた事例も多く、多くの地元企業の経営者から大変喜ばれています。さらに同じ悩みを持つ地方へ広げていけるよう、「ショウナイズカン」で築き上げたシステムやノウハウを「チイキズカン」というパッケージにして、他地域での人材事業をサポートする事業もスタートしました。まだ立ち上げたばかりなのですが、早くも10の地方からお声がかかり、各地方との取り組みが始まっています。こんな風にバズったのも、農業と同じで、自分たちが当事者としてリスクを負い、地域の課題に取り組んできたからこそではないかと手応えを感じています。

 

多様な事業展開が、地域課題を多方面から解決する

─ 他にも様々なビジネスを走らせていますが、それぞれの業種間での相乗効果は生まれていますか?

観光と農業という観点では、コロナ禍で現在縮小気味ではありますが、収穫体験など宿泊される方向けのアクテビティとして提案しています。自社の畑にご案内したり、また地域内の山のエキスパートの方々にバトラーになってもらって、山菜やきのこ採りにご案内したり、地方に泊まって土に触れたいという宿泊者のニーズに応えていきたいと考えています。

─ 観光と教育の分野のシナジーはありますか。

親子で観光される方が増えましたね。鶴岡にはクラゲの飼育で全国的にも知られる加茂水族館というスポットがあるのですが、「スイデンテラス」に宿泊して、「キッズドームソライ」と水族館をセットにしてご旅行されるんですね。旅行ってどうしても親の行きたいところに子どもが付き合わされる、みたいことがよくありますが、鶴岡では子どもが主役で、しかも大人も一緒に楽しめる、そんな旅のスタイルが提案できています。


▲キッズドームソライは子どもたちが楽しめる環境が整っている(提供:株式会社ヤマガタデザイン)

またコロナ禍ということもあり、県内や宮城や秋田などの中学生や高校生が修学旅行に訪れていただくことも。教育現場で探究型授業が求められていることあり、地域の様々な課題に取り組んでいる場として「スイデンテラス」が選ばれています。私自身が大勢の中学生相手に授業するなんてことも、開業前は想像していなかったですね。

さらに「ソライでんき」という電力事業もスタートしました。再生可能エネルギーなど、法人向けに電力を販売する事業を行い、その売上の一部を地域の教育に還元させていく仕組みをつくりました。地域の企業が一緒になって教育を支える仕組みをつくり、鶴岡からハーバードを目指す、そんな子どもたちを応援できたらと思っています。

 

庄内エリアの街づくり会社が、日本の地域課題を解決する企業へ

─ たくさんのビジネスを同時に走らせる。何が原動力になっているのでしょうか?

日本の地方は都市部の問題を先取りする形で人口減少や高齢化など、様々な課題に直面しています。「スイデンテラス」が成功することで、地域のみなさまからたくさんの相談ごとも持ち込まれるようになりましたし、同時にどんどんご支援をいただけるようになったんです。そこで直面している課題は、困難なことも多いですが、ビジネスチャンスでもあり、何より解決の糸口が見出せたときは地域の未来を照らす光になっていきます。もともとサイエンスパークの街づくり会社としてスタートしたヤマガタデザインですが、庄内・山形の街づくり会社になり、そして日本の地方の課題解決企業へ、そのステージも変わってきました。自分たちのアイデンティティを脱皮させながら、常にチャレンジを続けていくことが重要だと思っています。

 

プロフィール:

ヤマガタデザイン 代表取締役 山中大介

1985年東京都生まれ。三井不動産で大型商業施設の開発と運営に携わったのち、2014年に山形県庄内地方に移住し、街づくりを担うヤマガタデザイン株式会社を設立。鶴岡サイエンスパーク内での開発を指揮し、2018年にはコミュニティホテル「スイデンテラス」と教育施設「キッズドームソライ」をオープン。そこから農業や人材業など、地域の様々な課題を請け負う形で事業を展開させ、2020年には電力事業と教育を絡めた「ソライでんき」をスタート。2023年には農業用ロボットの商品化なども計画している。

最新のインタビュー