インタビュー
東京オリンピック開催を機に「失われた20年」を取り戻す
2020年のオリンピック開催地が東京に決定し、それを機に日本経済が大きく動くのではないかという期待が高まっている。株式会社三越伊勢丹ホールディングス代表取締役会長である石塚邦雄氏は、インバウンド施策を強化することで、増加傾向にある外国人客をフックに、日本経済における“失われた20年”を取り戻すべきと熱弁する。同社の現状、そして取組みについて聞いた。
東京オリンピックにより生まれる、社会の動きをチャンスと捉える
村山
まずは御社のインバウンドに対するお考えからお聞かせいただけますでしょうか。
石塚
先日、東京オリンピックの開催が決定しましたが、今後の日本経済に大きな影響を及ぼしていくことは間違いありません。私個人的には、オリンピック開催までの7年間において、お金の流れや使われ方が変わっていくと思っているのです。例えば、外国人の方々を迎えるために数多くのホテルが建設されていくこともそう、私たちが着手しようと考えている商業不動産事業もそう。
日本経済が停滞していたこの“失われた20年”の間に動きが鈍っていた産業が一気に動いていくでしょう。ところが、経済成長が著しく凍結していた苦しい時代を過ごしてきた多くの経営者は、「この先も成長しないのでは?」という諦めのような感覚を持っているのも確かです。
しかし、これまでの延長として時代を捉えていては、大きなチャンスを逃してしまうものと考えます。いわば、これからの7年間が、失われた20年を取り返すチャンスだと捉え、スピード感を持って、これからの時代の動きに対応すべく成長戦略を実施していかなくてはなりません。
その施策のひとつとして、インバウンドの取り組みにも注力していくべきと考えています。
村山
オリンピック開催がひとつのトリガーとなることは間違いないのですが、御社の中にも、元々そういった機運が高まる土壌のようなものがあったのではないでしょうか。
石塚
おっしゃる通りですね。外国人のお客様の利用が、今年になって急激な伸びを見せています。例えば、銀座三越における免税品売り上げが4.95%を占め、前年に対して2%ほど上向き傾向にあります。免税とはなっていない食品や化粧品までカウントすれば、恐らく8%程度にまで達している可能性があるのです。
村山
もはや経営者としては無視できない数字となっているのですね。
石塚
そうです。しかも、いうなればこれまでは、黙って待っているだけでこの数字が付いてきたのですから。先に申したように、インバウンドを重要な成長戦略として捉えている以上、こちらからアクションを起こして、外国人の方々にご来店いただくのだという強い意思を持って、積極的に施策を打っていくべきです。
もちろん、まずは現場も含め意識レベルの向上をはかることからはじめるべきと考えています。
日本のショッピングが評価される理由、豊富な品ぞろえと接客力
石塚
ひとつは品ぞろえが豊富だという点にあると思います。これは中国人の方にお聞きしたのですが、百貨店はもちろん、100円ショップに至るまで、圧倒的な差があるのです。そして、安全安心であること。
同じメイド・イン・チャイナであっても、日本の厳しい安全基準をクリアした商品に対する信頼性は非常に高いというのですね。特に、化粧品など肌に触れるものと食品といった身体への影響度が高いものほど、日本で購入するメリットが高いと受け止められているのです。
村山
確かに、おっしゃる通りですね。アジア地域の百貨店など、店舗は新しくて綺麗であっても品ぞろえが薄く、がらんとした印象があります。
石塚
さらに、エルメスなどの高級ブランド品についても、香港や中国にもブランドが進出しているにも関わらず、香港の方がわざわざ日本にお越しになって購入をされる。実はエルメスなどはブランド戦略のいかんとして、一番感度のよいところに一番最新の商品を持ってくるのです。ですから、限定品であるとか、世界で最初の製品などは、まず私どもの新宿伊勢丹に並ぶのです。外国人の方々、特に富裕層と言われる方々は、そういった付加価値を求めて、わざわざ日本に足を運んでこられるのです。
村山
そこは大きく差別化できるポイントですね。
石塚
そうです。それに加え、滝川クリステルさんのスピーチで脚光をあびた「おもてなし」の心が根底にある接客態度にも評価が集まっているのだと思います。今から7~8年前の日経新聞に掲載されたエピソードで、ことあるごとに私も社員に話しているのですが、タレントのアグネス・チャンさんが17歳の時、お母様と来日した際に、銀座のデパートに来られたのですね。30~40分ほど接客をしてもらったのに、結局購入をしなかったのですが、その時に店員が「品ぞろえが悪くて申し訳ございませんでした」といったというのです。そのひと言で、アグネスさんは「日本ってすごい」と感じ、日本でのタレント活動を決意したと、その記事には書かれていました。百貨店の接客が、日本という国の評価に繋がったという好例です。
村山
素敵なお話ですね。
石塚
ところが、しっかりと外国人のお客様を迎えたいと考えていても、やはり言葉の壁があります。まずは、挨拶だけでも印象が違うので、数ヵ国語で「こんにちは」が言えるよう、指導を進めているところです。そして、小売業の国際化を進めるうえでは、言葉以外にも決済と免税の問題があると言われていますが、特に日本が立ち遅れている免税制度に関しては、私どもで協議会を立ち上げ、国に対して制度の整備と免税品目の拡大の働きかけを行っているところです。
海外の方々も“顧客”と捉え、新たなアプローチで囲い込む
村山
オリンピックが開催されると、さらに集客拡大への期待が高まりますね。
石塚
7年後がピークとなるかもしれませんが、その前に日本に来たいという方々もどんどん増えていくでしょう。免税品目数が増えて、訪日数が2000万人になれば、確かに今と比べて10倍の手数は必要となるものの、売り上げが10倍になる可能性も大いにありえます。
まずは、そのような規模を受け止めることができるインフラや態勢作りから進めているところです。また、外国人の方々に対して新しいスタイルでアプローチをし、集客を図る施策も始まっています。
村山
それはどのような施策なのでしょうか。
石塚
これまでは旅行会社が企画するツアーに組み込んでもらったり、海外支店における告知のみを実施し、いうなれば海外のお客様をマスとして捉えていたに過ぎませんでした。
しかし、今後は個々のお客様とのつながりを重視するワン・トゥ・ワンマーケットの考えにのっとり、しっかり顧客化してリピーターになっていただこうと考えているのです。例えば、一度免税品をご購入されたお客様は、住所やメールアドレスをご登録いただいているわけですから、定期的にサンクスレターやセールのご案内を送付します。
さらに、そのレターをお持ちいただいたお客様には粗品をプレゼントするなど、日本のお客様に対するものと同様のアプローチを行うのです。
村山
それは、なかなか他では見られない施策ですね。日本人のように頻繁に来店できない方々へのアプローチとして有効だとご判断されているのですね。
石塚
一度に購入される金額が違います。外国人の富裕層の方々は、一気に大量の物品を購入されるのです。しかも、セールスレターやメールのご案内にかかるコストなどわずかなものです。したがってコストパフォーマンスが高い施策であると捉えています。
村山
たくさんの貴重なお話をありがとうございました。最後に、今後の日本のインバウンドはどうあるべきか、石塚会長のご意見をお聞かせください。
石塚
ひとことでいえば、オールジャパンの取り組みが必要だということです。
そういった意味で、我々、百貨店でもご協力できることはたくさんあると考えています。例えば、私どもの海外支店で「北海道物産展」などを開催し、日本への観光誘致につなげることも可能です。
また、昨今、インドネシアをはじめとするアジア各国の間で、日本の若手デザイナーの手によるファッションや雑貨が注目を集めていますが、私たちの支店ネットワークを活用して、世界へ情報を発信したいという方々のお力にもなれると思っています。
もちろん、私たち自身が自社のために取り組むべきこともたくさんありますが、そういったカタチで日本の魅力を発信する一助となれればと考えているところです。
村山
今日は、ありがとうございました。
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