インタビュー

ハワイ州観光局日本支局長ミツエ・ヴァーレイ氏に聞く、地域コミュニティ重視型の戦略へ舵取りした理由

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コロナ禍前のハワイは渡航者数が年々増え続けており、2019年は過去最高の1000万人を超える旅行者が訪れた。その一方で、旅行者の増加による自然環境への影響や交通渋滞などから、住民の観光業への満足度は下がる一方だった。観光が主要産業であるハワイ州は、持続可能な観光業の実現のために、2020年初頭に革新的な観光戦略を掲げた。今、観光再開にあたって大事にしている地域社会との協働や観光の持続可能性のための戦略について、ハワイ州観光局日本支局長ミツエ・ヴァーレイ氏にうかがった。

 

1.コロナ前のハワイの状況

ハワイ州の観光戦略転換は、コロナ前から進んでいた

─ 直近の2022年5月のハワイ訪問者数は、コロナ前の2019年同月比の92.8%まで回復。日本人にとっても魅力のデスティネーションであるハワイの観光再開が進んでいますが、コロナ前とはどういった点で観光戦略が変わったのでしょうか?

まず、観光戦略の転換は、コロナ禍の観光再開に向けて戦略を立てたのではなく、50を超えるハワイの企業、団体、政府と「ハワイ州観光戦略プラン2020-2025年」を策定して2020年初頭にはすでに発表されていました。これは(1)自然資源、(2)伝統文化、(3)地域社会、(4)ブランドマーケティングを4本の柱として、ハワイの主要産業である観光業でハワイの経済を支え、持続可能な社会を作り上げていくことを目指すものです。


▲ハワイ州が定める観光戦略の4つの柱 © Hawaii Tourism Authority (HTA)

大きく以前と変わった点は2つ。それまで訪問者数を重視して計測していたKPI(主要業績評価指標)を「住民の満足度」「旅行者の満足度」「1日の旅行者の平均消費額」「総旅行者消費額」の4つの指標設定とした点と、各郡の観光局および政府が地域社会と共に観光戦略を立案し、各地域に適した課題解決策や観光再開計画を目指すデスティネーション・マネジメント・アクション・プラン(Destination Management Action Plans:DMAP)を策定した点ですね。

 

何がハワイ州の観光戦略転換を導いたのか?

─「訪問者数」ではなく「消費額」や「満足度」に重きを置き、DMAPも地域社会と共に策定ということで、地域住民やコミュニティとの関わりをより重視する方向に舵を切ったのを感じます。

ハワイにとって観光は、5人に1人が労働力として携わり、経済基盤としても最重要産業のひとつです。住民が自分たちの住んでいる場所への意識や誇り、ホスピタリティが高くなければ観光業というのは成り立たないのです。それがあってこそ旅行者が訪れて、地元との連帯感を得たり、文化に触れて感動するといった体験が得られるわけですから。観光業には地域コミュニティによる観光の理解と協力が必要です。

また、ハワイの人々が持つハワイの自然や文化へのプライドには長い歴史があります。かつて存在したハワイ王国が消滅し、ハワイ語を使用することやフラやサーフィンなどが禁止された時期を経て、地元の人たちは先祖から継承してきた文化、言語、思想などを非常に大切にしています。70年代のハワイアンルネッサンスに拍車をかけたのは、動力を使わず風や星などの自然のみに頼って航行するホクレアによる伝統航海の成功でした。その次は言語の復興で、公用語として認められたハワイ語で授業をする学校が設立され、1990年代には小学校でハワイ語の授業を受けた世代が社会に出てきて、次世代のリーダーとして活躍し始めました。


▲ホノルル イオラニ宮殿の敷地内で行われた子供たちのパフォーマンス © HTA / Tor Johnson

そうした地域に対するプライドや文化継承の長い歴史をみてもわかるように、観光が成り立ち持続していくために、まず1番に大切なのは地域コミュニティの観光に対する意識です。2番目には観光産業によってコミュニティの生活の質が向上し、満足をしてもらっているかです。州民の観光への理解度・満足度調査は、なるべく旅行従事者でない人を抽出し、地域を偏らないようにして1980年代から行っています。

(参考:過去の住民意識調査データ Evaluation & Performance Measures)

 

住民満足度が低下するハワイで動き始めた「責任ある観光」「再生型観光」

─ そうした調査の内容がKPIの見直しやDMAPの推進へと結びついていくのですね。コロナ前のハワイの観光は、どのような状況だったのでしょうか?

ハワイへの渡航者が1000万人を超える以前、600万人を超えた2016年頃から、地域住民の観光への満足度が66%ぐらいに落ち始め黄色信号が灯り、その時点で私たちはすでに「レスポンシブルツーリズム」という言葉を使っていました。また、コロナ前には米国本土と日本からの渡航者で8割近くを占めるなど、マーケットシェアが集中していることも考慮せねばいけない状況でもあり、「人数ではなく消費額を目標にすべき」という見解が出ていました。

人口142万人のハワイに1000万人以上が訪れれば、自然への影響、ゴミ問題、交通渋滞などを住民が肌で感じるようになってきます。さらにSNSの影響で、訪問者がワイキキなど従来の観光エリアだけでなく、住民の居住地域にまで訪れるようになると様々な問題が発生するようになったほか、ハワイの人々が守り継いできた神聖なエリアにまで知らずに侵入するといった問題が多発し始めていました。

こうした状況下で、2017年頃から、レスポンシブルツーリズムという意識のもと前述した4本柱で新しい観光戦略を出すべく準備を始めていました。それもハワイ州や観光局主導で進めるのではなく、大学の観光学科の教授、観光業界や経済界のリーダー、コミュニティの間に立ってロビー活動をしている人たちなどキーパーソンによる委員会を作り、ヒヤリングや討議を重ねたものを上に提案するという形で進めました。


▲アイザックシェフ、ビーチパークで友人と過ごす © HTA / John Hook

 

2.コロナ禍のハワイ、観光戦略への影響

コロナが地域住民の観光への意識を変えるきっかけに

─ そこに来て2020年からのコロナ禍は、どういった影響があったのでしょうか?

いろんな点で自然回帰した面があります。ひとつには、じっくり考える時間が生まれたこと。ハワイ州はロックダウンや緊急事態宣言も早い段階に出て、その分、補助金が出たのも早く、経済的なストレスが少なかったんです。また、ジョギングやハイキングは許されていたので、外に出て自然に触れる機会も増え、「ハナウマ湾の透明度が高まった」「ワイキキにハワイアンモンクシールが来ている」など、自然の回復を実感するようになりました。

そのことで、アフターコロナで本土やインバウンドの旅行者が来た時に、この自然を保ちつつどうやって観光を再開したらよいかという話し合いに、地域コミュニティが積極的に参加するようになるなど、自然と観光の両立への意識が高まりました。また、エシカルな意識の高い20代後半の次世代リーダーたちが、環境やコミュニティサポートで活躍するようになった時期とも重なりました。


▲ホノルルのKCCファーマーズマーケットで買い物をする人たち © HTA

 

地域コミュニティの強い結束により、島ごとの観光ビジョンを策定

─ そうした地域コミュニティの意識の高まりが、島ごとのDMAPの策定にも結びついていったんでしょうか?

ハワイは島ごとに事情が異なります。たとえばカウアイ島では交通渋滞が一番の問題である一方、再生エネルギーの使用割合が他の島より大きいので、グリーンアイランドを保つことが最重要課題。またマウイ島はアメリカでも最も人気の観光地であり、環境保全のバランスを取ることが最重要課題といった具合です。

ハワイ州観光局がまず、以前と現在の状況分析をしっかり行い、コミュニティに根ざしている島ごとの観光局や地元のビジネスリーダー、自治体、サプライヤーそしてコミュニティリーダーと、とことん話あいました。そして、観光再開とリカバリーにあたり、島ごとの3年計画の詳細なDMAPを策定しました。たとえば、カウアイ島は交通渋滞の課題解決のための公共交通システム開発、ラナイ島は島の歴史や文化を伝えるためのモバイルアプリ作成、マウイ島は外来種対策のメッセージ発信など、各島が島独自の課題に対して必要な活動計画を策定しました。


▲地域ごとの特性や課題を考慮し、島ごとにデスティネーションマネジメント行動計画が作られた © HTA

持続可能な観光業の実現のためには、観光は観光関連企業や従事者だけではなく、地域全体に貢献できる産業にすることが大切です。人気観光地には住民の何倍もの人々が訪れるわけですから、観光地を形成するのは住民だけではなく、訪問者もその役割を担っています。また、責任ある行動を取るだけでは改善には至らないため、地域再生に貢献するリジェネラティブツーリズム(再生型観光)の開発も不可欠です。

また歴史的にハワイは、「ヤシの木がそよぐ下で、ココナッツブラに腰ミノのフラダンス」といったハリウッド映画によってイメージが作り上げられてきた面がありますが、今はハワイの伝統文化や言語などを次世代に継承しようという運動も活発になっています。

コロナ禍のリベンジ旅行と呼ばれた観光再開の局面では、今までハワイに来たことがなかった旅行者も一気に訪れました。ハワイの自然観や文化を知らない旅行者が絶滅危惧種の海洋動物に接触したり、自然に対し無節操な行動に出てしまうと、地元住民の観光業への不満が高まりかねません。そのために観光局自体が “プロモーションよりエデュケーション、マーケティングよりマネージメント”というように意識と姿勢を変え、コミュニティの理解を得る必要がありました。


▲ハワイ・ランド・トラストのキアイ・コリアーとボランティアによる漁網の撤去作業 © HTA / Heather Goodman

 

3.ハワイ州観光局が今後重視すること

量から質への転換、「満足度」と「消費額」にフォーカス

─ 観光再開にあたっては、地域の事情に合わせた活動計画、そして観光による地域への貢献を理解してもらうことが大事ですね。そこで目標とするKPIの変化について今一度うかがえますか?

観光再開でハワイ州が見ているのは人数の戻しではないということです。実際には、旅行者数・滞在日数・消費額・航空座席数・ハワイ関連企業とのコミュニケーションといった数字に加え、広告効果など細かい指標をレポートはしますが、そのような数字面より、ハワイ州観光局として重視していくことが3つあります。まずトップが「ハワイ州民の観光業への満足度」、2番目が「旅行者のハワイに対する満足度、3番目が「消費額」です。

「ハワイ州民の観光への満足度」のためには、1日およそ15億ドルという観光収益がハワイにもたらす経済効果とその貢献度を、コミュニティに正しく伝えていくことが大切です。「旅行者のハワイに対する満足度」には、旅行者の体験の質を上げる旅行商品開発が不可欠ですが、そのためにはコミュニティが自分たちの文化や自然に誇りを持って、旅行者に伝える情熱が必要です。地元の人たちがそのために企画するイベントなどにはもっと助成金を出していくことが必要だと思います。「消費額」は、旅行者がハワイの文化や歴史に興味を持ち、博物館や美術館にも行こうかなとか、ビーチでサーフィンレッスンをしてみようかなとか、自分を高める体験にお金を使うマインドフルトラベラーを増やしていきたいですね。そのためのサプライヤーや人材の確保、教育に力を入れていきたいです。


▲ロイ(タロイモ畑)でカロ(タロイモ)の収穫を終え、マスクをするボランティアたち © HTA / Heather Goodman

 

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