インタビュー
先月より、中国の地方都市における訪日団体旅行の制限要請に関する情報が飛び交っているが、いまいちその実情が見えてこない。2016年には年間訪日客数が600万人を超えて過去最高を記録するなど、今や日本のインバウンドにとって最重要国と言っても過言ではない中国だが、今回の団体旅行の制限要請は業界にどのような影響を及ぼす可能性があるのか。その現状を探るべく、現地の旅行会社と太いパイプを持ち、中国人観光客の誘致促進コンサルティングを行う株式会社フレンドリージャパン代表の近藤剛氏に、現地の状況も含めて話を聞いた。
訪日団体ツアーの制限について、近藤さんが現地で情報を得たのはいつ頃でしたか?
9月14日にTCVB上海旅行社セミナーを行ったのですが、セミナー後の宴会時に、上海衆信旅行社の副総経理から、「訪日観光は、個人・団体共に極めて順調に増えてきている。夏休みから国慶節は今まで以上に多くの日本人観光客が日本へ行く。しかし、あまりにも日本ブームが話題になりすぎているのを気にしている一部の地方都市の役人もいて、少し団体募集を抑えるような動きがある」という話が出ました。その時は、私だけではなく、その場にいる上海の旅行社メンバーも驚いていましたが、「まさか」「またか」「いかにもありそう」といった様子で深刻には捉えていませんでした。
その場では実際にどのような意見が交わされていましたか?
今回の制限要請に関しては
「団体募集に限定」「中央政府からの通達ではなく、一部の地方政府からの要請」「口頭ベースである」
といった内容のため、大きな強制力はなく、急激に伸びつつあるFIT(個人旅行)ツアーへの言及がなかったことで、WEB系の旅行会社やFIT中心の旅行社のメンバーには「このことで、地方でもより一層FIT化が進むのではないか」と言っている人もいました。
彼らの話を聞いて、近藤さんご自身はどのような印象を受けましたか?
私の個人的な見解でも、そもそも旅行業界が成熟するにつれ、料金勝負の募集型団体旅行から内容重視のFIT旅行にシフトし、出発日や旅程の制約がないFIT型になるにつれ、総人数が増えて拡大すると思っています。そのため、今回の一部の地域、一部の旅行社への団体募集ツアーの制限については、それほど深刻に捉える必要はないと感じています。もちろん、口頭ベースでの要請とはいえ、今年中(12月まで)においては、団体ツアーの集客数には影響が出ると思います。私の予想では、これから募集をする11月〜12月の期間(国慶節を含む10月までは集客確定済み)においては団体が減り、前年並みの訪日客数に留まるのではないかと思います。
ただ、そもそも11月〜12月はオフシーズンになるため、その期間の団体客が制限されても全体的な年間訪日客数には大きな影響はありません。おそらく、2017年の年間訪日客数は、合計700万人程度(対前年10%増)と予測しています。
口頭要請の内容について、具体的な話は聞いていますか?
弊社の現地スタッフ及び現地旅行社からの情報によると、団体募集は新聞やWEB等のメディアに掲載して集客募集をしますが、今年中においては、そのメディア掲載を自粛するように要請されています。要請は個々まちまちで、
「昨年ベースの人数までに抑制」「今年の集客は4000名以内に抑制」「エリア内すべての旅行会社に対して、できるだけ今後の募集を中止」
など、各エリア、各旅行社により要請された内容が違い、要請する側の役人によって統一されていない印象を受けました。
口頭要請があった旅行社のエリアに関してはいかがでしょうか?
当初は福建省、遼寧省、河北省との情報でしたが、その後、山東省、湖北省、内モンゴル等の旅行社にも口頭要請がありました。北京、上海、杭州、広州は一部の旅行社のみでほとんど影響はなく、全体的にまばらな印象です。
今後の影響について、ご意見を聞かせてください。
2012年〜2013年の、尖閣国有問題による中国中央政府からの訪日観光渡航の制限通達とは違い、このような観光業界へのマイナス措置が大きな影響を引きずるようなことはなく、年が変わった2018年は、団体も含めて今まで通りの状況になるのではないかと見ています。ただし、今回の措置でFITシフトは加速するため、団体比率は減少すると思います。
現地旅行社からも「日本は人気の訪問先であり、今後もそれは変わらない」「今回の措置は一時的なものである」「FITが加速するだけで、日本への送客数に変わりはない」「今年は日中国交正常化45周年、来年2018年は日中平和条約締結40周年であり、そのような背景の中、中国中央政府からの過激なマイナス政策はありえない」といったポジティブな意見が多く聞かれました。
9月22日には北京で、TCVB(東京観光財団)のプロモーションの一環として、「東京ハウス in 北京(東京体験館)」の開所式を実施しました。その際、来賓として参列していただいた日本大使館の方に今回の件を聞いたところ「旅行社からも問い合わせがあった。、中国当局から大使館へは何も情報が来ていないのでわからないが、それほど重要ではないのではないか。引き続き、積極的に訪日PRを続けてほしい」というご意見でした。また、開所式の情報を、多くの中国大手メディアをはじめ、「中国中央政府直轄の国家旅游局」並びに「在中国日本大使館」等の公的機関がオフィシャル情報として発信してくれていることが、訪日旅行に対してネガティブな状況でないことを物語っています。
9月22日に北京で開催された「東京ハウス in 北京(東京体験館)」開所式の様子
では、ご自身の見解では、今回の要請はどのような理由によると思われますか?
現時点で可能性があると思われる理由は、
「一部の日本に反友好的な役人の間で、韓国、台湾がNGのために日本が目立ち過ぎているため、募集広告等の露出を減らしたいという意向があった」「団体募集ツアーの評判が悪いため、若干抑制したい(FITの促進)」「中国国内観光都市との癒着がある役人が、国内団体旅行に誘導するため」
などが挙げられますが、いずれもそれほど深刻な理由ではないと思います。
それを聞いて安心しました。
私が帰国してすぐに、日本のメディアでも色々な憶測を交えて、訪日ツアーの制限といったニュースが重大な懸念であるように報じられ、私としては「またか」と感じざるを得ませんでした。どうして日本のメディアは中国に対するニュースを「ネガティブに」「重大そうに」「深刻に」報じるのか、そのことが最も日中友好に対して影を落としていることを意識してほしいと常々感じています。おそらくメディアから影響を受ける度合いは、情報規制(統制)をされている中国よりも、むしろ日本の方が大きいのではないかと感じています。
いずれにせよ、今回の件については、今の段階ではあまり情報に振り回されず、普段通りに構えていていいのではないかと思います。このような時こそ、現地中国旅行社と共に中国マーケットを盛り上げていくことが将来的な関係強化につながることと思います。尖閣問題の時のように、急に中国へのアプローチをストップしたりすることによるマイナスイメージは、大きなダメージになるのではないかと思います。先日、JNTOから公表された8月の来客数も82万人と過去最大規模になっています。今後も確実に伸びていく中国マーケットへのさらなるアプローチを期待しています。
[近藤剛氏プロフィール]
ANAセールス株式会社で22年間勤め、2004年〜2005年には上海に駐在。その間、現地の旅行会社や上海の実力者たちと知り合う機会を得る。2009年に独立し、株式会社フレンドリージャパンを創設。以降、中国でのネットワークを活かして、インバウンドに関わる旅行コンサルティング、販促物の提供、中国からの誘客促進を柱に、訪日誘客事業を本格的に行う。独立当初より上海でも事務所を立ち上げて現地と強い結びつきを持ち、日本で唯一の中国旅行会社向けBtoB販促冊子『壹游日本(いいよりーべん)』の発行なども行っている。
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