インバウンド特集レポート
訪日客に人気の北陸のまち、石川県金沢市。元旦に発生した能登半島地震の震源地から120キロほどの距離にある。この日も、市内には外国人旅行者の姿があった。地震が発生したとき、彼らは何を感じどう行動したのか。当時金沢に滞在していた訪日客の旅行手配をした旅行会社に、当時どのように対応をしたのか話を伺った。また、金沢市内の観光案内所での対応や、訪日客向けに災害時の情報提供を行っているJNTOの取り組みを通じて、災害発生時に求められるインバウンド対応と課題について考える。
▲金沢駅を象徴する鼓門、観光案内所は駅構内の金沢駅観光案内所と金沢城公園の近くにある金沢中央観光案内所がある
1.金沢滞在中の米国ハネムーナーの震災対応をした旅行会社のアクション
地震発生時、金沢に滞在していた訪日客の対応、安全確保と安心を第一に
訪日客が地震に遭ったときの様子について話してくれたのは、欧米豪市場に特化して、訪日客の旅行企画、提案を手掛けるBOJ株式会社の代表取締役、野口貴裕氏だ。同社が手配したひと組に、地震発生時、金沢にいた旅行者がいた。ハネムーンでアメリカから日本を訪れていた30代前半のカップルだ。12月26日から11日間の旅程で、東京、高山、金沢、京都を旅行していた。金沢に到着したのは12月31日。翌日、同社が手配した日本人ガイドとともに兼六園を散策中に、地震が発生した。
広大な庭園の中とは言え、大きな揺れに怖い思いをしたという。地震発生後、ガイドと連絡をとった野口氏は、ガイドを通じて、水や食料を確保してホテルの部屋で待機するよう、旅行者に伝えた。滞在中のホテルは徒歩圏内にあり、ホテルまではガイドが同行した。送り届けた後、ガイドはその場を離れ、その後は東京にいた野口氏と旅行者がSNSのWhatsApp(ワッツアップ)を通じて直接やり取りした。
「一刻も早く次の行き先の京都へ移動したいと言われました。旅程では、翌2日の朝に、特急列車で京都に行く予定でしたが、当時、JRのホームページなどで情報収集しようとしても確認中のまま。状況が見えず判断がつきません。今回の旅行の手配依頼を受けた取引先のアメリカのエージェントにも、1日の時点で状況報告のメッセージを入れました。彼らからも京都まで車両を手配して行けないかなど、移動についてあの手この手の提案がありました。しかし、道路状況もわかりませんし、逆にリスクになるかもしれません。『とにかく一旦落ち着きましょう』と、安心させることに努めました」(野口氏)
最終的には、京都行きの特急列車が走るという情報が得られたのは翌2日の朝。旅行者本人に行動してもらうのが一番早いと考え、切符をもってJRのみどりの窓口に行ってもらった。運行再開後、確保できた一番早い列車が、夜7時出発の列車だった。本人たちもようやく安心し、その日の夜、無事に京都へ発つことができた。出発時刻がわかった時点で、野口氏は滞在していたホテルの部屋を延長し、チェックアウトまで安心して過ごせる環境づくりを整えた。
▲野口氏、現地エージェントの担当者、旅行者とのやりとり。現状を細かく知らせることでゲストに安心感を与える
災害発生時の行動とフロー 複数人で役割分担し、柔軟な対応を
外国人旅行者の立場としての不安は何だろうか。野口氏がSNSでやり取りを交わす中で感じたのは、「テレビから流れる情報は日本語だけ。自分たちで情報にアクセスできない不安感から、次の目的地にいつ発てるかがわかるまではナーバスな様子だった」ということ。そのため、交通や道路状況、飲食店の営業状況、コンビニの利用等々、密に情報を共有し、常にコミュニケーションをとれる態勢を心掛けたと言う。
訪日客を受け入れる側の事業者が、災害発生時のインバウンド対応でとるべき行動についてはどうか。野口氏は、「第一に安全の確保。たいていはホテルになるだろうが、安心、安全な場所へ避難させることがまず大切で、次に、被害が起こっていないエリアにいかにして安全にかつ最速で移動するかを考えるべき」と話す。
実行するうえでの「機動性」も重要だ。「今回は地震発生時、たまたまガイドが一緒にいて、屋外の広い場所でケガもなかったことも幸いでした。しかし、ガイドが同行せず、ホテルから遠く離れた場所を観光中であったとしたら、対応はまったく違ったものとなります。状況に即した、機転を利かした対応が旅行会社には求められるでしょう」(野口氏)
▲金沢の観光名所、兼六園。アメリカからの観光客はここを散策中に地震にあった
災害時、BOJで決めている対応策は、基本的に即断即決をできるマネージャーレベルが対応にあたること。そして、1人だけでなく、複数人でアイディアや意見を出し合い、最終判断を下す。今回のケースでは、野口氏のほか、オペレーションマネージャー、さらに石川県かほく市に住む社員の計3名体制で、対応にあたった。金沢市からほど近いところでリモートワークを行っている社員がいたことは、現地の情報収集の面でおおいに助けとなった。
地震発生後、取引先である海外の旅行会社からは、今後の送客を心配して問い合わせが相次いだ。金沢城公園や金沢21世紀美術館など、一部に立ち入りできないエリアがあるが多くの観光施設は営業中であることを説明したり、余震を不安がる問い合わせに安心を伝えたり、一つひとつ丁寧な対応を行い、幸いにも、今のところキャンセルは1件も出ていないとのことだ。
同社はこれまでに、石川県からの観光プロモーション事業を受託したほか、観光庁の歴史的資源を活用した観光まちづくり事業では、野口氏自らが輪島市のアドバイザーを務めるなど、昨年は石川県へ何度も足を運んでいる。個人的にも思い入れが強い土地だけに、現地の様子に心は深く痛んだ。少しでも復興の役に立てばと、同社から能登半島地震災害義援金として500万円の寄附を行ったそうだ。
2.金沢市内のJNTO認定外国人観光案内所での対応
地震発生直後、インターネットやテレビで得た情報を来館者に英語で提供
土地勘のない観光客が情報入手先のひとつとして頼りにするのが観光案内所だ。JNTO認定外国人観光案内所として、金沢駅構内には「金沢駅観光案内所」、そして、金沢観光の中心スポットである兼六園や金沢城公園近くには「金沢中央観光案内所」がある。地震が発生した当日と、その後数日、どのような対応がとられたのだろうか。両案内所へのヒアリングを行った。
地震発生直後に、両案内所共に行ったのは、その場にいた来館者に対して、体調不良やケガの有無を確認したことだ。
そして、金沢駅観光案内所では、駅の指示に従って、安全な場所への避難誘導を行い、観光客の安全確保を優先した。その後、駅構内は封鎖となり、案内所も営業を終了。翌日は、鉄道関連以外の店舗、施設は案内所も含めて臨時休業となった。
一方、金沢中央観光案内所は翌2日も営業。前年と比較すると、来館者数は半分以下だったものの、初詣客の立ち寄りを含め、数百名の来館があり、その中にインバウンド客の姿もあったという。
訪日客から観光案内所に寄せられた質問の多くが、ホテルや観光関連施設の被害状況や、飲食店、観光施設の営業状況を問い合わせるものだった。頼りにされる存在であるものの、案内所が伝えられる情報は、テレビやラジオ、ホームページなど閲覧して収集した情報が中心だ。インバウンド客にはスタッフが調べた内容を、英語などで伝えることとなった。
▲金沢城公園の近くにある金沢中央観光案内所
3.JNTOによる、訪日客向けの情報提供への取り組み
緊急時の外国人向けの多言語情報発信、観光案内所に求められる機能と役割
BOJの野口氏へのインタビューからも、金沢市内の観光案内所へのヒアリングからも、地域に不案内、かつ、言語がわからないインバウンド客の不安を軽減させるうえで情報提供は肝となることがわかる。JNTOでも、平時から災害や安全に関する情報提供をSNS(公式X、Weibo)や公式グローバルサイトで多言語にて行っている。また、Japan Visitor Hotline(コールセンター)と、チャットボット(グローバルサイト)では、非常時のサポートや緊急の問い合わせへの個別対応を多言語で行っている。
今回の地震発生後には、たとえば、「津波に関する最新情報が知りたい」「JRが止まっているが、金沢から東京まで行く方法はあるか」「1月3日に東京へ行く飛行機を予約したが問題ないか」といった問い合わせが寄せられた。災害時に被災地近辺にいた訪日客からは、「金沢のホテルに滞在しているが、避難が必要かどうか」を確認する問い合わせがコールセンター宛てに届いた。オペレーターが滞在先のホテル周辺で避難指示が出ていないことを確認し、
▲地震発生直後に、チャットボット上で表示した画面(提供:JNTO)
JNTOでも、観光案内所でも、インバウンド客に可能な限り多くの情報を速やかに提供しようと努めている。外国人観光案内所の存在意義についてJNTOでは「あらゆる緊急時の“駆け込み寺”として頼りにされるところ」と捉え、観光案内所向けのメールマガジンで災害時の対応に関する情報を共有したり、実践的なワークを組み込んだ研修会を実施するなどして、対応強化に取り組んでいる。
一方、観光案内所によると、災害発生時に伝えられる情報はテレビやインターネット検索で入手したものにとどまるという。独自の特別な情報網をもつわけではないゆえ、もどかしさや限界を感じているのが現状だ。今後、災害発生時の観光案内所の役割や機能を捉え直すことも課題の1つといえそうだ。
▼震災時の対応や準備を解説
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