インバウンドコラム
著者:二宮謙児
出版社:あさ出版
本書は、決して有名とはいえない温泉地にある小さな旅館が、認知を高め、訪日客を呼び込み、彼らに選ばれ続ける宿になるためにどのような工夫をしているのかといった、具体的なノウハウが凝縮されている書籍である。
著者の二宮謙児氏は、大分市内から車や電車で約1時間、由布院から20分ほどの場所にある湯平(ゆのひら)温泉で、全6室の旅館「山城屋」を経営している。
湯平温泉は、鎌倉時代から約800年続く歴史ある温泉で、かつては別府温泉に次ぐ九州2番目の温泉地として栄えていた。しかし昭和50年代以降、客数が落ち込み続けるなか、かつての賑わいを取り戻したいと、二宮氏は縮小する国内から海外市場へと目を向け、様々な取り組みを進めていった。
韓国の雑誌社が特集を組むにあたって九州の温泉地を探している旨を聞きつけると、すぐに名乗りをあげて受け入れたり、JNTO現地事務所を通じて香港の雑誌社へセールスコールをしに現地へ足を運んだり、地元湯平の地域活性化を目的として開催したスポーツイベントを通じて海外と交流し、韓国や台湾を訪問して地元をPRするなど、目の前にあるチャンスを掴んで、地道にコツコツと行動してアピールをしていった。
また、営業活動のみならず、旅館に訪問したゲストに対しても、精一杯のおもてなしをしている。
最寄り駅が無人駅であるため、電車の乗降法を動画で丁寧に説明したり、ゲストが旅館に到着したら、翌日のスケジュールを確認して、チェックアウトの時刻や朝食の時間を提案し、出発までの段取りを決めるなど、些細なことでもお客様の声に耳を傾けたり気持ちを想像して、必要なこと、できることをコツコツと積み重ねてきた。
また、留学生をインターンとして受け入れ、アイディアをもらったり、アイディアを形にする過程でも力を借りるなど、活用できるリソースを積極的に活用している。
本書で紹介している施策はいずれも、小さな取り組みではあるが、お客様を知ろうと学び、彼らの立場に立って必要なことを1つ1つ丁寧に積み重ねることが、お客様の満足度アップや信頼獲得に繋がっていくのだと、改めて実感させられる。
本書は、日本全体が訪日誘致に向けて取り組みをスタートしてまもない2017年に出版されている。それから6年が経過したいま、全く同じように取り組んでも効果を得るのが難しい施策もあるだろう。ただ、初心に戻り、改めて目の前のゲストに目を向け、彼らにいまこの時間を楽しんでもらおうと集中すること、相手の気持ちを想像したうえで、できる範囲で取り組むことの大切さに気付かせてくれる本である。
文:株式会社やまとごころ 堀内 祐香
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