インバウンドコラム
世界中の多くの国や地域で既にスタンダードとなっている飲食店のベジタリアン・ヴィーガン対応。当然のことながら、その影響は訪日インバウンドにも広がっています。観光庁によると、2023年に来日したベジタリアン・ヴィーガンの外国人旅行者は約128万人、飲食費は約609億円規模と推計され、その市場は年々拡大しています。飲食業での多様な食文化への対応は、今後の売上拡大や成長戦略に欠かせない要素と言えるでしょう。
関西を中心に35店舗を展開するラーメン店「らーめん亀王(きおう)」は、コロナ禍の2020年からオリジナルのヴィーガンラーメンの開発に取り組み、2023年12月より外国人客の多い店舗での試験導入を開始しました。販売スタート以降、ヴィーガンラーメンを求めて客足が伸び、SNSでも高い評価を得るなどの反響が得られたことから、今後も提供店舗の拡大を検討しています。今回は、「らーめん亀王」を運営する大真実業株式会社の代表取締役・大里仁志氏に、ヴィーガン対応に踏み出したきっかけや、多店舗展開ならではのオペレーションの工夫、これからの展望についてお話を伺いました。
画一的ではなく、各店の地域性を活かした多店舗展開
大真実業株式会社は、1963年に大阪で中華料理店として創業。現在はラーメン、うどん、中華、餃子バルなど多業態の店舗を展開する外食事業者です。主力ブランドである「らーめん亀王」がスタートしたのは1995年。大里仁志氏は、翌年の1996年に、創業者である父の想いを受け継ぎ同社に入社しました。
当初は「らーめん亀王」1号店の現場に立ち、「女性や年配の方でも立ち寄りやすいとんこつラーメン」をコンセプトに、味の改善に取り組んだという大里氏。鶏ガラを配合したスープや国産豚バラ肉を使ったとろとろのチャーシューを開発し、店の経営を軌道に乗せました。1999年よりフランチャイズ事業にも着手し、現在は関西とシンガポールに、直営18店舗、フランチャイズ17店舗を展開しています。
▲入社前は大手外食チェーン企業で勤務していたという大里仁志氏
「出店地域によって客層も異なりますし、各店の店主の想いも尊重したいので、全店画一のサービスではなく、店舗ごとの個性を大切にしています」と大里氏。共通の看板メニューのほかに、顧客ニーズに応じた各店舗のオリジナル商品を用意したり、若者の来店が多い店では大盛メニューを用意するなど、地域密着型のスタイルで運営しています。
観光地でもある道頓堀や難波の店舗では、訪日インバウンドの拡大に伴い、2016年頃から外国人のお客様が急増したそうです。「道頓堀店では外国人従業員を多く採用し、積極的にお客様に話しかけたり、一緒に写真を撮るなどしてコミュニケーションを図ることに努めました。こうした取り組みが満足度の向上に繋がり、現在は韓国や中華圏の方を中心に90%以上を外国人のお客様が占めています」
▲らーめん亀王道頓堀店。各店オリジナルのメニューは、店主の要望を聞きながら本社で開発
北米でのスタンダードなヴィーガン対応を目の当たりにし、開発を決意
外国人客の増加に伴い、新たに寄せられるようになったのがヴィーガンメニューのリクエストでした。「『らーめん亀王』もそうですが、特に顕著だったのは別ブランドのトマトラーメン専門店への問合せです」と大里氏。トマトという名称からプラントベースだと思って来店する方が多いのですが、実際はスープなどに動物性食材を使用しているため、希望に沿うことができません。こうした事例から、大里氏はヴィーガン対応の必要性を感じはじめたといいます。
もうひとつの大きな契機となったのが、海外進出を視野に入れた北米視察です。
「準備を2018年頃から始め、アメリカやカナダのラーメン店を100店以上食べ歩きました。そこで驚いたのは、ほぼすべてのお店にヴィーガンメニューがあったことです。現地で店舗を構える際には必須の条件となるでしょうし、訪日インバウンドの拡大を考えると日本でもスタンダードになっていくに違いないと思いました」。その後、新型コロナウイルス感染症の影響よって北米進出は断念せざるを得なかったものの、まずは日本国内での提供を目指してヴィーガンラーメンの開発を進めることにしたのです」
▲北米のラーメン店では通常メニューと並んでヴィーガンの選択肢がある
早速、ヴィーガンについての情報を集め、試作と試食を繰り返す日々。「なんとなく形になってきた」と手ごたえを感じてきた頃、大里氏の挑戦意欲をさらに掻き立てる出会いが訪れました。
「世界一と称される東京・自由が丘のヴィーガンレストラン『菜道』を訪れた際、ヴィーガンの味噌ラーメンと豚骨ラーメンをいただいて、その完成度に衝撃を受けたんです。動物性食材を一切使わずとも感じられる豊かな香りやフレーバーに、ヴィーガンラーメンの可能性を目の当たりにしました。私たちもラーメン専門店として、さらなる高みを目指すべきだと決意を新たにしたのです。そこからは、守護さんにもアドバイスをいただきながらより開発に没頭しました」
日本のラーメン専門店がヴィーガン業界に参入する事例は決して多くなかったので、私も大きな期待を寄せました。「らーめん亀王」では、「豚骨より“豚骨らしいヴィーガンラーメン”」をコンセプトに、何十パターンもの食材を組み合わせて理想の味わいを追求。卵もアルコールも使わない独自の麺も生みだし、構想から約3年をかけて納得のいくヴィーガンラーメンを完成させたのです。
スープは大きく分けて2種。豚骨スタイルのラーメンでは、豆乳、胡麻、ニンニクなどを用いて豚骨スープ独特のとろみと風味を表現しています。トッピングにはネギ、モヤシ、キクラゲと、大豆由来の植物性原料でつくった「ヴィーガンちゃあしゅう」を乗せました。
▲豚骨スタイル・ヴィーガンらーめん(1580円)
味噌スープのラーメンは、自家製味噌をベースに椎茸、昆布のだしと生姜等の各種野菜をブレンド。ネギのトッピングは選択できるようにし、五葷(ニラ、ニンニク、ラッキョウ、玉ネギ、ネギ)を口にしないオリエンタルヴィーガンにも対応しています。
また、大豆ミンチと野菜で作るヴィーガン餃子も提供。具材は国産の大豆ミートにキャベツ、ニラ、ニンニクなどを混ぜたもので、通常の肉餃子と変わらない風味を実現しています。
▲ヴィーガンみそらーめん(1480円)とヴィーガン餃子(5個390円)
技術と経験を持つラーメン店のプロフェッショナルだからこそ、味のレベルが高いヴィーガン料理を生み出せたのだと思いますし、ヴィーガン市場においても専門店の新たな参入は大きなステップだと感じています。
現場の声を拾いあげた、オペレーション改善の取り組み
提供に際してはまず、「らーめん亀王」直営店の中から外国人のお客様が多い2店舗で試験的に導入することにしました。2023年12月、大阪城近くの森ノ宮店で「ヴィーガンみそらーめん」と「ヴィーガン餃子」をスタート。続く2024年1月のJR新大阪駅店では、「豚骨スタイル・ヴィーガンらーめん」も追加して販売をはじめました。
両店とも、まな板、包丁、鍋、調理箸はヴィーガン専用のものを使用し、そのほかの調理器具は一般調理と同じものを洗浄して使っています。また、JR新大阪駅店では茹で麺機も分けていますが、森ノ宮店では厨房スペースの都合で分けることが難しいため、リクエストがあった際のみ別の鍋で茹でることにしているそうです。こうした各店のヴィーガン対応の詳細については、全席に設置したオーダー用タブレットに「亀王VEGANポリシー」として明示している点も、利用客から信頼を得るための大切なポイントと言えるでしょう。
▲注文はタブレットで「Vegan」タブを選択して注文、ヴィーガンポリシーやメニューも詳しく記載
新しい試みとあり、スタート直後は提供サービスに時間がかかるなど、現場でのオペレーションに課題も見られたという大里氏。「もともとメニューが多いことに加え、食材や調理器具などの扱いなどが複雑になり大変さもありました。しかしそのための試験導入なので、スタッフの声を拾いながら問題点を洗い出し、本社でできる限りの改善を図ってきました」
たとえば現場での仕込みを極力減らせるよう、JR新大阪駅店では餃子をすべてヴィーガンに統一することにしました。大胆な試みのようですが、味のクオリティからすると一般の方に提供しても何の違和感もありませんし、実際、お客様もヴィーガン餃子だと気づかずに食べている方がほとんどだといいます。オペレーションの煩雑さを理由に、ピークタイム時は敢えてヴィーガンメニューを売切れにしてしまう事例もありますが、それではなんの意味もありません。誰もが味わえるヴィーガンメニューで満足いただき、現場のオペレーションもスムーズになる、とてもいい試みだと思います。
ヴィーガンラーメンで、各店舗で月300~600食の純増に
プロモーションにあたっては、ヴィーガン・ベジタリアン向けのサイト「HappyCow」への登録や、Googleビジネスプロフィールでのヴィーガン項目の追加、日本在住のヴィーガンコミュニティへの情報共有などを行いました。日本ではまだ対応店舗が少ないこともあり、予めリサーチをして足を運ぶ方も多いので、基本的な情報発信でも目に留まりやすいでしょう。
さらに「らーめん亀王」では今後の店舗展開を踏まえて、公式のインスタグラムアカウントとは別に「ヴィーガンらーめん亀王」のアカウントも立ち上げました。英語での発信をしており、外国人旅行者も含めた対象者にダイレクトに情報を届ける狙いがあります。
▲ヴィーガン向けのインスタグラムアカウント「vegan_ramen_kiou」
提供開始から約10カ月が経ち、すでにGoogleの口コミレビューには「日本で食べたラーメンの中で最高でした」「次回日本を訪れるまで、この味が恋しくなる」など高い評価が多く寄せられています。
大里氏も「わざわざ調べて来店される方がほとんどで、特に欧米系の方が多いですね。平均すると1店舗につき、1日10~20食くらい出ているかと思います」と手応えを感じているそうです。そのほとんどはヴィーガンラーメンを求める新規客なので、月間300〜最大600食の売上増という成果につながっています。
業績アップはもちろんですが、「これまで日本のラーメンを味わうことができなかった方に、その美味しさを知ってもらえたことが何より嬉しい」と大里氏。「外国の方から突然、工場に電話がかかってきて『ヴィーガンラーメンを作ってくれて本当にありがとう』という言葉をいただいたこともありました。店舗でも、ヴィーガンの方とそうでない方がグループで来店し、みんなで食卓を共にしている姿を見てスタッフも喜んでいるようです」
ヴィーガン対応の経験を活かし、ハラールの新業態を立ち上げ
「らーめん亀王」のように、既存の店舗へ新たなオペレーションを導入する際には、当初は多少の煩雑さを伴うかもしれません。しかし、食の多様性が広がる中で、特に外食産業においてヴィーガン対応は今後避けて通れない課題となるでしょう。
一方で、既存店への導入ではなく、新業態の店舗を立ち上げるというケースも考えられます。そこで大里氏に提案したのが、牛骨ハラールラーメン専門店という新業態です。ヴィーガン同様に専門店のスキルを活かせること、また現在の日本のハラールラーメンは鶏白湯が主流で、牛骨という選択肢がほぼないということが理由でした。
「ハラールには難しいイメージがあったのですが、話を聞くうちに興味が湧きました。弊社でもムスリムの従業員が増えており、宗教上の理由で自社の豚骨ラーメンを食べられません。ハラールに取り組むことで、彼らの活躍の場が広がり、日本で長く働きたいという意欲にも繋がればと思ったんです」。大里氏の言うように、お客様だけでなく従業員においても多様性が進むのは当然のことです。彼らが知識や技術を習得すれば、自国でフランチャイズ店を展開する可能性も広がるでしょう。
2024年春から取り組みに着手し、9月にはハラールラーメン1号店となる「らーめん牛骨の王」をオープンしました。
▲JR新大阪駅構内「アルデ新大阪」に誕生した「らーめん牛骨の王」
牛肉や骨はハラール認証「宮崎ハーブ牛」を使用し、出汁にはサバ節とウルメイワシ節、宗田節を独自にブレンド。アルコールも卵も不使用の麺は、極細麺と平打ち麺の2種類を用意しました。全メニューがハラール対応なので、オペレーション負荷もかかりません。また、食材を無駄なく使用し、できるだけゴミを出さないことにもこだわっています。通常のラーメンと比べて約半分の加熱時間で旨味を抽出する特殊な製法を用いることで、ガスの使用量を減らし、環境にも配慮しているのが特徴です。
▲各種ラーメンやつけ麺のほか、牛肉重など幅広いメニューをラインナップ
ヴィーガン対応という下地があったことで、ハラールという新業態の展開もスムーズに進み、ムスリムの方はもちろん、一般の方も違和感なく楽しめる理想的な運営スタイルが実現しました。
グローバルな視点での食の多様性対応が、成長戦略の鍵
「らーめん亀王」は、2店舗でのテスト販売で得た実績やノウハウを活かし、2024年8月には梅田東通り店でも「豚骨スタイル・ヴィーガンらーめん」の提供を開始しました。今後はフランチャイズ店への拡大も検討しているそうです。
「店舗ごとにスタッフや設備の状況が異なるので、一気に導入するのではなく、まずは負担なく提供できる環境や体制を整えていきたい」と大里氏。全店全メニューをアルコール・卵不使用のヴィーガン麺に切り替える準備を進めるなど、一般食と共通対応できる点に着目し改善を重ねています。
さらに10月からは、以前からヴィーガンラーメンへの問い合わせが多かったトマトラーメン専門店「真っ赤なラーメン とまこ」にもヴィーガンメニューが登場。系列ブランドへの展開によって、さらにビジネスチャンスが広がっていきそうです。
大里氏が取り組むヴィーガンやハラール対応は、日本のラーメン業界では非常に特殊に映るかもしれません。しかし、世界基準のヴィーガン対応にまでスペックを高めたことで、多くの企業が海外進出の際に直面する課題をすでに解決し、同社のラーメンを世界中に展開できるノウハウを備えることができました。業界でも先を行く存在として、世界を見据えた新しいステージに進んでいると言えるでしょう。国内外での成長と競争力強化を考えるのであれば、ぜひ参考にしてみてください。
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