インバウンドコラム
「日本のインバウンド観光に求められる本当の『外国人視点』とは、あらゆる人を受容するインクルーシブな社会を目指す現在のグローバルスタンダード(世界基準)で考えること」前回の記事でそうお話しました。 では、その「グローバルスタンダード」とは一体何なのか、私の考えを、自身の経験も踏まえながら展開していきます。
“グローバルスタンダード”は欧米由来の価値観ではない?
「セイヤ、この動画見たか?」
私がアメリカに留学した最初の約1年半を一緒に暮らしたサウジアラビア出身のルームメイト・モハメドが、自分のノートパソコンを持って私の部屋にやってきました。見せられた動画は、アラブ系の女性が車を運転しながら話をしている「だけ」の動画でした。
その日は2008年3月8日の国際女性デー。当時、サウジアラビアでは女性が車を運転することは一般的には認められていませんでしたが、女性が車を運転する権利を求めてアクティビストの女性が動画をYouTubeにアップし、世界的な注目を浴びた歴史に残る動画でした。(注:2018年6月24日、女性の運転が解禁された)
「この時代に女性の運転が認められていなんて考えたこともなかった。良かったね!」という反応の私に対して、モハメドは神妙な面持ちでこう言いました。「世界的に見たら変なのかもしれないが、サウジの男たちは女性が運転して危険な目に遭うのを防いでいるだけなんだ。ああ、自分の母が心配だ」
もちろんのこと、女性も運転できるのが当たり前という世界観をモハメドは認識していて、そこに対して疑問を持っているわけではありませんでした。その時代に「普通のこと」として世界規模で認められているそんな価値観は、対極の価値観や文化圏にいるモハメドにとっても「常識」だったのです。
しかし、グローバルスタンダードとは欧米由来の価値観なのかといえば、そうではありません。例えば、現在、日本でも言葉として定着してきた「SDGs」をとっても欧米の価値観ではないからです。
「グローバルスタンダード」とは何か?
SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)とは、2015年9月に国連で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。
日本ではエコの文脈で理解されることが多いかもしれませんが、17のゴールには「貧困をなくそう」「人や国の平等を実現しよう」など普遍的な目標が多く、昔から「あるべき好ましい姿」として世界中の人々が考えてきたことのはずです。日本でも、そのほかの国々でもおそらく元々あった価値観が、「SDGs」や「サステナブル」という言葉やトレンドになって「西」から伝来すると、それがこれからあるべき姿として日本でも一気に浸透しました。
もう一つ同じような例で言えば、環境分野で初めてノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさん。マータイさんはケニア出身ですが、日本でずっと受け継がれてきた「もったいない」という言葉や感性が、ノーベル賞という世界的機関を通して「MOTTAINAI」という新たなコンセプトとなり、日本を含む世界中に広がりました。
ダイバーシティ&インクルージョンもSDGsも、人種差別や女性蔑視の問題も、◯◯ハラスメントも、すべて「欧米的な思想」なのではなく、「欧米で言語化された以前からある価値観」で、今日のグローバル社会に暮らす私たちの基準となっています。つまり、存在としては何も新しくもないものを、欧米というトレンドセッターやインフルエンサーによって作られた基準— それがグローバルスタンダードの正体なのだと私は考えています。
なぜ、13%の欧米豪市場にプロモーションをすべきなのか
JNTOによると、過去最高の訪日外国人観光客数(3188万人)を記録した2019年においても、東アジア(中国、韓国、台湾、香港)からの旅行客が占める割合は70.1%で大多数となり、欧米豪の13.3%、東南アジア+インドの12.6%と比べると大きな開きがあります。そんな状況でも、より“グローバル”な市場である欧米豪層は、日本のインバウンド誘致関係者にとって最重要なターゲットだと私は考えます。
前述した通り、全世界のトレンドや世論は私たちインバウンド関係者が「欧米豪」と呼ぶ市場からグローバルスタンダートとしてやってきています。そして、日本を含む東アジアや東南アジアなど世界中の国々へ伝わっていくのです。つまり、欧米豪は“世界規模のトレンドセッター”。訪日外国人観光客の数では東アジアに圧倒されていても、欧米豪向けのプロモーションに力を入れるメリットが大きいと私が考える理由はそこにあります。
西のトレンドセッターたちの間で話題になっていることは、世界中へ波及していきます。グローバルトレンドに敏感な人たちは、西からくる情報をいち早くキャッチし、自国でトレンドを展開しているのです。
以前、海外のカンファレンスに出席した際に出会った東南アジアの若手起業家たちもそうでした。タイで成功しているやり手の若い起業家が、日本が好きで年に2回は訪れていると話をしてくれました。聞けば次の旅先もなかなかニッチな場所のよう。「どこで情報を得て、行き先を決めたの?」と私が聞くと、「これを見て決めた」と見せてくれたのは、なんと私が制作に携わったウェブコンテンツでした。
私がこれまで制作してきたコンテンツは全て英語です。タイ向けにプロモーションをしたことも、広告を打ったこともありません。しかし、タイを拠点とするタイ人で、しかもいわゆる富裕層に届いていたのです。
これからわかることは、「欧米豪向け」は一部地域に限定されたものではないということです。そして、それは世界共通言語である「英語」が主に使われていることが起因しています。つまり、欧米豪向け=グローバル市場向けとなり得る。それだけで、13%しかない欧米豪市場に向けてさらに日本がプロモーションを強化するための十分な理由となるのではないでしょうか。
次のコラムでは、日本のインバウンドが英語での発信にさらに力を入れるべき理由や気をつけるべきことなどをお話します。
インドネシア、アメリカ、南米など海外滞在歴は約10年。株式会社ジープラスメディアやENGAWA株式会社で国内最大級の英字メディアの運営に携わった後、世界基準のコンテンツ制作に特化した「株式会社しいたけクリエイティブ」を創業。プロデューサーとして、特に欧米豪市場における訪日プロモーションの企画・コンテンツ制作・発信まで一気通貫で行う。通訳、翻訳、校閲の経験も豊富。
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