インバウンド事例
【旅行代理店:熊野トラベル】地域密着型のトラベルデスクを構えることの意義、そしてインパクト
事例のポイント
- トラベルデスク(実店舗)を設置した背景
- 欧米豪を中心に世界60カ国からインバウンド客が来店
- 「赤字覚悟」で実店舗の運営に臨むのは“稼ぐ力”を高めるため
- 実店舗があることで「地域の事業者や住民」とつながりができる
- “直に接する”からこそ より課題が鮮明になる
2017年、3万6000人以上の外国人が訪れた和歌山県田辺市。世界遺産・熊野古道で知られるこのエリアを、2006年に訪れた外国人はわずか1299人だったので、当時と比べると30倍近くにまで増えていることになる。前編では、田辺市熊野ツーリストビューローの事務局長を務める小川雅則氏に、実店舗となる「熊野トラベル」を構えた理由などを伺った。後編では、実店舗があることの意義や、影響について詳しく見ていく。
実店舗があることで「地域の事業者や住民」とつながりができる
小川氏によれば、実は実店舗の運営を通して、地域の稼ぐ力を高める活動も行っているのだという。たとえば年に3回ほど、実店舗の一部に設けられた物販スペースで、地元で活躍する芸術家や工芸作家の作品を展示する企画展を行っているが、これも広義には“地域の稼ぐ力”を養うためである。
「企画展では、作家さんの認知度アップや店舗としての売上ももちろん大切なことだと捉えていますが、それと同時にどんな商品なら外国人に興味を持ってもらえるのか、また実際に売れるのかといったことを把握する場であるとも考えています。そうしたデータを蓄積し、地域の事業者に対して公表することで、商品開発に役立ててもらうことができると考えています」
そもそも田辺市のような地方では、外国人のニーズということを意識すらしていない事業者も多い。したがって、「ニーズがある」ということを伝えるだけでも、大きな意味がある。小川氏は次のように語る。
「地元の作家の企画展をすることで、地元の方々や道行く住民のみなさんが、ヒョコッと店を訪れる動機をつくることができます。これは非常に大きいですね。実店舗がないときには、ツーリズムビューローが何をしているのか、住民の皆さんはリアルに感じる機会がなかったんです。そういう団体があることすら知らない人も多かった。そこで実店舗を構え、企画展などで住民のみなさんと直接つながることで、ツーリズムビューローという実態を見ていただくことにつながります」
企画展に足を運んだ住民は、「熊野トラベル」の店舗スタッフが実際に外国人観光客をサポートしている姿を目の当たりにする。今まで何者なのかわからなかった熊野トラベルやそこを訪れる外国人に対して、急に親近感がわいてくる。その結果、地元の飲食店が「うちにも外国人来るかもしれない」と英語のメニューを用意したり、青果店が「Local Mandarin Orange 3piece¥100」という看板を掲げたりしてみるかもしれない。
地方において、そうした「稼ぐ力」の連鎖が起きるには、インターネットという仮想の場だけでなく、実店舗も必要だということだろう。小川氏は続ける。
「地元の方々に対して、開かれた場にするということは意識して積極的に行っています。たとえば商店街のイベントである“まちゼミ”にも参加し、セミナーを行いました。会議室をオリエンテーションや各種打ち合わせのために利用していただく、ということも行っています。地元の方々と連携した企画は、今後も積極的に検討していきたいと考えています」
“直に接する”からこそより課題が鮮明になる
ところで、直に外国人観光客に接することで見えてきた課題というのはあるのだろうか。小川氏は、意外だったというよりも、以前よりあった課題がより鮮明になったと言う。
「それまでもツーリストビューローを運営するなかで地域の課題としてあげられてきたことなのですが、あらためて実店舗を構え、海外の方々と接することで、決済に関する課題が浮き彫りになってきました」
スタッフがいきなりユーロ札やドル札を渡されて、「両替してくれ」と言われることもあったようだ。それには地方ならではといえる事情がある。
「このあたりはセブンイレブンがないんです。ですから基本的に海外の方はコンビニATMが使えません。ゆうちょ銀行のATMは国際キャッシュカードに対応していますが、土日は閉まってしまいます。銀行も同じく、限られた時間しかあいていません。お金を使いたいけど、そのお金を確保する術がないということが多々あるのです」
さらにクレジットカードやデビットカードなどのいわゆるキャッシュレス決済に対応しているところも多くない。
「現金がないならカードということなりますが、これもこの地域では普及しておらず、なかなか難しい状況です。たとえば先ほども話に出てきた家族経営の宿泊施設ですが、クレジットカードに対応できているところはほとんどありません。ですから我々が決済を代行しているのですが、それもすべて行き届いているわけではありません。やはりコストが下がってきているとはいえある程度の初期投資は必要ですし、そもそも小さな宿泊施設や飲食店、商店では『必要ない』と考える方も多いようですので……」
こうした決済に関する課題をクリアするため、ツーリストビューローでは、蓄積したさまざまなデータを関係機関に提出し、それを根拠にATMや両替機の設置、カード決済への対応などに関する要望書を出しているというが、現状では課題解決までの道のりは長そうだ。ただ、こうした課題についても、実店舗が課題解決に寄与する点があるのではないか、と小川氏は考えている。
「店舗があることで、少しずつではありますが、地元の事業者のみなさまとのつながりは太くなってきています。ですから、両替やキャッシュレス決済などの話も、“地域として外国人観光客を受け入れるために、取り組んでいこう”という流れに向かっていくのではないかと感じています」
ツーリストビューローのような官民共同の団体がリアルな店舗を構える最大のメリットは、こうしたところにあるのかもしれない。マーケティングやブランディングといわれても、実態がないため、やはり地域の方々からすれば「得体の知れないもの」と映る。一方で、実態の伴った店舗において、外国人観光客をサポートする姿をあえて見せていくことができれば、ツーリズムビューローのような団体は「地域全体でインバウンドに取り組んでいこう」という旗振りがしやすくなる。そうした可能性を大いに感じる事例だといえるだろう。
(取材協力:一般社団法人田辺市ツーリズムビューロー)
熊野トラベルの取り組みについては、
『インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。
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