インタビュー
JR品川駅から徒歩10分の場所に位置する北品川エリアは、江戸時代に東海道の一番目の宿場町「品川宿(しながわしゅく)」として栄えたことで知られている。
沿道には由緒ある社寺が多く、現在も宿場町の趣が残るこの町に「ゲストハウス品川宿」が誕生したのは2008年。以降、簡易宿泊旅館として通算100カ国以上からのインバウンド客を受け入れてきた。今回は代表の渡邊氏に、北品川商店街でゲストハウスを開業した経緯やその運営理念などをお伺いした。
世界中を旅した経験が、ゲストハウス開業の引き金に
—ゲストハウス品川を立ち上げることになった経緯を教えてください。
事業を始める以前から「宿」という場所に興味があり、5つ星ホテルのVIPラウンジで働いたり、バックパッカーで世界中を旅しながらゲストハウスに泊まったりもしていました。また、短期的にアメリカや中国に留学した経験を通じて、日本にも異なる文化を持つ人同士が交流できるプラットフォームを作りたいと思うようになり、ゲストハウスを立ち上げようと決意しました。
—ゲストハウスを開業するにあたり、まずはどういったことから準備しましたか?
当時はまだ、ゲストハウスと呼ばれる宿泊施設が日本にはありませんでした。そこで、ゲストハウスの先駆けとなる「エコノミー旅館」を巡り、それぞれのオーナーさんにインタビューして回ったのです。すると、どの旅館もバブル期に次々と建設されたビジネスホテルにビジネス客を取られてしまい、減った国内のお客様を補うために外国人を受け入れ始めたということでした。
開業前には、ご縁のあった浅草のエコノミー旅館で半年間、無償で修行させていただきました。この旅館は9割が外国人のお客様で、私は掃除の手伝いや観光案内などを担当しました。
—5つ星ホテルとエコノミー旅館の両方で修行を積まれたということですね。
一見両極にある宿泊施設での経験を通して感じたのは、最上級のホテルでもエコノミー旅館でも、接客サービスの本質は変わらないということです。接客を通じてお客様に喜んでいただき、その姿を見て自分自身も嬉しいと感じる。そしてその喜びをエネルギーに変えて次の行動につなげるという循環があれば、高いモチベーションを維持しながら接客ができると確信しました。
商店街で生まれた「地域融合型の宿」
—では、商店街という地域に密着した場所での開業を目指したきっかけは何でしたか?
宿泊施設での修行で気がついたのは、お客様は宿に泊まったことだけに満足しているのではないということです。たとえば、「近所の人が優しかった」「宿の人に教えてもらった場所が素敵だった」など、地域の人とのつながりや、近隣施設での経験をきっかけに感動したという声も多く聞きました。そのため、自分が開業する時には地域融合型の宿にしたいという気持ちが固まりました。
北品川を選んだのは、祖父がもともとこの地で商売をしていて、僕自身も学生時代に下宿していた馴染み深い場所だったからです。昔から常に人が出入りする宿場町として栄えてきた場所なので、外から来た人や若い人を応援しようという雰囲気があることも後押しとなりました。
私は開業する1年前から地域の人たちとのつながりを築きたいと思い、商店街のお祭りに参加したり、スーパーでアルバイトをしたりして、顔見知りになりました。本音をぶつけてもらいやすい関係を築く中で、地域のお偉方に怒られたことも多々あります(笑)。でも、地域の人たちがなんでも包み隠さず話してくれるようになったことは、開業する前から応援していただけた証拠だと思っています。
—「地域融合型の宿」のコンセプトについて、具体的に教えていただけますか?
ゲストハウスの運営を通して、「宿」「ゲスト」「地域」の3者がトライアングル状になって直接つながり、互いに影響し合う関係性を築くことです。多くの宿泊施設では3者が一直線に並んでいたり、一方通行の関係性であったり、「ゲスト」と「地域」が遠かったりすることで、うまくつながっていません。しかし、ゲストハウス品川宿の場合は、「ゲスト」と「地域」が直接つながっているのです。
—渡邊さんの場合、まずは「宿」と「地域」の信頼関係を構築したということですね。では、「ゲスト」と「地域」をつなぐ上で留意した点はありますか?
まず、初めてお店にゲストを案内する時には、うちのスタッフが事前に挨拶をしに行きますし、ゲストが不安を抱えている場合は、スタッフが同行して注文をすることもあります。ゲストと地域の間でトラブルが生じた時には、スタッフが出向いてすぐに解決をするようにしています。例えば、以前うちのゲストが近隣の居酒屋さんに行った時に、お通し代を拒否したことがあったようです。これは、ゲストがお通しのルールを理解できていなかったことで生じた問題ですので、ゲストに対して事前にお通しのルールを説明したり、英語のメニューをお店と一緒に作成したりして、課題解決に努めました。
もう一つこだわっていることは、3者のトライアングルが影響し合うことで生まれる「感動」でそれぞれを結びつけることに、信念を持って取り組んでいることです。
「宿」「ゲスト」「地域」を感動体験でつなぐ
—「感動」とは、先ほどのお話にあった、ゲストが北品川での経験をきっかけに抱く感情のことですか?
そうですね。私はゲストに地域で感動的な体験をしてもらうことにこだわっています。ゲストに感動してもらうために心がけているのは、ゲストに関心を持つことと、一歩踏み込んでおせっかいをしてみることです。たとえば、外国人のゲストが大きなお風呂に入りたいと言った時には、私も一緒に近くの銭湯に入りに行ったことがあります。その時はとても喜んでいただけました。
また、初めてお店にゲストを紹介した場合、後でゲストとお店の両方にヒアリングをします。感動が生まれなかった場合には、どこに課題があるのかを見極め、次は感動できるように改善していきます。ゲストハウスという存在をきっかけに、地域とゲストがつながって感動を生んだ結果、良い循環が生まれることを私たちは「感動サイクル」と呼んでいるのですが、そのサイクルを回すための一手段として「感動マップ」というものを作っています。
—それはどのようなマップですか?
私たちスタッフが「ここにゲストを案内すれば、感動体験が生まれる」と判断したスポットだけを載せた地図のことです。地図には英語のメニューがあるお店や、外国人歓迎のお店もわかるように印を付けています。外国人のゲスト目線で作っていますので、地元の住民が気に留めていなかったスポットがマップ上に現れるなど、新たな気づきもありました。
最近では、宿と地域の交流がより盛んになってきていて、ゲストハウスで開催したイベントをきっかけに、地域に住んでいる若いミュージシャンや写真家などが集まり、交流が生まれています。ほかにも、地元のPTAの方が、英会話を習っている子供を連れてきてくれて、外国人のゲストと英語で交流したこともあります。逆に、小学校のイベントにゲストが参加できるようにもなりました。宿は24時間365日オープンしていますので、誰でも気軽に立ち寄れるプラットフォームとして、ゲストにも地域の方にも活用していただいています。
—「感動マップ」をきっかけに、3者のつながりがより一層深いものになってきているのですね。
この感動マップをもとに、私たちは外国人向けのローカルツアーを実施しています。白いご飯を盛った茶碗の上にのせるつまみを探しに町を散策するというものです。私たちが自主事業として独自に運営していたツアーなのですが、あとから品川区の委託事業として予算が出ることになりました。行政から認知されたことで、地域からもより信頼を得られるようになり、最近は商店街の理事や品川区の観光協会の理事などにも声が掛かるようになりました。
品川区は工業が盛んな地域なので、これまで観光に対してあまり積極的ではありませんでした。そのため、私がゲストハウスの運営を通じて得た経験をもとに、今後は官民一体となって観光を盛り上げ、「品川」のブランド価値を高めていけたらと思っています。
現代版「旅籠ネットワーク」構築を目指す
—北品川は宿場町の名残で外から来た人を受け入れる土壌があるということでしたが、別の場所で地域融合型の宿を運営していくことも可能だと思いますか?
地元の人でも外から来た人でも、その地域を本気で盛り上げたいと思う人がいれば実現可能だと思います。実際に私はゲストハウスの開業支援をしていて、のれん分けしたゲストハウスが神戸と長野にあります。まずは地域で1年間、地元の人と一緒に汗を流して「宿をオープンさせたい」という気持ちを伝え、その後、ゲストハウス品川宿で半年間の接客修行をすることがのれん分けの条件です。
のれん分けしたゲストハウスとは横のつながりがありますので、品川宿に泊まったゲストが、関西で宿を探している場合は神戸のゲストハウスをご案内することもあります。同じレベルのサービスを保証できるので、安心して紹介できますね。うちではゲストのデータも細かく取っているので、そのゲストは何が好きで、東京ではどこへ行き、何を楽しんだかなど、情報を共有することも可能です。
—渡邊さんのDNAを引き継いだ人材が育ってきているわけですね。最後に、今後の展望について教えていただけますか?
私が経営する株式会社宿場JAPANでは、ゲストハウス品川宿以外にも、古民家一棟貸の「BambaHotel」(品川区南品川)と一軒家ホテル「Araiya」(港区高輪)を運営しています。今年3月にはさらに、ゲストハウス品川宿の隣に民泊「KAGO34」をオープンしました。直営店はこれで4店舗目となり、のれん分けした2店舗を合わせると計6店舗です。
これらのホテルを総括して「宿場ホテル」というブランドで統一し、その中に「The」「Kago」「Shukuba Guest House」の3つの宿ブランドを立ち上げました。現在、4店舗全て合わせると36ベッドあります。これを2020年までに100ベッドにまで増やし、江戸時代の旅籠(はたご)のようなネットワークを作って連携させていくのが目標です。
—旅籠のようなネットワークを作って連携させることで、ゲストハウス品川宿のような地元民とゲストが交流できる拠点が増えていくことが期待できますね。ありがとうございました。
株式会社宿場JAPAN 代表取締役 渡邊崇志氏
外資系高級ホテルや浅草の旅館で修行した後、2009年に簡易宿所「ゲストハウス品川宿」を東京都品川区にオープン。その後、長屋を改造した小規模ホテル「Bamba Hotel」や、米穀店を改造した一軒家ホテル「Araiya」、民泊「KAGO34」を開業。ゲストハウスの連携を全国に広げるため、人材育成や開業支援も行っている。国家戦略特区区域委員、しながわ観光協会理事、民泊コンサルタントなどを兼務。
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