インタビュー

高千穂神楽継承に向け保存会立ち上げと観光活用に取り組むインバウンドスタートアップの挑戦

2022.09.30

帆足 千恵

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人口減少とともに消滅が危ぶまれる地域を存続させるための手段の1つとして、観光が注目されている。地域観光を持続可能にするためには、地域住民やコミュニティと良好な関係を築き、彼らの課題を引き出し、その期待に応えながら、地域外から訪れる旅行者のニーズを理解し、両者をうまく繋ぎ合わせるコミュニティリーダーの存在が欠かせない。 今、地域への熱い想いをもって観光に携わるコミュニティリーダーが日本各地で地域に根差した活動に取り組みながら、影響力を徐々に発揮している。

国の重要無形民俗文化財に指定され、800年以上続く神楽を継承する宮崎県・高千穂町でも、人口減少や少子高齢化に加え、コロナ禍で神事中止に追い込まれるなどで、神楽継承の危機に立たされている。そんななか、神楽にほれ込み高千穂町に移住した1人の女性が、神楽継承に向けて、これまでの常識を打ち破る取り組みをスタートさせている。神楽保存会を立ち上げるとともに、地域の魅力を伝える外国人向けの着地型ツアーと融合させながら、その継承に取り組む「高千穂さと神楽保存会」の会長・日髙葵氏に、その経緯と高千穂で描く未来をうかがった。

 

地域と旅行者を繋ぐインタープリターとなるべく起業

─ 宮崎市出身の日髙さんは、まずは宮崎市でインバウンドビジネスの会社「株式会社訪(おとな)う」を起業されていますね。起業の経緯や事業内容について教えてください。

幼少から転校が多く、義務教育を終えたのが宮崎市でした。各地を転々としたおかげで、新しい土地で、関係性を作っていく術が身につきましたね。大学を卒業後、東京のIT商社で法人営業をし、相手先に飛び込んでいく姿勢とデータ活用の重要性を学びました。

その後、採用していないのは知りながら、大学の頃から働いてみたいと思っていたラオスの企業進出支援・ビジネス開発コンサルティングを手掛ける会社アタックしました。「首都ヴィエンチャンのオフィスに来てくれたら面接するよ」という言葉をもらってすぐに訪問し、驚かれましたね。「まさか、ここまでくるとは思っていなかった」と(笑)。ラオスで働いて考えるようになったのは、「地域の人のためになるビジネスとは何か」ということ。ラオスで生活している人が、風土や文化を成り立たせているはずなのに、果たして地域が稼げているのか疑問を抱くようになり、地域の人と共存できるビジネスについて考えるようになりました。

2015年に宮崎に戻ってきたのですが、そこから感じたのは、「宮崎とラオスは似ている」ということ。宮崎も圏外からの外貨を稼ぐことが必要で、観光が盛り上がっていた時期はありますが、インバウンドゲスト(外国人旅行者)が、何を目指して日本にきているのかといった定性的なデータがほとんどありませんでした。そこで、仕事の傍らに、まちなかを歩いている外国人旅行者にヒアリングして、データをとることから始めました。「何のために来て、何をして、何がよかったか」生の声を拾って、分析することが現在にもつながっています。現地の人と、地域を訪れる外の人の双方を理解して、伝え、調整していくインタープリター(人と自然を通訳する人)が必要であると実感するとともに、自分はそれができるかもしれないと考え、2016年にインバウンドビジネス支援事業を立ち上げました。


▲日髙氏が立ち上げた外国人向けのツアー、旅行者だけではいくことが難しい場所などへ案内する(提供:株式会社訪う)

翌2017年、宮崎県高千穂町の総合政策課の田﨑友教さんたちの視察に自費で同行し、岐阜県飛騨古川の「美ら地球」の「里山エクスペリエンス」のタウンウォークツアーを体験した際にとても感動し、本格的に事業をやろうと決意したのが起業のきっかけです。

当初はセミナーコーディネートやインバウンドの講師、多言語対応などB to Bをメインにしていました。ただ、宮崎だけではなく全国的に、地域を楽しむ体験コンテンツを提供する、現場で手足を動かすB to Cのプレイヤーが圧倒的に不足していることを感じており、『これで本当に価値提供できているのか』と常に自問自答しながらの日々で、もやもやしていました。

そんななか2017年、外国人旅行者に向き合うことにコアコンピタンス(企業の中核となる強み)を置こうと腹をくくって会社を法人化し「株式会社訪う(おとなう)」を立ち上げました。
現在は、B to B事業に加え、旅行会社などのB to C事業も行っており、2022年からは高千穂町で着地型旅行商品を販売しています。

 

夜神楽との出会いが、高千穂町へ移住決断のきっかけに

─ 宮崎市で起業した日髙さんが、高千穂町で事業を展開するようになったきっかけは何でしょうか?

以前から接点のあった高千穂町の田﨑さんから「世界農業遺産をフックに、稼ぐアプローチを構築できないか」という相談を2019年ごろに受けて、高千穂町で外国人旅行者100人に声をかけてヒアリングをするなどの調査をはじめました。その時は宮崎市と高千穂町を行ったり来たりしながら、事業をすすめていました。
そんな中、2019年12月に、高千穂町で初めてほんものの夜神楽を最後まで観た時に、自分のやりたいこと、やるべきことの解像度があがった、バチッと鮮明になった瞬間でした。


▲2019年、下川登神楽保存会の夜神楽、初めて本物に触れたとき(提供:訪う)

高千穂で、国の重要無形民俗文化財にも指定されている「夜神楽」は、例年11月〜翌年2月にかけて、集落ごとに氏神さまを招いて、一夜かけて三十三番の舞を奉納する神事芸能です。三十三番を夜通し舞って奉納し、最後は全員で祭りを〆るというのは、本当に面白くて奥深いんです。この山奥の集落で、800年以上もの間、実りに感謝し、健康を願い、翌年の五穀豊穣を祈る神事が、人々によって守り継がれている。目に見えないものを大切にする風土が、高千穂の文化を醸成しているんだと。もっと近づきたい、春夏秋冬の風景を見逃したくないと、高千穂町への移住を決めました。高千穂に根を張って、地域の人たちと地域の価値を伝えるプログラムや仕組みを作っていこうと決意したのです。

 

神楽を次世代へ継承したいという熱い想いが、地域の方に伝わる

─ 宮崎市から高千穂町に移住したのは2020年4月、ちょうどコロナが猛威をふるい始めた時でもあります。思うようにすすまなかったことも多かったのではないでしょうか。

まさに新型コロナウイルス感染症拡大による自粛まっただ中で、あんなに静かで人がいない高千穂町をみたことはありません。地域の方と挨拶するなどファーストコンタクトをとることもできない状況でしたね。「夜神楽大好きなんです」とことあるごとに伝えていました。

そんななか、中畑神社神楽保存会代表の藤﨑康隆さんと出会います。藤﨑さんは国見ヶ丘天空庵 農家民泊「よどんやど」を運営しており、中畑神楽保存会の会長です。神楽一筋48年、後進の育成に力を尽くしていらっしゃいます。

藤﨑さんとの最初の出会いは、2020年12月に高千穂の農泊家庭のみなさんに対して、私が観光ビジネスに関する講演をした時のこと。その時に「今はボランティアでもいい、安くてもいいと思っていても、それで孫子の代まで手渡せるかどうかを真剣に考える必要があります。持続できる形で適正な価格で売ることが、とても重要です」と話したことを覚えていた藤﨑さんが、のちに声をかけてくださいました。

「そんなに夜神楽が好きなら氏子になり、中畑神社神楽保存会の会員になるのがいい」と、宮司や保存会員の皆さんに一緒に話を通していただき、私は中畑神社の氏子になるとともに高千穂町では女性初の神楽保存会の会員になりました。


▲夜神楽のオンラインツアーの様子(提供:高千穂さと神楽保存会)

とはいえ、コロナ禍で夜神楽は中止となり、集落の行事も実施できない状況でした。そんななかでも何かしなければということで、2021年12月に中畑神社神楽保存会による夜神楽のオンラインツアーを催行しました。オンラインツアーは夜の8時から2時間、夜神楽や舞を中継しながら、その場面がどんな意味を持つのか解説もいれました。先着50名限定で、5400円の初穂料で募集し、全国のお客様にオンライン上で一夜限りの氏子になって楽しんでいただきました。

 

夜神楽のオンラインツアーを機に、地域の方との関係性に変化

─ 「夜神楽のオンラインツアーは、事前に夜神楽で飾られる彫り物(えりもの、切り絵のような)や稲穂が手元に届き、舞あり、わかりやすい説明もあって、一夜氏子の名の通り、一緒に参加している気分になれますね。

初のオンラインツアーに挑戦して以降、地域の行事への参加や舞の練習見学、ツアー造成やゲストを連れてくるなど、様々な形で保存会の兄さんたち(奉仕者:ほしゃどん。神楽の舞や演奏、舞台となる神庭[こうにわ]などの設えを準備する人)と関わるなかで、少しずつ関係性に変化が生まれた気がします。

保存会へ入会した当初は、見知らぬ移住者がいきなり飛び込んできて、皆さんをかなり戸惑わせてしまったと思いますが、共に動くなかで「得るものがあるかも」と、実感していただいていることが大きいのかなと思っています。兄さんたちにはたくさん助けてもらっています。

「もっと夜神楽ファンの裾野を広げていきたい」という想いが、高千穂さと神楽保存会の創設に繋がっていきます。

 

高千穂町外からも広く支援できる環境を作るべく、保存会を設立

─ 「高千穂さと神楽保存会」立ち上げの背景や経緯、また役割について教えてください。

師匠の藤﨑さんや奉仕者のみなさんや私が参加しているのは、氏子による「中畑神社神楽保存会」です。ただ、先程お話したように、孫子の代まで残していくためには、高千穂町の地域外から、性別に関係なく関わりたい人がかかわる仕組みを作りたいと、2022年7月に「高千穂さと神楽保存会」を設立しました。

目的は、高千穂の夜神楽の「力になりたい」と願う人に、広く関われる扉を増やしていくことです。今後も神楽を継承し、広めていくためには、興味をもってサポート、関わってくれる人を増やす必要があります。この保存会は国内外から高千穂の神楽の世界に入っていただける扉という位置づけです。

高千穂さと神楽保存会の役割は、大きく2つあります。

1つ目は、高千穂の夜神楽の応援、支援をすること。 高千穂町在住であるかどうかに関係なく、会員になった方ができる範囲でサポートする環境を保存会として整備し、同じチームとして夜神楽を盛り上げていきます。入会すると寄付によるサポートや、現地での手伝いなどの応援、支援ができます。高千穂の神楽に、集落外の人間でも「一夜氏子」として、祭りに参加できるという段階から、準備から本番まで関わることができるところまで持っていきたいです。そのためにも、まずは地域の方々に受け入れていただけるように取り組んでいます。入会者には、年間6000円〜の寄附を募ります。

2つ目は、保存会に入会することで、神楽の舞や楽を女性が習得できることです。過去数百年、夜神楽は神事であることから、女性が舞や楽に関わることはできませんでした。男性のみでは今後継続が難しい集落が出てくることも考えられます。高千穂さと神楽保存会に入会すると、「舞いたい」「演奏したい」という女性の方も、中畑神社神楽保存会の師匠のもとで、神楽を習得することができます。今の時点では、神事への参加はできませんが、いずれ女性も参加できるようになった場合、この保存会への入会が神事参加の最初の一歩となる未来を期待しています。


▲神楽を舞う日髙氏(提供:高千穂さと神楽保存会)

現在、高千穂さと神楽保存会に正会員として参加しているのは11人で、そのうち練習をしている女性は舞4名、笛1名です。各メンバーが多様な背景を持っているので、個性を活かした活動を企画したいですね。

今は、例えばクリエイティブワークが得意なメンバーがデザインなどの分野でも活躍したりしています。マーケティングが専門領域のメンバーや宿を運営するメンバー、アウトドアが専門領域なメンバーなどもいます。私自身は旅行会社代表でもあるので、その立場も活かしていきたいです。

高千穂さと神楽保存会の会長を私が務めていますが、地域の方々の大切な村祭りですから、原点の夜神楽を無理矢理変えたい、などおこがましいことは1ミリも思っていません。とにかく盛り上げたいという一心です。神話の里・宮崎では「宮崎の太陽」という表現をよく使いますが、太陽を引っ張り出すきっかけを作る、フロアを温める存在の「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」が大好きなので、そんな存在でありたいと思って行動しています。2023年の元旦には、日の出前に舞の披露を計画中です。

 

高千穂の魅力を旅行者に伝えるための「暮らしを体感できるツアー」

─ 日髙さんの会社「訪う」では、2022年4月から、高千穂町での着地型旅行商品の販売を開始しましたね。どのような内容でしょうか。

“Make new discoveries in a spiritual village(神様と暮らすまちで新しい発見を).”をコンセプトに、「Hidden Gem Journeys(隠れた宝物を見つけに行く旅)」と題したツアーの販売を開始しました。高千穂町で外国人旅行者にヒアリングをするなかで「地域の人とはどこへ行ったら触れ合えるのか」「もっとディープな体験がしたい」というリクエストが多かったのです。ツアーでは「キャスト」と呼ばれる案内人とともに、ゲストを「地域の暮らしを深く知り、体感できる旅」にお連れします。1人から参加でき、普段は入れない場所や、旅行者では足を運ぶことが難しい場所へも訪ねることができます。

例えば「Zig Zag Village Walk」では、朝から昼過ぎまで約4~5時間、定番の観光スポットではない高千穂の暮らしを感じられる内容です。

新型コロナウイルスによる入国規制の影響でこれまで外国人観光客が入国できませんでしたが、旅行会社などからもお問い合わせが増えています。

▲高千穂の暮らしをめぐるツアーZig zag Village Walk(提供:株式会社訪う)

インバウンド解禁に備えて、貸し切り拝観で、夜神楽のリアルな雰囲気を舞と地元シェフのお料理で楽しみながら、舞手の方々と飲み会=直会(なおらい)できるツアーを準備しています。民家でやるのが夜神楽の元々の形なのですが、それがこのツアーだと実際に体感できるんです。 今後は、夜神楽を準備から終わりまで体感できる形にまで、昇華させていきたいです。「神楽」そのものの抽象化はあともう一息だと思っています。私はよく神楽は「33トラックあるコンセプト・アルバムです」とゲストに説明しています。

今後も高千穂にしっかり根をおろして、わかりやすく伝えるインタープリター兼プレイヤーでありたいです。

─ 高千穂町のツアーでは「サステナブルな視点」を大切にしていますね。YouTubeチャンネルRyotaro’s Japanの高千穂町紹介動画では、おにぎりも竹皮でくるんで提供していましたね。

はい、地域の方と協業しながらツアーを作っているのですが、プラスチックは使わない、できるだけ自然のものにこだわって作っています。この素晴らしい暮らしの風景と時間を残していきたい。100年先も、子どもたちが笑っていられる場所を残していきたい。次の世代へ繋げられるように、持続可能な旅を提供していきます。

 

プロフィール:

株式会社訪(おとな)う 代表取締役/高千穂さと神楽保存会会長 
日髙 葵

宮崎市出身。鹿児島大学法文学部法政策学科卒業後、東京での法人営業を経て、ラオス人民民主主義共和国の現地コンサルティング企業で勤務。2015年、宮崎へUターン後「宮崎へ世界中の旅人に来て貰いたい」という想いから多言語化コーディネーターとしてのキャリアを開始。2017年、宮崎市で法人化。海外進出サポート事業・多言語翻訳/通訳事業を行う。2020年、本社を高千穂町へ移転。着地型ツアーやオンラインツアーの企画運営をはじめ、本格的に観光事業へ参画。2022年4月に英語の現地発着ツアー「Hidden Gem Journeys」を発売。

 

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