インタビュー

起業して突き当たった壁、学び直しの場で乗り越える【なぜ観光MBAでのリカレント教育を選択したのか?】

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人生100年といわれる時代になり、生涯を通じて学び続けることが重要視されるようになった。そのようななか、学校教育から離れて社会に出た後も、定期的に学び直しの機会を設け、それぞれの人のタイミングで再び教育を受ける「リカレント教育」が注目されている。このシリーズでは、社会人になって以降の学び直しを通じて、キャリアアップをしたり、事業の幅を広げるなどして、観光業界で活躍する人へのインタビューをお届けする。

今回お話を伺ったのは、京都を拠点に宿泊施設や、飲食、観光案内所など備えた複合施設を運営する株式会社ニシザワステイの代表取締役、西澤徹生氏。西澤氏は、大学を卒業し、旅行会社に4年間勤務。店頭の窓口業務や法人営業などの経験を経て、地元の京都に戻って起業。2016年に1棟貸しの宿泊施設をオープンさせた。その後、2軒目に向けて準備を進めるなか、事業の方向性や進むべき道が分からなくなり、壁に突き当たった。その葛藤の時期、京都大学経営管理大学院の観光経営科学コースに入学し、2年間の学びを経て、観光MBAを取得した。

「大学院で学んだ期間はたったの2年間。しかし、2年で終わりではなく、そこで得た多くの出会いと学びはその先の長い人生に広くつながっていく」と話す西澤氏に、大学院の学びで得たものと、MBAが自身の事業にとってどんな突破口となったのかを聞いた。

 

旅行会社を経て京都で起業、祖母の京町家を改装して1棟貸しの宿をオープン

─ 旅行会社を辞められた後に起業し、2016年に1棟貸しの宿泊施設をオープンされました。宿泊業をやりたいと思ったきっかけは何でしょうか。

小さい頃から、人を笑わせるのが好きな子で、人を幸せにしたい、喜ばせたいという思いは強くありました。大学時代の就職活動で自己分析を行い、自分の経験や思い出をたどったとき、幸せな時間は旅行や宿での思い出と深く結びついていたというのが原点です。できるだけ多くの宿泊施設を見たいという理由で旅行会社に入社を決め、以来、いつかは宿泊業をやりたいと思っていました。

旅行会社を退社後、多くの物件をあたりました。最終的には亡くなった祖母が祇園に残し空き家となっていた京町家を改装し、1棟貸し宿「KYOMACHIYA-SUITE RIKYU」をオープンしました。退社してちょうど1年後の2016年春のことです。

当時京都では宿が不足し、オープンがちょうど桜の時期と重なったこともあり、すぐに予約が入りました。1棟貸しでキッチンや洗濯機なども備えている点が、特に長期滞在で同じ場所に数日滞在する旅行スタイルの訪日客のニーズとマッチし、欧米豪のお客様を中心に、香港、シンガポールなど、コロナの前までは9割が海外からの旅行者でした。


▲2016年にオープンした1棟貸し宿「KYOMACHIYA-SUITE RIKYU」

 

進むべき道を見失ったときに訪れた大学院での学び直しの機会

─ 2軒目の施設をオープンされたのは、1軒目をオープンしてから6年後の2022年4月。その間に大学院に通われ観光MBAを取得されましたが、大学院に行こうと決意したきっかけは何ですか。

1軒目の宿が軌道に乗り、1年後の2017年にはまた宿を増やそうと思っていました。しかし、不動産にまだ勢いがある時期で、いい物件はなかなか見つかりません。連携の誘いや施設の運営委託などのオファーも山ほどありましたが、自分のやりたい宿や考えとは違いました。

周囲からも2軒目をやるものだろうと思われていた中で、「そもそもなぜ、2軒目をやらないといけないんだろうか」という疑問が自分の中に沸いてきました。その頃ホテルだらけとなった京都では、オーバーツーリズムの問題に悩まされていました。1軒目は空き家となっていた祖母の家に宿としての新しい価値を与えるという意味でやる意義を感じました。しかし、自分がまた宿をつくったらそれに加担することにならないか。何が正解かわからなくなり、気持ち的にもしんどくなっていきました。

そんなとき、京都大に観光MBAが新しく開講されるというプレスリリースを目にしました。JTBの勤務時代にMBAの社内公募に応募したものの通らなかった経験があります。それ以来、いつかは自分の力でMBAに行こうと思っていたこともあり、これだ!と思いました。準備に1年をかけ、2019年春、30歳のときに入学しました。

 

切磋琢磨しあえる仲間と、「授業を楽しむ」欲求を支えに、深夜3時まで勉強

─ 大学院でのカリキュラムや授業について教えていただけますか。

私が入ったのは、観光経営科学コースでした。2年間で前期、後期と4つのブロックに分かれますが、1年目の前期が最も忙しく、必修とされる経営戦略、マーケティング、統計分析、会計学、組織行動の5つの基礎科目のほか、観光の専門科目が週3コマ。だいたい朝10時半から4時15分までの1日3コマの授業が週3日、といったスケジュールでした。

観光以外の科目も体系的に学べるカリキュラムがとてもよかったです。同じコースに在籍する学生は10人ほどでしたが、基礎科目では観光コース以外の学生も含めた50人くらいの混合クラスで、ほかのコースで学ぶ学生と交わる機会もありました。講義がメイン、ディスカッションが中心など、授業により違いはありますが、グループワークはどの授業でも盛んに行われました。途中でグループが変わることや、決められたグループで最終的には発表を行う授業もあります。観光コース以外のファイナンスコースで学ぶ方、企業派遣で来た方、海外からの留学生など、さまざまなバックグラウンドをもち、年齢も25歳から60歳くらいまでと幅広い年代の方と共に学びました。


▲大学院の仲間と

各科目で宿題があり、そのうえ、中間レポートにグループワーク、グループ発表、そして試験もある。宿題をするには何かを読んでインプットも必要だし、夜中3時まで机に向かい、常に何かに追われているような生活でした。

─ そのうえ仕事もされ、両立がかなり大変だったかと思います。それを乗り越える力となったのは何だったのでしょうか。

仲間の存在は大きかったです。大変なのは皆同じで、昨夜は何時まで勉強したと言い合いながら、自分だけじゃないんだとお互い励まし合いました。一人だったら頑張れなかったと思います。

もうひとつは、これを乗り越えたらきっと成長できる! そして、明日の授業を楽しみたいという思いですね。手を抜こうと思えばできますが、中途半端な状態で授業に行ったら全然おもしろくなかったという経験が実際にありました。どっぷり浸かればどっぷり学べる。ここはどっぷり学ぶべきと思いました。

 

世代を超えた新しい仲間との出会いが、価値観の変革に

─ 大学院での学びを通して、何を手に入れたと感じますか。

ひとつに絞ることは難しいですが、今も述べた仲間との出会いは大きいです。同期生のほか、現役生とつながることもでき、世代を超えた友人ができました。お互い切磋琢磨をした経験、それを通じて一緒に仕事をするようになった人もいます。そういった新しい人との出会いや学びによって、個単位から社会全体を俯瞰して物事を見れるようになるなど、価値観もアップデートされました。もともと感覚で物事を判断するような感覚人間でしたが、論理的に考え、話ができるようにもなったと思います。マルチタスクができるようになったのは、限られた時間で仕事と勉強を両立させた経験のおかげです。また、これまではインプットするといっても、何をインプットしてよいかわかりませんでしたが、インプットする習慣と、今の仕事で必要なインプットは何か、どういう本を読むべきかがわかるようになりました。書店に山積みされているような、万人受けするわかりやすい本ではなく、MBAで読むような本を選び、難しい本も抵抗なく読めるようになりました。


▲大学院時代の友人とは、卒業後も連絡を取り合う貴重な存在だという

これまでの仕事は個人で行っていましたが、現在、より大きな組織で動くようになり、ウェルビーイングやサーキュラーエコノミー、ソーシャルインパクトといった、社会的な問題についてのインプットの必要性を感じています。観光MBAというと観光に偏りがちですが、あくまで社会の大きな流れの中での観光です。観光の文脈は地方創生も絡んできますから、新しい資本主義の概論も学ぶべきで、書籍からは観光以外のインプットのほうが圧倒的に多いです。

 

大学院での学びで明確になった事業の軸。宿泊施設へのこだわりを手放す

─ 先ほど、大学院に入学したきっかけは、事業の方向性に迷いと行き詰まりを感じていたと伺いました。2年間の学びで答えは見つかりましたか。

はい。大学院入学前の2017年ごろは、宿が増え、街が壊れていきつつある中、地元住民の反発がありました。地元住民がハッピーにならない観光への疑問が生じました。かと言って経済を追うな、とも思いません。大学院に入り、在学中はまだホテルをやろうかと考えていました。しかし、大学院での学びを通し、自分がやりたいことは宿をやることではなく、「持続可能な観光を実現すること」であると、この軸を完全に捉えたと感じました。

出発点は、地元住民の反発や市民感情の悪化を解決させるために地元の人と旅行者を交流させたいという思いです。そのために地元住民も来られるようなホテルをつくりたいというプランをもっていました。しかし、解決手段はホテルだけではない。ホテルにこだわる必要はない、という決断に至りました。

ホテルという部分はすべて切り、「地元の人と旅行者が交わるところ」だけをつくろうということになりました。近所の人だけでなく、京都で仕事をしている人も集まったらおもしろいだろうとコワーキングスペースを設け、さらに人と人とが交流する場はバーでないかと、観光案内バーという機能をもたせました。

こうして大学院を卒業して1年後の2022年4月に、観光案内バーとコワーキングスペースを併設した複合施設「SIGHTS KYOTO」をオープンさせました。旅行者や東京から来た人には、京都らしいところで働きたいというニーズがあります。しかし、実際のところ、ない。では私がつくろうと、オフィス街の中でなく、舞妓さんや芸妓さんがいるお茶屋さんのある観光地の一角を選びました。


▲2022年4月にオープンした複合施設「SIGHTS KYOTO」

オープンして約半年。コワーキングスペースやバーには、私と同世代の30-40代を中心に、25歳から80歳までの幅広い年齢層が訪れています。地元の人が旅行者に店をオススメするといった、私が見たかった景色を見ることもでき、自分がやりたかったことが具現化されつつあると感じています。

 

自己実現から、学びを社会に還元していくステージへ

─ 今後の展望についてお聞かせいただけますか。

アメリカの心理学者、マズローの欲求5段階説の一番上は「自己実現」ですが、5段階のさらに上に「自己超越」という世界があると言われています。宿をやりたい、MBAを取りたいというのは自己実現のステージだと思います。それを果たした今、次に挑むべきは、自己超越、すなわち、自分が学んだものを社会に還元していく段階に来たと思います。今はまだその間をさまよっていますが、早く外に向かわなければいけないと思います。

具体的な話でいうと、2軒目の施設のオープンから半年が経ちました。今は人が集まってきている段階ですが、ここにさらに人を集め、町の人と一緒に地域をつくるという段階に早く動いていきたいと、はやる気持ちがあります。自分一人でやるのは施設の中だけが限界ですが、たとえば同世代の人と新しいコミュニティーをつくるなどして、エリア全体で地域をよくしていき、地域がどんどん自信と誇りを持ち、世界一だと言えるデスティネーションになる過程をこれからつくっていくことが大事だと思っています。


▲観光案内バー、地域住民の方と旅行者が交わる場所になりつつあるという

─ 最後に、大学院での学び直しを考えている方へメッセージをいただけますか。

大学院に行く目的が、転職や社内での昇格や、学歴をよくするためという動機の方にはあまりおすすめできません。私自身の経験と照らし合わせると、一旦社会に出たあと、現在仕事をする中で何か課題を抱えていたり、行き詰まりを感じていたり、誰に聞いてもよい答えが得られなかったりする方、また、もうひとつレベルを上げることを目標に、次のステージに呼ばれている方には、MBAはきっとよい機会になるのではないかと思います。

─ 貴重なお話をありがとうございます。

 

プロフィール:

株式会社ニシザワステイ 代表取締役
西澤 徹生

1988年京都生まれ。小学生の頃に披露したダジャレ100連発、高校生でのM-1甲子園出場など常に人を笑わせることだけに全神経を集中していた。大学は笑いの修行のため笑いの聖地大阪の大学へ行き卒業後は、旅行会社の株式会社JTB西日本に就職。2016年に京町家の1棟貸し宿泊施設「KYOMACHIYA-SUITE RIKYU」を開業。2017年に「株式会社ニシザワステイ」として法人化。観光MBAを卒業後、2022年にコワーキングスペースの「SIGHTS KYOTO」を開業。二児の父親でもあり、毎日欠かさずお酒を飲んでいる。

(写真提供:株式会社ニシザワステイ)

 

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