インタビュー

広島発アドベンチャートラベルはどう磨かれたか? 平和と地域の物語を海外市場に届ける商品造成の裏側

印刷用ページを表示する


島々を結ぶ瀬戸内の風景の中に、土地の物語を丁寧に編み込みながら“旅の深度”をつくり出す人がいる。一般社団法人Hiroshima Adventure Travel業務執行理事の佐藤亮太氏だ。

佐藤氏は、広島で自然体験を事業として磨き上げると同時に、地域の歴史・生業・暮らしをアドベンチャートラベルの文脈に統合し、継続的に海外市場に向けた商品改善や磨き上げ、積極的なプロモーションを行ってきた。その結果、近年は国際的な商談の場でも広島発のアドベンチャートラベルが評価され、実際の受け入れ・催行へと接続し始めている。

今回は、佐藤氏のアドベンチャートラベルとの出会いから、広島での事業立ち上げ、国際的な商談イベントへの参加を通じた商品改善のプロセス、そして直近のサイクリングツアー造成の舞台裏までをうかがった。

 

地域と旅人が交わる場を、持続可能な事業へ。湯来町から始まった挑戦

― まず、佐藤さんのこれまでのご経歴と、広島で活動するようになった背景を教えてください。

もともとは愛知県岡崎市出身です。関東の大学を卒業したあと、福島ユナイテッドFCというサッカークラブでキャリアをスタートさせました。

▲サッカークラブ、福島ユナイテッドFC時代の佐藤さん

福島で東日本大震災を経験した後、友人とのご縁から、2011年に広島に移り住みました。当初は広島市内に住んでいましたが、震災を経験し「食べ物やエネルギーを自ら作り出せないと、本質的に豊かな暮らしとは言えないのでは」と感じていたことから、「自然のそばで暮らしたい」という気持ちが強くなっていました。

そして、2014年に広島市内から車で1時間ほどの湯来町(ゆきちょう)へ移住しました。大好きな温泉があり自然環境も豊かで、「ここなら暮らしと自然をセットで考えられる」と感じたのがきっかけです。

― 湯来町ではどんな活動をされていたのですか?

最初は小さなカフェを引き継いだり、お米をつくったり、地域の人と一緒に林業関係のワークショップを開いたり。暮らしの延長線上で、地域の人と外から来る人が交わる場づくりをしていました。

その中で、湯来町のまちづくりや観光振興に取り組むNPO法人湯来観光地域づくり公社から、「代表を引き継いでくれないか」という話をいただき、2018年に理事長に就任しました。以降は、地域活動を「継続できる事業」にするために、収益設計や提供価値の言語化を意識的に進めるようになりました。

地域の人の幸せと、自分たちの暮らしを両立させながら、きちんと事業として成り立たせるにはどうしたらいいのか。その一つの答えとして注目したのが、沢歩きや滝登りといった自然の地形そのものを体験する「シャワークライミング」の磨き上げでした。

 

体験価値を再定義したシャワークライミングツアー、参加者15倍増を実現

― シャワークライミングはどのようにテコ入れしたのでしょう?

既に商品化されていた体験ですが、当初は年間60名ほどの参加にとどまり、料金も「1日ツアー+食事付きで5000円」という設定でした。楽しいけれど“持続可能な事業”とは言いづらい規模感でした。

そこで、体験の組み立て方やガイドの関わり方を一から見直し、「人生観が変わるような体験」にすることを意識してブラッシュアップしました。同時に、専門家にも入ってもらいながら価格設定も再検討し、半日9000円(外国人1万5000円)に切り替えました。

値上げした直後は不安もありましたが、むしろお客様からは「これだけの体験なら安すぎるくらい」と言っていただけて。口コミの質と量が一気に上がり、コロナ禍を経て15倍となる年間900名まで成長し、2023年にはトリップアドバイザーの「日本の人気体験ランキング」で7位に選ばれました。広島駅から、電車とバスを乗り継ぐと2時間かかる場所ですが、海外のお客様が全体の約2割を占めるまでになったのです。

シャワークライミングの様子▲沢を歩き、滝を登るシャワークライミング。自然の地形そのものを体感する体験として、人生観に影響を与えるツアーへと磨き上げられた

体験を通じて参加者の価値観や人生観に影響を与えるような深い体験になっているのを実感するなかで、アドベンチャートラベルという旅のスタイルがあることを知り、「まさに自分たちが実践してきたことだ」と強く納得しました。“自己変容”や、“地域にお金と人の流れを生みながらインパクトを残す”という考え方は、まさに自分たちの問題意識と重なっていましたね。

 

アドベンチャートラベルの視点で「広島の平和」を世界へ伝える挑戦

― そこから、どのようにして「広島」でのアドベンチャートラベル実践に繋がったのでしょうか。

最初は、湯来町の中だけで完結するアドベンチャートラベルツアーを作ろうと考えていました。ところが、国内でアドベンチャートラベルの普及・推進に取り組む日本アドベンチャーツーリズム協議会の方に話を聞きに行ったときに、「もう少し広いエリア『中国地方全体』で考えた方がいい」とアドバイスをいただきました。

広島には“平和”という世界的に強いキーワードがありますし、海も山も島もある。単一の町の話ではなく、「広島というエリアが持つ価値」を立体的に伝えた方が、アドベンチャートラベルとしての可能性が広がると感じました。

― どういったメンバーや体制でどのようにして取り組みをスタートさせたのでしょうか。

2020年10月に、広島周辺の観光事業者やガイドを集めてのアドベンチャートラベルについてのシンポジウムを開催しました。その後、共感してくれた10人前後でワークショップを重ねながら、広島全体でアドベンチャートラベルをどう形にするかを議論し始めたのがスタートです。私自身は、その旗振り役として場づくりやコンセプト設計を担ってきました。

広島アドベンチャートラベル立ち上げに向けたワークショップの様子▲広島周辺のガイドや観光事業者が集まり、アドベンチャートラベルの可能性を議論するワークショップの様子

広島市から半径50km圏内の体験を組み合わせ、「広島の“平和”をどう旅として伝えるか」をテーマにモニターツアーを実施しました。ただ、最初に掲げた「平和」をどう扱うかが本当に難しかったです。

2021年に実施した初期のモニターツアーの様子
▲「平和」をテーマに据え、広島市周辺の体験を組み合わせて実施した初期のモニターツアー

モニターツアーの反応などを踏まえ、一度、「広島人の“開拓者精神”」というテーマに設定し直し、歴史とチャレンジ精神を軸にしたツアー案を整理。2022年にスイスで開かれた国際的なBtoBの商談会「アドベンチャートラベルワールドサミット(ATWS)」に持ち込みました。

2022年にスイスで開かれた「アドベンチャートラベルワールドサミット(ATWS)」▲2022年にスイスで開かれたアドベンチャートラベルワールドサミット(ATWS)

この時、私にとって国際的な商談の現場への参加は初めてでしたが、海外のアドベンチャートラベル関係者と話す中で、「広島が“平和”を避けてしまっては本質的なストーリーにならないのではないか」と指摘されて。そこでまた、「やっぱり平和から逃げずに向き合うべきだ」と振り出しに戻ることになりました。

この時、私にとって国際的な商談の現場への参加は初めてでしたが、海外のアドベンチャートラベル関係者と話す中で、改めて、「広島=平和」と認識されていること、広島にはそれを学びに来たいと感じていること、そして、私たちが作るツアーについても、そのテーマを明確に掲げる必要があることに気づかされました。

 

― どのようにして“平和”と向き合い、ツアーを構築していったのですか?

転機になったのは2023年に広島でアドベンチャートラベルを推進する主要メンバーと一緒に屋久島を訪れたことです。自然と人の暮らしが深く結びつき、流域という単位で生態系の循環を考えている思想に触れたことで、平和を「人と人の関係」だけでなく、「生態系全体の調和」として捉え直せるのではないかと考えるようになりました。

屋久島での視察の様子▲屋久島での視察の様子。自然と暮らしが密接につながる屋久島の思想に触れ、「平和」を生態系全体の調和として捉え直す大きな転機となった

そこで、広島の歴史や平和記念公園で感じる“平和”と、広島市周辺の里山や瀬戸内の島々に残る“自然と暮らしの調和”を一つの流れとしてつなぎ、ツアーの終盤で「あなたにとっての平和は何か」を問いかける構成へと整理しました。この再定義によって、一気にツアー全体の世界観が固まりました。

 

「サイクリング×地域の物語」への絞り込みが、商談を動かす転機に

― 「平和」を軸としたツアーの、商談会での反応はどうでしたか?

ツアーとして伝えたい思想や問いは明確になったところで、さらに商品を磨き上げ、ATWSなどの商談会に参加していましたが、とても魅力的なプランではあるものの、商談の場では伝わりづらいことが課題として残っていました。

というのも、このツアーには、サイクリングやハイキング、シャワークライミングやカヤックなど、さまざまなアクティビティが詰め込まれており、「商品としての分かりやすさ」にいま一つ欠け、ターゲットとなる顧客が見えづらかったのです。

ただし、瀬戸内の島々には、信仰、文化、生業、復興など、さまざまな要素が一つのライン上に点在しています。そこで、体験の順序と伝え方を整理し、提案の軸を「サイクリング×地域の物語」に絞り込み、新たな商品を作ることにしました。広島市内から瀬戸内海国立公園の島々を抜け、しまなみ海道を通って今治へ抜けるルートにすると、美しい景色に加えて物語と導線を同時に示せる。サイクリングは、その整理に適した手段だと判断したのです。

ATWSでの商談風景▲ATWSでの商談風景。海外バイヤーとの対話を通じて、ツアーの分かりやすさや提案軸の重要性を再認識。商品再設計のヒントを得た

― サイクリングという一つのアクティビティに絞って作ったツアーには、どのような反応がありましたか?

ツアーのアイデアを国内のDMCに共有したところ、すぐにオーストラリアのサイクリングに特化した旅行会社につながり、「ぜひやりたい!」と連絡がありました。そこで、2025年の春から、瀬戸内を舞台にしたサイクリングツアー造成が実際のプロジェクトとして動き出しました。ちょうど環境省の支援を得られることが決まったのも大きかったです。

また、このツアー案を2025年にチリで開催されたATWSに参加したところ、海外のバイヤーから初めて「これは売れる」「ぜひ詳しく聞かせてほしい」という反応が返ってきました。

 

平和をめぐり、暮らしに触れるサイクリングツアーがいよいよ本格始動

― サイクリングツアーのコンセプト、実際の商品化までの経緯を教えてください。

ツアーは「平和と復興の文脈」を起点に、瀬戸内海国立公園の島々へと移動し、歴史・生業・暮らしを一本のストーリーとして体感しながら、生態系の調和を実感し、「自分にとっての平和とは何なのか?」を考えていく構成です。

サイクリングツアーの参加者の様子▲サイクリングツアーに参加するゲストの様子

2025年6月からルートの試走等を繰り返し、候補地を現地で検証しながら、宿泊・食・立ち寄り先の連携まで含めて組み上げていきました。そして、9月にモニターツアーを実施してさらにブラッシュアップ。最終的には、広島市内でのハイキング・サイクリングによる導入から、宮島、江田島、瀬戸内の島々を経て今治へとつなぐ6泊7日のツアーが形になりました。

そして、このツアーをベースにしつつ、先述のオーストラリアの旅行会社の要望も踏まえてルートや体験を調整し、短期間で11月の催行まで漕ぎつけました。

― 参加者の反応はどうでしたか?

11月に開催された1本目のツアーは60〜70代のサイクリング愛好者6名が参加しましたが、うち4名は「日本に来るのが初めて」という方でした。ほとんどが、東京や京都を目的とせず、「このツアーそのもの」を目当てに広島を訪れてくれたのは、大きな手応えを得ました。

島の木桶で作る伝統的な醤油蔵や牡蠣の先進的な養殖現場で「自然と生業の関係性」を体感する中で、「自然との調和の中で平和に暮らす島の人々に感銘を受けた」という声や、対話を重視しているからこそ「はじめましてだったが、このメンバーで旅をできたからこそ、様々なことを得られた」という声をいただきました。

ツアー後のアンケートでは、5段階評価で「5」が5名、「4」が1名。「人生で一番印象に残るサイクリングだった」と書いてくださった方もいて、サイクリングに加えて歴史や産業、地域の暮らしに触れる体験が評価されたと感じています。

牡蠣の先進的な養殖現場を見学▲牡蠣の先進的な養殖現場を訪問。島の暮らしと産業の知恵に、参加者からも高い評価が寄せられた

― 初のサイクリングツアーを経て、次回に向けた改善点は見つかりましたか?

今回は先方からの「しまなみ海道を尾道からしっかり走りたい」というリクエストに応える形で、ルートを延ばしました。その結果、一部で交通量の多いエリアを走る必要が出てしまい、安全面や景観の面で少しストレスがある区間も生まれてしまいました。2026年も既に3回の実施が決定しているので、このあたりの修正が必要な状況でした。

今年のツアーには、先方の旅行会社の担当者も参加してくれていたので、先日行った打ち合わせで課題感を共有。私たちの認識と先方の認識にほぼズレはなく、私たちが“ベスト”だと考えている本来のルートに近づけながら、先方のニーズとのバランスを取った、より良いルート案ができました。今後は、また試走しつつ、来年に向けて備えていきたいと思います。

同時に、1週間程度のロングツアーだけでなく、ニーズの多い広島市周辺で完結する1〜2日のアドベンチャートラベル商品も整備して、ガイド育成やオペレーションの基盤づくりにも力を入れていきたいと考えています。

 

一軒一軒の関係づくりから広がる、地域連携の輪

― 受入体制はどのように整えていますか。

アドベンチャートラベルの商品を販売・手配するのに必要な旅行サービス手配業の登録は、一般社団法人Hiroshima Adventure Travelとして免許を取得し、手配の機能を持たせています。

現地でのガイド手配や各事業者との連携は、地域のプレイヤーと役割を分担しながらオペレーションを組み立てています。

― 訪問先となる地域事業者との関係づくりはどのように取り組んできましたか?

基本は一軒一軒、顔を出して丁寧に話をしに行くところからです。醤油蔵や牡蠣の養殖場、宿泊施設など、「このツアーに登場してほしい」と思う事業者さんとは、紹介などをいただきながら必ず現地に訪問し、お話しする時間をつくっています。

ただ課題としては、我々と各事業者のつながりはあるものの、事業者同士のつながりをまだ構築し切れていないところがあります。これからはツアーに関わる事業者同士が顔を合わせ、ツアーの意図や世界観を共有できる場づくりを進めたいと考えています。事業者さん同士も普段からつながりがあって、そのつながりをゲストのみなさんが体感できるような形にしていきたいと思っています。

広島サイクリングツアー

 

広島から中国地方全体へ。地域と旅人の幸せな循環を育むアドベンチャートラベルの挑戦

― 今後の目指す姿や理想像について教えてください。

2026年、中国地方全体を視野に入れたアドベンチャートラベルネットワークが本格的に動き出します。

すでに「Chugoku Adventure Travel Network」という枠組みを2025年2月に立ち上げており、今後は鳥取・島根・岡山・山口といった地域のガイドや事業者とも一緒に連携しながら、広域のアドベンチャートラベル商品を開発・販売していく予定です。

たとえば、厳島神社と出雲大社を自転車でつなぐルート構想もその一つです。中国山地を縦断しながら、沿線の小さな町や自然、信仰の場をめぐるようなツアーを、数年かけて形にしていきたいと考えています。

根底にあるのは「旅行者と地域が幸せな関係をつくること」。アドベンチャートラベルは旅行者と地域が無理なく関係を育てられるとても良い手段だと思っています。さらに、海外からの旅行者がその地域を好きになり、再訪する。地域の側にも「また来てほしい」と思える受け入れの余力が生まれる。そうした関係性を少しずつでも広げていきたいです。

 

最新のインタビュー