インバウンドコラム

高知の山奥で半年先まで満室!? 1人3.2万円の古民家宿が訪日客に選ばれる理由 

2026.05.11

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高知県の山奥に、半年先まで予約が埋まる古民家宿があります。1日1組限定、料金は1人3万2000円から。それでも訪日客を中心に予約が絶えません。

この宿「みちつじ」が支持される理由は、単なる秘境感や古民家の風情にとどまりません。宿のオーナー一家が移住し、自らリノベーションした空間で提供されるのは、ジビエ料理や自家飼育の鶏の卵、地域に伝わる神楽など、土地に根ざした“本物の山の暮らし”そのものです。

本記事では、この宿の歩みを通じて、宿泊を「滞在体験」へと昇華させたプロセスと、地方民泊が地域と世界をつなぐ接点となる理由を紐解きます。

 

1. 山奥なのに半年先まで満室”、限界集落で成立する高単価民泊 

高知県大豊町の山奥、いわゆる「限界集落」と呼ばれる地域に、古民家宿「みちつじ」があります。

1日1組限定の一棟貸しで、朝夕食付き。料金は1人3万2,000円から(季節によって変動)と決して安くはない高価格帯の宿ですが、国外からゲストを中心に、予約は半年先まで埋まっているそうです。

大豊町は四国山地の中ほどに位置し、人口減少と高齢化が進む中山間地域です。2026年2月時点の人口は2,823人。町全体が「限界自治体」ともいえる状況にあります。一般的には、こうした場所は宿泊商売に不利だと思われがちです。人が少なく、交通も不便で、観光地としての知名度も高くないからです。

高知県大豊町みちつじ民泊2▲山奥の古民家宿の「みちつじ」の入り口。宿名は、ここの建物の屋号に由来(画像:安達さん提供)

しかし、その前提自体が、すでにズレているのかもしれません。筆者が四国・徳島県の山奥「祖谷」を訪れた際、オーストラリア人旅行者と話す機会がありました。なぜこのような山奥まで来たのかと尋ねると、「ガイドブックに“アジア最後の秘境”と書かれていて興味を持った」と答えたのです。つまり、都市から遠いことや不便であることは、必ずしも弱みではありません。むしろ、外部の視点から見れば“価値”として認識されているのです。

実際に現地を訪れると、川沿いの国道からは見えない山の中腹に集落があり、その斜面に宿が静かに佇んでいました。車1台がやっと通れる細い道を上り切った先に現れる風景には、まさに“秘境”という言葉が似合います。一方で、高速道路のインターや高知龍馬空港から車で約1時間。アクセスは意外なほど悪くありません。この「山奥なのに、行けなくはない」という絶妙な距離感も、宿の魅力を支える条件のひとつでしょう。

高知県大豊町みちつじ民泊3▲庭の一角には、飼っているニワトリや烏骨鶏の姿。この玉子が食卓に乗る(画像:筆者撮影)

みちつじの人気は、単に古民家だからでも、秘境だからでもありません。日本のかつての山の暮らしが、いまも空気ごと残っている。その土地の本物に触れる体験こそが、国内外のゲストを引きつけているのです。

 

2.東京から移住、古民家との出会いが宿になるまで 

古民家宿「みちつじ」を営む安達大介さん一家が東京から大豊町へ移住したのは、2012年12月のことです。移住のきっかけは、子育てをより自然豊かな環境でしたいという思いでした。もともと暮らしていた東京都大田区は都市的な利便性が高い一方、子どもを育てる環境としては、もっと自然に近い場所での暮らしを求めていたそうです。

そんな中で縁をつないだのが、安達さんの義姉(妻のお姉さん)の存在でした。もともと彼女が吉野川でラフティングの仕事をしていたことから、この地域を訪れる機会があり、大豊町の風土に触れるうちに移住を具体的に考えるようになったといいます。

高知県大豊町みちつじ民泊4▲宿の眼下には、茶畑と吉野川の上流が望める。リバーラフティングが盛んだ(画像:安達さん提供)

そして出会ったのが、現在のみちつじとなる古民家でした。山の上から吉野川を見下ろす立地に一目惚れしたそうです。夏になると、川を下るラフティングの歓声が谷に響く。その景色と音の広がりに、ここで暮らし、ここで宿を営むイメージが一気に立ち上がったのでしょう。

空き家は当時すでに傷みが進んでいたものの、安達さんには「なんとかなる」という感覚があったといいます。もともと建築関連の仕事に携わっていた経験もあり、古い家を修繕しながら生かしていくことに、不安よりも可能性を感じていたようです。

地方の空き家活用は制度や補助金の話に寄りがちですが、実際にはこうした“この場所で暮らしたい”“この建物と付き合っていきたい”という個人の直感が、事業の原点になるのだと感じさせられます。

▲廃屋同然だった空き家を自分たちでリノベーションすることに(画像:安達さん提供)

 

3.DIYと地域との関わりが価値に、“暮らしながらつくる”宿づくり

もっとも、理想だけで宿が立ち上がるわけではありません。みちつじの開業までには、かなり泥くさい日々がありました。

古民家は長らく空き家だったため、まず苦労したのは残置物の片付けでした。古い家電が放置されていたり、傷みの激しい箇所があったりと、使える状態に戻すまでには相当な手間がかかったそうです。ホームセンターに通って資材を買い、自分たちの手で改修を進めました。まず家族が生活できる部屋を整え、少しずつ客室や水回りを直していく。いきなり“宿づくり”をしたのではなく、“ここで暮らすこと”と“宿にすること”を同時に進めていったのです。

開業までの約8カ月は、他で働かないと生活できませんでした。柚子の収穫を手伝ったり、地元のジビエ加工場でも働いたりしながら生活費を稼いだといいます。

その経験は、単なるつなぎの仕事では終わりませんでした。ジビエの扱いや地域の食文化への理解は、その後の宿の食事にも生かされています。みちつじで出される料理に、山の暮らしの実感が宿っているのは、その背景があるからでしょう。

五右衛門風呂づくりに半年をかけたという話を安達さんに聞き、やはりここは短期間で“商品化”された宿ではないと感じました。時間と手間をかけ、自分たちの暮らしを編み込むようにして出来上がった宿です。地方の民泊が魅力を持つとき、その価値は建物の見た目だけでなく、そこに積み重なった生活の手触りに宿るのだと思います。

▲五右衛門風呂を自作する安達さん(左)柚子の収穫をカゴに集める作業(右)(画像:安達さん提供)

なお、宿の間取りはゲスト用の二間に加え、その奥に小さなフリースペースがあります。いずれも天井が高く、ピンク色の土佐漆喰の土壁です。オーナーの安達さん家族は、敷地内の隣にある古民家の別棟に住んでいます。

 

4.訪日客が6〜7割に、レビューが呼び込むインバウンド需要

みちつじ開業当初の2013年、安達さんが見込んでいたのは吉野川のラフティング需要でした。川遊びに訪れる人たちの宿泊需要があるのではないか、というのが最初の想定だったそうです。開業前の準備期間からInstagramを開始していたこともあり、直接、予約が入ってきました。さらに2015年からAirbnb、2016年からBooking.comに掲載をスタートすると、宿に強く反応したのは外国人ゲストでした。

想定外だったのは、単に外国人が来たことではありません。彼らがこの宿の世界観を深く理解し、その価値をレビューとして言語化していったことです。そのレビューが次のゲストを呼び込み、さらに外国人ゲストが増えていく。そうした循環が生まれていきました。

現在の宿泊者はヨーロッパを中心とした訪日外国人が多く、全体の6〜7割程度を占めます。オーストラリアやニュージーランドからのゲストも一定数おり、レビュワーの出身地の影響もあるのか、年によって国ごとの傾向が変わるのも特徴です。年齢層は30代から70代までと幅広く、いわゆる若年層のバックパッカーというよりも、建築や文化、暮らしに関心を持つ層が中心となっています。

高知県大豊町みちつじ民泊8▲リノベーション工事によって風情ある内装に生まれ変わった(画像:安達さん提供)

滞在スタイルにも特徴があります。1泊のゲストもいれば、2〜3泊と連泊するケースも少なくありません。特に印象的なのは、この宿そのものを目的地として訪れる人たちの存在です。実際に建築士やアーティストなど、空間や文化に関心の高いゲストが、あえてこの山奥を訪れ、ゆっくりと滞在しています。一方で、大阪や神戸から四国を周遊する動線上に位置していることから、移動の途中で立ち寄るゲストも一定数います。

こうした二つの流入——目的地型と周遊型——が共存している点も、この宿の特徴といえるでしょう。結果として、多様なゲスト層が交差しながら、それぞれの期待に応える形で滞在が成立しています。

コロナ禍では一時的に日本人客へとシフトし、1日1組限定のスタイルへと転換したそうです。そこでプライベート感が増しただけではなく、オーナーの安達さんとの関わりも増えて人柄や地域のことを深く知ってもらうきっかけになったとのこと。みちつじの事例は、地方民泊においてレビューが単なる評価ではなく、「どのような人が、何を求めて訪れる場所なのか」を伝える役割を果たしていることを示しています。

 

5. 風景ではなく「暮らし」を伝える、ファンを育てるSNS発信

もうひとつ見逃せないのが、発信の巧みさです。安達さんの妻が担うInstagramには、山奥の生活の空気感が丁寧に写し取られています。

絶景や建物の美しさだけではなく、薪ストーブの火、台所仕事、季節の移ろい、集落の日常といった、暮らしの断片が自然に伝わってきます。

だからこそ、予約してくるゲストも、この宿が何を提供する場所なのかを理解したうえでやって来ます。レビューでも、設備や食事だけでなく、山の静けさ、人との距離感、ここで過ごす時間そのものが高く評価されています。

高知県大豊町みちつじ民泊9▲薪ストーブでスープを温める安達さんの妻(画像:筆者撮影)

しかも面白いのは、これほど山奥にありながら、前述したように高速インターや空港からのアクセスが意外に良いことです。Instagramを通じて『心理的な距離』を縮め、アクセスの良さで『物理的なハードル』を取り払う。この秘境感と到達可能性。その両方を備えていることが、みちつじの競争力を支えているのです。

 

6.泊まること自体が体験、山の暮らしと地域文化が価値になる

みちつじの最大の魅力は、「泊まること自体が体験になる」点にあります。観光地の宿のように、外に出て何かを消費することが前提ではありません。宿に滞在することそのものが、日本のかつての山の暮らしに触れる時間になっています。

敷地には鶏小屋があり、朝食にはそこで採れた卵が並びます。安達さんが地元の加工場で身につけた知識を生かしたジビエ料理もあり、食卓を通じてこの土地の暮らしが伝わってきます。建物の中には木工品や生活道具、養蚕の時代を思わせる品々が自然に残されており、いずれも「古民家風」に演出されたものではなく、生活の延長としてそこにあるものです。こうした“本物の気配”が、国内外のゲストを引きつけています。

高知県大豊町みちつじ民泊10▲かつての暮らしで利用されていた民具を展示している(画像:筆者撮影)

さらに、この宿の価値は建物の中だけで完結しません。周辺を少し歩くだけでも、かつての山の暮らしが今なお色濃く残っていることが伝わってきます。

集落の道を歩けば、斜面に張りつくような畑や、山の中腹に人が暮らしてきた痕跡が見えてきます。谷底ではなく日当たりの良い中腹に集落が築かれ、古い間道が山の集落同士を結んでいたという土地の歴史も、実際に歩くことで実感できます。ただ景色を見るのではなく、土地に刻まれた暮らしの文脈を感じられることが、この場所ならではの魅力です。

何か特別なアクティビティをしなくても、近隣を散策するだけで滞在が深まるのは、山の暮らしが観光素材としてではなく、いまも地続きで残っているからでしょう。

加えて、地域の神楽に触れられることも、大きな魅力のひとつです。

安達さん一家は、地元の保存会とともに神楽に関わっており、時期が合えばゲストがその練習や地域の営みに触れる機会もあります。これは単なる“見学メニュー”ではありません。地域の人たちが守ってきた文化の現場に、滞在者がそっと接続できる体験です。実際に外国人ゲストが神楽に感動したという話もあり、こうした出会いが宿泊の印象をより深いものにしています。

観光のために用意された体験ではなく、土地に根ざした文化の時間に立ち会えること。それが、ここでの滞在を忘れがたいものにしているのです。

高知県大豊町みちつじ民泊11▲この地域の祭りで神楽は欠かせない芸能だ。(画像:安達さん提供)

 

7.目的地型と周遊型を両立、地方民泊の持続的な運営モデル

現在のみちつじには、「移動の拠点(周遊型)」と「旅の目的(目的地型)」という二つの流入が、おおよそ半々の割合で共存していることは、地方民泊の経営において大きな強みとなっています。

また、連泊するゲストも一定数おり、単なる「一泊の宿」ではなく、滞在そのものを楽しむ場所として認識されています。一方で、インバウンド比率が高いことによるリスクも意識されており、日本人客への発信も継続的に行われています。Instagramでの発信や、音楽の素養を活かした体験づくりなど、今後の可能性も広がっています。

限界集落という条件の中でも、地域の暮らしそのものを価値として届けることで、持続的な運営を実現している点は、地方民泊のひとつの到達点といえるでしょう。

 

結び:山奥で訪日客を集める高単価民泊、成功の条件とは?

今回の取材から見えてきたのは、地方民泊の成否を分けるいくつかの共通点です。実践知として整理すると、以下のようにまとめることができます。

「山奥であること」は弱みではなく、価値になり得る

 アクセスの不便さや非観光地性は、インバウンドにとっては“秘境性”として魅力に転換される

宿泊ではなく「滞在体験」を設計している
 食事、暮らし、空間、時間の流れまで含めて、“泊まる理由”が明確にある   
 地域との接続が価値を生む

神楽や集落の暮らしなど、地域文化との接点が、他にはない体験を生み出している
 “つくられた体験”ではなく“本物の暮らし”が伝わっている
 演出ではなく実生活の延長にあることが、レビューや共感を生む

動線上にあることも戦略になる
 目的地型と周遊型、両方の需要を取り込める立地設計が重要

発信がターゲットを規定する
 Instagramやレビューを通じて価値が正しく伝わることで、“理解して来る客層”が形成される

単体ではなく、地域全体に波及する
 飲食店や他の民泊、地域文化への波及効果が生まれ、エリア全体の価値向上につながる

高知県大豊町みちつじ民泊12▲安達さんが声掛けして、行政や地域、そして民泊仲間が集まり、インバウンドの情報交換をする。(画像:安達さん提供)

地方民泊の可能性は、施設のスペックではなく、「何を価値として届けるか」という設計にかかっています。みちつじの事例は、その本質を示す実践例といえるでしょう。

また、こうした民泊の広がりは地域にも変化をもたらしています。周辺の飲食店に外国人客が訪れるようになり、英語での口コミが増えるなど、地域全体でインバウンドを受け入れる土壌が少しずつ形成されてきました。さらに、民泊の増加により、空き家活用や地域内での連携の動きも見られるようになっています。個別の宿にとどまらず、地域全体に波及している点は見逃せないでしょう。

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